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9話『接断』

 トラックが壁に激突したような轟音が鳴り響く。それも、隣のクラスの方から。


 修一と顔を見合わせ、俺は即座に背を向ける。そして引き戸が開いたままの出口へ走り出そうとした瞬間、肩を掴まれた。


「石火、……何が起きてる? 一度ならず二度までもこんな音が響くなんて普通じゃ……」


 その声は戸惑っているように聞こえる。肩を掴んでいるその手から不安が伝わってくる。音がさっきよりも近いというのも不安の中の一つにあるのだろう。

 どうするべきか。きっと教えたところで不安に変わりはないだろう。


 だが俺は知っている。何も知らないことの怖さを。何かの正体が不明であるということへの不安を。

 この危機的状況下でたっぷりと数秒も悩んだ俺は、一つの結論を出す。


「付いてこい、修一。手伝ってもらうぞ」


 口で言っても分からないに違いない。なら見せる。そしてもう一つの問題も修一のおかげで解決するはずだ。俺一人じゃラスターを倒せないという問題点も。

 肩を掴んでいる手を振り解いて、隣の教室へ向かう。修一からの返事はなかったが、後ろを走る足音が付いてきていることを証明している。

 滑り込むようにして隣のクラスの前で止まった俺は、そのままの勢いで白い扉を思いっきり開く。


 そこにあったのは、教室の中だというのが嘘のような光景。クレーターのような凹みがある黒板、明らかに吹き飛ばされたと分かる大量の机と椅子。

 頭を抱え怯える生徒達、倒れ込んで動かない生徒達、潰れて原型のない赤い何か、そして。


 当然のように教室のど真ん中に立つ、ラスター。


「時間がない。修一、お前の能力を使って一発で決めろ」


 幸いというべきか、相手は巨腕型のラスターだ。動きはそこまで早くない。それにここからラスターまで大した距離もない。


「何、が……? どういうことだよ、石火!」


「いいから早くしろ! 説明なら後でする!」


 背後に手を伸ばし、修一を掴んで教室へ放り出す。自分が相当鬼畜なことをしているという自覚はある。だがこうしなければここにいる全員の命を諦めることになってしまう。

 俺達の存在に気付いたラスターが迫る。腕を伸ばし、修一に握り潰さんとするラスターを。


「【左眼変質(ブレイク)】『石眼』 修一、今の内にそいつの首に触れェ!」


 能力で止める。たった一秒間ではあるが、ラスターの方から近付いてきてくれたおかげで距離を詰める必要はない。

 修一は恐る恐るといった感じで、四足で立つラスターの首元に手を伸ばし、言った。


「……ッ、【左手変質(ブレイク)】『接断(せつだん)』」


 俺の能力が切れると同時に、ラスターの首もまた切れる。綺麗に切断されたそれは床へと落ちながら、残った身体と共にゆっくりと消滅していった。

 修一の、左手に接触したものを断つという能力がラスターの首を断ったのだ。


 大きく安堵の息を吐く。強引に修一を矢面に立たせたのは平謝りするとしても、おかげでなんとか切り抜けられたぞ。

 跡形もなく消えたラスターに戸惑っている修一に思いっきり頭を下げる。


「すまんっ! 何の説明もなしにこんなことやらせちまって……」


「そんなこといいから頭上げろよ……。あんなもんどうってことねぇ……!」


 少しだけ頭を上げると、修一の足が震えているのが見える。明らかにやせ我慢だ。


「それよりっ、あれは何だったんだよ!」


 手伝ってもらった恩義はあるが、他にもラスターが学校の中へ入り込んでいるのだとしたら悠長に話してる時間はない。だから簡潔に伝えよう。


「この学校に入り込んできた化け物だ。放っておけば人を殺す」


「放っ……!? そんな漫画みたいな話が……」


「でも実際に見ただろ。……とにかく塞ぎ込んでる奴らを動かそう。修一は倒れてる奴らをこっちまで運んで来てくれ」


 教室の隅で固まっている生徒達の元に駆け寄り、肩を叩く。返事はないが叩いたときにビクリと震えたことから生きていることは確認できた。


「おい、もうあの化け物はいねぇ。今の内に体育館に行け。生徒皆、そこに集まってるから」


「……本当か? 嘘、じゃねぇよな?」


 震える声で最初に返事を寄越したのは長髪の男子。見知った声が聞こえたからか他の奴らも次々に顔を上げてこちらを見る。


「ああ、もう何も問題はねぇ。男共は倒れてる奴らを担いで行ってくれると助かる」


 幾度か首を縦に振り、のろのろと立ち上がる生徒達。ちょうど修一も倒れている生徒を全員俺の近くに運び終わっていた。


「全員後ろの黒板の方は見ずにまっすぐ前の扉から出ていけ。倒れてた奴らは全員ここにいるからな」


 ああ、と力ない声がいくつか聞こえてきた。後ろの黒板付近を見ないよう言ったのは、あの辺りが一番血に濡れているからだ。せっかく落ち着いてきた連中をまたパニックに陥らせるのは避けたい。

 あとは男共に任せて、修一と共に教室から出る。そこで修一から質問が飛んできた。


「クラスの奴らに体育館へ行くよう言ってたのは、このためか。だが二組の奴らを行かせたのはなんでだ? もうあの化け物は殺したんだから大丈夫なんじゃ……」


 他の教室から不自然な音が聞こえてこないのを確認しながら、答える。


「化け物はたった一体だけじゃない。もっと大量にいる可能性がある」


 だからこそ一箇所に人を集めた。全校生徒を集めれば、いくらラスターが寄ってきても戦闘向きの能力持ちが数の暴力で押し切れるはずだ。いくらパニックになってもな。


「あんなのが、何匹もいるのかよ……」


「あくまで可能性の内だけどな。だから俺は一年棟の方を見てくる」


 二年棟は異常なしと判断して歩き出そうとすると腕を掴まれた。振り返ると訝しげな表情で俺を見る修一がいる。


「待て。俺はってことは、お前一人で行くつもりか?」


「そのつもりだが……?」


 そう答えると、修一は面食らったような顔をした後、その顔を苦渋に染める。何か悩むような素振りを見せ、口を開いた。


「……俺も行く」


「いやいや、お前こそ待てよ。よく考えろ。さっきは俺が巻き込んじまったが、お前が自分から巻き込まれに行く必要はねぇだろ」


「バーカ、お前の能力で化け物をどうするつもりだよ。どうしようもねぇだろ。こういうときぐらい、……俺を頼れ」


「……さっきまで震えてたくせによく言うぜ」


「うっせ!」


 掴まれたままだった腕を振り解き、今度こそ走り出す。


「ほら、早く来いよ」


 修一と共に。



 ──────

 ────

 ──

 ─



 そこからは乱戦も乱戦。現れ続けるラスターを俺と修一のコンビプレーでなんとか撃退しては逃げそびれていた生徒を助け体育館へと促す。

 今日初めてラスターを目にした者と、わずか一秒相手を止めるだけの雑魚能力者コンビにしては順調だ。難を言うのであれば俺の能力の制約のせいで一分間身を隠さねばならないというところか。

 ラスターが複数体一気に出てきていないのが唯一の救いだ。


 一年棟の制圧は終わり、次は三年棟へと調査に向かう。角を曲がると、再びラスターと出くわした。それを俺の能力で止め、修一の能力が仕留める。


「今ので、何体目だ……?」


 酷く疲労感を滲ませた声で修一が問うてくる。疲労するのも当然だ。なにせただ視界に入れさえすれば相手を止めるという役目を果たせる俺とは違い、相手に触れて仕留めるという役目の修一はラスターの元まで走らねばならない。


 もちろんそんな身体的疲労だけではなく、精神的疲労も蓄積しているはず。ラスターという化け物と戦い続け、更には死体や血だって目にしているんだ。死体や血を目にしたのが初めてだというのは俺も同じだが……。俺は前からラスターを知っていた分まだいい。


「八体目のはずだが、大丈夫か? 一度しっかり休憩を取った方がいいんじゃねぇか?」


 この様子では今取っている一分間のインターバルによる休憩では足りない。そう思っての気遣っての提案はにべもなく一蹴される。


「馬鹿言うなよ。休むのは、校舎全部回ってからだ」


 そう言う修一の燃え滾るような瞳を見て理解する。ああ、そうか、こいつも夢宮と同じ。正義感を持っているんだ。自分を省みずに他者を救おうとする、高潔な生き様。

 もちろんこいつが夢宮と同じとまでは言わない。だが近しいものは持っている。

 俺に出来るのは、そんなこいつのサポートだけだ。

 だから、


「分かった、行くぞ。だけどペースは落とそう。お前が崩れれば救えるものも救えない」


「ああ」


 俺がしっかりと助けてやらねば。


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