あなたの心をわたしにください25
「どこか落ち着いて話の出来るところはありませんか?」
「公園とか、街中の喫茶室とかかしら」
「公園でもいいですか? アウラが寒くなければですけど」
「わたしは平気。あったかい肩掛けを買ったから」
アウラは外套の上から大きな肩掛けを羽織っている。寒さ対策でつい最近手に入れたものだ。羊の毛を織った肩掛けは値が張って痛い出費だったが、そのおかげで外出も苦ではなくなった。
アウラは邸からほど近いところにある公園にデイヴィッドを連れて行った。
大きくもないけれど、木々が等間隔に飢えられ、花壇もある手入れのされた公園だ。この季節はさすがに閑散としている。
デイヴィッドと二人、花壇の近くにあるベンチに腰を下ろした。
彼は一体何の用件があってリーズエンドを訪れたのだろう。
アウラは注意深くデイヴィッドを観察した。
彼はアウラの視線を受け止めて、しばらくしてから口を開いた。
「アウラ……、僕はずっと自分に言いきかせてきました。僕はあなたの後見人で、僕はあなたに責任をもたなければならないと。だから、僕はあなたの想いを拒絶しました。あなたの気持ちを無視して……」
アウラは顔を強張らせた。
どうして、またそんなことを言うのだろう。もうアウラの中では終わらせたことなのに。
「そんなこと、言うためにわざわざリーズエンドまで来たの?」
アウラの声が震えた。
「はい。ちゃんと、僕の気持ちを最初から伝えたくて。聞いてください。あなたが去ってから僕はずっとさみしかった。ずっと、ずっとあなたは僕から離れないと思い込んでいた。いや、信じていました。けれど、それは傲慢でした」
アウラはデイヴィッドを見つめた。
アウラの気持ちを拒否して、それでもデイヴィッドの側に居続けることなんてできなかった。
「あなたが去って僕は自分の気持ちを見つめなおしました。僕は、いつのころからか、あなたを一人の女性としてみていました。けれど、それは僕にとって許しがたいことでした」
彼は真摯にアウラを見つめる。
静かな声だった。
アウラは彼の言葉にじっと耳を傾ける。
この言葉はどこへ行きつくのだろう。
「あなたを女性として愛しています」
次の言葉にアウラは自分の耳を疑った。
彼は今、アウラのことを愛していると言った。
あの時は拒絶をしたくせに。
どうして、今更。
アウラの顔から彼は正確にアウラの言いたいことをつかみ取ったのだろう。
「今さらって気持ちはわかります。僕も認めるのが怖かった。いや、認めたくなかった。そんな即物的な男だと、思いたくなったんです。プライドってやつですね。ごめんなさい」
「それって、何に対して謝っているの?」
アウラはつい意地の悪いことを言ってしまう。
「全部です。あなたを拒否したのに、結局は耐え切れなくなってあなたを連れ戻しに来たことと、前回あなたを傷つけたことに対してです」
「あなた、さみしさと恋を混同していない?」
アウラは確認するようなことを言う。
結局彼はアウラのいない生活に空虚さを感じているだけではないか。
「最初はそう思い込もうとしていました。ずっと考えていました。あなたへの気持ちについて」
そう言って彼はアウラがデイヴィッドの元を離れてからのことを語って聞かせた。
アウラから手紙が一通も来なかったのが辛かったこと。冬物の衣類をクラリスに頼んで送ってもらったことが面白くなったこと。クレイの挑発めいた言葉に腹が立ったこと。
アウラが自分の知らない土地で、誰かと結ばれることを想像したら胸が痛んでどうしようもなかったこと。
「結局僕は、アウラのことを自分の手で幸せにしたいんです。あなたを女性として見ているから。あなたが誰か別の男に抱かれることなんて、許せるはずもないのに。それを看過しようとしていたんです。ほんっとうに馬鹿です」
「その言葉そっくり返してあげるわ。わたし、あなたがわたし以外の女性を抱くのが嫌でたまらなかったもの」
十四歳のころからずっとアウラは傷ついていた。自分のことを抱けばいいのに、と本気で思っていた。
デイヴィッドにならアウラは全てを差し出せる。
「あなたが離れて行ってようやく自分の気持ちに気が付きました。もしも、あなたがまだ僕に気持ちを残してくれているのなら……僕の手を取ってください」
アウラはすぐにその手を取ることができなかった。だから、つい確認めいた言葉を言ってしまう。
「あなた、わたしのこと好きだっていうなら、ちゃんと……わたしに口づけできるっていうの?」
「もちろん」
「ほんとうに?」
アウラは信じられなくてデイヴィッドを睨む。デイヴィッドはアウラの頬に腕を伸ばしてきた。
初めて彼から優しく頬を撫でられて、アウラは半信半疑でじっと彼を見つめる。
デイヴィッドの手はとてもやさしかった。
アウラは彼の瞳から目が逸らせなくなった。彼の中に、明らかに自分を見つめる視線がこれまでのものと違った色があることに気が付いたからだ。
男が、女を見つめる目をしていた。
色香をただよわせるその視線に、アウラはぞくりとした。
「あなたこそ、嫌ではないですか? 僕に触れられて。唇を奪った後に、泣かれたら僕も泣きますよ」
「嫌じゃないわ」
アウラは囁いた。
デイヴィッドの顔が近づいてきた。
彼の片腕がアウラの背中に回される。
アウラはそっと瞳を閉じた。彼からの次の行動を待つ。
「アウラ、愛しています」
彼のつぶやきが耳元をくすぐった次の瞬間、暖かなものがアウラの唇を覆った。
デイヴィッドに包まれていると感じたら、たまらなくなってアウラは自分の腕も彼の背中に回した。
デイヴィッドの口付けは優しかった。
何度か繰り返し、やがて二人は顔を離した。
「アウラ、僕の元にかえってきてください」
デイヴィッドはアウラを抱きしめたまま懇願をした。
「わたし、とってもわがままよ。あなたとこれまで通りの関係なら、あなたの元には戻れない」
「ええ、わかっています。僕はもうあなたの後見人だなんて言いたくありません」
「だったら、何だっていうの?」
「あなたを愛するただの男です。道徳心だとか、そういうことに縛られたくはありません。あなたが欲しいんです」
アウラはデイヴィッドの瞳を覗き込んだ。
やっとほしい言葉が聞けた。
ずっと願っていた。彼からアウラが欲しいと言われたかった。彼から求められたかった。一人の女性としてデイヴィッドの前に立ちたかった。
「わたし以外の女性を抱かないって約束してくれる?」
「ええ、もちろんです。ほんっとうに僕はどうしようもない人間でしたね」
「それでもあなたのことを嫌いになれなかったの」
「こんな僕を見捨てないでいてくれてありがとうございます」
デイヴィッドのアウラを抱きしめる力が強まった。
二人はもう何も言わなかった。
アウラは彼のぬくもりに安心して身をゆだねた。
◇◇◇
アウラがモールビル家の家庭教師を辞したのはそれから一年と数か月が過ぎた春のことだった。
デイヴィッドと心を通わしたのはいいけれど、だからといってすぐに家庭教師を辞めるわけにもいかない。
というのもマノンが頑としてアウラの退職を拒絶したからだ。最初は一年契約だったところを、後任が見つからないからとその後数か月引き延ばすことになった。
ということでアウラが十九になった年の五月、アウラはお役目ごめんとなった。
今日、迎えに来たデイヴィッドと共にダガスランドへと帰ってきたのだ。
アウラは久しぶりのダガスランド中央駅に目を細める。
実は去年の夏の休暇の折、デイヴィッドの元へ帰ってはいたのだが、なんというかあのときとは違い、これからアウラは彼の妻としてずっと彼と寝食を共にする。
「どうしました?」
デイヴィッドはアウラの腰に手をまわして引き寄せた。駅舎は人の出入りが激しいからだ。
アウラは彼の指にはまった指輪に視線を落として、それからにっこりした。
アウラの指にも同じものがはまっている。
「ううん。しいて言うなら、帰ってきたなあって」
人の多さも、人種の多さもさすがはダガスランドだ。列車から立ち込める煙とか、ダガスランド特有の空気だとかが懐かしい。
「わたしにとってダガスランドって、もう故郷も一緒なのよね」
アウラはしみじみとした口調になる。
「僕にとっても同じですよ。あなたがいてくれるから、僕にとってもここは故郷になるんです」
デイヴィッドはアウラの額に口づけを落とした。
彼が自分の気持ちをアウラに伝えてくれてから、デイヴィッドはアウラに触れてくれるようになった。これまでのどこか他人行儀な距離とは違い、デイヴィッドはアウラの腰に手をまわしてくれるし、抱きしめてくれる。
「ここは騒がしいですからね。さっさと行きましょうか」
デイヴィッドは喧騒漂う駅舎にずっといるつもりはないらしい。さっさとアウラを馬車乗り場へと誘う。
荷物を積んだ辻馬車が向かうのはアウラが慣れ親しんだ家ではなく、デイヴィッドが新しく用意した一軒家だ。
街中の喧騒から次第に住宅街へと景色が変貌していく。ダガスランドの高級住宅街の一角のとある住宅を買ったと聞かされたときは、お金大丈夫? と思ったけれど、彼はアウラが考えているよりも財産を蓄えているらしい。
やがて新居へと到着をしたアウラはついきょろきょろと内部を眺める。
「まだ手入れをしていないので、アウラの住みやすいように手を加えてくれていいですよ」
新しい家にはピアノもあるという。
「わたし、前の家でもよかったのに」
「あそこは少し手狭ですし。それに」
「それに?」
「どうにもあの家であなたに手を出す勇気が持てないんです。なんていうか、十四歳の頃のあなたが離れなくて」
弱ったような声を出したデイヴィッドにアウラは笑ってしまった。
想いが通じ合った去年の冬に、アウラとデイヴィッドは正式に結婚をした。
そういう手続き関係の仕事は早いのに、彼はけじめだと言ってこの一年以上もの間口づけ以上のことをアウラにしなかったのだ。
その彼が、手を出したいという意思を示してくれた。
なんだか照れくさいけれど、新しい生活にわくわくもする。
アウラがデイヴィッドに求められたのは帰宅をした二日後のことで、その日からアウラはデイヴィッドと同じ寝台で寝起きをするようになった。
毎日一緒に食事を共にして、夜は彼の腕の中で眠る生活を続けているうちにアウラは自分の体調の不具合を感じ、デイヴィッドの強い勧めもあり医者にかかった。
医者から告げられたのは、アウラの予想通りの言葉で、それをデイヴィッドに伝えると、彼は思い切りアウラのことを抱きしめてくれた。
また冬の季節がやってきた。
暖かな部屋の中で生まれてくる赤ん坊のための編み物をしながらアウラは夫の帰りを待っている。
やがて帰宅をした夫はいつものようにアウラに口づけを落として、それからお土産を手渡してくれた。
「おかえりなさい、デイヴィッド」
「ただいま、アウラ」
長かったデイヴィッドとアウラのお話も無事に完結しました。
読者様に需要があるのかさっぱりでしたが、書きたくなったものを書くのが性分なもので
書いてしまえ、と勢いのまま書きました
ええ、満足しております
もっと短いつもりだったのに、デイヴィッドが思いのほか頑固だったのでここまで長くなりました
なけなしの良心が邪魔して素直になれなかったというか、自分の俗物さ加減をアウラ相手には認めたくなかったというか
作中五年ほど時が流れたので、彼らの周りから語られるオルフェリアらのお話など、そういうのも混ぜることができて楽しかったです
蛇足になってしまうのでカリティーファの気持ちとか書けなかったのでそのうち書きたいなあと
彼女としては拠点はあくまでもトルデイリャスだったのですが、思いがけない妊娠とレインの生活拠点のこともあり、わりとバステライドと行動を共にするようになりました
リシィルが背中を押したというのも大きいですが、新しく生まれた赤ん坊はメンブラート伯爵の息子ではなく、ただのバステライドの息子で、やっぱり父親の側で赤ん坊を育てたいという思いもあり悩みながらロルテームとダガスランドを行ったり来たりしています
ちなみにフレイツはこのあと、ロルテームの寄宿学校に入る予定だったりします
色々と番外編を書いているうちに、メンブラート家のその後もちらほらと見えてきたというか、彼らからじゃあわたしたちこうやって暮らしていくからよろしく、と言われているような
不思議な感覚です
デイヴィッド話を書いている中で楽しかったのはシモーネを出せたことでしょうか
彼女とアウラはなんだかんだで仲の良い友人です
シモーネもアウラには甘いです
お姉さん心を発揮するというか、あのデイヴィッドと一緒に住んでいるんだからわたしがフォローしてあげないとと思っている節があります
長い話になりましたが、書ききれなかった結婚後その後を次にアップしてひと段落です
今度はシーロの合コン話でも書こうかな、男装令嬢の話も書きたいなと、相変わらず言うだけはタダな高岡さんです




