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あなたの心をわたしにください17


◇◇◇


 クレイが変なことを言うものだから、次にベレーに会ったときアウラは少しだけ緊張した。

 彼とはダガスランド中心部のとあるカフェで待ち合わせをしていた。

 いつも同じカフェだったからクレイにも簡単に見つかってしまったのかもしれない。

 今度シモーネにもっと密会に向いたカフェを教えてもらう。

(って密会違うし)

 自分の考えを打ち消すようにアウラは首を左右に振る。

「アウラ、実は今日は話があって呼び出ししたんですよ」

 ベレーの声は少しだけ固かった。

 いつものように柔らかな声とは少し違う。

「なにかあったの?」

 ベレーはアウラの問いには答えずに運ばれてきたコーヒーに口をつけた。

「実は……ダガスランドには随分と長逗留してしまいまして。というのも、その……お会いしたお嬢さんがずいぶんときれいに成長されていて……」

 なんだか要領を得ない言葉にアウラは小さく首をかしげる。

 アウラはなんとなく、コーヒーの上にたっぷりと乗せられたクリームを匙ですくって口に持って行く。

「アウラさえよければ、僕と一緒に北の……エーガルデンダへ来てくれませんか。後見人のシャーレン氏は確かに良い人でしょうが、色々と不自由もあるでしょう。いえ、違いますね。はっきりと言います」

 思いがけずデイヴィッドに話が及んだとき、アウラははっきりと眉根を寄せた。

 デイヴィッドのことを悪く言われるのは嫌なのだ。

 彼はアウラを手で制した。

 アウラは開きかけていた口を閉ざした。

「アウラ、あなたのことを好きになりました。これから僕は新天地で職を得なければならない。予期せぬことばかりであなたを不安にさせることばかりでしょう。けれど、あなたを幸せにしたいのです。どうか、僕と一緒に来てください」

 もちろん、僕の生活が落ち着いてからで結構ですと彼は言い添えた。

 アウラは目を見開いた。

 まさかそっちの話だとは思わなかった。いや、クラリスたちのほうがよっぽど感が鋭かった。

 アウラはてっきり彼が同郷の者と出会えて懐かしんでいるだけだと思っていたのだ。

 クレイのようにあからさまだとアウラも警戒するのに。

 彼からはそういう気配はなにもなかった。

「わたしは……」

 アウラは何か言わないと、と思ってとりあえず口を開いた。

 しかし実際に告白をされるのは初めてで次に何を言っていいのか分からなかった。

(ううん。中途半端は駄目……。わたしが好きなのはデイヴィッドだもの)

 目の前のベレーは判決を受ける前の囚人のような顔をしている。

 アウラは逃げたくなった。

 こういう役目が辛いものだと初めて知った。

「ごめんなさい、ベレー。わたしはあなたと一緒に行くことはできない。わたし、デイヴィッドのことが好きなの」

 アウラははっきりと言った。

「ですが、彼はあなたの……」

「後見人よね。それは知っている。でも、血がつながってるわけでもないわ。ただ庇護してくれているだけってこと」

「何も知らないあなたの無知に彼が付け込んだのでは?」

 ベレーはあきらめきれないのか尚も言い募る。

「それでも、よ。ダガスランドで最初に助けてくれたのはデイヴィッドだった。一緒に生活をしていって、好きになったの。それっていけないことかしら」

「い、いえ……いけなくは……」

 ないですけど、と彼は消え入る声で続けた。

 それからしばらくお互いに沈黙をした。

 目の前のコーヒーが無くなったころ、ベレーは注文分の代金をその場において立ち去った。

 翌日早朝の列車に乗り込むと告げて。

 これからベレーとやり取りをするかどうかは、彼次第なのだろう。碌に知り合いもいない彼の助けにはなりたいが、自分は彼の差し出した手を振り払った身だ。

 何か言うことはたぶん彼の誇りを傷つける。

 アウラは黙ってその場で彼を見送ることにした。


◇◇◇


 寄宿学校を卒業したアウラは麗しい淑女へ変貌を遂げて、デイヴィッドの元へ帰ってきた。

 おかえりなさいと出迎えるアウラは十四歳の頃よりも高い目線でデイヴィッドに微笑みかける。

 その視線を受け止めるデイヴィッドの心は最近やけに騒がしい。

 年頃の美しい娘に成長したアウラがまぶしいのだ。

 彼女は、初恋など忘れてしまったかのように屈託なくデイヴィッドに接してくる。それが嬉しいのに、妙に寂しい。

 アウラの舞踏会デビューの日あの日、デイヴィッドは着飾ったアウラに見惚れた。

 アウラは毎日銀色の髪を丁寧に梳かしているのだろう。つややかな銀髪を高く結い上げ、初めての夜会用のドレスに少し緊張したアウラの頬はうっすらと赤く染まっており、その初々しい立ち居振る舞いにデイヴィッドは釘付けになった。

 ぼおっと見惚れるデイヴィッドに業を煮やしたアウラの方から話しかけてきたくらいだ。

 見惚れたことを黙殺をして、デイヴィッドはあまり彼女を独り占めしないよう気を配った。

 アウラは日に日に美しくなっている。

 アウラには幸せになってもらいたい。

 きっと彼女にはすぐに良い話が舞い込むだろう。そうしたらデイヴィッドはちゃんと相手の男を吟味したうえで、好青年であれば祝福をする心積もりだ。

 それが保護者というものだろう。

 たとえ寂しくても我慢しないといけない。

 自分は彼女の後見人で、その絆があればこそ、アウラが結婚をしてからもきっとどこかでつながっていられると思う。

 考え事をしていると、デイヴィッドを乗せた馬車はいつの間にか自宅へと到着していた。

 デイヴィッドは馬車から降りて自宅の扉の鍵を開けた。

 玄関へ入るとほどなくしてアウラが駆け寄ってきた。

「おかえりなさい、デイヴィッド」

「ただいま。アウラ」

 出迎えてくれたアウラに、デイヴィッドは花束を渡した。

 デイヴィッドはよくアウラに贈り物をする。リボンや花束やお菓子といった他愛もない物ばかりだが、最初の頃は硬い表情で固辞していたが、今は顔を緩めて「ありがとう」と言ってくれる。

 その顔を見るのが楽しくてデイヴィッドはつい仕事帰りにアウラへの贈り物を買ってしまうのだ。

 今日手渡したのは、白いマーガレットと鈴の形に似ていることから名づけられた青鈴草の花束。

「可愛いわね。ありがとう、デイヴィッド」

 アウラは花束に顔を寄せ、香りを楽しむ様に息を吸い込む。

 今彼女が頭につけているりぼんもデイヴィッドの土産だ。

「今日はなにか変わったことあった?」

「いいえ。とくには」

 一日の出来事を報告し合いながらデイヴィッドは階段を登り、自身の部屋で上着を脱ぎ少しだけ砕けた服装になる。

 アウラは扉の前でデイヴィッドのことを待っていてくれて、そのまま一緒に居間へと向かった。

 アウラは貰った花束を飾る花瓶を取りに出て行ってしまった。

 彼女が戻ってきてからの日常は穏やかで、平和だ。

 まるで本当の家族のようで、いままで感じたことのない安らぎを感じてしまいデイヴィッドは慌てて首を横に振る。

 彼女に対して持ってはいけない感情だと思ったからだ。

 花瓶に花を生けたアウラが戻ってきたとき、デイヴィッドは気になっていたことを聞いてみた。

「そういえば最近ベレーとは会っていないのですか?」

 アウラはこちらを振り向いた。

「え、ええ。彼、エーガルデンダへと旅立ったのよ」

 アウラはほんの少しだけ言葉を詰まらせた。視線を泳がせている。

 何かあったに違いない。

「そうですか。急ですね。いや、そうでもないですね。元々はエーガルデンダで教師をするとの触れ込みだったわけですし」

「そ、そうね。ダガスランドが珍しくてつい長居をしちゃったみたい」

 アウラも同調した。

「その割には出発は急でしたね」

「そうだったわね……」

「見送りにはいかなかったのですか?」

「ええと……彼が、大げさなのは恥ずかしいって言って」

 アウラはそれきり沈黙した。

 紫色の瞳の中に動揺の色を見つけたデイヴィッドは、アウラが彼に何かを言われたのだと勘づいた。

 ああそうか。きっと彼はアウラに一緒に来ないかとかそういうことを言ったのだ。

 だから今、アウラはデイヴィッドと視線を合わせようとしない。さすがにこの手の話題を保護者とするのは気恥ずかしいのだろう。

 それからデイヴィッドは自分の心がわかりやすく動揺していることを悟った。

 彼女に対して好意を持つ男性が現れるのは当然だ。アウラは美しく成長した。

 現にクラリスの兄、クレイははっきりと分かるくらいアウラにご執心だ。

 彼のこともデイヴィッドは気に食わない。

 プロイセ工場会の跡取り息子で、彼は父の持つ工場の内一つを任されている立場にある。

 その彼がアウラに目をつけている。

 普通なら良縁だと思うところなのに、素直に喜べない。むしろ彼からアウラを隠しておきたいと考えている自分がいる。

 彼女に良縁をと望む考えとは矛盾している心の奥底にある昏い感情。

 二人とも黙り込んでしまい、嫌な沈黙が居間を支配する。夕食が出来上がるにはまだ少し時間が必要なのだろう。

 ファーカー夫人が呼びに来る気配もない。

 デイヴィッドは話題を変えることにした。

「そういえば、今年の夏はまだどこにも行っていませんね。どこか、避暑にでもでかけますか?」

「え……」

「ずっとダガスランドにいるのもつまらないでしょう」

 いい提案に思えた。

「大丈夫よ。ほら、部屋の模様替えとかクラリスとのお茶の約束とか。ああそれとメンブラート邸のお手入れとか、色々とやることもあるし。あっ、今度慈善市が開かれるでしょう。その準備のお手伝いもあるのよ」

「そうですか。残念ですね」

 せっかくの提案もアウラは乗ってこなかった。デイヴィッドと一緒に過ごすよりも友達と一緒の方がよいのだろう。

 これが親離れというやつかもしれない。

 デイヴィッドの心を寂しさが覆っていく。

「アウラももう子供ではないですもんね」

 少しだけ未練がましい言い方になってしまったかもしれない。


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