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王太子殿下は心配性

ひさしぶりの更新です

婚約破棄するまでが契約ですの裏側番外編

ベルナルド殿下のお話(?)な感じで

「メンブラート家の娘を茶会に招いた?」

 ベルナルドがレカルディーナの言葉を復唱すると彼女はにこにこと機嫌よく頷いた。

「ええそうなの。フレン兄様の婚約者だもの。気になっちゃって」

 レカルディーナは変わらずに声を弾ませている。

 ベルナルドは眉間にしわを寄せた。

 とある日の夜のこと。王太子としてそれなりに忙しくしているベルナルドにとって、夜寝る前のひと時の最愛の妻との会話は何よりも大事なもの。内容自体は本当に他愛もないことばかり。子供のことや互いの公務のこと、それから夕食のメニューの感想などなど。

 そして今日の話題といえば。

「あのフレン兄様がやっと婚約をしたんです。やっぱり従妹としては気になるじゃないですか。しかもお相手はアルンレイヒ人の伯爵令嬢! とってもきれいなお嬢さんなんですって」

 レカルディーナの従兄のことは知っている。ディートフレン・ファレンストという名前のフラデニア人でファレンスト商会の後継者でもある。隣国でも屈指の実業家の一族でその資産は日々増えているとかなんとか。アルンレイヒにも商売の手を広げており、ファレンスト銀行の支店の開設が間近に控えている。

 そして、ベルナルドにとってディートフレン・ファレンストという名前は別の感情も呼び起こさせもする。彼はレカルディーナに懸想していたのだ。ベルナルドの知らない彼女のことを知る男、というだけで機嫌が悪くなるには十分な相手というわけだ。

 その彼はレカルディーナが結婚した後も独身を貫いていた。

 ベルナルドとしてはさっさと結婚でもしてくれないか、と思わなくなかったのだが。(いつまでのレカルディーナに未練を持たれても困るからだ)

「その相手がメンブラート家の娘、ということか」

 相手がまた微妙に厄介だった。

 なにしろメンブラート家の娘なのだから。

「そうなの。伯爵家の三人目のお嬢さんですって」

「詳しいな」

 レカルディーナに伝えると、彼女はえへんと胸を張った。

「わたしだってアルンレイヒの貴族についてはこの三年くらいでずいぶんと詳しくなりましたからね」

「それで、返事は来たのか?」

「んん~、まだです。昨日お手紙を出したばかりですから」

 ベルナルドは再び眉根を寄せた。

 すると夫の顔が険しくなったことを察知した妻がベルナルドの側へと近づいた。

 首をかしげてベルナルドの顔を覗き込む彼女をベルナルドは引き寄せて、己の膝の上に乗せた。レカルディーナは「ちょ、ちょっと」と抗議の声を上げるが、突然のことに照れているだけだと分かっているのでそのまま腕の中に閉じ込める。

 レカルディーナは少し慌てたのち身体の力を抜いた。ベルナルドはレカルディーナを横抱きにする。

「メンブラート家はこの数年、年の瀬に行われる王家主催の晩さん会を欠席している一族だ。メンブラート家はローダ家より歴史も長い」

 ベルナルドはレカルディーナにメンブラート家の歴史をかいつまんで聞かせる。昔から独立志向の高い厄介な一族。六百年という長い歴史を持つ彼の一族は西大陸の主要王家や大貴族と姻戚関係を持っている。また、フラデニアと国境を有していることもあり、ベルナルドとしては今回、フラデニアきっての金持ちでもあるファレンスト家との縁談に何かしらの思惑があるのではないか、と勘繰ってしまう。こういうことを考えるのはベルナルドにしてみれば性のようなもの。アルンレイヒを束ねていく立場の人間なのだから仕方がない。

 しかし、妻といえば。

「もう、ベルナルドったら考えすぎです」

 と言ってからりと笑った。

 レカルディーナは基本的に明るく、そして楽天家だと思う。今も彼の腕の中で「ほら、また顔が怖くなっていますよ」と眉間に寄せたしわを揉みほぐしている。

「しかし」

「大丈夫。きっといいお嬢さんだわ」

 それでもレカルディーナはからりと笑った。彼女は物事をいい方向にしか考えない。根がお人好しなのだ。王家の嫁としてそれは危うい資質でもあるが、ベルナルドが考えすぎな分ちょうどいいのかもしれないとも思う。

 結局この話題はここで終わって話題は娘二人の昼間の様子に移った。



 しかし、ベルナルドとしてはメンブラート家の娘の動向というものが気にかかるわけでもあり。レカルディーナの招きに応じた伯爵家の娘がどのような者なのか顔を見に行くことにした。

 近衛騎士を伴ったのは多少の意地悪もあってのこと。何しろ王家主催の晩餐会を欠席しているような家の娘だ。レカルディーナの親戚だと分かったうえでファレンスト家に近づいた可能性もある。

 執務の合間、レカルディーナの茶会が終わった頃合いを見計らい回廊を進んで行ったベルナルドは件の娘と対面をした。

 黒髪に紫色の瞳をした、美しい娘だった。顔の造作が美しいという客観的な事実に基づいた感想でベルナルド自身が感銘を受けたとかそういうものではない。なるほど、これならディートフレン・ファレンストも一考したわけだ、とかやっぱり意地悪な考え方をしてしまうあたりベルナルドはひねくれているのだろう。などと頭の中で冷静に分析している目の前で。オルフェリア・メンブラートは固まっていた。声を発することもせずにぴきりと石のようにその場に立っている。

「殿下。どうしたんですか、こんなところで」

 レカルディーナが不思議そうに口を開いた。

 茶会といっても今日の参加者は三人のみ。レカルディーナとエルメンヒルデとメンブラート家の娘であるオルフェリア。

「メンブラート伯爵家の人間を呼ぶと言っていただろう。まさか本当に現れるとは思わなかった」

 ベルナルドは率直な感想を言った。

 招待いただきありがとうございます、という返信を受け取ったことは知っていたが、直前になって取りやめるのでは、という懸念もあった。それが本当に現れたのだ。そういう意味を込めた言葉と視線を娘に差し向けると彼女は小さく口を開いたものの結局何をいうわけでもなくただその場に立ち尽くしたままだった。

 ベルナルドとしてはオルフェリアに対して牽制が出来ればよかっただけなのでそれは果たしたともいえた。公の場で、ベルナルドは時に大げさともとれるくらいレカルディーナを丁重に扱う。それは王太子である自分がどれほど妻であるレカルディーナを大切に想っているか知らしめるためでもあるし、彼女を軽んじるなよという意思表示でもあった。

 今回同じことをオルフェリアにもしたというわけだ。わざわざ茶会の終了時間を見越して女性たちの前に姿を現した。

「もう、ベルナルド様。そんな風に睨んじゃだめですよ。オルフェリアが委縮しているわ」

 レカルディーナがオルフェリアを庇う発言をする。義理でもなんでもなくレカルディーナはオルフェリアを庇うようにベルナルドから彼女を庇うように一歩足を進める。

「別に威嚇なんてしていない。おまえに何事もなかったのならそれでいい」

 彼女の態度から茶会は滞りなく終了したのだと察したベルナルドは平素と同じように妻に軽く触れてその場を立ち去った。




「もうっ! もうっ! ベルナルドったら! オルフェリアが怖がっていたでしょうっ!」

 災難だったのはその日の夜。

 寝所でベルナルドを待っていたのはレカルディーナの非難の声だった。

 彼女は文字通りぷんすかと怒っていた。

「ただでさえベルナルドは近寄りがたいんですからね。せっかく仲良くなれたのに旦那さんが怖いからお城にはいきたいくありませんって言われちゃったらどうするんですか」

 そこでベルナルドはうーむと考えた。そういう言い訳も今後はあるというわけか。

 原因を作ったのはベルナルドなのだから甘んじて受け入れようと思う。

「ただ様子を見ようと思っただけだ。意図して怖い顔をしたんじゃない」

 一応弁解を入れおく。まあ牽制はしたけれど。これは口には出さない。

「それで。楽しかったのか?」

 ベルナルドが水を向けるとレカルディーナは怒った顔から一転して笑顔になる。

「ええ。もちろん。彼女とってもいい子だったわ。可愛らしくて、お人形さんみたいにきれいな子ね。ああでも、うふふ」

「なんだ?」

「だぁめ。女の子同士の秘密です」

 そこまで言っておいてその先は秘密らしい。ベルナルドが尋ねるとレカルディーナは思い出し笑いをして肩を揺らした。

「なんだかんだでお似合いな二人だと思ったんですよね。フレン兄様もついに結婚かあ」

 従兄を思い浮かべる彼女はどこか優しい顔をしている。

「ちょっと寂しいなあ」

 などというものだからベルナルドとしては少し焦ってしまい慌ててレカルディーナを抱きしめる。

「俺がいるだろう」

「うん? 当たり前ですよ」

 レカルディーナはベルナルドの心の奥に潜む嫉妬の炎に気が付くこともなく当たり前のように肯定する。そのことに安堵しつつ、ベルナルドはディートフレンに対して内心さっさと結婚契約書に署名をしてしまえと思った。

「これからはオルフェリアに対しても優しくしてくださいね。わたしの未来のお姉様、いや、妹? になるんだから」

「わかった。善処する」

「そうだ。あとね、これ重要よ。なんと! 女組の、わたしの推しがいまミュシャレンに来ているんですって! リエラ様がミュシャレンに!」

 レカルディーナはベルナルドの束縛をがばっと解いて興奮してまくし立ててきた。

 一通り聞き終わったベルナルドは渋面を作った。

 従兄よりも手ごわい相手が現れたことにベルナルドは内心げんなりした。

「絶対にリエラ様に会う! 会いたい!」

 レカルディーナの声が爛々と輝いている。まるで結婚前の少女時代に戻ったかのような具合にベルナルドはむむっと眉間にしわを寄せる。もしかしなくても、レカルディーナの初恋というのは寄宿学校時代にドはまりしていたメーデルリッヒ女子歌劇団の女優なのかもしれない。

「エルメンヒルデとも話していたんです。リエラ様とユーディッテ様を是非にお招きしましょうねって」

 聞けば女子歌劇団の女優を招いたのはほかでもないディートフレン・ファレンストとのこと。まったくよけいなことをしやがって、とベルナルドは心の中で宿敵と言っても過言ではない男を盛大に罵った。


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