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シャルトル家のタケル  作者: 七夕 アキラ
第1章 転生と幼少期編
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1―2


 転生から5年が経った。その間に分かった事がある。まず、確かに四季が存在する事。春と冬は日本よりも寒いというくらいか。

 夏と秋はあまり変化なかったな。文字も読み書きが出来るようになったし、ルピーでの買い物も問題ない。ただ、礼儀作法とかテーブルマナーは苦手だ。


 貴族の最低位である男爵家の子供でも、やっぱり必要だった。覚えるのが面倒くさい。最初の2、3年は特に興味を持つような事もなかった。

 だけど、去年の誕生日からは1つだけ現在進行形で夢中になっている事がある。それは魔法薬作りだ。俺が興味を持ったのは、オレリアが目の前で魔法薬を作ってくれたから。


 割り当てられた俺の部屋の中には、試験管ともいえる瓶が常時30本。屋敷の周りに生えている薬草などを大量に集めては生命回復薬(ライフポーション)や、魔力回復薬(マナポーション)作りに励んでいる。

 朝食を済ませてから、今日は自室でずっと魔法薬の元になる物を収集中。


「タケル様、宜しいでしょうか?」


 室内で育てているマンドレイクの涙を瓶詰めしている最中に、廊下から声がかかった。トオルが男爵位を得た頃から一緒だという我が家の執事長の声。


「爺やか。入っていいぞ」


「失礼します」


 俺が許可を出すと、白髪混じりの茶髪をオールバックにした執事長のアデラールが入室してくる。その姿をちらりと確認して、すぐに視線をマンドレイクへ戻す。

 口が外に出ないように注意しながら、頭にある若葉を優しく撫でる。太陽光をしっかりと若葉に当て、撫でる事で眠気を誘う。欠伸は土の中だが、人間と同じで欠伸をした直後に涙が出る。それを瓶に詰めている作業中。


「セリーヌ・ボーヴェ様がお見えです」


「セリーが?」


「はい」


「どこで待っている?」


 セリーヌの家はシャルトル家と同じ男爵位。様々な薬草などを王室付きの調薬師に融通している事で有名だ。そのボーヴェ男爵家の次女と俺は、普通の関係ではない。


「応接室でお待ちです」


(ボーヴェ家で何かあったというよりは、当主の命令で来ているのか?)


「すぐ行く」


「かしこまりました」


 アデラールが先触れとして応接室へ向かった。それを見届けてから、マンドレイクを完全に土へ埋める。


「涙の回収はまた後か」


 せっかく、欠伸を何度もさせる事に成功した始めた所だったのに。それでも、相手を待たせる訳にいかなかった。瓶に蓋をして机の上に置く。

 作業中が原因で服に皺が寄っていたために、クローゼットから真っ白なシャツを取り出して着替えた。どんな用事できたのか。それは本人に直接、聞いてみよう。




 応接室に到着して中へ入ると、その人物は俺の姿を見てすっと立ち上がった。色素の濃い、光の当たり方でキラキラ輝くような金髪をショートカットにした碧眼の美少女。

 フランス人形を思わせるような顔立ちに、俺と同じで魔法薬を自作するのが趣味の相手。


「お待たせ、セリー」


「いいえ。私の方こそごめんなさい。手紙や事前確認もせずに訪問してしまって」


 セリーヌ・ボーヴェ。転生から3年目の夏に出会い、お互いの両親が決めた許婚(いいなずけ)。ペコッと頭を下げる彼女に俺はすぐに顔を上げるように言った。

 セリーヌは訪問する前に、必ず手紙を送ってくる。それをしなかったのは今回が初めてだ。何か悪い事でも起こったのだろうか。


「爺や、紅茶を。それとお祖母様の部屋にある安らぎ香を」


「承知しました」


 アデラールは普通にしているつもりだろうけど、紅茶だけでなく焼き菓子まで一瞬で用意している。給仕を済ませるとあっという間に安らぎ香を取りに行った。


「あ、相変わらずアデラールさんは行動が早いね」


「俺もそう思うよ。安らぎ香が届く前に紅茶でも飲んでいようか」


 お互いにアデラールが淹れていった紅茶を一口。まだ砂糖も入れていないのに、口の中にはわずかな甘味。


「ハチミツだな」


「ハチミツ……だよね?」


 セリーヌはハチミツの甘さを味わうようにして、ゆっくりとカップを傾ける。一方で俺は早々にカップを置いてセリーヌが訪問してきた理由について考える。


(ボーヴェ家で何かあったと思うべきか。あるいは、これから起こると考えるべきか)


「お待たせしました」


 アデラールが戻ってくる。安らぎ香そのものではなく、成分を染み込ませた木片。それに火が付けられる。その直後に、俺にとっては甘い匂いが。

 ちなみに安らぎ香だが、匂いの元となる魔法薬を作ってそれを木片などに染み込ませて使う。最初から香木がある訳じゃない。


「セリーにとって安らぎ香は、どんな匂いだ?」


「私にはラベンダーの香りかしら」


 やはりオレリアの言う通り、匂いは嗅ぐ人によって違うようだ。


「アデラールは?」


「ハチミツの香りですな」


 良い歳したおっさんがハチミツの匂いで落ち着くって、どんなんだよ。まぁ、放っておこう。


「セリー、今日はどうしたんだ?」


 俺はさっきから気になっている質問を投げてみる。少しだけ何かを躊躇うような表情を浮かべて、セリーヌは答えてくれた。


「えっとね。お父様がタケルともっと親しくなりなさいって。それで、1ヶ月くらい、シャルトル家でお世話になってきなさいって」


 何かあったんじゃないかと、心配していただけに実に気の抜ける言葉だった。俺の心配を返して欲しいぞ。まぁ、それを実際に言ったりしないけどさ。


「そうか。俺は別に構わないが。爺や、父上と母上にセリーがしばらく滞在してもいいか、確認を取ってきてくれ」


「かしこまりました」


 嘘か本当かは知らないが、幼いうちから許婚相手が出来ると嫁となる少女は、相手の実家でお袋の味を覚えるために一時的に家を出るんだとか。

 幼い頃から一緒にいる時間を作る事で、結婚を意識させる事もなく最初から住んでいる家族のように馴染ませる習慣があるんだっけか。


 ただし、嫁ではなく婿が来る場合は違う。少しでも領の仕事を覚える為に勉強に来るのだ。


「セリー、ボーヴェ男爵はお元気か?」


「うん。今日も張り切って薬草の買い付けに出掛けたわ」


 ボーヴェ男爵領は、シャルトル男爵領から南に20キロ地点にある。主に農業が主体であり、国の食料事情を支えている程だ。


「そうか」


「タケル、セリーヌ、入って良いかい?」


 アデラールは確認に行ったのだが、どうやらエクトルが直接出向いてきたらしい。


「えぇ。どうぞ」


 入室を許可すると、エクトルが嬉しそうな表情で入室してきた。事情を知って、さっそく今日からセリーヌの1ヶ月滞在が確定。




 セリーヌが乗って来た馬車は、玄関前に待機していた。客車に残っていた彼女の荷物を、空き部屋へと運ぶ。その部屋は俺の正面なんだけどさ。

 荷物を全て運ぶとエクトルの指示を受けてメイド長のフラヴィとミラベルが登場。フラヴィはまだ30代でミラベルに関しては10代。


 フラヴィは赤茶の髪と紺瞳、ミラベルは薄い水色の髪と国瞳の容姿だ。二人とも非常に優秀なメイド。ミラベルに関しては、俺の姉的な感じでもある。


 この世界では10代前半からメイドや執事として働く事も珍しくないんだとか。俺がそれを知ったのは、姉代わりのミラベルが教えてくれたから。

 セリーヌは荷物やボーヴェ男爵家から運んできた、わずかな家具の置場所を決めて指示出し。やる事がなくなった俺は部屋に戻ってマンドレイクの涙の収集作業を再開する。


「待たせたな。さて、瓶が一杯になるまで集めさせてもらうとしよう」


 俺の声が聞こえた訳じゃないだろうし、意味を理解したとも思えないがマンドレイクが自ら顔を出す。口は鉢植えの土に埋めたままで。

 太陽光が当たりやすい位置に移動させて、再び収集開始。どうやら戻ってくるまでの間に一眠りしていたようだ。中途半端に眠気が残っているようで、頻繁に欠伸を連発してくれる。


「毎回こうだと楽でいいんだけどな」


 今使っているのは、涙や水を保管するようの小瓶。時間はかかるが、確実に涙を集める。15分が経つ頃には半分は集まった。


(さすがに、このまま寝かせないのは可哀想だから、続きは明日にするか)


「今日はここまでだな。お休み」


 人語を理解しているのかは分からないが、俺の言葉を聞くと身体を揺らして土の中へと潜り込んだ。マンドレイクの涙は、安らぎ香や魔力回復薬(マナポーション)の他に、万能とまでは言えなくても多種多様な解毒剤の材料になる。

 だから、常日頃より集めておくのが癖になっていた。さてと、今日はオレリアが貸してくれている中級魔法薬解説書の中から何を作ろうかな。


 全ページをパラパラと捲ったけど、特に気になった魔法薬はない。解説書を本棚へと戻して、庭の薬草園へと向かう事にした。

 オレリアと共同で、魔法薬の材料となる薬草を栽培している。種類はそんなに多くはないけど、入手が難しい代わりに多種多様な薬の元となる物ばかり。


 セリーヌが1ヶ月もの期間を我が家で過ごすのは初めてだ。最初の数日はベッドが違ったりして寝付けないだろうから睡眠導入薬を調薬してあげようかな。


(材料はエルドの葉1枚、リクヨの葉1枚、セスグの種1粒に水だったな)


 俺が回収しているのは、栽培がしやすくて加工も簡単な薬草と、花弁にはリラックス効果、茎はケガの消毒、そして種に寝付きを良くする成分があるセスグの花の種。

 回収した薬草と種を持って自室へ直行。エルドの葉とリヨクの葉は、軽く火で炙るとすぐに水分が飛ぶ。乾燥した2枚の葉を小さなすり鉢で潰して粉末状に。


 続いてセスグの種だ。非常に柔らかくて、力加減を間違えれば一瞬で潰してしまいかねない。その種に針を使って小さな穴を開ける。

 そこに少量の水を流し込む。10秒程待つ。その間に空の小瓶を用意。穴の向きを下にして、注いだ水を取り出す。セスグの種の成分は水に溶けやすい。色は薄緑色。


 そこに粉末にしたばかりの薬草を入れて、蓋をして15分も放置すれば薬草と種の成分が混ざった睡眠導入薬の完成だ。

 ちなみにエルドの葉は交感神経を落ち着かせ、リヨクの葉はストレスを軽減する作用がある。小瓶1本で3回分の量はあるんですよ。


「放置しておけば睡眠導入薬は完成だな。さて、次はどうしよう」


 他にも続けて調薬したいところ。けれども問題がある。調薬の材料は大抵揃うが、肝心の作りたい薬が思い浮かばない。

 我が家の薬の大半は、俺と祖母であるオレリアの自作。材料が足りない場合は、オレリアが王都で買ってきてしまうから作る機会も少ないのだ。


 う〜んと考えていると、部屋をノックする音。続いて遠慮がちな声が発せられた。


「タケル、私だけど入ってもいい?」


 セリーヌの声だ。何を遠慮しているのかは知らないけど。


「いいよ」


 入ってきた彼女は俺の机の上にある数多い瓶を見る。そのうちの1本に視線が止まったようだ。


「睡眠導入薬を作ってくれたの?」


「ベッドが違ったりして寝付けないかと思ってね」


「ありがとう。実はお願いしようと思っていたから」


 どうやら作っておいて正解だったかな。


「とりあえず夜に飲むようのを作っておいた」


「あんまり薬に頼らないようにしないとね」


「それはそうだけどさ。でも、慣れないベッドで寝るのって意外と疲れるんだよ。だから、最初の数日は慣れるまでが大変だと思うから、もう少し作ろうか?」


「ううん。平気、大丈夫」


 セリーヌが首を左右に振ったので、追加分は必要になってからで良いか。材料さえあれば、簡単に作れるしね。




 あれから夕方近くまでの間、俺はセリーヌと2人で領内を散歩した。狭い領内だから住んでいる住人も少ない反面、身内のような気安さがある。

 住人達もセリームの事は知っているから、歓迎してくれた。俺達は揃うと必ず向かう場所がある。それは、領内唯一の薬屋だ。


 俺は魔法薬を作るのが楽しいし、セリーヌの実家であるボーヴェ男爵家は薬草販売をしている。もちろん仕入れだけでなく調薬なんかも。

 そのせいか、彼女も魔法薬を作るのが趣味とも言ってしまえる。だから、領内の薬屋に向かっては、どんな魔法薬を作れるのか、互いの力量確認をしてしまう。


 散歩と薬屋で時間を過ごして、今は屋敷に戻ってきていた。夕食の席にはオレリアを除く家族全員が揃っている。相変わらず、あの祖母は忙しそうな毎日だ。


「セリーヌのお泊まりを祝して乾杯と行こうじゃないか」


 エクトルが嬉しそうにゴブレットを持ち上げたが、それをアリソンが止めた。


「貴方、セリーヌは花嫁修行に来ているのと同じなんです。お祝い事じゃありませんよ」


「それは分かっているさ。それでも、10年も経てば僕たちの娘だろう?」


「セリーヌ、明日から早速になるがシャルトル家の味を覚えてもらうぞ」


 トオルは娘夫婦を完全に無視して、セリーヌに話しかけた。緊張しながらも彼女は頷く。そんな健気とも言える反応を前にしてエクトルが乾杯をしようとする。

 それをアリソンとトオルが注意して、エクトエルから苦情が返る。その繰り返しになっていた。


「セリー、3人の事は放っておいて食事を始めようか」


「でも……」


「放っておいていい」


「うん」


「いただきます」


 こちらの世界にも、食前のいただきますと、食後のごちそうさまは存在している。俺が食卓に並んだ料理に手を付けたのを確認してからセリーヌも食事を開始した。

 3人を完全放置しているのは俺達だけではなく、執事のアデラールやフラヴィ、ミラベルも同じだったよ。

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