6話『同時出現』
次の日の朝、八時四十分。一時間目開始前。
「おい、どうした石火。やけに眠たげじゃねぇか」
「すまんが放っておいてくれ……。眠気で死にそうだ」
俺達は一体目のラスターを倒した後、四時まで街中を徘徊した。倒したラスターは合計三体だが、そんなことはどうでもいい。
問題は睡眠時間の少なさだ。四時に終わって、寝たのは五時頃。起きたのは七時ちょい過ぎだから睡眠時間は二時間しかなかった。
さすがにきつい……。これが続くようなら、俺の真の敵はラスターでも黒ヘルメットでもなく睡眠時間ということになっちまう。朝、親父の相手をする余裕もなかったぐらいだからな。
机に伏して早くも居眠りの体勢を取りながら、頭だけ動かして夢宮の方を見る。あいつも眠たかろうな、と思っていたのだが。
予想に反して、あいつは眠気の欠片も見せてはいなかった。テキパキと一時間目の授業の準備をしながら女子と何か話している。
嘘だろ……。あいつの家が解散地点のコンビニから近かったとしても、最高三時間ほどしか寝られなかったはずだ。それで何故眠気を出さない……?
疑問を抱くも束の間に、どんどん視界がぼやけていく。一時間目は確か現代文だったはず。緩い教師だったし寝ても問題ないだろう。
そうして意識が暗転した。
トントンと肩を叩かれる。授業が終わったのだろうか。まだ寝足りないが、さすがに二時間ぶっ通しで寝るわけにもいかない。無理矢理意識を叩き起こして、頭を上げるとそこには夢宮がいた。
「あん? あー、どうかしたか?」
伸びをして、固まった身体を解しながら尋ねる。ようやく焦点の合った眼で夢宮を見ると、なぜか呆れたような顔をしてこっちを見下ろしていた。
「あんた……、凄いわね」
「何がだよ?」
こいつが褒めてくるとは。何か裏でもあるんじゃなかろうか。だがそもそも何について褒められているのか分からない。
俺の疑問は、次の夢宮の言葉で驚きに変わった。
「いや、四コマもぶっ通しで寝てるなんて、逆に尊敬するレベルだと思っただけよ」
「は?」
慌てて黒板上にある時計の方へ眼を向ける。短針が指すのは一の数字。長針は十二の数字を指している。これらの事実が表す答えは、つまり。
「昼休みじゃねぇか!」
立ち上がって机を叩きながら叫ぶ。幾人かのクラスメイトがこっちへと振り向くが、構っていられない。もし四時間の間に数学があったら死んでいたかもしれないのだから。
「なんで誰も起こさなかったんだ……!」
「あんたの友達は休み時間ごとに、あんたへ話しかけてたけど? あと先生達も授業中注意してたし。それでも起きなかったのよ、あんた」
「お前見てたんなら加勢しろよ……」
「嫌に決まってんでしょ。ていうかなんでそこまで眠いわけ?」
「逆に聞こう。なんでお前は眠そうじゃないんだ? 帰ったの朝四時だぞ……」
「え? まさかあんた三時間ぐらいしか寝てないの? 馬鹿なの?」
なぜか驚いた顔をしている夢宮だが、そんな顔をしたいのは俺だ。
正確には二時間しか寝ていない、という言葉は飲み込んで尋ねる。
「その口振りだと、お前は三時間以上寝ているみたいだがありえなくねぇか? 物理的に無理だろ。だってそんな時間ねぇじゃねぇか」
「時間ならあるでしょ? 学校から帰って見回り開始までたっぷり」
「はぁ!? おまっ、じゃあお前が眠くなさそうなのは、その時間に寝てたからか! 教えろよそんな技があるならよ!」
「いや、だってねぇ? 深夜に見回りするって言ってんのに空いた時間に睡眠取らないなんて思わないじゃない? ねぇ、もしかして馬鹿?」
「お前マジで言えよ! こっちはお前みたいに慣れてないんだから分かるわけねぇだろ!」
ニヤニヤ笑いで煽る夢宮に声を荒げていると、
「おいおい、ようやく起きたと思ったら何騒いでんだ石火。早く飯食おうぜ」
修一がコンビニの袋を片手に近付いてきていた。
「おう。つーわけだ、さっさとどっか行け馬鹿」
「ふん、言われなくても! あと馬鹿はあんただから!」
「うっせ」
捨て台詞を吐いて去る夢宮に一言投げて、鞄の中から弁当箱を取り出した。そして修一の方を向くと、修一は前の席の椅子を借りて座りながら、こちらを睨んでいた。
「おい、なんだよ」
「お前やっぱ花蓮ちゃんと仲良いじゃねぇか!」
「別に仲良くなんかねぇよ。むしろ悪いぐらいだ」
「仲の悪い奴がわざわざ近寄ってくるかね」
悟ったような顔をして言う修一。確かにそう考えるとそうだ。頭の中に喧嘩するほど云々だとか言うことわざが浮かんでくる。
だが、
「まあ、あいつはそういう奴なんだよ」
認めるのは癪だ。
「仲が悪い奴に近寄ってくるような奴ってことか?」
「ああ」
「そんなもんか」
「そんなもんだ」
お互いに顔を見合わせて、プッと吹き出す。平和だ。こんな日常がずっと続けばいいんだがな。
「だけどやっぱ納得いかないからお前の卵焼きはいただく」
「おいやめろ修一!」
──────
────
──
─
「よし、打ち合わせ通りに頼むわ。ヘタれて失敗しないでよ」
「言ってろ」
深夜街中の路地。曲がり角からラスターの存在を確認しながら会話を交わす。半日前の日常が嘘みたいだ。
今回のラスターは昨日の三匹と違って足が巨大だ。
夢宮曰く、巨腕のラスターよりも巨脚のラスターの方が珍しいらしい。違いは見ての通りだと夢宮は言った。巨腕は腕力、巨脚は脚力が異常なんだと。つまり、今回のラスターは今までよりも速い。
「じゃあ、行くわ」
そう言って夢宮は駆け出す。なるべく音を立てないように走る夢宮は、ラスターから二十メートルほど離れた場所にある街灯の下で立ち止まった。
光で姿が露わになった夢宮に気付いたラスターは、その瞬間、地を蹴る。そのたった一蹴りでラスターは夢宮との距離を十メートルは縮める。それはあと一歩で夢宮の元に到達できるということ。
だが、俺達は今回事前に対策していた。それは相手の方が早く動けるなら、相手に距離を詰めてもらおうという作戦。
こちらも一緒になって動いてしまえば、その分相手と距離が縮まる速度は増す。ならば十全に対応できるよう、あえて受け身の態勢を取る。それならば俺が『石眼』を使うタイミングにも困らない。それに今回はあいつに指示を出すよう言ってあるからな。
夢宮が打ち合わせ通り片手を上げる。それに合わせて、
「【左眼変質】『石眼』 止まれ」
能力を解放する。
二歩目を踏み出そうとするラスターの身体が硬直する。夢宮はそのラスターとの距離をわずかに詰めて吠えた。
「【右手変質】『空槍』!」
射出される空気の槍が寸分違わずラスターの胸を抉り取り、消滅させた。
そしてようやく緊張感から解放された俺は、ほっと一息吐く。この緊張感だけは何度経験しても慣れない。今回は昨日と勝手が違う巨脚ラスターが相手だったから尚更だ。
「まあまあのサポートだったわ」
サイドテールを揺らしながらこちらに戻ってくる夢宮。
「お前こそ相変わらずのトンデモ火力だな」
互いに賛辞のような何かを交わしていると、甲高い機械音が鳴り響いた。これは、今まで何度か聞いた音。ラスター出現の合図だ。
今度は溜め息を吐いて、夢宮に問う。
「……次はどこだ?」
「ちょっと待って。……二丁目の真ん中辺り、に一体」
「は?」
二丁目ならば、四丁目のここから大して離れていないから良かった。等と考えていると最後におかしな言葉が聞こえた。二丁目に一体、ということは他にもいるってことか……?
「それと七丁目に一体ね」
「おい、複数体同時に現れるとかあんのかよ!」
「当然でしょ、別に規則性を持って出現してるわけじゃないんだから」
「てめぇ……、いやいい。とにかくこの場合どうするんだ?」
やれやれとでも言いたげな夢宮に腹立たしさが限界を超えそうになるが、なんとか抑えて現状脱却の案を尋ねた。
「まあ……、そうね。二人いるんだし、ここは手分けね」
「は!? 馬鹿待て、この野郎! 俺にラスターへの決定打はねぇんだぞ!」
「別に姿は現さなくてもいいじゃない。物陰から見張ってればいいのよ。万一通行人が現れたときのためにね。こんな深夜だし滅多にないとは思うけど」
なるほど……。確かにそれならば被害を抑えられるか。
「だけど、その万一があったらどうすりゃいいんだ」
「そのときは喜んで犠牲になれば? もう時間ももったいないし行くわね」
言って夢宮は本当に走り出す。
「このバカッ! そんな適当な作戦があってたまるか、待て!」
後を追おうと走り出したときには既に夢宮は遠く。
もう一度深く溜め息を吐いてから思い出した。そういえばどっちに行けばいいか聞いていないことに。と思った直後、スマホにメッセージの通知音が聞こえてきた。
開くと、そこには画像とメッセージが一つずつ。
『あんたは四丁目の方に行ってちょうだい』
そんなメッセージと、マップの画像。これは四丁目のマップだ。四丁目ど真ん中の交差点に一つ赤い点のマークがある。これがラスターの位置だろうな。三丁目から近い四丁目の方を俺に任せたのはせめてもの配慮だろうか。多分違うな。
仕方ない、行くか……。
戦力を分散した方が効率が悪くなるのではなかろうかとも思ったが、諦めて四丁目へ向かうことにした。
ラスターのマークがある近くまで来た。人の気配もないし騒ぎも聞こえないということは、誰も被害に遭ってないということだろう。
音を立てないようゆっくりと移動しつつ、警戒を強める。今もマークと同じ場所にいるとは限らないからな。近くにはいるだろうが。
ラスターは黒で、今は深夜だ。暗闇に紛れて見逃さないよう、気を配りながら交差点が見える地点に到達する。恐らくは交差点から離れていると思うが。
しかし、そんな予測は外れた。交差点手前にある街灯の光を受けたラスターの身体がよく見える。ただ、問題があるとすれば。
交差点にいるのがラスターだけではないということだ。
そこには、
ラスターの隣には、黒ヘルメットがいた。




