23話『母親』
かつて俺は母に捨てられたのだと思った。同級生の子と喧嘩したのが原因か、算数のテストで酷い点を取ったのが原因か、はたまた……、等と悩んだこともあった。
けれど、時が経つにつれ、そんな想いも薄れ、親父がいる分恵まれている、いなくなった人間についてあれこれ考えるなんて馬鹿らしいと自分を誤魔化し始めた。もう会うこともないだろうからな、と。
なのに、
「なんで、あんたがここにいるんだ……!」
母さんは玄関から室内へゆっくりと入ってきた。
「実の母に向かって、あんたとか酷くない? それにさー、母が息子に会いにくるのに理由がいる?」
「ふざけんな!! もう五年も会いにこなかったあんたが、今更何を母親面してやがる!」
俺の能力がもしも『空槍』だったなら構わずぶっ放してるところだ。
青筋を立てる俺の隣で、夢宮は何故かそわそわしていた。理由を尋ねるその前に、先程の母さんの言葉を思い出す。
そういえば裏切りとかなんとか言っていたな。
まさか……、そう思いながら夢宮の方を見る。夢宮はなおも挙動不審なまま、頭を下げた。
「……お久しぶりです、春道トップ」
「いやー、そんな畏まらなくていいよ? だってもう敵同士でしょ? あたし達」
笑顔でそう言う母さんの言葉に、夢宮の顔が引き攣った。
元上司にそんなことを言われれば夢宮の反応もおかしくないが……。いや、問題はそこじゃない。
母さんがレボルスのトップ? こいつ、この五年間で何をやってやがったんだ……?
「おい、あんたがレボルスのトップっていうのはどういうことだ」
「どういうことも何も、その通りの意味だけど、っと」
言いながら、大きくこっちにジャンプしてくる母さん。その瞬間、母さんが元いた場所へ鞘付き刀が振るわれる。
それが空間移動していた安藤によるものだと理解するのに時間は掛からなかった。それより、今の動きはまるで……。
まったく同じことを思ったのだろう安藤が刀を前に構えたまま口を開く。
「私の攻撃を読んでいたのか? レボルスのトップよ」
「どうぞ初めまして、春道桜花よ。覚えて帰ってね? 安藤君?」
振り返っておどける母さんに舌打ちしながらも安藤は表情を変えない。
「質問に答えろ。でなければ次は刀を抜いて振るう」
「いいけど、どうせ当たらないわ? でもまあ質問には答えてあげる。あなたの言う通り不意打ちで真後ろから胴体に向けて横薙ぎ。ちゃんと読んでいたわよ」
「一切こっちを見ずにそこまで読んでいたと? 不意打ちは不意を狙うから不意打ちと呼ぶんだ。お前に回避される隙間などなかったはずだが」
「別にあなたの方を見る必要なんてないじゃない。だってこの世界には能力なんていう便利なものがあるんだから」
何か訳の分からないモノを感じ肌が泡立つ。それは俺だけでなく、他の二人も一緒だったようで反射的に一歩下がっていた。
その中で最も早く立ち直ったのは、──夢宮。
仰け反るような体勢からすぐに前傾姿勢へと移行し走り出す。
「すいません、トップ。話は全部後で聞きます! ──大威!!」
その叫び声で察する。今の夢宮と母さんの距離は約十メートル、つまり、
俺の出番だ。
「【左眼変質】……、ぐっ! 『石眼』!!」
頭痛を抑えながら無理矢理に能力を発動させる。
幾十ものラスターを屠ってきた、俺と夢宮の必殺コンボだ。人の身であっても、むしろ人の身であればこそ一溜まりもないだろう。
……そのはずなのに。
「足狙いだとしてもさすがにそれはショック死するかなぁ。まあ配慮だけは受け取っておくけど」
ひょいっと真横にステップするだけで、なんなく夢宮の一撃を回避した。
うっそだろ……、って固まってる場合じゃねぇ!
「安藤!」
その掛け声だけですぐに気が付いた安藤が空間を跳び、俺の真横へと姿を表す。
安藤がいた場所のすぐ後ろ、ちょうど玄関の前にある床を空気の槍が抉った。今のは危うく同士討ちだった……。
それも、俺のせいで。
「小娘。貴様、やはり腐ってもレボルス所属ということか」
「いやいや、今のは私というよりも────」
「ああ、──俺のせいだ」
恐らく当たっていれば安藤の方までは届かなかった空気の槍。それを当てられなかったのは夢宮のコントロールが悪かったのではない。
「俺の能力が、発動しなかった……」
頭痛のせいか……? だが夢宮と戦ったときはしっかりと使えていた。黒化が広がったせいで能力が失われている? しかし変質した感覚は間違いなくあった。
ならばなぜ……。
一番母さんの近くにいる夢宮が大きく後退して俺の眼の前まで来るのと同時、母さんもまた三人固まった俺達の近くまで歩いてくる。
そして言った。
「息子ちゃんの能力は能力細胞に応じて発動するんでしょ? なら発動しなくて当然。だってあたしは、────能力細胞を持っていないもの」
恐らく、他の二人も俺と同じ表情をしているだろう。まさに唖然という言葉が最も似合う表情を。
「なーに? その顔は。ふふ、あたしが能力細胞を持ってないのがそんなにおかしい?」
「……いや、それだとおかしいだろう。先程貴様は私の攻撃を読んだのは能力によるものだと……」
安藤の言う通りだ。が、母さんが黒色に変質したところを見ていないのもまた事実。
見えないところが変質する能力ならおかしい話ではないが、見えないところを変質させて攻撃の先を読むような能力を……?
だが、そもそも能力細胞を持ってないと言い張っている。
「うーん、皆がそんなに困った顔をするってことは『ガルディア』の研究も大して進んでないみたいねぇ。ガルディアのトップ、安藤君?」
安藤の舌打ちする音が聞こえてくる。
ガルディア……? どこかで聞いたような気がするが……。と、考えて比較的早く答えは浮かんできた。
そうだ、能力研究機関『ガルディア』! レボルスとは違う、もう一つの能力関係組織の名前だ。
「お前が、ガルディアのトップ!?」
「レボルスに情報が流出しないために伏せておいたのだが、向こうのトップに知られている今、隠す意味もない。その通り、私はガルディアのトップだ」
安藤か返ってくる肯定に驚きを隠せない。が、今思えば、納得できる部分しかない。
能力に詳しいことや、レボルスを追っていたこと。
なにより一番の決め手はあの注射だ。おかしいおかしいとは思っていたが、能力研究機関によって作られたのだとすれば納得はできる。
暮野さんが安藤のことを先輩と呼んでいたのも上司だからということか。
しかし、
「ガルディアの研究が進んでないからって何なんだ。あんたの能力の話とはまったく関係ないだろうが」
「それが関係あるのよ、息子ちゃん。だって研究してたらこう思うはずでしょ? 能力というのがウイルスに宿っているのか、人間に宿っているのか。どっちなんだろうって」
母さんから向けられた言葉に、安藤は隣で静かに口を開く。
「ああ、そうだ。そしてそれは人間ということで決着が付いている。ウイルスは細胞を変質させ、能力を無理矢理引き出すためだけの存在に過ぎないと」
「そうそう、大正解。ってことは、こうも思わなかった? 無理矢理引き出されなくとも能力を行使できる人間がいるんじゃないかって」
恐らくその場の全員が、同じ思考に行き着いた。
母さんの言葉から察するなら、それは。
「そういうこと。つまり私は変質しなくても能力が使える、言わばナチュラル能力者。だから私には能力細胞なんてないし、息子ちゃんの能力に捕まることはない。お分かり?」
俺達の思考を読んだかのようにそう言い放つ母さん。
なんという、なんという絶望だろう。だってそれは、この場において俺が完全な役立たずであるということを意味するのだから。
無力感に打ちひしがれる俺の隣で、夢宮の右手がゆらりと持ち上がった。
「止められなくても、避けさせなければ問題ない! わざわざ近寄ってもらってありがとうございます、トップ!」
距離はおよそ五メートル。さっきみたいに攻撃を予感させる突貫はない。完全な形での奇襲。
いくらなんでもこれを回避できるはずが────。
「会話の最中に隙を見て、空気の槍を射出。今度は回避しにくいように身体のど真ん中を狙った一撃。残念だけど読めてるよ、夢宮ちゃん」
またもひょいと真横にステップを踏むだけで奇襲を回避する母さん。
「なん、で……」
夢宮の言葉が示すのは避けられたことに対しての疑問か、それとも、行動を完璧に言い当てられたことに対する疑問なのか。
だが、今ので分かった。
「あんたの能力は人の心を読む能力か。それで何をするか読み取り、動きの先を読んでいるってことだろ。でも、だったら三人同時に心を読めるか?」
最後の言葉は母さんに向けたようでいて、そうではない。夢宮と安藤に向けたモノだ。
二人もそれを察し、瞬時に動き始める。俺はすぐ近くにある机の元へ走り出しナナメから置いてあるペンを一投、安藤は空間を跳び母さんの真横から足元を鞘付き刀で一閃、夢宮は真正面から空気の槍を射出。
俺の攻撃こそしょぼいが、それでも三点同時攻撃だ。俺の分は隙ぐらいなら作れるだろう。
「確かに読心能力だったら複数人攻撃は有効かもねぇ。でも……、ぶっぶー、残念! 私は読心能力じゃありませーん」
俺達の攻撃にはわずかな誤差があった。打ち合わせもしてないのだから当然だ。
だから、そこを狙われた。
真横に現れた安藤の振るう刀を踏み付け、安藤の胸倉を掴む母さん。そのまま元々母さんがいた位置へ引っ張られる安藤へ空気の槍が直進する。
「馬鹿、跳べッ!」
空気の槍が安藤の右肩に触れる、と同時に安藤の姿が消えた。そして再び俺の隣に現れるが……。
その肩からは鮮血が吹き出していた。
「黒ヘルメット!? ごめん!」
あの夢宮が親の仇に謝るほどに。
安藤は左手で肩を抑えながら言う。
「貴様が謝ることじゃない。迂闊だったのは私だ。しかし今ので分かったぞ、貴様の能力がな」
「あらー、その前に傷の手当てをしておいた方がいいんじゃない?」
茶化す母さんを無視して安藤は話を続けた。
「貴様の動きはあまりに正確すぎる。振るわれる刀を踏み付けることができるくらいにはな。これは心が読めるからといってできる芸当ではない。だから貴様は心が読めるんじゃない。先が視えているんだ」
「つまりは未来視。これが貴様の能力の正体だろう」




