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暗黒球場  作者: 馬河童
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3回表

 数日後、オールスターゲームが新潟市鳥屋野球場で開催され、私は球場へ取材に出掛けていた。センターリーグの有名選手の多くは顔馴染みなので、グラウンド内で出会うと自然に話も弾んだ。

「王嶋さん、解説評判ですよ」

「背広似合うようになっちゃいましたね、へへっ」

「ウチのチームにももっと取材に来て下さいよ」

 リーグを代表する名プレイヤー達から次々に声を掛けられ、悪い気はしなかった。

 そんな中、私はあの熊沢オーナーに会った。試合開始直前、解説席に向かおうとしていた時、ちょうど反対側通路からオーナーが歩いて来たのだった。

「おお、王嶋さん」

「あ、熊沢オーナー、ご無沙汰しています」

「ちょうど良かった。一度お電話を差し上げようと思っていたんですよ」

「はあ…」

「キャンプの時に言いましたよね、来年ウチの監督就任をお願いしたいと。あれは本気です。時期尚早と言われるかもしれませんが、正式にお願いに上がろうと思っていたんですよ」

「こ、光栄な話です……」

「実は先走りして失礼だとは思いましたが、スターズの方にも連絡して了承を取ったのですよ。もしスターズさんが王嶋さんを来期コーチに要請されたり、外へ出す事に反対されるようならばウチは遠慮しますが、とね。そうしましたらスターズさんの方には異論はない、あとは王嶋さん本人の意志だと言われましたのでね」

「ええ、それは下川さんと対談した際に伺いました」

「そうでしたか、でしたら話は早い。如何ですか、考えて頂けませんか?」

「はい……」

「勿論、すぐに返事が欲しいという訳ではありません。そうですね、九月一杯までに結論を出して頂ければ……」

「わかりました」

「私としては如何なる結論を出されようとも感謝こそすれ、恨んだりはしませんので、どうかじっくりとお考えになって下さい。契約金その他は、もし引き受けて下さるのなら、充分な額を提示させていただきますので」

「はい。よく考えさせてもらいます」

「ははっ、よろしく頼みますよ。それにしても今シーズンのスターズは強いですなあ。王嶋さんの予想通りだ。ま、ウチも健闘してはいるが……」

「そうですね。スターズが良過ぎるんですよ。フェニックスは絶対に力を付けています」

「うむ。何とかあなたの予想した二位につけてくれるといいのだが……」

「球宴後、うまく波に乗れればいけると思いますよ」

「そして、そのチームを来年あなたが率いてスターズに挑戦する、となれば最高ですがなあ。監督としてのSO対決は球界を活性化させると思うんだが。はっはっは、また気が早過ぎましたな」

「オーナー……」

「とにかくよろしくお願いしますぞ。これは正式な依頼ですからな。それでは」

「失礼します」

 そのまま互いに反対の方向へ進んで行き、会見は終わった。私は快活なオーナーの迫力に圧倒され放しだった。そして少し心がぐらつき始めていた。あそこまで熱心に誘ってくれる熊沢さんの熱意に応えたい、と思う自分が心の中に出現してきた。

 オールスターゲームはセンターリーグの連勝に終わった。ここでもスターズ勢が大活躍で、ガンズ・衛藤がアーチの共演、エース下原が三回をパーフェクトピッチングと、前半戦の勢いをそのまま見せた形となった。

 仮に来年フェニックスの監督を引き受けたとしたら、このスターズの強者共を抑えられるだろうか?私は自分に問い掛けてみた……

「否!」

 正直言ってその自信はなかった。それでなくてもスターズは下川さんが率いて隙のない集団に仕上げられている。私が監督をしたところでフェニックスを優勝させる事は出来ない……。

 だが、こうも考えた。下川さんのスターズに挑戦して勝つ事が出来れば、自分の株も上がるのではないかと。何よりフェニックス監督就任は、勝負師の血が騒ぐような挑戦でもあった。今回の熊沢オーナーの誘いは、私を悩ませるに充分な話であった。


 私の揺れる胸の内もよそに、ペナントレースは再開し、相変わらずスターズは勝ち続けた。止まらぬ勢いで連勝し、八月の終わりにはマジックが点灯してしまった。他の五球団はこぞってエース級の投手をぶつけるのだが、衛藤やガンズに無残にも打ち込まれて、敗退を喫していくのだった。

 そんな様子を解説席から見ていた私は、古巣スターズの勝利を喜ぶ以前に、如何にして強力打線を封じるかを考えている自分に気が付いた。試合を観戦しながら、何時の間にか衛藤やガンズのウィークポイントや得意コースを探っているのだった。半ば無意識の内にスターズと対戦したい気持ちが沸き上がってきていたのだろうか。

 私は自分では判断しかねて、まず妻に相談を持ち掛けた。子供達も寝静まった深夜の寝室で、今までの経過を話した。

「……という話なんだ。君はどう思う?」

「私は、何処だろうとあなたに付いていきますわ。ですからあなたの思う通りにやって下さい」

「でも新潟へ行けば、子供達の学校の事もあるんだぞ」

「ほほほ、そんな心配は無用ですわ」

「えっ?」

「子供達はね、誰よりもあなたのユニフォーム姿を望んでいるのよ。確かに転校してお友達と離れてしまうのは辛いでしょうけど、それ以上にあなたが再びユニフォームを着る事を喜ぶでしょうよ」

「そ、そうなのか?」

「ええ、今年から背広を着て出掛けて行くものだから、あの子達も寂しそうで……」

「そうか。じゃあ家の方は問題ないって事だな」

「ええ、どうかあなたの思いのままにやって下さいな」

「わかった。ありがとう、亜紀子」

 言葉と同時に私は妻を抱き締めていた。


 九月上旬、私が決意を固める前に、東京スターズはセンターリーグ優勝を決めてしまった。シーズン当初からの圧倒的な勢いは衰える事無く、そのまま優勝まで突っ走っていったのだ。私は解説席から下川さんが胴上げされるのを見た。そしてこの瞬間、意志は固まった。

 私はまだシーズン中ではあるが、スターズの球団幹部と会見した。優勝も決まり一区切りがついたのか、さして忙しそうな様子もなく、オーナーを始めとして社長や代表も交えてお会いする事が出来た。

「オーナー並びに皆様、今シーズンの優勝おめでとうございます」

「ありがとう。王嶋君が抜けた事で一時はどうなることかと思ったが、補強がうまく当たって良かったよ」

 オーナーの渡部さんが私の言に応じた。

「ところで王嶋君、本日の来訪は例のフェニックスの監督の件かね?」

 氏屋球団社長が早速話を切り出してくれた。

「はい」

「それでどうする事にしたんだね?」

「ある程度、決意は固まりましたが、その前に皆様の意見をお伺いしたいと思いまして」

「そうですか。この件に関しては、我々の方でもフェニックスの熊沢オーナーから電話をいただいた時に協議しました」

 社長はここで一度、話を区切った。

「それで?」

 思わず私は続きを催促した。

「私達としては全てあなたの意志を尊重するということでまとまりました。確かに中にはミスタースターズの王嶋君を他球団に出すなんてもっての他だ、という意見もありましたが、それ以上にあなたの為になるのではないかと判断したのです。ひいては今後のスターズの為にも」

「では……」

「球団としてはむしろフェニックスの監督就任を勧める次第です。勿論、それを決めるのはあなた自身ですが……」

「そうですか、これで私も決心が着きました。来期、新潟フェニックスの監督を引き受けるつもりです」

「おお、そうですか。それはめでたい」

 オーナーの言と共に、場の全員が拍手した。それを受けた私は四方に礼をして、暖かく送り出してくれたスターズ球団に感謝した。

「それでは来シーズンからは敵味方に分かれる訳ですな。容赦しませんぞ」

「胸を借りるつもりでぶつからせてもらいます」

 最後はこんな軽口まで叩いて、会見は終了した。


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