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あなたの心をわたしにください20

「あなたがわたしをつつくってことは、アウラの涙の原因を知りたいけど、素直に切り出せないってところかしら」

 しびれを切らしたシモーネの方からさくっと核心をついてきた。

 デイヴィッドはこれまでの人を食ったような笑顔を捨て去り、真顔になる。

「ええそうです。話が早くて助かります」

「あなた、あの子からなにも言われていないんでしょう。なら、どうしてわたしが話すとでも思ったの?」

 対してシモーネは意地の悪い笑顔を浮かべる。

 この状況を面白がっているのだ。

 デイヴィッドだって別に詮索をしたいわけではない。

 それなのに消化しきれない感情が胸の奥から顔をのぞかせるのだ。

「彼女、あなたのところに行く直前に男と会っていましたよね。ホテル『ラ・メラート』で」

「なに、告げ口させているの?」

 シモーネの声が一段低くなる。

「いえ、喫茶室の店長が親切心から教えてくれただけです。それに、アウラだってなにかあったとき、僕に報告が行くようにあの場所を選んだのでしょう」

「それでも、目をつむってあげることも優しさ、というか保護者だと思うわよ。父親に過干渉されるのは年頃の女の子にとっては煩わしいだけでしょう」

 シモーネは笑みを浮かべたままだ。

「僕は彼女の父親ではありません。確かに後見人ですが、出会ったときから彼女はしっかりした子でした」

 デイヴィッドは強い声で否定した。

「ふうん。じゃああんたは一体なんなのよ、彼女の」

「……ただの後見人です」

 結局ここに立ち戻ってしまう。

 彼女を監督する立場だから、アウラが泣いていたら気になるし、もしも理不尽な目にあったというのなら自分が彼女に代わって相手に一泡吹かせてやりたい。

「彼女が会っていたのはプロイセ家の長男で間違いないのですか?」

「それ聞いてどうするの?」

「話の内容によっては僕から直々に彼に話をするだけです」

「アウラが望んだの?」

 デイヴィッドは言葉を詰まらせる。

 彼女は何もなかったように振舞っている。

 シモーネは二の句を継げなくなったデイヴィッドを眺めて、楽しそうに口元を歪ませる。本当に彼女は正確が悪いと思う。

「あの子はもう大人よ。アウラが何もしないのならあなたがでしゃばることでもないんじゃない? あの子も別に変な目に合ったわけでもなかったんだし」

「やはり彼女から聞いているんじゃないですか」

「まあね。ここまではわたしからのサービス。これ以上は駄目。女同士のおしゃべりの内容をおいそれと男に話すわけがないでしょう」

 シモーネとアウラの友情はデイヴィッドが考えている以上に深いもののようだ。

「わたしが何かを言いたいのは、むしろあんたによ」

「僕に?」

「そう。あんたの中のアウラっていったい何なの?」

 シモーネの言葉がデイヴィッドに突き刺さる。思いのほか、胸の奥の無防備なところにぐっさりと食い込んだ。

「最初はオルフェリアの代わりに女の子拾って、こいついよいよ馬鹿になったか、って感じだったけど。あんたちゃんとアウラのこと面倒見ていたじゃない。寄宿学校にまでやってさ。で、あの子はあんたが後見人務めたとは思えないくらいいい子に育った。って、半分以上は寄宿学校のおかげか。で、今後、あんたはあの子を嫁にやるなり考えているのかってことよ」

「もちろんです。僕は彼女の後見人ですから」

 アウラは美しく成長した。

 デイヴィッドの元に届く夜会の招待状にも、アウラを伴うことを願う文言が多く書かれている。

 学校を卒業してしばらくは家でのんびり過ごすといいなどと言ったものの、時間は等しく流れている。

「ふうん……」

 シモーネのデイヴィッドを見つめるまなざしが少しだけ冷ややかなものになる。

「もちろん、相手の素性はしっかりと調べたうえで許可をすることになりますが」

「へえ、あんたはそれでいいの?」

「もちろん。僕とアウラは家族のようなものですから。彼女がどこかへ嫁いだとしても、彼女の帰る家はここだよ、と言って送り出すつもりです」

 デイヴィッドは流暢に言葉を紡いでいく。

「ふうん……。そういえばオルフェリアはこっちがイラってくるほど夫婦円満仲良しさんでやっているわよ。そろそろ二人目が欲しい、なんて手紙で書いて寄越してくるくらい」

 シモーネは気の無い風に話題を突如として変えた。

 彼女は定期的にオルフェリアと手紙を交わしているらしい。あれほど気の合わなかった二人なのに、一体なにがどうなって友人関係を続けているのか。

 女の友情がときたま分からなくなる。

「ああそうですか」

 デイヴィッドは適当に返事をした。

 あの二人ははた目から見ても仲良しだったのだから今更だ。

「なんだ。面白くない。もっと悔しそうな顔すると思ったのに」

 シモーネが舌打ちをする。

 デイヴィッドがまだオルフェリアのことを引きずっていると思ったら大間違いだ。

 相変わらず性格の悪い女である。

「当たり前です。一体何年前の話ですか」

「そうよね。あのお嬢様が今じゃあ一児の母なんだから。旦那似の息子が可愛くて仕方ないみたい。ちゃんと旦那ともよろしくしているそうよ」

 シモーネはこの話題を続けたいらしい。

 オルフェリアの近況報告に、さりげなく夫婦仲の良さを付け加える。

 デイヴィッドはそれをただの事実として受け止めるだけだし、懐かしい相手の元気な様子に心を和ませるだけだ。

 冷静に自分の心理を分析をして、デイヴィッドは心の中で息をつく。

「それはファレンスト氏にざまあみろって言ってやりたいですね。母親なんてそんなものですよ」

 デイヴィッドはいつもの笑顔を顔に張り付かせる。

「そうねえ。アウラも何年後かには同じようになっているかもね。夫婦円満仲良く、子供でも生んで」

 シモーネがにっこりと笑う。

 デイヴィッドはアウラが母親になった状況をありありと想像してしまった。

 誰かの赤ん坊を抱いているアウラ。彼女が優しい瞳で赤ん坊の顔を覗き込んでいる。

 デイヴィッドは砂を飲み込んだような顔になってしまった。

「あら、どうしてそういう変な顔をするのかしら。アウラには幸せになってほしいんでしょう?」

 シモーネは心底愉快そうに笑った。

 デイヴィッドは心の余裕がなくなって立ち上がる。

「あなたと話していると胸が悪くなります」

 思いのほか長居をしてしまった。

 彼女にからかわれ続けるのは面白くないし、苛立ちが増すだけである。

「あらあ、こんな話題でいいのならいつでも乗ってあげるわよ」

 機嫌の良くなったシモーネは自ら玄関ホールまで付いてきてデイヴィッドを見送った。


◇◇◇


 仕事に精を出していてもアウラが頭の中にちらつくようになった。

 無邪気に自分を慕ってくれる少女。

 彼女がまだ十四歳の頃、彼女の想いを拒絶したのは自分なのに。

 ふとした時に襲われる寂寥にデイヴィッドは打ちのめされる日々を送っていた。

 デイヴィッドはとある投資家の主催する夜会へと赴いていた。

 夏もそろそろ盛りを終えようとする頃合いだ。

 アウラも一緒である。

 デイヴィッドがどうしますかと水を向けたら、たまには出ようかなと、という返事が返ってきた。

 デイヴィッドは少しだけ心を沈ませた。

 夜会へ出席をするかはアウラの自由な権利のはずなのに、彼女を男たちから隠しておきたいと思っている自分に気が付いたからだ。相反した気持ちが心の奥底に渦巻いていて、自覚をした途端にそれが喉元までせりあがってきそうになった。

 いったい最近の自分はなんなのだ。

 行きの馬車の中で、彼女は隣に座るデイヴィッドがアウラをことさら意識しているとは夢にも思っていないだろう。

 アウラは最近あった出来事を楽しそうに語っていた。友人たちとハイキングに出かけてきたのだ。

 デイヴィッドとしては、会話の中に登場した何人かの男性の名前が気になって仕方なかった。その中にはきっとアウラが目当ての男もいるだろうに。

 ずっと大切にしてきた少女がまぶしくて仕方なく、夜会の最中もついアウラを目で追ってしまう始末だった。

 ずっと子供のままならよかったのに。

 デイヴィッドはそんな風に考えてしまう。そうしたら、まだ彼女はデイヴィッドの元から離れていかない。

 デイヴィッドはせっかくの夜会だというのに、碌に投資家仲間と話もしないままふらふらと会場をさまよった。

 アウラは何人かの男性とダンスを踊り、そしてクレイと話し込んでいる。

 デイヴィッドはつい二人を凝視してしまう。二人の間に何かあったことは間違いないのだ。

 それなのに、どうしてアウラはクレイと話せるのか。

 デイヴィッドは自分の顔が険しくなったことに気づかないまま会場内を大股で歩いて行った。


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