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シャルトル家のタケル  作者: 七夕 アキラ
第2章 旅立ち編
13/189

2ー3


 水筒を作り終えた頃には、2頭も元気になっているようだ。これなら移動を再開しても問題ないだろう。それを確認して、アルフォンスに出発を告げた。

 クロエは辛うじてもう1人が座れる御者席に。アルフォンスの隣で、周囲の景色でも見るつもりなんだろう。セリーヌは振動が心地良いのか、うとうとしている。


 肩にもたれ掛からせると、すぐに寝てしまったようだ。小さく聞こえる寝息をBGMにしつつ、俺は練金板を魔法鞄(マジックバッグ)に収納。

 ベネトーから貰ったミスリル合金製の友愛の鈴を取り出した。魔獣に対して効果があるというが、事実かは試してみないと分からない。


「これの出番なんてあるのか怪しいもんだな」


 眠っているセリーヌを起こさないように、そっと横にさせて野営道具を入れた袋から枕を1つ取り出す。それを彼女の頭の下に潜り込ませた。

 それから、俺は出発する時には気付かなかった木箱を見付ける。何だろうと思って中身を見ると、メモが1枚と空の小薬瓶が10本程と、古い本が1冊。


「どれどれ。えぇっと、旅の間は暇になる事も多くなるでしょうから、時間を有効利用する為の物を入れました。それを読んで過ごしなさいな、オレリア。祖母さんか」


 メモに書かれていた内容からして、恐らく本の事を言っているんだろう。そう判断してページを捲ると、思わず目を見張った。

 それは属性別にどんな効果があるのかが書かれた魔法の入門書だ。


「そう言えば、こっちの世界じゃ詠唱なしで魔法は使えるんだっけ?魔法薬のことばかりで、気にしていなかったな」


 最初のページには火属性が書かれている。火球(ファイア・ボール)火壁(ファイア・ウォール)火矢(ファイア・アロー)火槍(ファイア・ランス)など。どれも魔力消費は小と記載が。

 水属性は全体的に支援系でまとまっている。水盾(アクア・シールド)治癒(ヒール)広範囲治癒(エリア・ヒール)水付与(アクア・エンチャント)(レイン)、重力軽減。これも消費魔力は小。


 火球は威力を押さえれば、種火になりそうだ。雨は小火(ぼや)や、ちょっとした火事なんかを消す事も出来そうだね。


「試してみるかな。火球(ファイア・ボール)


 魔力を極端に押さえて、道に落ちていた枯れ枝に放つ。すると見事に着火した。


(レイン)


 こちらは枯れ枝から数メートル高い位置を見て唱える。これも魔力は極端に少なくして。そうすると、20センチくらいの小さな雨雲が出来て、枯れ枝に雨を降らせる。


「おぉ。けっこう便利だ」


 今度は風魔法。空気刃(エア・カッター)空気砲(エア・ショット)空気機雷(エア・マイン)風付与(エア・エンチャント)。消費魔力は小と中。

 消費する魔力の違いは詳しくは分からないけど、中距離向きの魔法ばかり。


空気刃(エア・カッター)


 2メートル程後方に見えた小枝に唱えてみると、小さい真空の刃が飛んでいく。見事にスパッと切り落としていた。


「使い方によっては、危ないな」


 さて、次々。って、雷属性は意外に少なかった。雷砲(サンダー・ショット)雷幕(サンダー・カーテン)雷獣(キリン)くらい。数少ないな、てか魔力消費が中ですよ。


 気を取り直して、光属性。光治癒(ライト・ヒール)光広治癒(ライトエリア・ヒール)光照明(ライト)光剣(ライト・ソード)捜索(サーチ)。水属性よりも治癒(ヒール)関係は消費魔力が大きく中。

 ただし、効果は光属性の方が強いらしく水属性の治癒で治りにくいケガにも有効だとか。また、石化解除も光治癒(ライト・ヒール)で治せるようだ。


 残りは影属性、聖属性の2種。影人追い(シャドー・ストーカー)、影追跡(シャドー・チェイサー)、影歩き(シャドー・ウォーク)、潜伏(ハイド)など。消費魔力は中。


 聖属性は次の通り。聖投槍(セイクリッド・ジャベリン)聖治癒(セイクリッド・ヒール)広聖治癒(エリアセイクリッド・ヒール)聖壁(セイクリッド・ウォール)。どれも消費魔力は大。


(入門書なのに消費魔力が大とか。祖母さんが数年前に言っていたっけ。消費魔力が増えたり、大きくなるほど魔法の難易度は、中級、上級魔法に分類されるって)


 入門書をパタリと閉じて、箱の中へと戻す。その後、野営道具が入った袋から枕を1つ追加で取り出した。それと薄い掛け布団代わりの布も。

 枕をセリーヌの隣に置いて、目を閉じる。頭の中をスッキリさせたい気持ちと、少しでも身体を休ませる事が出来る時に寝ておきたかったから。




「タケル様」


 体感時間で2時間半くらいの仮眠。眠っていた時、アルフォンスの声が俺を起こした。


「どうした?」


「あれを」


「……血か?」


 アルフォンスが馬車を止めて、地面から草むらへと続く赤い液体を指差す。色の濃さからして、血で間違いはなさそうだ。だが、どうして街道の真ん中に落ちているのか。


「人のですかね?もしくは獣か魔獣でしょうか?」


「確かめてみるか」


 馬車を下りて、草むらへと続く血を指に付ける。軽く触った感じからして、恐らくは魔獣だろう。人間や獣に比べ、べとつき感が強い。

 いつだったかトオルが教えてくれた。人か魔獣かの血の違いを確かめる方法を。


「魔獣で間違いなさそうだ」


 地面に点々と落ちている血だけを見ると、軽傷だとしか思えない。縄張り争いでもしたのかと。ただ、草むらに付いている血は、明らかに量が違う。


「クロエ、セリーヌと一緒に馬車で待機してくれ。アルフォンス、来てくれ」


 草葉に付着していた血は、一定間隔に周囲を赤で染めている。アルフォンスが先導し、しばらく歩くと小さな影が見えた。大きさからして小型魔獣か。


「……これは!?」


 横たわるような体勢で、荒い呼吸をしていたのは影狼(シャドー・ウルフ)の子供だ。濃紺色の毛と、灰色の瞳をしている。60センチの小柄で、生まれてからそんなに時間が経っていないだろう。


(か、可愛いな。)


 不謹慎だけど、幼体だけあってかなり可愛らしい。それを口にするのはしなかったけど。


「どうしますか?」


 アルフォンスは言外に、このまま死ぬのを待つか、あるいは助けるかの確認だ。数秒間だけ考えて、俺は助ける事にした。


(これだけ小さい頃から人間に慣れさせれば、人を襲ったりしなくなるかもしれない。なにより、こんな幼体を放っておけないしな)


 俺は抱き上げようと近付くが、幼体でも魔獣だ。


「グルルル!」


 明らかに警戒した状態で、1メートルまで近付くと唸り出した。


「ふむ。アルフォンス、逃げないように見ていてくれ」


 返事を聞く事もせずに、馬車へと急いで戻った。


「どうしたんです?」


「影狼の幼体を見付けた。かなり状態が酷いから保護して治療を試みるつもりだ」


 魔法鞄からミスリル合金製の友愛の鈴を取り出す。それとポーチの中から、魔法薬(ポーション)の中級生命薬の小薬瓶を1本。


「待たせた」


「いえ、問題ありません。かなり興奮状態です」


 俺が戻った時には、その小さい身体に鞭打つようにして影狼の幼体が立ち上がろうとしていた。


「大丈夫だ。大丈夫。俺たちは敵じゃないぞ」


 加減が分からないまま友愛の鈴に微量の魔力を流す。すると淡く発光しながら、涼やかで落ち着かせるような音色が響き始める。

 友愛の鈴に魔力を流しながら、そっと近付くと気が抜けたのか倒れてしまった。呼吸もだいぶ浅く早い。


「とりあえず、ケガの状態を確かめないと」


 そっと抱き上げると、左脇腹がパックリと開いている。内臓は出てきていないが、下手に揺すったりすると危険だろう。


「今、治してやるからな」


 中級生命薬の小瓶のガラス栓を外して、傷口の周辺へと垂らしていく。半分程まで減ると、ケガは完全に塞がった。それでも、血を流しすぎている。


「いい子だから、飲んでくれよ」


 口を無理矢理に開ける。見るからに危険な犬歯に触らないようにしながら、喉の奥へと流し込む。弱々しくではあるけど、それを時間を掛けて飲んでくれた。

 呼吸が規則正しい状態に落ち着いたが、目を開ける様子がない。しっかりと抱き上げて、口元に耳を近付けてると人間が眠るのと同じように、小さな寝息を立てていた。


「タケル様、その影狼の幼体を育てるつもりですか?」


 どうして助けたのか。それが気になったんだろう。アルフォンスが不思議そうに聞いてくる。


(まさか、見た目の可愛さに負けたと言えないよな。影獣(シャドー・アニマル)の中では、賢いから教え込めば戦力になるかもしれない。さて、どうしたものやら)


 少しだけ考えた後、結局は味方にしたら戦力になりそうだったからという理由にした。アルフォンスが疑り深そうな視線を向けてくるけど無視だ無視。

 今はこのモフモフな毛並みを堪能しよう。決して悪い事じゃないだろ?




 モフモフな影狼の幼体を、タオルで包んで馬車に寝かせた。今のところは眠っている事で落ち着いている。それは良い。だけど、別の問題があった。

 あれだけのケガをしていた理由と、その原因。そして親である成体の行方だ。ここで当たって欲しくない考えが浮かんでくる。


(幼体だからと討伐しようとしたのか。あるいは、無理矢理にでも連れ去って金儲けを企んだ人間がいるか)


 もし後者だとしたら、子供がいなくなった事で凶暴になった成体の影狼が人を襲っていないかと不安だ。親探しをすると同時に、もし見付けられたとしても攻撃されないという保障はあり得ない。


(目を覚ました時に、暴れられても困るから友愛の鈴に魔力を流し続けて音を聞かせてみるか。目覚めた時にも音が聞こえていて、俺たちが害を与えないと分かってくれたら、親を見付けた時に襲われる危険性も減るし)


 うむむむ。まぁ、何もしないよりはマシかな。そう思って友愛の鈴に魔力を流し、音を発生させる。それと同時にそっとモフモフな幼体の頭や背中、耳を優しくて撫でよう。

 逆効果も知れないが、少しでも安心してくれたらなって思うから。保護の為にも。決してモフモフの為じゃない。決して、断じて。


「どうしたの?」


 いざ撫でようとした直後、セリーヌから声が。どうやら起きたようだ。


「ちょっとね」


 かくかく然々と事情を話すと、彼女は頷いて否定しにくい事を言ってくれた。


「つまり、可愛いし毛並みがモフモフで気持ちいいから、それを堪能するために保護した……と」


(確かにそうだけど、そうなんだけど。もしもアルフォンスやクロエに聞かれたら、なんて言われるのやら)


「コホン。ま、まぁ、なんだ。こんなに小さいし、放っておくのは気が引けるじゃないか」


 精一杯に仕方なくという感じに。俺がそんな風に言うと、クスクスと笑うだけ。まるで、捨てられた子犬や子猫を保護した場面を母親に見付かって、それでも見守られているような。そんな感じだ。

 若干の気恥ずかしさを覚えつつ、俺は影狼の幼体を優しくて撫でる。


(あぁ、なんてモフモフ感だ。幸せだ、幸福だ)


 あまりの心地好さに、顔が緩んでいないか不安だ。セリーヌもそっと手を伸ばしては撫でた。


「タケル様、周囲を見てきましたが人影も他の魔獣の姿もありません」


 周囲警戒に出ていたアルフォンスが戻ってきて、報告してきた。人間や成体の存在を危惧して、しばらく監視してもらったけど、問題はなさそうだ。


「分かった。アルフォンス、馬車を出してくれ」


「お任せください。クロエ、出発するよ」


 クロエの姿が見えないと思ったら、どうやらアルフォンスと一緒に周囲を見回っていた様子。クロエが狭い御者席に上がると、すぐに馬車は動き出す。

 馬の歩くトコトコという音と、車輪のコトコト音を聞きつつ呼吸状態を確認。セリーヌは野営道具が入った袋を何やらゴソゴソと探し始める。


(落ち着いているな。起きたらなにか食べさせよう。いきなり肉類でも平気かな?)


 魔獣の生態に関しては知識ゼロだ。こうなると分かっていたら、魔法薬だけじゃなくて、魔獣知識も蓄えておけば良かったかもしれない。


「クウゥ」


 そんな事を考えていたら、手元から鳴き声が。視線を下ろすと、影狼の幼体が俺を見上げている。友愛の鈴は音を放ったままだから、もしかしたら敵意がないと分かったのかもしれない。

 もしもそうなら、この友愛の鈴は本物だね。どうしたのかと思っていると、鼻を積極的に手に押し付けて臭いを嗅いでいる。


「ヴァフ」


 俺に魔獣語は分からない。何を言ったのかと考えようとしたら、急に膝の上に乗って来た。そして、そのまま身体を少し丸める。そのまま、また眠り始めてしまう。


(もしかして、懐いてくれたのかな?)


 撫でる事を止めるたら、起き出して顔を手に擦り付けてくる。


(甘えてくれているのか!?)


 そうならば、撫でてないと可哀想だ。別にモフモフな毛並みを堪能するとかじゃないよ?


「よしよし、なにか食べるか?」


 頭と耳裏が気持ち良いのか、すっかり目がたらんとしている。あぁ、堪らなく可愛い。


「起きたの?」


 セリーヌの声が聞こえても慌てる事なく、俺の膝上で大人しくしている。


「あぁ。懐いてくれていると思うか?」


「たぶんね」


 セリーヌの手には、見た事もない本。いや、図鑑のような物が。


「これ?これは魔獣に関しての簡単な説明が乗っているの」


(俺ってそんなに分かりやすい顔をしていたのかな?)


 まるで心を読んだかのようなタイミング。ページをパラパラと捲り、目当てのページを見付けたようだ。


「これ見て」


 開かれたページには、影狼(シャドー・ウルフ)の事が書いてあった。成長速度や主な食事。場合によっては、人に懐いて行動を一緒にする個体もいると。

 その中で特に目を引かれたのは、幼体からの食事と呼び方だ。受け取って読んでみる。


「えっと。もしも影狼(シャドー・ウルフ)の幼体に懐かれたら名前を付けましょう。何度もその名前を呼んで覚えさせる事で、信頼関係を築けます。また、幼体の頃から肉を食べれますが、可能なら豚肉や鶏肉などがいいでしょう……か」


(名前か。う〜ん、なにかないかな?)


 しばらく悩んでから決めた。


「今日からヴォルフだ。いいな、ヴォルフ」


「ヴァフ!」


 元気良く返事が返った。うん、可愛い。そんな事を思っていると、キュウっとヴォルフが空腹を訴える。


「クロエ、干し肉ってあったか?」


 食料関係はほとんどクロエが準備した。だから、聞くならクロエだろう。この考えは正解のようだ。


「一番後ろから8番目の箱に入れてあります。確か、豚肉だけですけど。量は多目に確保しておきましたから」


 ヴォルフを膝から下ろして、セリーヌに任せる。俺は今聞いたばかりの箱を探し出して一口サイズにカットされた干し肉を見つけ出す。それと誰も使っていない未使用の器を2つ確保。

 片方に干し肉を入れて、もう片方には水筒から水を注ぐ。フンフンと鼻を鳴らして、ヴォルフは走ってくる。そして、最初に水で喉を湿らせてから、干し肉を夢中で噛み始めた。


「可愛いわね」


「あぁ」


 のんびりとした空気が馬車内に漂う。その発生源は間違いなくヴォルフだ。そして俺とセリーヌでもあった。

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