21話『理解』
「こっちにだって事情がある。お前の復讐に付き合ってる暇なんてねぇんだよ!」
もう引き返せない、引き返す気もない。
俺の言葉に同調する奴だっている。
「ああ、こっちにも事情がある。お前の敵愾心については心当たりさえないが、だからこそ付き合っていられるものでもないな」
安藤は俺の隣にふっと現れ言った。意見を示し構える俺と安藤だったが、空気の槍は、飛んでこない。
何故か夢宮は変質させていた右手を元に戻し、わなわなと震えていた。
まさか戦意を失ったのか……? そんな湧き上がる期待は、夢宮の叫びの前に淡く消し去られる。
「ふっざけんじゃない!! 心当たりがない? 付き合っていられない? どの口が、誰がそれを言ってんの!!」
ふらりとよろめき、部屋の端にある大きなカーテンの元に寄り掛かりながらも、夢宮は先程までよりもなお強い怒りを秘めた眼光を向けてくる。
向けられる先は俺ではなく、安藤だったが、それでも身震いするほど鋭い眼光。あいつの能力の射程、その外にいるにも関わらず貫かれるのではないかと思えるほどの。
「父を殺した。母を殺した。あんたが両親を殺すところを私は見た!」
思い返されるのは、夢宮の部屋で見た一枚の写真。優しそうな両親だった。
だけど、その復讐だからといって俺が足を止める理由にはならない。無垢な勇者であれば、満ち足りた英雄であれば彼女の言葉に耳を貸すのかもしれない。だが俺は凡人だ。父親の無事を何よりも優先する、自身の事情を誰の何よりも優先するような、ただの人。
夢宮の慟哭が胸に響かなかったわけではない。彼女と敵対することに、資料を盗み出したことに罪悪感がないわけでもない。ただ、それでも進むべき道があるだけだ。
だから俺は平静を保てる。そして安藤もそうだった。安藤は一切の動揺を見せず、しかし訝しげな顔をして聞き返した。
「何の話だ? 貴様の両親を殺しただと?」
「五月六日午後八時過ぎ。幕始町二丁目コンビニ近くの通り。これだけ言ってもまだとぼけるつもり?」
幕始町、それはこの町から一つ町を挟んだ先にある場所。行ったことはないが、そこにある中学出身のクラスメイトが何人かいたような気がする。
「……そうか。貴様、あの二人の……」
「ようやく思い出した? それがあんたを殺す理由。今まで忘れてた分まで色を付けて返してやるから……!」
カーテンを掴み、その掴んでいる左手に力を込めていく夢宮。
こっちとしてはよく分からない話が繰り広げられているが、分かることが一つだけ。それは安藤が夢宮の両親を殺したのが間違いないということだ。
だが何故だ? と思うことはもはや野暮なんだろうな。浅い付き合いだが、意味もなく人を殺すような奴ではないことは知っている。代わりに合理的であれば感情を捨てられる奴だとも分かっている。
半ば読めていた疑問の答えを安藤自身が述べた。
「その二人は化け物へと変質しようとしていた。だから殺した。殺さなければ死ぬのは他の誰かだろう」
やはり、か。修一、俺の親友を殺したのも安藤だ。まだ割り切れてこそいないが、だからこそこいつが人を殺すとしたらどういうときか、というのも理解できる。
こいつは、犠牲の数で殺す人間を秤に掛ける、掛けられる奴だ。むしろ俺の親父を救ったことの方が意外だと言える。
安藤の言葉に夢宮は小馬鹿にしたような表情を浮かべる。
「人のラスター化……、ね。それは前に大威から聞いた。けど、だから何? そこに信憑性を私は感じない。黒ヘルメットの言葉ならなおさらねッ!」
再び右手を変質させ、こちらに向ける夢宮。
ああ、そうか。こいつは意固地になっているのだろう。気持ちは分かる。なにせ俺が一度目の安藤の勧誘を断ったのは間違いなく意固地になっていたが故だ。
こんな訳の分からなくなった世界で信じられるのは何か。それは真実なんかじゃない。だって訳が分からないものの中に埋もれている真実を真実だとは判断できないんだから。
だから信じられるのは自分の信じる人。そして自分の感情だ。
それが夢宮にとってはレボルスで、安藤への怒り。
ただ何度も言うようにこっちにも事情がある。殺す気はないが、大人しくしてもらわないといけない。
俺は隣にいる安藤に一言だけ告げる。
「合わせてくれ」
それだけで理解したのだろう安藤はすぐにその姿を消し、夢宮の真横へと現れた。
やることは単純明快。俺が能力で夢宮を止めて、安藤が拘束する。
眼帯を外し、能力を使うため夢宮の方へと左眼を向けると。映ったのは笑み。
「あんたの能力は知ってるっての! そんで知ってれば対策もできる!」
対策? 俺の能力への対策と言ったら止められる一秒間の時間に近付かれないよう距離を取るしかない。が、安藤がいる以上、距離を稼がれたところで問題にはならない。そう思っていた。
が、俺は酷い思い違いをしていたことに気付く。
だってこれは能力を、掛けられてからの対策だ。夢宮の言っている対策がそうではないことはすぐに分かった。
なぜなら夢宮は掴んでいたカーテンを引き千切り、まるで芸者のようにくるりと回ってカーテンで身を包んだ。
最初は何を舞っているんだと思ったが、なるほど。これじゃあ、夢宮を視界に収められない……。これは、俺の能力に掛けられないようにする対策か!
いや、違う。それだけではない。視界に収められないということは、夢宮の動きが見えないということじゃねぇか。カーテンに身を隠した一番の目的、それは。
「安藤! 離れろッ!」
動きを見せないこと。
とくれば、不用意だったのはこっちだ。一秒間の確実な隙を作れると思い込んで、のこのこと近付いていった俺達こそが。
カーテンの一点が破れる。次いで俺の声に弾かれるようにして飛び退こうとした安藤の足を空気の槍が掠めた。
「大丈────ッ!?」
声が、止められる。
ありえない。眼を離したのはわずか一瞬だったはずだ。
なのに、
「────人の心配なんてしてる場合?」
なぜここにいるんだ、夢宮……!
黒く変質した手で俺の喉を掴んだまま、夢宮は口を開いた。
「この状態ならあんたの能力は意味を為さない。なにせ首を掴んだまま止めれば、私の手も一緒に動かなくなるんだから。そうなればあんたは抜け出せない。万が一抜け出せたとしてもたった一秒で私の射程から抜けられる?」
指が首へと食い込んでいる感覚に顔を歪めながらも、下手には動けない。
勝手に動けばこいつは能力を放つだろうし、能力を使ってもそれは同じだろう。
だからこそ下手に疑われないよう左眼を閉じている。黒くなっていれば能力を使っていると疑われるかもしれないから。
「ああ、無理だ」
それでも口を開くことだけは許されているようだ。きつく首を掴まれてこそいるが、それでも声を出す程度の余裕は与えられている。
「黒ヘルメット、あんたが動いてもこいつを殺すから」
顔は俺に向けたまま、少しだけ大きな声で安藤へと呼び掛ける夢宮。安藤は「今の私は黒ヘルメットではないんだがな」等と茶化しながらも、動こうとする気配はない。
すまねぇな、足を引っ張っちまってよ。
しかし解せないことが一つ。
「なんで俺を殺さない? ……いや、なんで距離を詰める間に撃たなかった?」
まさか今更情が邪魔をしたなんて言うわけでもあるまいに、と言外にそう言い含めて尋ねると、夢宮は表情に苦渋を滲ませる。
「なら、撃つわよ?」
「覚悟があるならな。つっても普通にあるか。だって復讐なんかしようって人間が、まさか人一人殺すのを戸惑うわけも……ッ」
俺の首を絞める力が一段と強くなり、声が出なくなる。
ああ、そうでなくちゃな。こっちは、わざとお前の琴線に触れるよう言葉を選んで喋ったんだからよ。そんでもってこの苦痛に見合うだけの対価は得た。
こいつは俺を殺さない。その眼に宿る怒りの色が強くなっても、俺を殺さないのがその証拠だ。何故殺さないのかは分からないが。
そしてその謎こそがこいつを攻略する鍵になる……、はずだ。
「なあ、……なんで、殺さない? 答えろよ」
息絶え絶えになりながらも、なんとか吐き出したその声は夢宮に届いたのだろうか。聞こえたのか無視したのか分からないが、手の力をわずかに緩めた夢宮はこう切り出した。
「ねえ、取引しない?」
「断る」
「……っ、なんで? 今とりあえず首を縦に振ればあんたは殺さない。なのに」
「俺は、……か。なら無意味だ。だって俺の目的には安藤が必要だ。こいつがいなけりゃどうしようもねぇからな」
「安藤って黒ヘルメット、よね? なんでそんな奴が……ッ! あいつに出来ることならきっとレボルスだってできる! だから──」
そこまで言って、夢宮はすぅっと大きく息を吸い込み、叫んだ。
「だから、私の側に付いてよ! 石火ッ!!」
その瞳は、腕は、身体は、震えていた。震えながら俺に訴えかける。
こいつ、『レボルスの』ではなく『私の』ときたか。
ああ、くそが。その言葉には揺さぶられなくもなかったぞ、夢宮。だから、一生恨んでくれて構わない。
初めて夢宮に名前で呼ばれた動揺をひた隠しながら、作り笑いを浮かべた。
「……そうか。よく分かった」
その言葉に夢宮の瞳はここで初めて怒り以外の感情を浮かべる。それは、期待。
さあ、気張れ。ここからが正念場だ、と俺は心を氷のそれに切り替えていく。
「自分より弱い奴さえ殺せないんだな、お前は。そんなことで復讐なんて言ってんじゃねぇぞ。悪いが、復讐ごっこなら余所でやってくんねぇか」
もはや罵倒にも等しい言葉に、夢宮は最初何を言っているのか分からないというような顔をした。徐々に、俺の言葉が浸透していったのか、夢宮は、
爆発した。俺の喉に掛けた手は、もはや俺を持ち上げようとせんばかりで、向けられる視線は安藤に向けていたものよりなお鋭く激しい。
「────に、────の?」
何かを言っているようだが聞こえない。所々は拾えても、それでは何が言いたいのか分からない。夢宮も俺に届いていないという自覚があるのだろう。
だから彼女は、叫んだ。
「あんたにッ、何が分かるの!? 父と母が殺された。今までいるのが当然だと思ってた思ってた人達が消えてしまった! あるのが当然だと思ってた日常が崩れ去った! その気持ちがあんたに分かる!?」
感情の全てを乗せたその叫びは、この白い部屋の中で反響する。夢宮が抱いているのは孤独だ。
誰にも理解されないと思っている、なのに誰かに理解されたいと思っている。欲しているのは大切な誰かだ。身近な何者かだ。
自身の日常を感じられる、優しい他人だ。
だから俺を殺したくないのかもしれない。
こいつがレボルスだということを知っていて、なおかつ対等なクラスメイトという関係を持つ。こいつの異常も日常も知ってやれているのは俺だけなのかもしれないから。
だがここでなあなあな態度を持って分かるなんて言っても、夢宮は喜ばない。もしかしたら今度こそ撃たれるかもしれない。
感情というものは面倒くさい。理解されたいのに理解できると言われても腹が立つのだから。
奥底ではこう思っているのだ。自分の感情を他人が計れるわけがないと。
ああ、そうだろうさ。お前の感情はお前だけのもので、お前の境遇はお前だけのものに違いない。
でもな、それでも俺はこう言うんだ。
「分かるに、決まってんだろッッッ!!」




