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11話『疑心』

 朝日の差し込む自室の中で、俺はベッドに寝転がりながらただ上を向いていた。


「……修一(しゅういち)


 ぼそりと呟きを漏らしながら、昨日の出来事を思い返す。


 黒ヘルメットと別れたあの後、俺は夢宮と合流し体育館に向かった。そこにあったのは阿鼻叫喚の地獄絵図。

 明らかに人数の少ない全校生徒、泣き叫ぶ何人もの生徒、入ってきた俺達に過剰反応を示し襲いかかろうとしてきた生徒、それを諌める教師陣。そして、数々の潰れた肉と、夥しい血の跡。

 それだけで、避難した何人かもラスターに成り果てたのだと理解できてしまうような光景。


 夢宮が教師陣に何やら事情を話に行った後、俺達生徒は皆帰宅するよう促された。その後のことは記憶になく、気が付けばベッドの上で睡眠を取っていた。

 かろうじて夢宮が『今日の見回りは中止』と言ったことだけは覚えているが。

 起きたときは全て夢だったのではないかとも思った。


 しかし、夢ではない。なにもかも、修一が死んでしまったことさえ、まごうことなき現実だ。


 重たい溜め息を吐いて眼を閉じ、同じく重たい気分のまま夢の中へ逃げ込もうとしたそのとき、気分に沿わない陽気な音楽がスマホから聞こえてくる。電話の着信音だ。

 とりあえず画面を開いて電話の主を確かめると、そこにあったのは「夢宮」の二文字。正直名前を確認するだけで出る気はなかったのだが、もしもラスターなんかの話だった場合を考えると出ずにはいられない。


 仕方なしに通話モードをオンにしてスマホを耳に当てる。


「……もしもし?」


『もしもし、夢宮だけど。今大丈夫?』


「まあ……」


『なんか暗いんだけど。もしかして昨日のこと引き摺ってんの?』


 極めていつも通りの様子で夢宮は言う。……こいつにはデリカシーというか他人への配慮というものがないのだろうか。それよりも、何故こいつはいつも通りなのだろう。そこに一番腹が立つ。

 十数秒の会話でこんなに苛立っても仕方がない。落ち着くよう自分に言い聞かせながら、冷静に言葉を返す。


「それは別にいいだろ。要件を言え、要件を」


『そうね。まあとりあえずの要件は休校の連絡よ』


「まああんなことになればそうだろうな。けど休校の連絡にしては遅くねぇか?」


 今は午前八時。家が遠い人なら既に家を出ている頃だろう。休校時に味わう徒労ほど人を脱力させるものはないと、台風で休校になったとき俺は学んでいる。


『問題ないわ。だってあんたが最後だもの』


「は? 俺は『お』だぞ。連絡網は五十音順だろうが」


 そういえばよく考えると、休校の連絡が夢宮から来るのもおかしな話だ。逆に夢宮こそ最後に連絡が回ってくるはずだが。


『先生に頼んだのよ。大威には私から連絡入れるんで、あいつの前の人には飛ばすよう言ってくださいって』


「どんな嫌がらせだ。そもそもあの馬鹿担任もよく許したな?」


 というか飛ばすよう頼むには連絡網が周り始める前に頼む必要があるわけで。つまりこいつは事前に教師から伝えられてたってことだ。

 恐らく、昨日の段階で知ってたんだろうが、そうなるとこいつがこの時間に連絡してきたのはやはり嫌がらせでしかねぇな。


『レボルス関係だってことは言ったからね。まあそれは置いといて』


「いや、置いとくんじゃねぇよ」


『うっさい。とにかく無期限休校ってことだから、私達は時間ができた。言いたいこと、分かるわよね?』


 なるほど、さっきとりあえずの要件って言ったのはこういうことか。これが本題っつうわけだな。


「その分昼間も見回り。そういうことだろ?」


『正解。昨日の件もある。これからは昼だからって安心できない』


「この時間に連絡してきたのは、今からやるからってことか?」


『そっ。三十分後に中央公園集合ね』


 最後に、よろしくと言ってから夢宮は通話を切った。こっちの返事も聞かずに。

 正直コンディションは最悪の一言だ。昨日の肉体的疲労も精神的疲労も引き摺ってるんだから。


 とはいえ、当然放っておけるわけもなく、


 気が付けば公園で待っている俺がいた。

 フェンスに寄り掛かって待つこと五分。夢宮がこちらへ歩いてくる。


「遅れてくるかと思ったんだけど。まさか私より早く着いてるなんてね」


「……どうせ着替えるだけだったからな」


 昨日の今日で飯も喉を通らねぇし。特に肉類は。


「早く来てもらったとこ悪いけど、とりあえずここで待機だから」


「じゃあなんでこんな時間に集合させたんだよ」


「集合しとくってのが大事なのよ。ラスターが現れたとき、すぐに動き始められるでしょ」


 俺と同じように隣のフェンスに寄り掛かりながら言う夢宮。

 なるほど、それは確かに一理あるな。ラスターが現れてから集まってたんじゃ時間のロスが生まれるし。

 ただまあ時間に余裕があるなら適当に話でもしておくか。色々と気になることもある。


「昨日、結局あの大量の化け物はどうしたんだ」


「幸い巨脚型が二匹しかいなかったからスムーズだったわ。先にその二匹を始末して、あとの巨腕型は射程ギリギリを保ちつつ消し飛ばした。まあ……、校舎もだいぶ削れたけど。被害なんてそんぐらいのもんよ」


 まさか休校になったのは、授業ができなくなるぐらいこいつが学校を削ったからじゃねぇだろうな?


「まあ無事なら良かったが……」


「何よ? 気持ち悪いこと言うわね。何かあったの?」


 夢宮はやや頬に朱を挿しながら失礼なことを言う。

 何かあったというなら、そりゃあったよ。というかこいつは昨日のことが、何でもないことの内なのか? まるで普通なその態度に違和感を覚える。


「──なあ」


 尋ねかける言葉に返事はない。だが顔はこちらに向けられているので聞いているということでいいのだろう。


「どうしてお前はいつも通りなんだ? 昨日、あれだけのことがあったっつーのに」


 俺の問い掛けに夢宮は眼を見開き、


「……いつも通りって? 別に普通ならいいじゃない」


「人死にが出たんだぞ。それも何人も。なのにいつも通りの態度なんて逆に異常だと思うんだが」


 そうだ、普通だからこそ逆に浮く。まるで葬式にたった一人私服で来ているような。


「私はレボルスの人間よ? この程度で感情を乱すはずないわ」


 嘘だ。俺と会話しているときですら一々キレたりする奴が感情を乱さない? そんなはずはない。

 それに、


「この程度だと? ふざけるなよ。お前は昨日のあれを、人の死をこの程度のことだって言えるのか? それは紛れもなく死者への冒涜だぞ。人を救うためにレボルスに入ったとか言う人間が、人の死を軽々しく扱うんじゃねぇよ。……もしもそれがレボルスの方針なのだとしたら、間違いなくその組織は狂ってるよ」


 冷静でいようと心掛けていたはずなのに、段々と熱くなっている自分がいる。だが己を制御できない。

 だって昨日の死者を冒涜するってことは、修一の死さえ冒涜するってことだ。最後まで人を救おうとして死んだ修一を。


 いつもなら俺と夢宮の意見が別れれば喧嘩が始まるのだが、しかし。


「そう、ね。さっきのは失言だった。忘れて」


 すぐに撤回し、矛を収める。それを見て上がった熱が収まっていくのを感じると同時に、夢宮へ不自然さを感じ始めた。

 さっきは違和感がない方がおかしいと言ったが……。

 何故だろうか。黒ヘルメットに言われたことを無意識に思い出しているのか?


『最後に一つ。お前が共にいるあの娘に、レボルスに気を付けろ』


 あの言葉のせいで、夢宮をおかしな眼で見てしまっている? この程度っていうのはこいつの言葉選びが悪かっただけで、いつも通りなのはラスターと戦っている内に死への耐性が出来ただけかもしれないのに。


 ────でも、そうじゃないかもしれない。


 黒ヘルメットに植え付けられた疑心の種が芽吹くのを感じる。

 だって実際、レボルスの実態を俺は知らない。もしかすると能力者暴走抑止なんて建前なのかも。それに夢宮だって、少しずつ仲良くなっていたような気がするがまだ転校したてで詳しくは一切知らない。


 これまで感じてきた人間性の全てが演技だったら? 演技だからこそ、人の死に動揺しないのだったら? ラスターを殲滅するというのは嘘で、本当は────。


 いや、しっかりしろ、俺! 黒ヘルメットの言葉が真実だとは限らないんだ。だから、今こいつを疑うのは間違っている。

 左右に首を振って湧いた疑心を振り落とそうとしていると、そこで甲高い機械音が鳴り響き、夢宮がフェンスから離れた。


「来た、七丁目の端。六丁目へ近いとこにラスターが出たわ、行くわよ!」


 大きくを息を吸い込み、ゆっくりと吐いてから言葉を返す。


「……おう、行くぞ」


 夢宮の背を追って走り始める。

 首を振っても、まるで落とせない疑心を胸に抱いて。


お読みいただきありがとうございます。


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