5話『空槍』
暗闇の中、街灯の光だけを頼りにして住宅街を駆け回る。白シャツが汗でベトベトだ。
「おっそいのよ、あんた。さっさと走りなさいよね!」
「馬鹿、お前が早いんだよ……! こっちの体力を考慮しやがれ……」
呼吸を乱しながらなんとか夢宮の後方に張り付く。化け物の元にいち早く辿り着くために鍛えたのか知らないが体力が尋常じゃない。純粋な短距離走なら引けは取らないと思うが。
「あんたに合わせてたら夜が明けるのよ」
「明けるか馬鹿!」
「馬鹿馬鹿うっさい! 急がないと被害が出るでしょうが!」
まあなんのかんの言いながらペースは緩めない。俺も、夢宮も。こうしている間にも被害が出ているかもしれないのだから。
「さっさと殲滅しないと……」
「……分かってる」
夢宮の背へ小さく返事を零し、少しだけペースを上げた。
こうやって深夜に街中を走り回る。それが夢宮と交わした契約内容の一つだった。
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半日前に遡る。
夢宮は食べ終わった弁当を膝の上に置いて口を開いた。
「それじゃあ何をするかの話に入るわ」
「何をするか?」
疑問に首を傾げる。唐突に何をするかと言われても訳が分からない。
「化け物退治の内容よ」
「ああ、なるほど」
「まず認識を共有しておかないと話が進まないから、とりあえず大枠だけ説明しておくわ。化け物というのは全身黒色の人型生物。これは遭遇しているあんたなら分かってるわよね?」
夢宮は指を一つ立てる。
「ああ、問題ない」
「化け物は全部が全部同じ形をしているわけじゃない。大体は似ているけど、腕がやたら大きかったり、足が大きかったりという個体差が存在するわ。基本的に大きい部位が化け物の武器だから気を付けて」
頷きを返すと、二本目の指が立てられる。
「化け物のことを、レボルスでは『ラスター』と呼ぶわ。あんたもこの呼び方で統一して」
「なんでだ?」
「誰かにうっかり話を聞かれたときのため。ラスターって言ってても意味分かんないけど、化け物だったら興味を持つ可能性もあるでしょ」
「ふーん。まあ……、分かった」
今までは俺に合わせて化け物って呼んでたってことか。なんでラスターという名称なのかとか気になるが、そこを突っ込むと話が長引きそうなので流しておく。
三本目の指を立て、三つ立てた指をこちらに向ける夢宮。
「とりあえずはこの三つ。他に何かあれば随時教えるわ」
いつかのように向けられた指を腕ごと払いのけると、夢宮は不服そうな顔をしながらもようやく本題に入る。
「それでやることの説明ね。といっても単純明快よ。力さえあれば猿だってできるわ」
「無駄に煽らなくていいからさっさと言え。昼休み終わるだろ」
「ふん。とにかく深夜に街中を駆け回るだけよ、化け物を追ってね」
「おい、アテもなく走るだけか?」
もしそうだとしたら終わりが見えない。さすがに学業に影響を及ぼすのは困るぞ。
俺の嫌そうな顔を見てか、夢宮は満足げな表情でスマートフォンを取り出した。
「もちろんアテならあるわ。レボルス特製のアプリでラスターの出現、それと位置も分かる。昼間は出現通知が来たら動くから」
「……昼間も動くのか。授業はどうするんだ?」
「ちゃんと組織から学校へ公欠扱いにするよう言ってるから。あんたに関しては私から話を通しておくわ。さすがにそれぐらいはするのが義理ってもんだし」
それを聞いて短く息を吐く。良かった、毎回授業を抜ける度に単位が飛んでいくんだったら辞退するところだったぜ……。
だが問題はまだ残ってる。
「ならいいけどよ。あんま授業抜けてると付いていけなくなるんだが」
「……あんたって変なとこで常識人よね。まあ、そこは心配ないと思うわ。なぜか知らないけどラスターが昼間に出ることはあまりないから。と言っても夜に比べての話だけど」
最後の一言で一気に信用できなくなったわ。
だが冷静に考えると夜もそんなに出ないんじゃなかろうか。大量に出現するのだとしたら、この地区を夢宮だけに任せるようなことはしないだろうし。
そもそも情報統制されているとしても人の口に戸は立てられない。だからこの街だけででも噂になっているはずなのだ。それがないということはそこまで発生していないということの裏付けになる、と思う。あまり自信はない。
「まあ昼間にあんまり出てこないなら文句はない。じゃあ俺はとにかくお前に付いていけばいいんだな?」
「そうね、とにかく付いてくればいいの。むしろ私がいないときは動かないようにしなさいよ」
「分かってるっての……」
釘を刺す夢宮に、思わず苦々しい声が出た。そんなつもりは一切なかったが、恐らく勝手に黒ヘルメットを探しそうだと思われていたんだろうな。
だが苦々しい声が出たのはそれが理由ではない。いつの間にか行動の主導権を握られていることに気付いたからだ。今は特に不自由ないからいいが、この先何かあると主導権を握られていたままじゃ困る。とはいえ現状どうしようもないことも事実なので素直に従っておくしかない。
疑念を全面に押し出した眼差しを向ける夢宮は、その手に握ったスマートフォンを強調して言う。
「とりあえず連絡先を交換しておかないとね。深夜の徘徊は定時に行うけど、緊急のときは連絡するから」
一つ溜め息を落としてから、こちらもスマートフォンを取り出す。
「はいよ。これが終わったら教室戻るぞ、そろそろ五時間目が始まる」
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半日前はここまで走り回ることになるとは思いませんでした。まさか深夜零時から全力疾走することになるなんて予測付かないだろ……。
「そこの角を曲がったらいるわ。このまま突っ込むから、能力の準備をしなさい」
路地の角を曲がる夢宮の後に追随し同じように角を曲がる。まっすぐに駆ける夢宮の先に視線を向けると、それはいた。
等間隔に並ぶ街灯の内、四つ目の辺り。
異形の化け物。俺が一度殺されかけた、夢宮がラスターと呼ぶモノ。あのときのラスターとは違い、今回のやつは異常に腕がデカい。
夢宮とラスターの距離はおよそ二十メートル前後。まだあいつが射程圏内と言っていた距離には到達していない。……そういえば、あいつに正確な能力の内容を教えてもらってねぇ。
くそっ、だがやるしかない。あのときあいつは五メートルぐらいの距離で射程圏内と言っていたんだから、それを基準に考えるべきだ。止めた一秒で射程圏内に入り、即座にあいつが能力を行使できるタイミングで止める。
十五メートル、十四、十三、十二、十一、今だ!
わずかに膨らんでいた恐怖心を無理矢理抑え付け、自らを鼓舞するように叫ぶ。
「【左眼変質】『石眼』 止まれ!!」
夢宮の存在に気付き、動き出そうとしていたラスターの動きが止まる。その瞬間、夢宮は一気に加速してラスターへと近づき、そして。
「【右手変質】『空槍』!」
まるでハンドボール投げのように跳んで右手を突き出す夢宮。
次の瞬間。
ラスターの胸の中心が筒状に抉り取られた。
「はっ?」
思わず声が漏れる。胸の中心とは言ったが抉られた穴は胸全体に及んでいる。つまり、上半身の半分が、消し飛んでいた。次いで他の部位も消滅していく。
着地した夢宮はこちらに振り返って、ゆったりと歩いてくる。そんな夢宮に小走りで近づいて尋ねた。
「お前……、さっきのは何だよ?」
「私の能力だけど?」
さも当然という表情でそう言う夢宮。むしろ何か文句でも? なんて言ってきそうだ。
「いや、馬鹿か。それは分かってんだよ。能力以外であんなことできたら、お前の方が化け物じゃねぇか」
「うっさい。それで何よ、私の能力がどうかした?」
「どういう能力なんだ? 一撃でラスターを消し飛ばすほどの火力があるのは分かったが」
街灯があるとはいえどやはり暗がりだ。それに夢宮と距離があったせいで、正確にどんな能力だったのかが把握できていない。
「そうね、能力について教えておいた方が連携も取りやすいと思うし教えておくわ。私の能力は右の掌から空気の槍を射出する能力。射程は十メートル前後。コンクリートの壁ぐらいなら普通に貫通できる程度の威力はあるわ。もちろんラスターもね」
自信満々にそう言う夢宮に対して、俺は戦慄を覚えていた。こいつの能力に、ではなく。いやそれもある意味正解だが、昼間の一戦に、という方がより正解に近い。
「おまっ、そんなあぶねぇモンを俺に撃とうとしてたのか!?」
「うっ、し、仕方ないでしょ!? バトルするなら能力を使わざるを得ないじゃない! それにあれよ? 当てる気なんてなかったんだから! 本当よ?」
本当と言う割には眼が泳いでいる。こいつ、当てる気満々だったろ絶対。
「まあ……、未遂で済んだからいい。いや、よくはないがな。とりあえずお前の能力は分かった。さっきはお前の能力がよく分からなかったから連携が取り辛かったが、これでもう大丈夫だろ」
「それは悪かったわ。チームプレイなんて初めてで忘れてたのよ。でもそうね、」
そこで一度言葉を区切る夢宮に首を傾げる。
夢宮は俺の横を通りすがりながら、呟くようにしてこう言った。
「……さっきは助かったわ」
予想外の言葉を受けてわずかに固まってしまう。まさかこいつが感謝を口にするとは。
そのまま来た道、曲がり角を曲がろうとする夢宮の方へ振り返ると赤くなった耳が目に入り思わず笑ってしまう。
「ふはっ、そうか。……なら良かった」
「ほらっ! 早く見回りに戻るわよ!! ボサッとすんな!」
「行くから待てって」
なんだ、こいつにも可愛いとこあるじゃねぇか。




