19話『好機』
「ほら、着いたわよ! ここが私が住んでるトコ!」
十分近くほとんど早歩きの状態だったため少しだけ息が上がっているわけだが、夢宮にはまったく疲れの色が見えない。
膝に手を突き数秒大きく深呼吸して、夢宮が指差す先に視線を向ける。そこにあったのは恐らく五階建てぐらいのかなり綺麗なマンションだった。
てっきり安藤のときのような一軒家かと思っていたばかりに少し面食らう。次いでマンションは結構な家賃が掛かるという情報を思い出し、思わず言葉が零れた。
「おお……、お前金持ちだったのか?」
「べっつに? レボルスが費用を出してくれてるだけよ」
「ふーん……」
そういえばレボルスはどうやって資金を調達しているのだろう。ラスター討伐で金が出るということはないだろうし、表に掲げている能力者抑止という看板も金を得られるようなものではないと思う。
レボルス本拠地があるのだとすればそこの維持費も掛かるだろうし、こんな風に構成員一人一人の衣食住を保証しているのだとすれば莫大な費用が掛かるだろう。
似たような組織として警察というものがあるが、あっちは国家公務員であり税金から給料が支払われているはず。まさかレボルスが国家から依頼を受けて動いているというわけではないだろうし……。
どこから資金が捻出されているのか調べてみるのもいいかもしれないな。あとで安藤に言っておこう。
「うだうだしてないで早く行くわよ!」
マンションを見上げていると、夢宮はとっとと歩いてマンションの自動ドアをくぐっていく。
「ちょっとは待てって」
ささっとカードキーを挿して暗証番号を打つ夢宮に付いていき、ようやく夢宮の住処、マンションの中へと入ることに成功した。
マンション四階、エレベーターから向かって三つ目の一室にて。
「どうして私はこんなことを……」
ちゃぶ台の対面に座る夢宮が独りごちる。
部屋の中は何故かピンクに染まっていた。カーテンにしろ家具にしろ、ショッキングピンクか薄ピンクかの二択だ。
なんとなく夢宮のイメージから機能性だけを重視した真っ白な部屋で、しかも段ボールが積まれているみたいなのを予想してたから正直意外だ。
まさかこんな……、ぬいぐるみが大量に飾られているとは。
これはあれだ。
「確かに自分から乙女と言うだけあるな」
「言うなぁ!! あのときの私はどうにかしていたのよ……!」
まあ売り言葉に買い言葉って感じだったからな。
冷静に戻ったのだろう夢宮は頬を朱色に染めて、顔を掌で覆い隠している。
「まあいいわ! もうここまできたらやろうじゃないの、その親睦会ってやつを」
やがて開き直ったのか立ち上がり拳を握って宣言する夢宮。
「いいから座れよ。立ち上がる意味はどこだ」
言いながらひそかに安堵の息を吐く。
よし、なんとか追い返されずに済みそうだ。第一目標である家の中への潜入はクリアしたが、ここですぐに追い返されちまったら元も子もねぇからな。それに、恐らく二度とこんな機会はないだろうし。
つまりはこれが、最初で最後のチャンスってわけだ。
いそいそと座り直す夢宮が言う。
「それで、親睦会って言っても何をするのよ。今思ったんだけど親睦会って普通はもう少し大人数でするんじゃないの?」
……確かに。こいつの家に上がることに必死になってその辺をよく考えていなかった。
「いや待て、冷静になれ。別に二人でも親睦会はできるはずだ」
「まあなんでもいいけどさ……、さっきも聞いたけど、そこまでしてなんで親睦会がしたいのよ。なんかすごい必死な感じがして気になるんだけど」
ジト目を向けられ、ぎくりとわずかに身体を逸らす。
くっ、やはり今日の俺は違和感が強いか……! ただここで黙っていては何か企んでますと自白するようなもの。
何か理由、何か理由を、と無理矢理に頭を回転させ、ほとんど答えも出ないまま口を突いて出たものは。
「俺は、お前と仲良くなりてぇんだよッ!」
という、まさに気が狂ったとしか思えない言葉。
俺はなんてことを……! と、口を押さえ、ちらりと夢宮の方を見ると、
「は、は、はぁぁぁぁぁあああ!?」
夢宮は数秒間のフリーズの後、顔を瞬時に深紅へと染め、今日一番の大声を上げた。
「待て、勘違いすんな! そういう意味じゃなくてだな! その、純粋にお前と一緒にいたいというかなんというか、あああああああ!!」
動揺に動揺が重なり自分が何を言っているのか分からない。とにかく夢宮と一緒にいたいんだという意思を示さなければこの部屋で親睦会をを続けることができないのではないかという考えだけが先行し、結果陥る泥沼地獄。
見ろよ、まるでラブコメ世界の住人みてぇだ。
二人揃ってあわあわと言葉にならない何かを捲し立てていると、不意に夢宮が勢いよく立ち上がった。
「ど、どうした?」
「私、ちょっとシャワー浴びてくる!」
「急に!?」
「これは見回りで走り回って出た汗を流してくるからであって別に『先にシャワー浴びてこいよ……』的な展開じゃないんだからね!」
「テメェはどこのツンデレだ……」
男の声真似まで交えつつ、ひと息で言い切った夢宮はそそくさとリビングから出ていった。だいたい先にシャワー浴びてこいよって言っても別に後で俺が入るような展開ではないだろうがよ。
あの馬鹿がいなくなったおかげで部屋は静かになり、俺自身もかなり落ち着いてきた。
先程あれだけ騒いでて周りの住人から注意が来ないところや、今の無音状態を見ると、このマンションはかなり防音設備が整っているようだ。
これだけ防音できているのなら、ここで多少音がしても大丈夫、もしくはこの部屋から出て他の部屋に侵入したとしても風呂場に音は聞こえないはず。いや、別に風呂場を覗くとかそういうことではなく。
今なら、レボルスに関する資料を探せる状態だということだ。
今から夢宮が戻ってくるまでの間に資料を見つけなければいけない。
恐らく猶予は十五分程度。十五分という短い時間の中で探すということは調べる場所を区切らなくては。
重要な物を隠すとすれば、俺はどこに隠すだろう。リビングはない。人が来るかもしれない場所に置くのは馬鹿だ。風呂とトイレは別の意味でない。そもそもどこに隠すんだよ。
ということはもう一つしかない。
────自室だ。
調べる場所を決め、掛け時計の方へ眼をやると、夢宮がシャワーに行ってから既に三分も経っていた。
よし、気張れよ、大威石火……! ここが正念場だ。
立ち上がり、廊下に繋がる扉へと耳を当てる。廊下から聞こえてくる音は、ない。
音を立てぬようドアノブを下げ、ひっそりと身体を出す。廊下に夢宮の影がないことを確認しつつ前へ。
忍び足ですぐ左にある扉のドアノブに手を掛け、ゆっくりと下げる。そのまま扉を押して俊敏な動きで部屋の中に入った。そしてひと息。
ふぅ……、これは心臓に悪いな……。
閉めた扉に寄り掛かり部屋の中を一望すると、やはりこっちもピンク一色だった。
もしかしてこのピンク部屋は、あいつの頭の中表してるんじゃねぇだろうな? いや、こんなどうでもいいことを考えてる場合じゃない。今は一秒一瞬でも無駄にできないのだから。
部屋の右奥にある机の前まで歩いていき、まずは机の上にあるぬいぐるみの横で積み重ねられている教科書、その間に挟まっている紙束をチェックする。
一枚、一枚と調べていく度に焦燥感が増していく。あの馬鹿、ズボラ過ぎるだろ。なんでこんなにプリントを溜め込んでんだ。どれだけ調べても学校からの配布プリント以外には見つからず、ついには紙束を調べ終わってしまう。
くそ、ここは外れか。内心舌打ちしながら、調べたことがバレないよう教科書とプリントを元通りの順番で積み重ねる
次に調べるのは机の引き出し。機能性というものを排した薄ピンクの机の引き出しに、鍵が付いていないことを確認して安堵の息を吐く。
引き出しを開き、中を覗くと、その中にあったのは────、
────ただ一枚の写真のみだった。
眼鏡を掛け穏やかな笑みを浮かべる男性と、呵々大笑といった感じで写る茶髪の女性。そんな二人の間で仏頂面を浮かべる、セーラー服の夢宮。どこにでもありふれたような、家族の写真だ。
なんでもない物。本来ならすぐに別の場所を探し始めないといけないというのに、俺は動けなかった。
思い出したのだ。夢宮が、安藤を狙っている理由を。
『両親を殺された、その復讐』
それを思い出した瞬間、決意がわずかに鈍ってしまった。本当に安藤に従っていいのかと。謀られ利用されているだけではないのかと。
安藤が夢宮の両親を殺したのだとすれば、それは何故だ。そもそも、いつ殺された?
ぐるぐると回り始めた思考の渦を自覚し、俺は、
──頬を叩いた。両手で自分の顔を挟むようにして。
今は迷っているべきではない、そうだ、決めたんだろう。俺はラスターになってでも、あの馬鹿親父を救うと。今更何を悩むことがある。安藤が夢宮の両親を殺したのだとしても、理由なんて分からないし、推察しようもない。
何かを考えるにしても、まずは資料を見つけ、安藤に話を聞いてからでいい。
今ここで得たものは、机に資料はなかったという情報、それだけだ。
とにかく押入れだ。もうこの部屋に資料があるとしたら押入れしかねぇ。
机から向かって右側にある押入れの元へと行き、開く。その瞬間、雪崩が起きた。堰を切ったかのように流れ出てくるぬいぐるみの数々。それを見て、一瞬必死に受け止めようとしたが、やめる。
こんなぬいぐるみがいくら地面に落ちても音なんて鳴らないだろうし、そもそもこんな溢れるほどのぬいぐるみ達は捜査の邪魔だ。
押入れの中を見てみれば、目につくのは残ったぬいぐるみ達、だがもう一つ。そのぬいぐるみの下に敷き詰められたいくつかの段ボールがあった。
すぐにぬいぐるみを退けて、段ボールを確認するが問題が一つ。その段ボールはガムテープが貼ったままであり、中を見ようとすれば確実にバレる。
と、思っていたがよく見ると一番左端の段ボールはガムテープが剥がされていた。半ば祈りながら、押入れからその段ボールを取り出し床に置く。
嫌に重いな? だがまあ書類の束がたっぷり詰まってればこんなものか。
意を決し段ボールを開くと、そこには…………、小型の液晶テレビが。
クソが!! テレビぐらい外に出しとけよ! 紛らわしいんだ馬鹿!
……いや、よく考えればそうだ。教科書やらは外に出してんのに、こんな段ボールいっぱいの書類なんかあるわけがない。……これはさすがに、チェックメイトか?
俺は密偵のプロじゃない。そんな俺の予測時間が完璧とは言えない以上、余裕を持たせてリビングに戻る必要がある。それはすなわちこれ以上の捜査が不可能だということ。
重い溜め息を吐きながら、段ボールとぬいぐるみを元あった場所に戻していると、あることに気付いた。
それは、一番右奥にある段ボールのガムテープが剥げ掛かっていることだ。先程はぬいぐるみに気を取られていたからか気付かなかった。
手を伸ばして段ボールが開くかどうか見てみると、簡単に開いたことに驚く。これは恐らくガムテープを剥がしたはいいが、捨てるのがめんどくさいからと言って貼り直したんだろうな。
時間を気にしながら、その段ボールを引っ張り出すと今度は妙に軽かった。もしかして空箱か? という不安を胸に抱きながら中を覗き込んでみると、そこには、
真っ白な紙があった。具体的には、左端がホッチキスで留められているが。
その十数枚からなる紙束を段ボールから取り出し裏返す。
そこに書いてあったのは。
────【レボルス 行動方針 概要】という文字。
思わず、ぐっと拳を握り歓喜を表に出してしまう。が、すぐに思い直す。ここで終わりではないのだ。夢宮にバレないようリビングに戻るというミッションがある。
恐らく時間はギリギリだ。急いで押入れから出した物全てを元に戻して閉め、見つけ出したレボルス資料を服の中に隠す。
もうこの部屋に用はないと出ようとしたその瞬間、廊下から物凄い音が聞こえてきた。
『あいったー!?』
そう、具体的に言えば人が転んだときの音。扉越しにしては凄い音だったな……、等と憐れむと同時、自身の状況が最悪であることに気付く。
夢宮が廊下にいるってことは、もう風呂から上がったってことじゃねぇか……!?
やばい、もしも、もしもの話だが、夢宮が着替えを取りにこの部屋に入ってきた場合、その場合は確実に終わる。だが同時にその可能性は低いと考えられる。
なぜなら着替えを取りに来るということは現在裸であるということだからだ。タオルぐらいは巻いてるかもだが。
俺という男を家の中に入れている以上、裸同然で廊下を歩くとは考えづらい。すなわちあいつは着替えを風呂場に持ち込んでいるということだ。
あいつが名ばかり乙女で、もう完全に女を捨てている場合を除けば、だが。あいつはズボラであっても、羞恥心自体は持ち合わせている。恐らく問題ないだろう。
とにかく最悪の可能性ばかり考えていても仕方はない。扉に寄り耳を当てて廊下の状況を確認する。どうも「このクソ廊下……」などと呟きながら立ち上がっているようだ。
このまま夢宮がリビングに移動すると仮定して、俺はどうするかだ。そこで取り得る選択肢は一つしか思い浮かばないが。
夢宮がリビングに向かう足音が聞こえ、そしてリビングの扉を開く音が伝わってきた。
今しかねぇ!
全力で、しかし無音で、さながら忍者の如く動き始める。部屋から出て出来うる限り静かに扉を閉めつつ、風呂場の隣の扉、トイレの中へと直行する。トイレに入ると同時、便器のレバーを回して水を流し、そのまま廊下へと躍り出た。
凄まじい緊張感とあまりの集中力に耐えかね、ぜぇぜぇと息を吐きながらも半開だったリビングの扉を開いて中に入る。
「あんた……、どうしたの?」
白いシャツとホットパンツに着替えた夢宮が、しっとりと濡れたサイドポニーを梳きながら問い掛けてくる。
コングラッチュレーションッ!! バレてねぇ!
「ちょっと腹の調子がな……」
腹を擦りながら演技をしてみせる。実際には腹を擦ってるんじゃなくて、服の下にある資料を支えてるわけだが……。
腹の調子が悪いという言い訳なら、資料を落とさないようやや前屈みになっている言い訳にもなるし、なにより資料を支えるために片手を腹に当てていても不自然に見えない。
完璧だ。
「親睦会を開くとか言うんだったら体調ぐらい整えてきたらどうなの……」
「うっせ」
憐れむような視線を向けてくる夢宮に軽口を返す。
夢宮は、でも、と前置きをして話を続けた。
「今回に限ってはちょうど良かった、のかもね」
「どういうことだ?」
「なんかレボルスから電話が来てね、今から少し用事ができたのよ」
後ろのポケットからスマホを取り出しながら言う。
ということはあれか。レボルスと電話してたから、伸びた時間で資料を見つけられたということか。敵、かどうかはまだ分からないが、敵っぽいのに助けられるとはな。
「とにかく、そういうことだから親睦会は中止ね」
もう資料を手に入れた以上、親睦会なんてものを開く必要はないので夢宮の意見には大賛成だ。ボロを出さないよう、さっさと退散するに限る。
「そうか、まあ用事があるってんなら仕方ねぇな」
言いながら振り返ってリビングの扉を開き、玄関の方へと歩いていく。その後ろを付いてくる夢宮の足音。
靴を履き玄関の扉を開けて夢宮の方へ向き、挨拶を告げようとすると、先に夢宮の方が話しかけてきた。
「次から親睦会するんなら先に言っときなさいよ。こっちだって色々準備とかあるでしょうが」
「ほー、意外だな。次があんのか。てっきりあんだけ嫌がってたし、もう今回で終わりかと思ってたが」
「……まあ次の機会なんてものがあればよ、あれば」
想像と違う反応に少しだけ違和感を覚える。てっきり「社交辞令に決まってんでしょうが!」みたいなことを言われると思っていたのだが。
その違和感を塗り潰すように一つのことを思い出した。
「そういや、ここってマンションだけど俺一人で外に出られるのか?」
マンションに入る際、カードキーとパスワードが必要なことは、ここに入るときの夢宮を見て分かっている。ただ帰りはどうなのだろう?
「大丈夫よ。入るとき以外カードキーなんていらないし」
「そうか。じゃあ、またな」
そう言ってエレベーターで一階まで降り、マンションから外へと出ていく。人通りはないが誰に見られても不自然に思われないようゆっくりと歩いていき、マンションが見えなくなったところでようやく。
腹から資料を取り出した。そしてポケットからスマホを出して安藤へと電話を掛ける。
『もしもし、何の用だ』
「何の用だ、じゃねぇよ。こっちがどんだけ冷や冷やしたと思ってんだ」
『…………?』
「盗ってきたぞ、レボルスの資料」
盗ってきた、自分でそう言っていて今更罪悪感が湧いてくる。やってることは犯罪に違いないからな。
ただ反対に、俺の報告を受けた安藤の声は喜色に溢れていた。
『よくやった。今から来ることは────』
「今から向かうとこだ」
『了解。すぐに来い』
またも返答を聞かずに通話を打ち切られる。確かに話こそ終わったが、せめて一言断ってから切れよ安藤……。
呆れながらも、言われた通り安藤の住処へと足を動かす。気持ちが逸っているのか、何故か俺は走っていた。
頭痛薬が切れたのだろう、頭の痛みを抑えながら。




