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あなたの心をわたしにください21


◇◇◇


 久しぶりの夜会ということでアウラは少しだけはしゃいでしまった。

 デイヴィッドに誘われてうれしいのもあったからだ。

 なのに今は仏頂面をしている。

「どうしてあなたはまだわたしにかまうの?」

 隣には同じように眉間にしわを寄せたクレイがいる。

「俺とは友人なんだろう? だったらかまわないじゃないか」

「構うわよ」

 一度醜態を晒した相手という気安さもありアウラは取り繕うこともなくクレイに接していた。なんだかんだ本音を知られているので話していて楽だったりする。本心を隠した男女の駆け引きは苦手だ。

 そういう相手と踊っていささかつかれていたのである。

「何にも知らない男がおまえと踊るのが気に食わないんでね。しばらく俺が盾になってやるって言っているんだ」

「余計なお世話よ」

 アウラとクレイは大広間の壁際でひそひそと話をしていた。

 楽隊が奏でる音楽に乗って、広間の中心では男女が軽やかにステップを踏んでいる。

「てっきりクラリスも来ると思ったのに」

「あいつもおまえと同じく変わり者だからな。ま、おまえが来るって知っていたら出席したかもしれないが」

「そう? そっか~、クラリスに手紙書いておけばよかったなぁ」

 アウラは肩を落とした。

「旦那探しは面倒なだけらしい」

「クラリスだったら縁談もたくさんありそうだものね」

 自分から探しに行かなくてもプロイセ工場会と縁続きになりたいという男性はいくらでもいるだろう。

「おまえだって、その……」

 クレイが言いにくそうにした。

「わたしのことは平気。自分でも考えているもの」

 クレイに顔を向けると、彼はまだアウラに未練を残していそうな瞳をしていたが、それをどうにか押しとどめようとするように口を引き結ぶ。

「わたし、喉が渇いたから向こうの部屋に行くわ。誰かいるでしょうからあなた、ついてこなくていいわよ」

 アウラは居心地が悪くなって逃げることにした。

 振った相手とよい友情なんてそう簡単に築く事なんてできないのだ。

 アウラはさくさくと歩いていく。

 クレイはアウラに続こうとしたけれど、アウラは一度だけ振り返って視線で拒絶をする。

 クレイはもう追ってはこなかった。

 しつこくされたらどうしようかと思っていたから内心ほっとする。

 アウラは隣室に用意された飲み物台を物色する。

 お酒よりも果実水のほうが飲みたい。

 何にしようかなと吟味をしていると、知らない男性から声をかけられた。次の曲の相手を請われたが、足が痛くてと断る。

 アウラはあまり自分の顔に頓着がないけれど、どうやら自分は目立つ部類に入っているらしい。たぶん典型的なリューベニア民族の風貌というのもあるのだろう。

 金髪碧眼が人気なように、銀色に紫眼というのも巷ではもてはやされるらしい。

 特に今、ダガスランドを騒がしている人気の女優がそれはもう絵にかいたリューベニア人なのだ。彼女に憧れを抱く男性が手っ取り早く身近にいる同じ髪眼をしたアウラに興味を持っているのだろうとアウラは踏んでいる。

 夜会が始まって三時間くらい経過した頃合い。

 デイヴィッドは有意義な時間を過ごせただろうか。

 そろそろデイヴィッドを探しに行こうかなと考えていると、彼の方がアウラを探しにやってきた。

 アウラはデイヴィッドを見つけて笑顔になる。

「デイヴィッド」

 アウラの呼び声に、彼は少しだけ顔を柔和にさせて近寄ってきた。

「アウラ、疲れていませんか? そろそろお暇しましょうか」

「あまり踊っていないから平気。あなたは、もういいの?」

 アウラとしてはデイヴィッドがちゃんと楽しめたのならそれでよい。

「ええ。大丈夫です」

 アウラはにっこり笑った。

 デイヴィッドに帰り支度を促されて、アウラは飲みかけのグラスを給仕に手渡した。

 二人は主催者へ帰宅の旨を伝え、屋敷を後にする。

 二人で馬車に乗り込んで少し経ったとき。

「プロイセ氏と何を話していたんです?」

 彼の方から話しかけてきた。

 少しだけ、言いにくそうだった。

「え、普通に世間話をしていただけよ」

 アウラは努めて明るい声を出した。

「世間話って……」

 デイヴィッドは何かを言いたそうに、けれど何を続けていいのか分からないみたいでそのまま口を閉ざした。

 馬車の中に沈黙が落ちる。

 アウラとしてはクレイとの間のことをデイヴィッドに伝える気はない。

 それを言うと自分の気持ちも暴露しないといけないから。

 車輪の音が馬車の中に響く。

 アウラは馬車の揺れに身を任した。

 舞踏会後の疲労感からつい眠りそうになるが、移動距離はそんなにもないのですぐに自宅へ着くだろう。アウラはどうにか起きていようと意識を集中させた。

 結局彼と会話もないまま自宅へとたどり着いた。

 アウラはそのまま自室へ戻ろうとしたのだが、デイヴィッドの方から再び話しかけてきた。

「実は、『ラ・メラート』の従業員から……あなたがプロイセ氏と一緒にいたとき、泣いていたと報告を受けました。あなた、ほんとうに彼とはなんでもないんですか? なにか嫌な目にあったというのなら僕に正直に話してください」

 アウラは驚いてデイヴィッドの顔を凝視した。デイヴィッドは真面目な顔をしている。彼に心配をさせたのだろう。

 あのときは、用心のためにデイヴィッドも関わっているホテルの喫茶室を選んだ。

 万が一、クレイに強引にされそうになったときの保険で、アウラの顔を知る者のいる場所を選んだからだ。

 けれど、泣いていただけで報告が行くとは思わなかった……いや、その可能性もあった。けれど、彼が何も言ってこないから油断をしていた。

「なんでもないのよ。ちょっと意見が食い違っただけだし」

 アウラはデイヴィッドから視線を外して口早に答えた。

 要するにそういうことだ。彼とは意見が合わなかっただけ。だから言い合いに発展したし、二人の間で決着はついている。

「プロイセ氏は、あなたに好意を持っていますよね。今日もやたらとあなたにまとわりついていましたし」

「そんなこと、ないわよ」

 アウラはようやくそれだけを言う。

 だから何だというのだ。

「あなたがプロイセ氏のことを好いているのなら良いのですが……。もしも迷惑に感じているのなら僕が対処しますよ」

「やめて!」

 アウラは思わず叫んだ。そんなことをされたら、クレイがうっかりアウラの気持ちを彼に告げてしまうかもしれない。

 言ってからアウラは我に返った。

 デイヴィッドも呆けた顔をしている。

「すみません……でしゃばりすぎでしたね」

 デイヴィッドが笑顔を混じらせたが、その顔は弱っていた。

「いいのよ、あなたはわたしを心配してくれているだけなんだから」

「ええそうですね。あなたが心配なんです。アウラはどんどんきれいになっていきますし」

「ありがとう」

「きっといい縁談もたくさん舞い込むんでしょうね」

 デイヴィッドから縁談と言う言葉を聞かされて、アウラは目の前が真っ暗になる。

「あなたは……わたしをどこかへお嫁にやりたいの?」

 無意識に聞いてしまった。

「い、いえ……積極的にではありませんが。やはり……その。女性が一人で生きていくには厳しい時代ですからね」

 アウラはデイヴィッドの言葉に胸を痛ませた。彼の中ではアウラがどこかへ嫁ぐことが規定事項になっていることを思い知らされた。

 ずっとデイヴィッドの側にいたいのに。それは駄目だと突き付けられたも同然だった。

「いや……わたし、ずっとここにいたい」

「ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいですよ」

 デイヴィッドが口元を緩めた。

 完全に社交辞令だと思われている。

 悔しかった。アウラはずっとずっとデイヴィッドのことだけを見つめてきたというのに。一度振られて以降、そのそぶりを見せなかったのはアウラだ。

 だけど、このまま黙っていたらアウラは近い内にどこかへお嫁に出されてしまうかもしれない。

「わたしが好きなのはあなたよ。十四歳のころからずっと変わらない」

 アウラはデイヴィッドに自分の気持ちを打ち明けた。

 大きな声ではなかったのに、その声は思いのほか強く響いた。

 デイヴィッドは立ち竦んでいる。

 彼は目を見開いた。

「ずっと、ずっとあなたのことが好き。あなたじゃないと嫌」

 一度気持ちを吐露すると、これまで我慢してきたものが一気に噴き出した。濁流のような感情が喉からせりあがる。

「デイヴィッド、あなたを愛している。わたし、大人になったわ。たくさんの出会いもあった。だけど、あなた以上の人はいない。デイヴィッドが好き」

 アウラは感情のままにデイヴィッドの胸に飛び込んだ。

 ぎゅっと彼の胸に顔を押し付けて両腕を背中に回す。彼の使っている整髪料の香りだとか、彼自身の香りがアウラを包み込む。

 もうすぐ十八になる。あの頃は本気にしてもらえなかった。けれど、今ならデイヴィッドも考えてくれるのではないかと思った。

 アウラはじっと彼の胸の中で彼からの言葉を待つ。

「……駄目ですよ、アウラ」

 一言目に拒絶が来た。

 アウラの心臓がぴしりと音を立てた。

「離れてください。僕はあなたの後見人なんです」

「後見人でも……あなたとわたしは赤の他人だわ」

 兄弟でもないし叔父と姪でもない。まったくの血のつながりのない間柄。だから、アウラがデイヴィッドに恋をするのに障害など何もない。

「酷いですね。僕はあなたを家族だと思っているのに」

 デイヴィッドの乾いた声が響く。

 アウラはその声で、デイヴィッドがアウラを受け入れるつもりがないことを理解した。

 二度目の失恋は、前回よりもはるかにアウラの心をえぐった。

 どこかで、期待する気持ちがあった。

 大人になった今なら、もしかしたら受け入れてもらえるかもしれないと。

「もちろん、わたしはあなたに感謝をしている。あなたが助けてくれなかったら、今頃わたしはここにいないもの。でも、でも……わたしが欲しいのはただの家族じゃなくて……あなたと生涯寄り添える、そういう家族なの」

 アウラはデイヴィッドの胸から離れた。

 人一人分間を空けて彼と対峙する。

「今だってあなたと僕は生涯切れない絆で結ばれています」

「違う! そういうのじゃない。わたしが欲しいのは、あなたと特別な愛情で結ばれた、家族になりたいってこと!」

 彼に女として見てもらいたい。彼に異性として、愛されて抱きしめられたい。

「アウラ、聞き分けてください」

 デイヴィッドは苦しそうに声を絞り出した。その表情からアウラは自分が彼を苦しめているだけなのだと理解する。

 きっと何を言っても彼には届かない。

「ごめんなさい」

 アウラは階段を駆け上がる。

 一人になりたかった。

 アウラは自室に駆け込んで、そのまま寝台の上に飛び込んだ。

 涙が溢れてきた。声もなくアウラはすすり泣いた。


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