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暗黒球場  作者: 馬河童
4/31

2回裏

 そしてシーズン開幕直前、解説者にとっては恒例の順位予想をすることになった。初めて予想をするにあたって私は、絶対に全て的中させる意気込みで臨んだ。この予想一つとっても解説者としての威信に関わる、ひいては将来に繋がると考えたのだ。どういう場であれ、自分の実力を示し、認められなければならない。スターズの監督を夢見る私はそんな気持ちで解説の仕事に従事していた。さて、その私の予想だが……


センターリーグ

1位 東京スターズ

2位 新潟フェニックス

3位 大阪ナンバーズ

4位 名古屋シャチホコズ

5位 広島サーモンズ

6位 横浜ドルフィンズ


 センターリーグは昨年までプレイしていたので、比較的予想が立てやすかった。それでなくともスターズの圧倒的なまでの戦力プラス下川さんの采配を考慮すれば、当初の宣言通り優勝候補に押すことは難くない。二位にフェニックスを持ってきたのはやはりキャンプを見ての印象だ。それだけのチーム作りをしている事が読み取れた。優勝は考えられないが、上位に食い込む可能性は充分だ。スターズの独走状態になれば、二位に躍り出る可能性は高いと思う。三位のナンバーズは実力的には妥当なところ。歴史あるこの球団は、本来ならライバル関係のスターズと優勝争いを繰り広げるべきなのだが、今年の戦力を分析するととても互角とは思えないし、フェニックスを押す分だけ評価を下げた。四位以下は昨年までのデータと今年のキャンプを見た上で決めた。以上、センターリーグに関してはかなり自信のある予想だと言える。


 パワーリーグ

1位 福岡イーグルス

2位 埼玉ライオネルズ

3位 神戸ビッグウェーブ

4位 日本ウインナーズ

5位 大阪バイソンズ

6位 千葉ガンマンズ


 一方、パワーリーグの方は、数名知っている選手がいるとはいえ日本シリーズやオールスター・オープン戦でしかまともに対戦した事はなく、しっかりしたデータは一切頭に詰まっていなかった。その為、昨年の戦いや今年のキャンプを基に順位予想を立ててみた。一位に推した福岡イーグルスは過去に黄金時代があったものの、ここ三十年近く優勝から遠ざかっている球団である。しばらくBクラスを彷徨っていたが、三年前に監督が変わってから徐々に盛り返し始め、昨年は二位に入っていた。キャンプ・オープン戦での選手の上々な仕上がり具合を見て、今年は優勝するのではないかと判断した訳である。二位以下は、確証はないのだが、キャンプを見た上で、経験に基づく勘で決めた。ただし下位に挙げたチームに関しては若干の自信がある。下位二球団はキャンプを見た限り、勝つ為の要素が整っているとは思えなかった。選手が隅の方でサボっていたり、コーチが意味のない練習を繰り返したり、監督の意図する所が読み取れなかったりと、見ていて理解に苦しむ場面が多かったのだ。勝負はやってみないとわからないが、私の考えではこういうチームは勝てないと思わざるを得ない。

 以上のような順位予想をTVで披露したのだが、同じ予想をする解説者は他に一人もいなかった。新潟フェニックスの二位と福岡イーグルスの首位を予想した者が一人としていなかったのである。おかげで周囲からは「大胆な予想」などと言われて、奇異な目で見られた。こちらとしては全然奇をてらったつもりはないのに、全く失礼な話である。


 開幕前は解説の他、金メダリストやサッカー選手との対談、アメリカのスポーツ観戦取材などを行い、いろいろと吸収させてもらった。バラエティー番組などにも誘われはしたが一切出演せず、己れを磨く事に努めたつもりだ。公共放送のMHKを選んだおかげで、その辺は助かった。

 そしていよいよペナントレースが開幕した。私もMHKの中継での解説、「王嶋の目」なる新聞連載記事など、忙しくなってきた。私の解説は視聴者や読者にもおおむね好評のようで、特に「わかりやすい」という意見をたくさん頂き、勉強をした甲斐があったものだと感じた。

 その勉強の成果は予想にも生きていた。ペナントレースは私の睨んだ通りの展開になったのだ。センターリーグは東京スターズが打の爆発・投の充実で独走し、二位以下が混戦状態、パワーリーグは私がペケ印を付けた球団が早くも脱落し上位球団のみで優勝争いとなっていた。あまりにピタリとはまったので、自分でも驚いたものだ。

 前半戦が終わり、オールスター前に下川さんにインタビューする機会を得た。チームは首位をひた走っており、余裕の会見となった。

「下川監督は今シーズンの独走の要因をどうお考えですか?」

「ははっ、そんな事はシゲの方がよくわかっているだろう?お前、あれだけウチを推していたじゃないか」

「ははは……」

「まあ新戦力が思い通りに活躍してくれたのが大きいわな。特に衛藤とガンズ、あの二人の加入だな」

「二人でもう五十本塁打ですからね、凄いですよ」

「そうそう。シゲの抜けた穴を十二分に埋めてくれた訳だ」

「私もいい時に引退しました」

「バカ言え、もう三年はウチの四番をはれたわ。如何に衛藤やガンズが打とうともお前には及ばんよ。何よりスター性が違う。豪快な空振り一つで客を湧かせる事が出来たのはお前くらいのもんだ」

「最大級の賛辞を頂き、ありがとうございます。そう言っていただけて嬉しいです」

「お前級の打者はもうなかなか出てこないだろうなあ」

「はは、もうその辺で。話を戻しますが、他にはどんな要因が?」

「そうだな、ウチがいいのは勿論だが、他が潰し合いをしてくれたのがあるな」

「そうですね、スターズ以外の五球団はほぼ同じくらいの勝率ですからね」

「ウチを単独で追ってくるような相手がいない訳だから助かっているな。ただシゲの予想した通り、フェニックスは強くなっているよ」

「そうですか。確かに負け越しているとはいえ、スターズとの対戦成績が一番良いのもフェニックスですね」

 ここまでスターズは全球団に勝ち越しており、フェニックスの八勝十敗という成績が最も食い下がっている状態であった。

「そうだ。シゲはなかなか見る目がある。キャンプの出来がいいって言っていたが、ちゃんと仕上がってきているよ、フェニックスは。去年と格段の違いだ」

「後半戦最もマークする球団になりますか?」

「いや、もうこうなると何処をマークというよりも、自分達が如何に戦うかだろうな。前半同様、投打の歯車が噛み合えば優勝は見えてくるだろう」

「そうですね。さすが下川監督率いるスターズ、横綱相撲さえ取れれば負けはないという事ですね」

「そういう事になるな。まあ蓋を開けてみんことには勝負はわからんがな」

「私は古巣という事に加え、スターズ絶対優勝の公約もあるので期待しています。本日はありがとうございました」

 といった内容の取材だったのだが、その帰り、下川さんの誘いで久々に夕飯を同席する事になった。銀座の高級料亭に二人で入り、日本酒を注ぎ合った。こんな風に下川さんと二人で食事をするのは現役時以来だった。お互い頬を真っ赤に染めながら、料理に箸を延ばしていた。

「シゲ、一年目にして早くもいっぱしの解説者になったなあ。さっきのインタビュー受けていて感心したぞ」

「いやあ、そんな……。毎日勉強です」

「じゃあ随分と勉強したんだろう?今シーズンここまでお前の読み通りじゃないか」

「たまたまですよ」

「いや、たまたまでは無理だよ。ある程度見る目を養わないと出来ないレベルだ」

「恐縮です……」

「さすがに俺の後釜狙っているだけの事はあるな。現役時代とは打って変わって理論派になっているじゃないか」

「いえいえ」

「聞いたぞ、フェニックスの熊沢オーナーから早くも監督就任を依頼されているそうじゃないか?」

「いやあ、あれはあの方のリップサービスですよ」

 と私は言いながらも、下川さんがその話を知っていたことに内心驚いていた。

「何で俺が知っているのかって怪訝そうな顔しているな?」

「い、いえ」

「実はな、ウチの球団の方に熊沢さんから連絡があったらしいんだわ。来期、王嶋さんを監督にお迎えしたいのですが、とな」

「えっ、本当ですか?」

「ああ。それでスターズの方で何か問題があると困るので、あらかじめ確認しておこうと思ったんだとさ。大したもんだよ」

「そうだったんですか……、そこまで考えておいでとは思っていませんでした」

「どうするシゲ?本気だぞ、あの人は」

「どうすると言われても、まだ正式に要請された訳じゃありませんし……」

「そうは言うがな、スターズにまで連絡が来ているとなると、もうこれは本格的な話だぞ」

「うーん……」

「俺はやる方を勧めるぞ。確かにお前はウチのチーム一筋なんだろうが、他で勉強してくるのもきっといい経験になる筈だ。ウチの監督するのはそれからでも遅くないぞ。まだ俺もいるしな」

「ええ……」

 正直私は戸惑っていた。水面下でそこまで話が進んでいるとは思いも寄らず、解説者になったばかりなのに急に監督という話が近付いてきても実感が湧かなかった。この後も下川さんと球界に纏わる話で飲み明かしたが、失礼ながら私は「心ここにあらず」といった風で、ずっと監督要請の事を考えていた。


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