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あなたの心をわたしにください13


◇◇◇


 十七の初夏。

 アウラは寄宿学校を卒業した。

 気持ちの良い晴れの日だ。入寮したときはデイヴィッドと引き離されることと未知の生活が不安でとても心細かった。

 久しぶりに同じ年頃の少女たちと接するのも緊張した。彼女たちは、きっとアウラが経験してきたこととかわからない。無垢な少女たちを前に、アウラはちゃんと自分も同じようにすることができるか不安だった。

 結局そんな不安は杞憂で、同室のクラリス以下、みんなアウラを暖かく迎え入れてくれた。

「アウラも馬車待ち?」

 クラリスは大きなトランクを抱えている。

 それぞれ大きな荷物をたくさん抱えている。そんなにも私物を持ち込んだ記憶がないのに、アウラは気が付くとトランク三つ分の荷物を抱えることになっていた。

「うん」

「あーらぁ、お二人さん。わたくしは先にお暇しますわ。これからすぐに旅支度をしてディルディーア大陸へと参りますよ」

 高笑いと共に現れたバベットは迎えに来た実家の馬車に優雅に乗り込んでいく。

 従僕たちが彼女の多すぎる荷物を馬車の荷台へ積んでいく。

「バベットも元気でね」

「ふんっ。そんなにも名残惜しいのでしたら、今度の議長夫人主催の夜会の招待状を差し上げてもよろしくてよ」

 バベットは馬車から顔を出す。

 その顔は心なしか赤く染まっている。

「やあね。招待状なんてシャーレン氏のところに来ているに決まっているじゃない」

 と、呆れ声を出したのはクラリスだ。

 アウラはよくわからないがデイヴィッドは一応ダガスランドの名士ということになるらしい。

「ああそうですの。人がせっかく気をまわして差し上げましたのに」

「大陸行きの船に乗る前に一度くらいはみんなでお茶しようね」

「まっ、そこまで言うならわたくしの家のお茶会に呼んでさしあげてもよろしくてよ」

「ありがとうバベット」

 そろそろ飽きてきたクラリスは棒読みだ。

 御者が馬に鞭を振り、馬車がゆっくりと動き出す。

 アウラはバベットに向かって手を振った。

 高飛車な言動が目立つ彼女だが、その実ただの恥ずかしがり屋さんなのだ。

「あら、うちの馬車も来たわ」

 卒業生はアウラを含めて七人。

 生徒数は三十三人で、このあたりの寄宿学校としてはやや大人数。ダガスランドでも比較的古くからある名門校なのだ。

 クラリスの迎えのため、馬車から降りてきたのは彼女の兄、クレイだった。

「クラリス、迎えに来てやったぞ」

「わたしは別に頼んでいないけれどね」

 クレイとは休暇の時に何度か顔を合わせた間柄。クラリスと同じ金色の髪に青灰色の瞳をしている。

「アウラも乗って行くか? なんならこのままうちに滞在してもいいぜ」

 アウラの意見も聞かない勢いでクレイはアウラの荷物に触れようとする。

「ちょっと、お兄様。まずはわたしの荷物が先でしょう!」

 クラリスが大きな声を出すと、クレイは小さく舌打ちして妹の荷物を運び出した。

「ちょっと強引なのよね、うちのお兄様って。そこが男の甲斐性だと思ってる節があるみたい」

 クラリスは兄に聞こえないように、アウラの耳元でこそこそっと囁いた。

 何とも言えないアウラは苦笑いだ。

 悪い人ではないんだけれど、クレイの親切はたまにアウラを混乱させることがある。

 クラリスとは親友になって、彼女の別荘にはよくお邪魔をした。そこでクレイとも知り合ったのだ。

 クレイはクラリスの荷物をさっさと運び終わった。

「それで、アウラも一緒に来るだろう」

「お兄様。わたしたちは寄宿舎を卒業したのよ。彼女だって迎えが来るに決まっているじゃない」

「どこに?」

 クレイはわざとらしくあたりを見渡した。

 他の同級生たちもそれぞれ親が迎えに来たり、あらかじめ手配しておいた馬車に乗り込んでいく。

 デイヴィッドったら、まさかこの期に及んでアウラのこといらなくなった? と一抹の不安を覚えたとき。

 寄宿舎へと続く道へ一台の馬車が近づいてきた。

 アウラはクラリスたちの兄妹げんかなど耳に入らなくなって、やってくる馬車を見守った。

 速度を落として敷地内へ入ってきた馬車。

 降りてきた人物にアウラは破顔する。

「デイヴィッド!」

 こちらへ来るのを待つのがもどかしい。

 ちゃんと迎えに来てくれた。

 感激したアウラが彼に突進をすると、デイヴィッドは驚いたように受け止めてくれた。

「淑女になったんじゃないですか?」

 少しだけ呆れ口調だ。

「そうでした。久しぶりね、デイヴィッド」

「卒業おめでとうございます」

「今日は迎えに来てくれて嬉しいわ」

 アウラは改めて感謝を伝える。

「なんだ、迎え来たのかよ」

 面白くなさそうに口を挟んできたのはクレイだ。

 デイヴィッドよりも年下、今年二十一になるクレイは、彼の隣に来るとだいぶ幼く見える。

 まあ実際かなり幼いところがあるけれど、とアウラは頭の中でかなり失礼な評価を下す。

「こちらは?」

 デイヴィッドはクレイの視線を受け止めてからアウラに聞いてきた。

「クラリスのお兄さんでクレイって言うの。彼女の別荘に招待されたときとか、何度か会ったことがあるのよ」

「何度か、というか休暇の時に一緒に別荘にいたからな」

 アウラの説明に被せるようにクレイが補足する。

 それって必要な情報だろうか。

「そうですか。仲良しさんがたくさんできてほほえましいですね。クラリス嬢、今後ともアウラのことをよろしく頼みます」

「もちろんですわ。今度の夜会、アウラも出席するのでしょう?」

「僕のところに招待状が届いていますからね。彼女のデビューになります」

 デイヴィッドの言葉にクラリスが笑みを浮かべた。

 寄宿舎前での長話も憚れるため、その後は簡潔に別れの言葉を交わしてアウラはデイヴィッドと馬車に乗り込んだ。

「あらためて卒業おめでとうございます。しばらくはのんびり過ごしてください。あそこはあなたにとって帰る家も同じなんですから」

 デイヴィッドの言葉にアウラはほっと息をついた。

 内心またどこかにやられるかも、とびくついていた。

「じゃあ、またあなたにおかえりなさいって言えるのね」

「そうですね。言ってもらえると嬉しいですよ」

 デイヴィッドはいつものようにふにゃりとした笑顔を浮かべた。

 かれの笑顔を見ていると安心する。

 この数年、デイヴィッドに会うことが怖かった。何事もなく振舞うにはアウラはまだ幼くて、ずっと一緒にいるとまた気持ちが溢れてしまいそうだったから、アウラはあえて休暇時は友人宅を渡り歩いた。

 けれどこれからはずっとデイヴィッドと一緒。

 心臓、持つかなあ。

 アウラはこれからの生活に思いを馳せた。


◇◇◇


 夏に季節に行われる舞踏会はダガスランド社交界の中でも特別なものである。

 アルメート共和国の政治を取り仕切るアルメート議会の最高権力者、共和国議長夫人主催のそれは、ディルディーア大陸における王家主催のそれと同じような意味合いを持つものだからだ。

 多忙な夫に代わり舞踏会を取り仕切るのは議長夫人。

 議長夫妻の前で挨拶をすることでダガスランド社交界にデビューを果たす。この儀式に参加することを共和国の年頃の少女たちは夢見るのだ。

 西大陸のなかでもここまで厳格なデビューを行う国は珍しいが(地位の高い貴族の子供たちは幼いころから王家の人間とも親しいことが多いからだ)、何事も西大陸の上流層を真似したい彼らにとってみれば重要な儀式なのだ。

 デイヴィッドはもちろんアウラのための夜会用ドレスを用意しておいてくれていた。

 アウラはファーカー夫人にドレスを着付けてもらい、髪の毛をしっかりと結ってもらった。挨拶の練習は寄宿学校で散々練習させられた。

 だから大丈夫だと思う。

 アウラとしては自分に招待状が届くこともないだろうな、と思っていたのだがデイヴィッドはダガスランド上流社会に顔が利くのか、招待状が送られてきていた。

 アウラが部屋の姿見で全身くまなく確認をしているとファーカー夫人が急かしてきた。

 支度に時間がかかってしまい、そろそろ出発しないといけない頃合いだ。

 階下では支度を整えたデイヴィッドが待っている。

「ごめんなさい。遅くなっちゃって」

 アウラは階段の手すりの隙間からデイヴィッドに声をかけた。

「いいえ。大丈夫ですよ。まだ時間はありますから」

 デイヴィッドはいつものように柔らかな口調で応じてくれた。

 アウラは急いで階段を下りる。

 階段に敷かれた絨毯がヒールの音を消してくれる。

 アウラはデイヴィッドの真正面にやってきた。彼はアウラを眺めたまま微動だにしない。

 今日のアウラは銀色の髪が映えるように、青紫色のドレスを身にまとっている。ドレスの襟ぐりにはふんだんにレエスがあしらわれ、ふんわりと胸元を覆っている。肩口までしかない袖の代わりに二の腕まである長い手袋で腕を隠し、まとめた髪の毛には薔薇を刺してある。

 こんな風に髪の毛を頭の上で全部まとめるのは初めてのことで、首の後ろがすーすーして落ち着かない。

 ついでに、何も言ってくれないデイヴィッドのことも気になってしまう。

 あまりにも背伸びしすぎで笑いをこらえているのだろうか。

 ちょっと切ない。

「えっと……似合わない?」

 アウラは恐る恐る切り出した。

 落第点を宣告される前に自分から切り出してしまおう作戦である。

 アウラの問いかけに、デイヴィッドははっとしたようにアウラに焦点を合わせた。

「い、いえ。月並みな言葉になってしまい申し訳ないのですが、言わせてください。とてもよくお似合いです。きれいですよ、アウラ」

 デイヴィッドはすぐに笑顔を作ってアウラを褒めてくれた。

「ほ、ほんとうに?」

「ええ。もちろんです。あなたが大人になったんだなあと感慨にふけってしまい、感想が遅くなりました」

 デイヴィッドは申し訳なさそうに頭に手をやった。

 今日の彼は前髪を後ろへなでつけ、艶のある夜会用のコートを身にまとっている。

 いつもとは違う彼の装いにアウラは今更ながらにドキドキしてきた。

 初めての舞踏会で、好きな人がエスコートしてくれるなんて。これはものすごいことなのかもしれない。

「さあさ、旦那様にお嬢様。馬車を待たせておいでですよ」

 階段の上に現れたファーカー夫人に急かされて二人は慌てて出発をした。

 馬車に揺られている間、デイヴィッドは硬い表情をしたアウラの緊張をほぐそうとしたのか話しかけてきた。

「実は僕、あまりダンスが得意ではないんですよ」

「え、そうなの?」

 初耳である。

「ええ。必要ないと思っていたから子供の頃は練習すらしていませんでしたし。学生の頃もあんまり……。大人になって必要に駆られて、って具合なので今でも苦手なんです」

 デイヴィッドは苦笑した。

「デイヴィッドは何でもできると思っていたわ」

「学問とか、頭を使うことは得意なんですけどねえ。運動はあんまり。ということで今日は僕のダンスの腕前を目の当たりにして落胆しないで頂けるとありがたいです」

「しないわよ。わたしだって、まだ全然慣れていないもの」

 最初のダンスはデイヴィッドと一緒に。

 その約束は取り付けてあるけれど、この分だとそれ以降の演目は無理そうだ。

 彼はなんだかんだと言って逃げそうである。

 アウラとしてはデイヴィッドがどんなふうに育ってきたのか気になるところだけれど、彼はあまり自分の過去を話したがらない。聞いてもはぐらかされるだけだ。

 そのあとは他愛もない世間話をしながら馬車の時間を過ごした。

 馬車が舞踏会の会場付近へ到着をすると、中からでも外の熱気が伝わってきた。

 多くの馬車が辺りを行き交い、角灯の明かりで眩しいくらいだ。

 馬車寄せに停まった馬車の中から、デイヴィッドの手を借りて降り立ち、そのまま中へと吸い込まれていく。

 デイヴィッドは特に気後れした様子もなく、アウラを伴い進んでいく。

 その後アウラは一度デイヴィッドと別れて、議長夫妻へのお目見えを控えた令嬢たち専用の控室へと案内をされた。

 クラリスや数人の友人と再会をし、念入りに身なりを再確認し、寄宿学校で散々練習した手順通りにお目見えの作法を行った。

 アウラももちろん緊張はしたけれど、なんとか自分の役目を終えることができてほっとした。それはクラリスも同じだったようで、「ああ、緊張した」と二人手を取り合って安どのため息を漏らした。


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