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あなたの心をわたしにください24


◇◇◇


 ダガスランドから列車で北西に進むこと約五時間。リーズエンドの街はダガスランドよりもずいぶんと小さいが、地井さんながらも活気にあふれた良い街だ。

 アルメート共和国の地方都市のひとつである。

 街から離れれば広大な畑が広がっている。

 ダガスランドよりも北に位置するからか、冬が早い気がする。

「先生、寒い?」

 手を繋いだ少女がこちらを見上げる。

 北国生まれのアウラだったがダガスランドの生活にいつの間にか慣れてしまっていたようだ。かの街よりも幾分早く訪れた冬の気候にアウラは身を震わせる。

「ううん、大丈夫よ」

 アウラはにっこりと笑った。

 午後の散歩の時間である。家庭教師先の家はリーズランドの名士の家で、彼女ともう一人弟の面倒を見るのがアウラの仕事だ。

 といっても弟はまだ年端もいかないので乳母の出番の方が多く、アウラは彼と文字遊びをするくらいだ。

 アウラの仕事のメインはお嬢様であるマノンにロルテーム語の作文とピアノと、フランデール語を教えることだ。

「散歩をしていると体がぽかぽかしてくるのよ」

 マノンは金茶色のくせっ毛を揺らしながら得意そうな声を出した。

 おしゃまな生徒は現在十一歳。

 新米なアウラのことを年の離れたお姉さんくらいにしか思っていないのか、少し生意気なところもあるが、やっと慣れてくれたのか最近は少し甘えてくるようにもなった。

「そうね。もう少し歩きましょうか。どこに行きたい?」

「そうねえ……街のお菓子屋さんがいいわ」

「おやつの時間はもう終わったでしょう」

 ちゃっかり発言をするマノンにアウラは目を吊り上げる。

 子供とお菓子は切っても切れない仲なのか、マノンも甘いものが大好きだ。

 アウラの厳しい口調にマノンは唇を尖らせたが、結局はおとなしく散歩だけで満足をしてくれた。

 小一時間外を歩くと体がぽかぽかと温まってきて、けれどやっぱり風が冷たくて帰ったら暖かな飲みものが飲みたいなと思った。

 二人は手を繋いだままマノンの住まう邸へと帰える。

 街の中心部から北側へ少し行くと、リーズエンドの街でも割と裕福な人間たちの住まう区画になる。

 小さな街である。アウラが世話になっているモールビル家の新しい家庭教師の顔と名前は既に街の人間に知られている。

 邸に戻ると客人がいた。

 モールビル家をたびたび訪れる男はデイヴィッドと同じか少し年上の男性である。

「こ、こんにちは。クノーヘンハウバー嬢」

「ごきげんよう」

 彼はわざわざ客間から出てきてアウラに挨拶をしてくる。

 マノンは途端に機嫌が悪くなる。

 アウラの目の前についっと出て、アウラのスカートを掴む。

「わたしたち、今帰ってきたところで喉が渇いているの。もういいかしら」

 つんとした声を出して、まっすぐに彼を見上げるマノンはアウラからしても不機嫌丸出した。

「マノン、お客様にはちゃんと挨拶をしないと駄目よ」

 アウラは注意をした。

 マノンは面白くなさそうにアウラを見上げる。

「い、いえ。いいんです。僕の方こそ帰ってきたばかりのあなたたちに気を使わせてしまいまして」

 人のいい彼は慌てて手を振った。

「だったらもういいわよね。アウラ、早く上に行きましょう」

 マノンはアウラを急かす。アウラは彼女に急かされるまま子供部屋のある二階へと追い立てられた。

 子供部屋に入って、マノンの外套を脱がせてやってからアウラは「マノン、さっきの態度は無いと思うわ」と彼女に言い聞かせる。

 マノンは不満顔だ。

「いいのよ、あの人、わたしからアウラを取り上げようとするんだもの」

 言い方がおかしくてアウラは笑ってしまった。

「別に何もしていないじゃない」

「アウラがそんな風だからヴァイセンが周りをうろつくのよ」

 マノンはアウラの反応にも怒りを示した。マノンの言いたいことはなんとなくわかる。確かにあの、ヴァイセンという男はアウラとなんとか話をしようとしてくるからだ。

 アウラは今大切な時なのだ。

 モールビル家で家庭教師としてキャリアを重ねて、紹介状を書いてもらって次へとつなげる。住み込みの家庭教師は数少ない女性ができる仕事でもある。家を借りるよりも手間もかからないし、お金もためることができる。せっかくデイヴィッドが寄宿学校に入れてくれたのだからアウラは家庭教師としてこれから一人で生きていきたい。

 だから、自分に興味のある男性がいても、気づかないふりをしている。

「わたしは今、お仕事の方が大事なの」

「ほんとうに?」

 マノンの不安げな顔が可愛くてアウラは微笑んだ。

「ほんとう」

 だって、本当に好きな人とは結ばれることは無いから。だからといって適当な相手に心も体も許そうとは思わなかった。

 アウラは自分の中にある未練がましい感情に苦笑を漏らした。

 自分は当分仕事に精を出さないといけないらしい。


◇◇◇


 年暮れに一人きりじゃさみしかったから、住み込みの家庭教師というのは良い選択だったとアウラはしみじみと感じ入る。

 もちろん、自分は使われている立場で主人一家と同じというわけにもいかないが、家庭教師は使用人よりも立場が上な場合が多い。

 モールビル家もアウラを娘の家庭教師として尊重をしてくれている。

 マノンは少し癇の強いところがあり、これまでの家庭教師と合うことが少なかったそうだ。ベテランの、それこそアウラの母親のような年の家庭教師とそりが合わずにいたずらばかりしていたようで、アウラのような新人だったら娘も懐くのではないか、とアウラが雇われた。

 紹介状を書いてくれたプロイセ夫人には感謝である。

 アウラに客人が訪れていると、知らせてくれたのはモールビル家の使用人だった。

 年末ということもあり、マノンの勉強もお休み中だ。ピアノのおけいこは欠かさないが、それ以外は休みで彼女は子供部屋で弟と遊んでいる。

 アウラは階下の家族用の居間へと入室した。

「あら、アウラ。ダガスランドからのお客さんがいらしているわよ。出かけてきなさいな。積もる話もあるでしょう」

 夫人はマノンと同じ金茶色の髪の毛を揺らしながら上機嫌だ。

 気のいい女性で、アウラのことも何かと気にかけてくれる。

「ええと、どなたがいらしているのでしょうか」

 アウラの頭の中にクラリスや何人かの友人の顔が浮かぶが、この年の瀬にわざわざ列車に乗って田舎町までやってくるだろうか、と失礼な考えをする。

「ふふっ。男性よ、ヴァイセンくらいの年頃の」

 アウラは気のいい青年の顔を思い浮かべる。あか抜けない素朴なヴァイセンと話しているとほっこりする。

 ほっこりしかけたところでアウラははっとする。彼と同じ年頃でダガスランドからの客人と言うことは。

 おそらくはデイヴィッドのことではないだろうか。

「奥様、わたしはその……」

 アウラは咄嗟に客人には相対しない旨を伝えようとした。

「まあまあ、いいじゃない。顔を見せるくらい。聞けばダガスランドではずっとあなたの面倒をみていてくれたのでしょう。近況報告くらいしなさいな」

(やっぱりデイヴィッドなのね)

 アウラは沈痛な顔になる。

 今更何の用なのだ。それでもアウラが逡巡していると、業を煮やした夫人に追い出された。

 仕方がない。顔だけ見せてすぐに帰ってもらおう。彼だって、ずっと目にかけてきたアウラのことが心配なのだろう。

 アウラが覚悟を決めて、部屋から外套を羽織って外へでると、邸の前庭にはやはりというか、デイヴィッドの姿があった。

 アウラは玄関で立ち尽くした。もう彼のことは忘れなきゃと何度も自分を戒めてきたのに、いざデイヴィッドの顔を見ると懐かしさと愛おしさでアウラの胸がきゅっと締め付けられる。

 彼は少しやつれたかもしれない。

 デイヴィッドはアウラを目にするなり、記憶と変わらない笑顔を作った。

「久しぶりですね、アウラ」

「え、ええ。あなたは、その……ちゃんと食べているの?」

 アウラはつい心配して聞いてしまう。

「少し歩きましょうか」

 デイヴィッドはアウラの質問には答えずに門扉を開いた。

 アウラはどうしようか迷った。

 ついてこないアウラのことを振り返ったデイヴィッドは「お願いします」と付け加えた。

 彼は真剣な顔で懇願した。

 アウラは彼に追いつくように小走りになった。

 二人は並んで歩き始める。

「初めて来ましたが、雰囲気の良い街ですね」

 デイヴィッドはあたりを眺めながら感想を漏らした。

「ダガスランドに比べると小さいでしょう。でも、治安もいいし、列車も通っているからそこまで田舎でもないのよ」

 アウラも彼の話題に乗ることにした。

 しばらく二人は取り留めのない話題を口にする。リーズエンドの街についてがほとんどで、あとはデイヴィッドの近況についてだった。


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