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2話『転校生』

「すいません、遅れました」


 結局、普通に遅刻した。今は一時間目の授業途中。数学の担当教師に詫びて、自分の席へと向かう。その最中に気付く。

 教室のど真ん中もど真ん中が俺の席なのだが、そこに見知らぬ女子が座っているのだ。明るい茶髪を右横で束ねたサイドポニーが印象的だが、そんな女子は見たことがない。

 その女子は俺を見て言う。


「あんた誰? なにこっち見てんのよ」


「は? むしろお前が誰だよ。そこ俺の席なんだけど」


 喧嘩腰なこいつの言葉に、ついつい喧嘩腰で対抗してしまう。

 というか本当に誰だよこいつ。と、困惑していると、近くに座っているクラスメイトが俺の小さな声で教えてくれる。


大威(おおい)君、大威君。彼女は転校生だよ」


 転校生……? こんな時期に?


「あんたの席だったの? 私は担任にここ座れって言われたから、てっきり空席だと思ってたんだけど」


「いや、ど真ん中が空席なわけねぇだろ、馬鹿か。そうでなくとも机の中に教科書とか入ってんだからよ」


「誰がバカだ! 遅刻なんかするあんたが悪いんでしょ? 言っとくけど私はどかないから」


 ふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向く転校生。

 くそっ、誰か援護してくれ。と、周りを見渡すもクラスメイト達は目を逸らすばかり。


 いや、分かるよ? 確かにこの能力が生まれた世界で、転校生なんていうどんな能力を持ってるかも分からない奴を敵に回したくないっていうのはよ。

 でもさぁ……。


 今日に限って休みという間の悪い友人がいれば物申してくれたかもしれねぇな。

 心の中でその友人に八つ当たりしながら、視線を転校生に戻す。


「じゃあ俺はどこに座ればいいんだよ」


「後ろで立ってれば? 一応授業は受けられるでしょ」


「授業参観かよ! もういいから、さっさとどけよ」


 それから言い合いはどんどんヒートアップしていき、ついには転校生も立ち上がってお互い顔を近づけて睨み合いになった。

 しかしそこで。


「うっるせェェェェェエエ! 授業中に堂々と喧嘩すんなボケが! 二人とも外出てろ!!」


 と、教師に摘まみ出されることになった。

 クソ、こいつのせいで巻き添え食らった。

 教室の外、つまりは廊下に座り込む。すると意外にも転校生は俺の隣に腰を落とした。ただしずっとこっちを睨んだまま。

 気に食わないなら離れたとこに座ればいいのに。

 はあ、とわざとらしく溜め息を吐く転校生。


「あんたのせいで追い出されたんですけど」


「間違いなくお前のせいだ。素直に席を返せばすんなり終わったのによ」


「あんたが後ろに立ってればよかっただけでしょうが! ちっ、校内で能力使用が禁止されてなければすぐぶっ飛ばすのに」


「こえぇな、こいつ! 言っとくけど、そしたら俺も能力使うからな」


 再びいがみ合う。分かった、こいつとは致命的に相性が悪い。

 そして。


「だからうるせぇっつってんだろうが! いい加減にしねぇとお前らぶっ飛ばすぞ。分かったか、大威? 夢宮?」


「「はい!」」


 引き戸を荒々しく開けて、そう言い放つ教師。俺達はすぐに声を合わせて返事をした。満足したのかそのまま教師は戸を閉めて教室へ戻っていく。


「夢宮」


「大威」


 俺達は、教師が言っていた互いの名前を呼び合い……、

 揃ってこう言った。


「「気に食わない奴!」」



 ──────

 ────

 ──

 ─



 時は過ぎ、今はもう深夜。俺は自分のベッドに寝転がり、今日あったことを思い返す。

 あの後、担任が追加の机を持ってきたが強情な夢宮は俺の机を譲ろうとせず、放課後までずっと喧嘩する羽目になった。

 訳が分からん。結局俺が新しい机に座ることになったが、あのときの夢宮の勝ち誇ったような顔を思い出すと死ぬほど腹が立つ。


 腹が立ち過ぎて腹が減ってきた。

 ベッドから起き上がり、ささっと着替えを済ませて一階へ降りる。玄関の方へ向かいながら居間にいる親父に声を掛けた。


「ちょっとコンビニ行ってくる。なんかいるもんあるか?」


「あー? いや特にないぞ。気を付けろよー」


「はいよ」


 親父の言葉に適当に返して、そのまま外に出る。どうせ親父は一時ぐらいまで寝ないだろうし、鍵を持っていく必要はないだろう。あと一時間近く余裕があるからな。




 十数分歩いた先にあるコンビニで総菜パンをいくつか買った俺は、その内の一つを頬張りながら帰り道を歩く。


 カツカツとこちらに向かって歩いてくる音が聞こえる。こんな深夜に珍しいと思って眼を凝らすが暗くて人影しか見えない。

 街灯が等間隔に配置されているとはいえ、やはり深夜。二十メートル近く離れている人間を正確に見ることはできない。


 まあ不審者でさえなければ誰であろうと関係ない。食べかけの総菜パンを口に放り込み、素知らぬ顔をして通行人の横を通り過ぎようとするが、そこで。


「ねぇ、ちょっと」


 声を掛けられた。遠くからガン見していたことがバレてしまったのだろうかと思ったがそんな不安もよりも、なぜか掛けられた声に違和感を覚えた。

 どこかで聞いたような声音。それもつい最近聞いたばかりのような。


「あんた、誰だ?」


 言いながら視線を顔へ向けると、そこにいたのは、


「はぁ? あんたって鳥頭? まだ会って一日も経ってないと思うんだけど」


 人を小バカにするような表情を浮かべる夢宮だった。何故か学生服のままの。


「ああすまん、お前のことを記憶の片隅にも留めて置きたくなかったせいで忘れてたわ」


「その言葉そっくりそのままあんたに返すわ」


「いや、お前覚えてたじゃねぇか」


「うっ、うっさい! とにかくなんであんたこんな時間に外出てんのよ!」


 首を振ってサイドテールを靡かせながら、露骨に話を切り替える夢宮。


「飯買いにきたんだよ。なんか小腹が空いたからな」


「最近変な事件もあって危ないんだから、あんまり夜に出歩かないようにしなさいよ」


 さっきまでの険悪な雰囲気も鳴りを潜め、本当に心配するような表情を向けられる。

 変な事件といったらあれか。連続行方不明事件。能力犯罪の一種だと言われてるが、未解明過ぎてよく分からない。もし本当に能力による仕業なのだとしたら、あまりにも強すぎる能力だ。

 確かにあんな事件に巻き込まれないよう警戒するのは分かるが。


「いや、お前は人のこと言えないだろ。今ここにいるんだから」


「私は、その、あれよ。色々やることがあるからいいの。何、文句ある?」


 夢宮は不透明なことを言いながら、開き直ったように再び勝気な表情を浮かべた。

 そりゃ文句なんていくらでもあるが、さっさと帰りたいのであえて言わないでおく。


「いいや、別に。俺はもう帰るから心配しなくていい。お前こそさっさと帰れよ」


「あっそ。私だって言われなくても帰るわ。じゃあね」


「ああ、じゃあな」


 適当に挨拶をして、夢宮はコンビニ方面へ歩いていった。

 結局あいつは何をしていたのだろうかという疑問を抱えながら、俺は帰路に就く。

 夢宮の言葉を思い出しながら歩道を進み、路地に入った。もう家はすぐ近く。スマホを取り出し時刻を確認すると、そろそろ俺が外出してから一時間が経過しようとしていた。


 早歩きで自宅へ急ぐ。それは、別に親父から締め出されないようにするためではない。そんなものは親父に電話して鍵を開ければいいだけのこと。


 何か嫌な予感がするのだ。周りを見ても民家があるだけで特に変わりはないし、路地に人はいない。なのに何故だ、この胸騒ぎは。

 角を曲がり、直進しようとしたその時。何かの気配を感じ、顔を上げる。いくつかの電柱と街灯の、その先、道路のど真ん中に。


 それはいた。

 黒よりも黒く、人よりも大きい。恐らく二メートルと少しぐらいはある。

 距離があるため、夢宮のときのようにしっかりと見えていない可能性がある。けれど、近づきたくはない。頭の中で何かがあれに近づくことを拒否している。

 しばらくその場に固まっていた俺に、その『何か』は視線を向けた。

 そして、────動き出す。


 先程までは二足で立っていたが、今は身体を倒して四足でこちらへ駆けてきている。もう間違いない。あれは、人ではない。

 理解すれば行動は早かった。すぐに振り返って来た道を引き返す。が、走れば走るほど少しずつ奴との距離が縮まっていく。

五十メートル走を走るよりももっと早い速度で走ってなお追い付かれそうなほど、ただ純粋に奴は速い。


 路地を抜け出し、道路沿いの歩道に出る。それでも奴は追って来ていた。だがこのまま行けばコンビニに着く。そうすれば少なかれど人はいるのだ。あの化け物に対抗する手段もとい能力もあるはず。

 そんな考えが浮かんだ瞬間、後ろからドンッと何かを叩きつけるような音が響く。思わず後ろを振り返ると、そこには。


 ────誰も、いなかった。


 化け物が消えた? おかしいと思いながらも前に向き直ると。

 化け物は、そこにいた。ただ四足でそこに佇む化け物。俺の胴体ぐらいありそうな後ろ足が化け物であることをより主張している。

 呼気が乱れる。今感じているこの感情こそが恐怖なのだろう。一歩ずつ後退し、距離を取ろうとするが、何かに引っ掛かり転んでしまう。


 引っ掛かったそこに目を向けると、そこには大きな窪みが二つ出来ていた。その窪みを見てようやく察した。化け物が俺の前に移動していた理由を。


 跳んだのだ、思いっきり。その跳躍で俺を通り過ぎ、目の前へと移動した。その反動で地面が凹んだのだろう。

 すぐに立ち上がろうとするが、それよりも早く。化け物は俺の元に襲い来る。恐怖から頭が真っ白になり、今自分が何を考えているのかすらはっきりしない。

 なのに。


 口は、身体は、細胞は、勝手に動き出していた。


「【左眼変質(ブレイク)】『石眼(せきがん)』」

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