22話『代償』
「分かるに、決まってんだろッッッ!!」
首を絞める腕を掴み、吐き捨てるように叫ぶ。
「嘘を────」
異を唱えようとする夢宮の言葉を遮って、俺は言葉を紡ぐ。
「幼い頃、母さんは出ていった。昨日、親父は身体の半分が動かなくなった。ああ、そうだ。当然あると思い込んでいた日常はなくなった! だから親父を助けるために俺は安藤の側についたんだ。この、黒化細胞を消し去るためにな!!」
閉じていた眼を開く。夢宮は、俺が能力を使用したと思ったのだろうか、身体を強張らせて睨む。が、すぐに一秒間の硬直がないことに戸惑い、今度は俺の眼が黒いままなことに驚きの声を上げた。
「はっ? どういう、こと……?」
「人が化け物になるとき、能力を使う部位から少しずつ黒くなっていく。つまり大威石火は化け物に成り掛けているということだ。抑制注射でなんとか抑えているがな」
いつの間にか、夢宮のすぐ後ろまで近づいてきていた安藤が答える。
夢宮はもはや安藤に意識が向いていないのか、近付いてきていることなどまったく気にせずに俺の左眼だけを見ていた。
「化け物、ラスターに成り掛けて……? ってことはあんたのお父さんを助けるためっていうのも……!?」
「あの馬鹿親父の半身は黒に染まった。元に戻すためには安藤の力がいるんだ。だから、お前の復讐なんかにゃ付き合ってらんねーっつってんだよ! 分かったら、────この手を離せッ!!」
半ば放心状態になり掛かっていた夢宮を見て、そのタイミングで。
俺は夢宮の腕を掴んでいた手に力を込め、首から外させる。更に身体を横に倒すことによって『空槍』の射線から完全に退いた。
同時に、俺という人質がなくなったことで安藤が夢宮の横に現れる。今なら夢宮を拘束できる、そう思った瞬間、放心し掛けていたはずの夢宮の瞳に力が戻る。
「それでも、私はこいつを殺す! 私にはもうこれしかないんだからッ!」
俺の手を振り払い、右手という砲身を安藤へ向ける夢宮。
対する安藤はたった今能力を使用したばかりだ。チャージ式とあいつは言っていた。ということは少なくとも一秒間はスパンが空く。移動した瞬間からチャージを開始していたとしても間に合わない……ッ!
くそっ、最後の最後で気を抜いちまった……。俺があの手を離さなければ……。いや、今は懺悔してる場合なんかじゃない!
無理矢理に身体を倒したことでよろめき床へと倒れていきながら、思考を加速させる。
まだだ、一つだけ策はある。俺の能力を使えば、チャンスはある!
でも普通に使ってたんじゃ駄目だ。安藤がもしチャージを開始していなかった場合を考えると、夢宮から一秒間を奪ったところで何の足しにもならない。
だから、だから────、
────止めるべきは、夢宮じゃない。
「【左眼変質】『石眼』ッ!!」
能力を発動させる。バキリと頭の中で何かがひび割れるような音が聞こえた気がした。
それでも俺はこの能力の手綱を離さない。決して離してなるものか。安藤は殺させないし、夢宮に人殺しもさせない。
安藤に右手を向けていた夢宮が首を傾げ、戸惑いの声を上げた。
「な、なんで!? なんで『空槍』が発動しないの!?」
安藤はそんな夢宮の言葉を聞いて、床に倒れ込んでいる俺の方へ視線を向ける。
「……大威石火、お前か」
「ああ」
酷く痛む頭を押さえ、夢宮から視線を離さずに短く返す。
「どういうこと? あんたの能力は相手を一秒止める、それだけの能力だったんじゃないの!?」
「俺の能力の本質は、黒化細胞を止めるモノ、らしい。そんで能力を使う部位ってのはまさにそれの塊だろ? つーことはお前の右手に能力を使えば、細胞が止められるんだから能力は使えなくなるんじゃないかと思ってな。上手くいってよかったぜ」
正直賭けだった。親父のラスター化こそ止めたが、能力機能を止められるかは未知数だったからな。これが黒化細胞の進行を止めるだけにしか使えなかった場合は、全部終わっていたわけだ……。
安堵の息を吐く俺に、安藤は夢宮の腕を拘束しながら言った。
「もうやめろ、大威石火。それが何を代償にしながら、発動し続けているのか分かっているのか?」
「何を代償に、だと?」
夢宮の右手を完全に拘束したのを見て、俺はようやく『石眼』を解いた。
今までよりもなお激しい頭痛を実感しながら、立ち上がる。立ち上がった俺の顔を見た夢宮は驚愕の表情を浮かべた。
「あんた……、顔が……」
顔? と疑問符が浮かぶが、先程の安藤の言葉を思い出しすぐに答えが浮かぶ。
恐らく黒化が広がっているんだろうな……。代償っつうのはこれのことか。
だけどな、安藤。俺はこれぐらい覚悟の上だよ。
「そんなことより、夢宮」
「……何よ」
「お前はさっき言ったな」
「……さっき?」
ぶっきらぼうに、しかし律儀に返事を寄越す夢宮に苦笑しながら俺は。
この場の誰もが驚くことを告げた。
「お前は俺に、『私の側に付け』って、そう言ったよな? その言葉、俺がそっくりそのまま返すよ。つまり、」
「俺の側に付け、花蓮。一緒に、レボルスをぶっ潰そう」
「は、はぁ!? あんた、私がどこに所属してるか分かって言ってるわけ!?」
これには夢宮ばかりか、安藤も面食らった顔をしていた。
まあそうだろうよ。あまりにもいきなりだし、思い付きにもほどがあるし、行きあたりばったりが過ぎる。
だけど、
「安藤を殺す? 真実が何かも分からずに? レボルスは確かに悪くはないかもしれない。安藤は嘘を吐いてるかもしれない。でもそれは、全て『かもしれない』だろうが。真実ってやつを知るべきだ。何をするにしても、話は全部そっからじゃねぇか?」
夢宮は盲目的だった。安藤を殺すために探し、探すためにレボルスに属す。レボルスの言葉を信じ、何も疑わず、ただ安藤を殺そうと突っ走った。
夢宮は少し考える素振りを見せながら、首を一度横に振る。
「でも私は復讐のために……」
ああ、そう言うと思ったさ。だから反論は用意してある。というよりも、俺はこれを言うために夢宮を誘ったのだから。
「その復讐だがよ。能力がラスター化の素で、能力をばら撒いたのがレボルスだったら、復讐の対象ってのは変わるんじゃねぇのか?」
「は……?」
「だってそうだろ。例えば人を襲う化け物を生み出す科学者がいたとして、悪いのは人を襲う化け物か? いいや、科学者の方がどう考えたって悪い。まあこの例え話とは被害者と化け物の役割が逆だけどよ……」
夢宮の両親がラスター化しそうになって、安藤は被害を出さないため変質し始めた段階で殺した。だったらラスター化の元を撒いた黒幕こそが、夢宮の本当の復讐対象なんじゃないだろうか。
再び夢宮がしばらく考え込む。数分間の時間が経ってようやく口を開き、そして。
「はぁ……、分かったわよ」
肯定の意を示した。ぐっと小さくガッツポーズを見せる俺に、夢宮は眼光を強めながら忠告する。
「ただし、私が付くのはあんた側だから。間違っても黒ヘルメット側じゃない。それと黒ヘルメットの言葉が嘘だって分かったら、その瞬間に風穴を開ける。分かった?」
「ああ」
安堵したからだろうか、随分と気が抜けた。短く返事をして、床に腰を落とす。
背を逸らすと甲高い骨の鳴る音が聞こえて疲労を実感した。
「てことだから、とっとと離しなさいよ! いつまで触ってんの!」
「私とて触りたくて触っていたわけではない。貴様がやたらと牙を向けてくる凶犬だから縛っていただけのことだ」
「あんたねぇ……、今からここで戦い直してもいいんだけど? 次こそは撃ち殺すから」
もう夢宮と安藤の口喧嘩を止める気力すらねぇや。
だからこのままやらせとこう、とそう思って身体から力を抜こうとした瞬間、
夢宮に抉じ開けられて全開のままだった玄関の扉、その奥から空々しい拍手の音が聞こえてきた。
夢宮と安藤も口を閉じ、一斉に玄関の方へ首を向ける。
そこに、いたのは。
「いやはや、まさかあのタイミングで勧誘に出るとはねぇ。まさかの策に驚いて最後まで見守っちゃった。まっ、あんな熱烈な告白されたら夢宮ちゃんが揺れ動くのも仕方のないことだし? 裏切りについては不問にしてあげよう。私ってば優しい、ね?」
ブルーとグレーの服装に身を包み、黒いセミロングの髪型をした女性。
「というわけで、こんばんは。そして久しぶり。あたしの大切な愛息子ちゃん。なんか左眼のとこが黒いけど歌舞伎役者の真似っこかな?」
俺の、母さん、だった。




