20話『開戦』
夢宮のマンションから出て十分ほど経っただろうか。無事、安藤宅に辿り着き、資料を手渡す。
俺の家からより近いとこに住んでんだな、こいつら。
椅子に腰かけたまま資料の表紙を読み上げる安藤の声を聞きながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。
「【レボルス 行動方針 概要】か。なるほど……、うまくやったな」
「お前なぁ……」
「いや、これに関しては本当に褒めているんだ。なにせお前にしか為し得ないことで、なおかつお前でも成功率は低かっただろう。それをまさか指令を出した次の日に完遂してくるとはな」
「そこまで分かってんならお前の能力で盗ってくればよかっただろ。俺にしか為し得ないだのなんだのって、そっちの方が確実だったんじゃねぇのか」
そうだ、こいつの能力は空間移動のはず。夢宮はそう予測していたし、親父の事件のときに俺もそう確信した。今になって思い出したのが悪いといえば悪いんだが。
安藤は俺の言葉に困ったような表情を浮かべ言う。
「なるほど、そういえばお前には能力を幾度か見せたが説明はしていなかったな。お前の想像しているだろう通り、確かに私の能力は空間移動だ」
「だったら──」
「だが、当然制約というものが存在する。まず、私の能力『超躍』は秒数分チャージしなければ空間移動できない。一秒ごとに十メートル、といったところか」
「まず、ということは他にもあんのか」
「ああ、こっちがあの小娘のマンションに跳べなかった理由なのだが」
こいつ、夢宮についてもそこそこ調べてんな。だったらなおさらこいつが行くべきだったのでは、という俺の考えは、こいつの次の言葉で封殺される。
「縦に跳べない。横にいくら移動出来ても、空には近づけない。地面と平行にしか空間移動できない、と言えば分かりやすいか?」
「……なるほど。だから俺の家のような一軒家には移動できたが、マンション四階に住む夢宮の部屋には移動できなかったわけだ」
ようやく得心が行ったと手を鳴らす俺に、安藤は首肯する。
「まあお前の能力については分かったが、それでこれから────」
そこで唐突に響き渡る轟音が俺の言葉を遮った。
音の鳴った方向、玄関口へ視線を向けると、その先に。
ホットパンツに白シャツというラフな格好をした、茶髪サイドポニーの少女。
夢宮が、立っていた。
俺の右眼に映るのは、鍵のあった部分が丸く切り取られ、くの字に曲がった扉と、静かな怒気を湛えた夢宮花蓮。
能力によって扉を抉じ開けたのだろうということは分かる。だから、俺が疑問に思っているものは最もシンプルな一つだ。
なぜここに?
つかつかと歩み寄ってくる夢宮は、俺がその疑問を口に出さずとも答えを示した。
「あんたを尾行してた。それで辿り着いたのがここってわけ。ここがあんたのアジトってわけでいいのよね? 黒ヘルメット」
前半部は俺に向けて、後半部は安藤に向けて告げられる。そしてゆっくりと右腕を上げていくのが見えたのと同時、俺の身体が思いきり引っ張られ体勢を崩してしまう。
引っ張った人物は一人しかいない。
その人物である安藤に文句でも言ってやろうとしたが、その文句は飲み込むこととなった。
俺の耳元に風を裂く音が聞こえてきたからだ。
「気を付けろよ、大威石火。今のお前は頭痛薬が切れているんだろう?」
耳元でぼそりと囁いて立ち上がる安藤。
……察しのいいことだ。といっても見回りのことも調べているんだろうし、一錠しかなかった頭痛薬の使いどころはそこだと読まれていてもおかしくないか。
安藤は机の横に立て掛けていた刀を片手に一歩踏み出しながら、先程の夢宮の問いに問いを返す。
「何故分かった?」
「今のあんたの言葉だけど?」
言いながら今度は安藤の方に放たれる空気の槍。それを大きく真横にステップして回避しながらも話を続けていた。
「さっきのはブラフか」
「予測とブラフ。わざわざレボルスの資料を持ち出して持っていくなんて、裏切り以外ないでしょ? あくまでレボルスの話を聞きたいだけなら私に直接聞けばいいわけだし。そしてレボルスを裏切ったとすればどこに付いたのか、そう言われればあんた側ぐらいしかない。だから尾行して、こいつがどこに逃げ込んだのかを見て、逃げ込んだ先にいた人間にブラフをかました。分かった?」
俺を指差しながら言う夢宮に、今度は俺が尋ねずにはいられない。
「じゃあお前は、分かった上で俺を放置していたのか……? そもそもいつから俺が裏切ったと分かってたんだ」
「質問は一つずつにして。いつからかって言われれば、怪しいと思ったのはあんたが親睦会の話を持ち掛けてきたとき。やけに必死だったのが引っ掛かってた。だからまあちょっと引っ掛けてみようかと思ってね、家に上げた上で、私自身は退席してみたのよ」
シャワーを浴びるというあれか。
「それでまんまと俺が引っ掛かったと? だが引っ掛けるぐらいならそこで捕えておくのが一番早かったんじゃねぇのか? 現行犯でよ」
「別に、私の目的は、あんたを捕えることでも、資料を持ち出されないことでもない。私の目的はただ一つ。前にも言わなかった?」
夢宮は、ぐるりと旋回して真後ろへと空気の槍を撃つ。
「黒ヘルメットを殺すことッ、だってねッ!!」
おいおい、確実に死角だっただろうがよ……。
驚きを隠せない。なぜなら、俺と会話している内に夢宮の後ろへと跳んでいた安藤を、ただ一度さえ視線もやらず読んでいたかのような動きで迎撃したのだから。安藤もかろうじて回避こそしていたが……。
触れれば死ぬ、即死の一撃。そんなものを人に向けて撃つことに、こいつは一縷の迷いもない。俺はそれがなにより怖い。
「あと大威。あんたはいつまで呆けてるわけ? 今の私は平静を装ってるように見えて、正直自分でも引くくらいぶちギレてる。一度は手を組んだからって、裏切り者を見逃すような気分じゃないのよねぇ!」
そう言われて俺はようやく、今自分が倒れて腰をついたままだということを思い出す。
すぐに立ち上がろうとするが、もう遅い。夢宮の手は既にこちらに向けられ空気の槍が射出される、その直前。
安藤が夢宮の目の前に出現し、鞘を付けたままの刀でその腕を叩き落とした。照準がずれ、思わぬ方向へと飛んでいく槍。
その隙を見て、俺は立ち上がる。
「裏切り者、か。確かにそう言われても否定はできない。だけどな、こっちにだって事情がある。お前の復讐に付き合ってる暇なんてねぇんだよ!」




