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10話『変質』

 修一は昔からやるときはやる奴だった。馬鹿を装いつつも、しっかり周りを見ていることも分かっていた。エロ坊主なのも昔からだったけど。

 そんなこいつだから親友になった。損得勘定を無視して動けるという点では似通ってて、だけど俺には見えない何かが見えていたこいつに憧れていた。こいつと一緒にいれば俺もそんな人になれると、本気で思っていた。


 なのに、


 なぜ、


 こんなことに。


 まるで現実から逃避するように、ぼんやりとそんなことを考えていた。そんな俺の視界に映るのは、



 少しずつ少しずつ左手の黒化が全身に広がっていく修一の姿。



 本来修一の能力は左手を黒色に変質させて使用するもの。その変質が左手から手首に、腕に、首元に、広がっていく。

 何が起きているのか分からない。俺も、修一も。ただ、これが通常起こり得ない異変であることはだけは理解できていた。


「おい、修一……?」


 三年棟の教室の一角。そこで俺と修一は向かい合う。

 三年棟には誰もいなかった。一匹だけいたラスターも、ここにきてすぐに難なく撃破した。

 が、その撃破した後に今の異変が起きた。


「石火、逃げろ……」


 喘ぐようにして修一はそう口にする。


「馬鹿、何言ってんだよ。一体何から逃げろって」


「俺、だよ。分かるんだ、何故か。俺の身に、何が起きているか……」


 もう駄目だ。修一が何を言っているのか理解できない────、


 ────振りをするのも限界だ。


 本当は分かっていた。これが何を意味するのか、こうなった時点で理解できていた。全身が黒くなっていく姿と、これまで散々見てきたモノが俺に答えを与えた。

 いや、だって、それは、でも。そんな思考回路がその答えを受け入れることを拒み、他の解答を模索しようと訳が分からない振りをしていた。


 ああ、そうだ、これは、


「化け物になる前兆」


 自身の黒く染まった腕を見ながら言う修一の声と、俺の心の声が重なる。


 思えばおかしかった。この学校のどこからラスターが入り込んだのか。なぜ玄関口から程遠い三年棟や二年棟にラスターがいたのか。そもそも外から入り込んだのであれば、まず下足箱付近で発見されているべきなのに。

 まるでそこで発生したかのように教室で現れていたラスター。

 その答えは、


 ラスターとは、人間が変質したモノ。だから、そもそもラスターは学校に入り込んでなどいなかったのだ。生徒が、ラスターになっていたのだから。

 つまり修一も、……ラスターへと変質する。


「だからってお前を置いて逃げられるわけねぇだろうが……!」


 震える声で叫ぶ俺に、修一は動じないまま小さな声で言った。


「そう言って、くれるのは、嬉しい、けどよ。見てくれよ、この腕……。もう俺の意思じゃ、ちっとも、動かなく、なっちまった。さっきまで、動いてたっつーのに、早すぎるだろ」


 もう黒化は顔にまで及ぼうとしている。黒化した部位が動かなくなっていくというのなら、もうすぐ修一は口すら開けなくなるだろう。

 なのに、言うべき言葉が見つからない。


「早く、逃げろ」


 修一は最後に俺を案じる言葉を吐き、それ以降口を開くことはなかった。

 それは全身が黒に染まったから、ラスターへと成り果てたから、ではない。



 唐突に、修一の真横へと出現した黒ヘルメットが、修一の首を切り落としたからだ。



 首を失った修一の身体は、ラスターと同じように消失していく。


「はっ……」


 あまりに唐突な出来事に、うまく言葉が発せない。

 何が、何が起きた? 何もないところに黒ヘルメットが現れ、それで──、

 ──修一が死んだ。


「何をしている? あのままここにいれば死んでいたぞ」


 修一を殺したことをなんとも思っていないかのような黒ヘルメットの言葉。それが引き金となり、身体の熱が全て頭に昇っていくかのような感覚に襲われる。


「テ、──メェェエエッ! 今テメェが何をしたか分かってんのか!? 修一を、よくも……!」


 黒ヘルメットのライダースーツの襟元を掴んで怒鳴る。もはや、ことここに至ってこいつが何者なのかなどどうでもよかった。今俺にあるのは、何よりも純粋な怒りだけだ。


「シュウイチ……? お前こそ分かっているのか? あのまま私が殺さず、孵化させていれば被害が増えていただけだぞ。あれの元が何だったのか知らんが、私情で場を乱すなよ」


「そんなもん知ったこっちゃねぇよ! 修一はまだ助かったかもしれねぇ。それを! お前は断ち切ったッ!! 許されると思うなよ……!」


 黒ヘルメットはかぶりを振る。


「話にならんな……。何のためにお前に注射を打ったと思っている。こんなところで私と争うために打ったわけではないぞ」


 スカした態度を崩さない黒ヘルメットに憤りながらも、『注射』という単語を聞いてふと我に返る。何のために注射を打ったか、それは知る由もない。そもそもそれを聞くためにこいつを探していたんだから。


「……何のために俺に注射を打った?」


 仮説は立てている。俺をラスターにするための注射なのではないかと。

 だが、黒ヘルメットは、


「お前を、化け物にしないためだ」


 俺の仮説とは真逆のことをのたまった。


「嘘だ。今までお前が現れたところには必ず化け物がいた。お前が化け物を産んでいるんじゃねぇのか?」


 即座に否定を返す。耳触りだけは良い言葉だが、それを信じる根拠がない。そんな考えが顔に出ていたのだろう、黒ヘルメットは語り始める。


「……お前は、なぜ人が化け物になるか分かるか?」


「おい、話をすり変えるんじゃ──」


「答えろ」


 有無を言わさぬ言葉に、思わず従ってしまう。


「……俺は、お前が注射で人を化け物に変えているんだと思ってる」


「人が化け物になる理由。その全ての根源は能力にある」


「はっ? 何を言って……」


 言おうとして思い出した。そういえば、修一がラスターへと変質の際、起点となっていた場所は。黒化の根本だったのは。

 あいつの所有していた能力、『接断(せつだん)』の宿っていた部位、左手だったじゃないか。


「そうだ、見たんだろう? 人が化け物になっていく姿を。それが真実だ」


「能力を持ってることが、条件なのかよ?」


「それは前提条件だ。化け物になるのは、能力を多用した者」


 恐らく、と黒ヘルメットは話を続ける。


「能力を使うごとに身体の内側で細胞、もしくはウイルスは広がっていく。そして許容値を超えた瞬間、化け物へと変質が始まる」


「ウイルス……?」


 急におかしな単語が聞こえて聞き返す。黒ヘルメットはその疑問を抱くのは分かっていたとばかりに素早く回答を寄越す。


「化け物の根源が能力だとすれば、能力の根源もある。能力を与え、細胞を変質させるウイルス。それこそが一年前、私達に能力を与えたモノの正体」


 言っていることに不自然さはない。一年前、急に世界中の人が能力に目覚めた。なぜこのタイミングだったのかとよく報道されていたし、俺も不思議に思っていた。歳や性別、人種に関わらず能力が目覚めた理由。


 それがウイルスによるものだとしたら、インフルエンザのように感染していく類のものなのだとしたら、瞬く間に能力が広まったのも不思議ではないのかもしれない。どうしてそんなウイルスが生まれたのかという不思議はあるが……。

 だがまだ疑問はある。


「その許容値とやらを、偶然この学校の奴らがこのタイミングで超えたと? 世界中で一気に化け物達が生まれてないとおかしいだろ」


「ウイルスだと言っているだろう。池に石を投げ入れたときに生まれる波紋のようなものだ。一点から徐々に大きく広まっていく。それに能力の使用は後から規制されていった。故に地域ごとに化け物が生まれるまでの差が出来た」


 言われて思い出した。

 確かにここは能力者が出てくるのが早かった気がする。だから化け物が生まれるのが早く、波紋の始点に近いからまだ情報が出ていないのか。

 いや、待て。それはつまり、時が過ぎれば過ぎるほど、ラスターが世界中で加速度的に増えるということではないのか?

 そうなれば、日本は、世界は、終わる……?


「この学校で化け物が一気に現れたのは、能力で遊ぶ学生が多かったからではないか? 例えば、どこかが能力を使用する遊び場になっていたとか」


 そうだ。夢宮がラスターと戦っていたのは中庭前。あの中庭は教師に見つからないよう能力を使用する場所だと修一に聞いたような気がする。

 そんなことを部外者のこいつが知るわけない。ということは今までの情報はかなり信用性が上がってくる。


「お前の話をひとまず信じるとして。結局、あの注射は何だったんだ」


「ああ、話が逸れたな。あの注射は、その細胞を抑制するものだ。能力を使っても化け物へと変質しないようにするためにな」


 刀を杖のように地面へ突く黒ヘルメットは、動かない。ただヘルメットの中でくぐもった声を、ありのままの事実を、俺に届けに来たように。


「……待てよ。そんな注射が、薬があるならどうしてそれを皆に配らない? なんで俺だけに打ったんだ? それを、修一に打っていれば! この学校の皆に打っていれば! こんなことにはならなかったんじゃないのかッ!?」


 自分でも気付かない内に黒ヘルメットの襟から離していた手で、再びその襟を掴み直す。それでもこいつは動じない。俺の能力を知っているが故の余裕なのか、それとも他に何かあるからなのかは知らないが。


「むやみに打てない訳がある。何故ならあの注射は適合者じゃなければ、殺してしまう欠陥品だからだ」


「じゃあなんだ? お前は俺を一目見て適合者だと分かったとでも? ふざけるのもそこまでにしておけよテメェ……!!」


「もちろん一目見てお前に打つと決めたわけではない。打つに至った理由はちゃんとあるんだよ、──大威(おおい)石火(せっか)


 最後に付け加えたその言葉が俺の心臓を鷲掴みにする。こいつ、なんで俺の名前を知っている?

 いや、今はそこに執着している場合じゃない。問題は、


「俺に打った理由ってのは何なんだ?」


 名前を知っているということは俺を知っているということだ。俺を知って、俺の能力を知って、それでもなお生かそうと思った理由。それが知りたい。

 まさか対ラスターの戦力になると思って生かしたわけではないはず。能力は元より、あのときの俺は立ち回りさえ一般人と変わらなかった。

 と、考えていた俺の前に手が差し伸べられる。握手を求めるように、黒手袋を嵌めた手が。


「何のつもりだ……?」


「お前に打った理由を知りたければ、この手を取って私の側に付け。共に人類を、世界を救うんだ」


 差し出された手を見る。そのまま視線を上げ、黒いヘルメットの中の眼を見つめる。そこには、殺気も、敵意も、嘘の気配もない。

 この手を取れば、俺の知りたかったことが分かる。それにこいつの側に付けば、注射を借りて大切な誰かをラスターにならないようできるかもしれない。


 でも、それでも。


「──馬鹿言うなよ」


 黒ヘルメットの手を払いのける。


「まだ、信じられないか?」


「全部が全部嘘だったとは言わねぇ。いや、もしかしたら全部ホントのことなのかもな。だけど、じゃあ、あの時化け物を従えていたのは何だったんだ。夢宮の両親を殺したっていうのは何だったんだ。世界を救うとか言っといて、この惨状は何なんだよ! 学校一つ分の人間も救えない奴が世界を救えるのか!?」


 分からない、分からない、分からないことだらけだ。だからこそ、疑問が確信に変わるまで、こいつの手は取れない。あるいは、こいつの手を取らざるを得ないとき、か。

 俺の意思が伝わったのか、黒ヘルメットは手を下げる。


「今どう弁明したところでお前は、この手を取らないのだろうな。それに最後の話には返す言葉もない。故に、今は退こう」


 そう言って黒ヘルメットは振り返り、倒れていた机の中を漁り始める。


「おい、何やって」


 その中からシャーペンとノートを取り出し、ノートの端に何かを書き始めた。そして書き終わったのかノートの端を千切ってから俺の方へと近づいてきた。


「私のサブ端末の電話番号だ。もしも私の側に付く気になったなら、電話を寄越せ」


 差し出されたそのノートの切れ端を反射的に受け取ってしまった俺は、なし崩し的にそれをポケットに収める。


「最後に一つ。お前が共にいるあの娘に、レボルスに気を付けろ」


 最後にそんな意味深な言葉を残して、黒ヘルメットは溶けるようにしてこの場から消えていった。

 共にいるって、夢宮のこと、だよな……? それとレボルス? 気を付けろっていっても何に気を付けるんだ。

 最後の最後まで疑問の種を植え付けていった黒ヘルメットを恨みながら、現状に意識を戻した俺は、体育館へと向かうことにした。


 向かいながら俺は思う。

 そういえば、夢宮は人がラスターだということを知っているのだろうか?


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