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暗黒球場  作者: 馬河童
16/31

8回裏

 心地良い疲れを身体に残し、朝を迎えた。結局、早朝五時まで西沢とシンクロ会得の特訓に取り組んだ。それから床に入ったのだが、朝日の眩しさに今更寝付けず、起きる事となったのだった。寝付けない原因は陽の明るさだけではない。本日からのオープン戦開幕に胸踊るような緊張するような気分になったのだった。キャンプでやってきた事が正しかったのか否かがとりあえず証明されるのだ。興奮しない訳がない。

 今日の開幕試合は宮崎県営野球場で、パワーリーグの日本ウインナーズとの間で行なわれる。同じく宮崎県でキャンプを張っていた者同士の対戦である。

「王嶋監督、監督として初の実戦となりますが、今どういった心境ですか?」

 宿舎を出た途端、スポーツ記者が群がってきて尋ねてくる。

「正直言って緊張しています。まだ開幕までは時間があるとはいえ、キャンプの成果が出る訳ですから。採点でもされるような気分です」

 私は現在の心境を正直に答えた。

「監督の現在までの採点は何点くらいですか?」

「受験者が採点は出来ませんよ。それを皆さんや解説者、そしてファンの皆様に評価してもらうんじゃないですか?」

「ははっ、こりゃ監督に一本取られましたな……」

 記者達がドッと沸いた。私はその隙を縫って球場へ向かうバスに乗り込んだ。

 既に選手達は全員乗車していた。皆、今年の初実戦を控え、やや緊張した面持ちに見える。その様子を見た私は車内のマイクを借り、口を開いた。

「今日の試合、私が率いる初めての実戦となる訳だが、あえて今日はノーサインでいこうと思う」

「ええっ……」

 車内のあちこちから驚きの声が揚がった。

「今日は最初の試合だし、皆の仕上がり具合を見たいから、各人好きにのびのびとプレイしてもらいたいんだ。なるべく多くの選手を出すつもりだ。勿論、この試合で適性を判断するなんて事はしない。まあ一種のご褒美というか、キャンプが終わったばかりだから一試合くらい楽しんでプレイして欲しい。それこそファンを喜ばせるような……」

「ウッス!」

「はい!」

「わかりました!」

 次々と返事が聞こえてくる。どうやら皆が私の意を汲んでくれたようだ。

「ただし、怠慢プレーだけは許さないぞ。もしそういう者がいたら即刻交代の上、二軍行きとするからな」

「はいっ!」

 一様に返事が揃った。

 (いける!)私の中に選手達への単なる期待を越える信頼感が芽生えつつあった。


 球場内は予想以上の観客で溢れ返っていた。私を見に来た者が多数いるそうで嬉しくもあったが、ほどなくそれ以上の嬉しさが降り掛かってきた。試合が始まるやフェニックスの選手は大活躍、投手は先発吉田から完封リレーの快投、打ってもジョーンズ・山下がアーチの共演と、これ以上ない形で私に監督初勝利をプレゼントしてくれたのだった。

 さて注目の西沢だが、いきなり実戦でヒットが飛び出した。それも昨晩のシンクロ打法特訓が実ったのか、しっかりしたフォームでのクリーンヒットであった。それは今後に期待を持たせる、大きな一打であった。そしてある意味、この事は勝利以上に嬉しかった。   

 事実、翌日の試合から、今までの状態が嘘であったかのように西沢のバットは火を噴き始めた。彼はたった一夜の特訓で、シンクロによるタイミングの取り方をつかんだのだ。連日の猛打賞に、酷評を浴びせていたマスコミも驚嘆し、閉口する有様だった。

 そして西沢の活躍に乗せられるかのように、フェニックスは連勝を重ねた。まさにキャンプの成果が爆発した感じで、各選手が己れの良い所を余す事無く発揮していた。ジョーンズはホームラン十本でホームラン王、そしてなんと丸山が五割近いアベレージで首位打者を走る大活躍。投手陣もエース吉田を筆頭に順当な仕上がりを見せた。

 そして問題の酒井の登板がやってきた。オープン戦とはいえプロでの初試合、さすがに強心臓の彼も緊張しているようだった。何度もタオルで汗を拭ったり、靴紐を入念にチェックしたりする様からそれがうかがえた。

 だが、マウンドに上がるとそんな不安は一掃された。強打を誇る横浜ドルフィンズ打線を相手に、鬼のような酒井がそこにはいた。のっけから150km/h台の速球を放り、プロのバッターを完全にねじ伏せた。終わってみれば登板した五回を、四球一つのノーヒットノーラン、三振9という最高の結果で締めた。

「凄いな。全く大した奴だ」

 ベンチに戻ってきた彼を私は褒めちぎった。

「いえ、運が良かっただけですよ」

「登板前はとても緊張している様子だったのにな」

「はい、心臓がバクバクいってヤバかったです。だけどマウンドに上がったら急にワクワクしてきて……」

「そうか、君らしいな。その結果がノーヒットノーランか」

「出来過ぎですよ。たまたまです」

「まあいずれにせよ、これで私の中で君のローテーション入りは間違いなくなった。どうだ、星本君、これで酒井が通用する事がわかっただろう」

 私は話の矛先をベンチの隅に佇んでいた星本に向けた。

「へっ、わかったよ。結果を出した以上、監督であるあんたの意見に従うよ。ローテーションでも何でも好きにするがいいさ。俺は補佐するだけだ。フン」

 それだけ言うと、星本はブルペンへ去って行った。形はどうあれ、これでようやく酒井を一軍の先発ローテーションに組み込む事が決まったのであった。それが間違った判断でなかった事は、この後の試合ですぐに証明された。酒井は三試合に登板し、無失点という完璧な内容でオープン戦を締め括ったのであった。

 そして何と我が新潟フェニックスはオープン戦を首位で終えた。自分でも信じられなかったが、本当にやる事なす事うまくいき、連勝を重ねたのであった。まさにキャンプの成果が結果となって現われたのだ。特に吉田、酒井、西沢と両外国人ウイルソン・ジョーンズが期待通りの活躍を見せてくれたのが大きかった。

 この好成績に解説者の順位予想もフェニックスを推す者が続出した。大半がスターズか我々が優勝すると予想し、「SO率いる二チームの決戦」と煽っていた。その我らSOにとんでもない密約があるなどとは露とも知らずに……


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