あなたの心をわたしにください12
◇◇◇
寄宿学校生活を満喫しているアウラはその年の年の瀬の休暇こそデイヴィッドの元へかえってきたが、翌年の夏の休暇は友人に招かれ彼女の別荘で過ごし、残りの日数も寄宿舎で過ごした。
寄宿学校には親が遠方に仕事に行っている娘たちも身を寄せている。広大なアルメート大陸の奥地へ駐留していたり外国へ仕事へ出かけていたりと様々だ。
たまに寂しくなってアウラに面会に行くのだが、最近は同級生の手前恥ずかしいのか行っても素っ気なくされる日々が続いている。順調に思春期が訪れてくれているようでなによりだ。
アウラも十六になった。
子供の成長は早いな、と思うと少し寂しくなる。
卒業をして広い世界を見れば、デイヴィッドのことを好きだったことなんてすぐに忘れてしまうだろう。そうすればデイヴィッドは後見人として彼女の幸せを祈ることができる。
いつか彼女にも本当に好きな人ができるだろう。デイヴィッドの時のような錯覚ではなく、心から好きになれる将来の伴侶。
自分の役目はその時が来たら相手をきちんと見定め身辺調査をしっかりと行うことだけである。
「おーい、デイヴィー。大丈夫かい?」
「って、ええ。バスティ。もちろん」
目の前でバステライドが手をひらひらとさせている。
デイヴィッドは慌てて取り繕った。
少し考え事に没頭していたようだ。
「どうしたんだい、ぼおっとして」
「いえ、久しぶりにバスティに会ったので感激していました」
「嘘をつけ。開口一番に人をさんざんこき使って自分はロルテームでレイン嬢とデート三昧で羨ましい限りですね、とか言ってきたくせに」
「それは本当のことですから」
十月に入ったころ、バステライドが約二年ぶりにダガスランドへと戻ってきた。
彼の身辺には様々なことが起こっていた。
まず第一にデイヴィッドが驚いたことは、彼の妻カリティーファが身籠ったことだった。
久しぶりに再会して盛り上がっちゃったんですね、と言ったら小突かれた。色々と複雑な心境らしい。
手紙のやり取りはしているのでお互いの身に起こったことは知っている。
今回バステライドは彼の家族を何人か連れてきていた。
「まさかリルお嬢さんとフレイツ坊ちゃんまでこっちにくるとは思っていませんでしたよ」
「レインは頑として嫌がったからカーリーはロームで留守番しているよ」
「レインお嬢さんらしいですね。お嬢さん、今はバスティと一緒に暮らしているんですね」
「ああ。トルデイリャスの田舎に帰るよりかは私たちと一緒にロームで結婚相手を探す方がいいらしい」
バステライドは苦虫を噛んだような顔をした。何人娘がいても嫁にやるのは嫌だということらしい。
「レインお嬢さんの言い分はものすごく想像つきますよ。未開の土地のアルメート大陸なんて嫌。礼儀のなってない人たちばかりでしょう、ってところでしょう」
「まあ、そんな主張をしていたね」
こちらに拠点を持っているバステライドは苦笑いだ。
確かに貴族が存在していないし、若い国だ。元は労働者階級だった人間が成り上がり評議員の椅子を牛耳っていたりもする。
この国独特の文化や空気に慣れ親しむのはユーリィレインのような生粋の貴族令嬢には難しい話だろう。
二人は現在ホテル『ラ・メラート』の談話室でコーヒーを飲みながら談笑している。
お気楽な空気を出しているのはソファ席に座っているこの二人だけで、従業員には緊張した空気が流れている。
久しぶりに顔を見せたオーナーを前に気が張り詰めているのだ。
「そういえば今回はきみの養い子を紹介してくれるんだろう。まさかきみが孤児を引き取るは思わなかったよ」
自分の話になったデイヴィッドは途端に眉尻を下げた。
なんていうか、色々とあったのだ。
寂しかったともいう。たぶん。
「まあなんていうか。ほんとに偶然のたまものと言いますか。いい子ですよ、リューベニア人でしてね。連邦の混乱に乗じた民衆の反乱があったでしょう。あれのどさくさで大学が襲われて教授をしていた父を亡くしたそうなんです」
リューベルン連邦はいまだに混乱を続けている。連邦を形成する国のうちの一つで内乱騒ぎがあり、それに乗じた改革派が知識階級の市民を襲い、その余波でアウラの父が勤めていた大学も襲われた。
アウラは彼女の父の教え子と母親と一緒に国を脱出してロルテームへと逃れてきた。
彼女から聞き出した過去の出来事である。
「苦労してきたんだね」
「ええ。僕としては幸せになってもらいたいんですよ」
「そのわりにはなんとなく浮かない顔をしているように見えるけれど」
「そうですか?」
「うーん……まあいいか」
「なんですか、気になるなあ」
バステライドは言いたいことだけ言って、肝心なところで口を噤んでしまった。
「それで、彼女はまだなのかい?」
「もうすぐだと思いますよ。何しろ急な呼び出しでしたからねえ。バスティがすぐに会いたいとかわがまま言うから」
デイヴィッドはジト目で彼を睨んだ。
デイヴィッドの抗議などまるで気にした様子もなくバステライドは優雅にコーヒーに口をつける。
彼はこの二年間の穴埋めをするかのように連日にわたって予定が詰まっている。自分の財産の管理なのだから当たり前である。
メンブラート伯爵家とは関係のないバステライドの事業は、やはりフレイツが継承することになるのだろうか。
そうなるとフレイツも大陸間を行ったり来たりの生活になることになる。
そのあたりは今後バステライドに意思確認をすることになるだろう。
デイヴィッドは暖炉の上に置かれた時計を見た。
急な外出届は受けてもらえただろうか。
デイヴィッドは空になったコーヒーカップを見下ろした。先ほどから何度も入り口のほうを見てしまう。
アウラと会うのはデイヴィッドにとっても久しぶりのことだった。
一人生活になったデイヴィッドは誘われれば女性の求めに応じる生活を相変わらず送っている。
そうして誰かを抱いていれば、自分は変な方向へ足を踏み落とさないでいられると信じられる。
彼女の告白は、あれは事故のようなものだから。
若気の至りというやつだ。本気にしたらいけないものと思ってる。きっといつか笑い話になってお互い苦笑するような類のもの。
「そういえば、オルフェリアお嬢さんは元気にしていますか?」
「え、ああ。うん。元気だよ」
デイヴィッドからオルフェリアの話題が出るとは思ってもみなかったのかバステライドは目を瞬いた。
「なんかめちゃくちゃ気を使われていたようなので。あえて自分から言ってみましたよ。あれだけエルお嬢さんやレインお嬢さんのことを聞かされたのにオルフェリアお嬢さんのことはスルーなんて。気持ち悪いじゃないですか」
「ええと、そうだね。うん、そうだ。オーリィも元気にしているよ。彼女には息子が生まれてね。これがまたファレンスト君にそっくりで。いやあなんというか……、可愛いんだけどそっくりなんだ……うん」
「そこ、強調しなくていいですから。素直に可愛いとだけ言っておいてください」
「ああ……」
父親としては孫は可愛いが娘婿にそっくりで内心複雑らしい。
面倒な父親である。
そうか、子供が生まれたのか。あれだけフレンのことが好きだったのだ。フレンもオルフェリアのことを心底愛していた。まあ当然の流れというやつだ。
あまり衝撃を受けていない自分にデイヴィッドは少しだけ驚いた。これが時の流れというものらしい。
「ひさしぶりね、デイヴィッド」
背後から可憐な声が聞こえたのはちょうど会話がひと段落した時だった。
デイヴィッドとしては完全に油断をしていた。
近頃のアウラは会うたびにその成長ぶりを見せつけられる。また大人へ近づいた彼女はすっかり花開いた令嬢である。
年頃の少女らしい淡い色のドレスが彼女によく似合っている。濃い紫色の瞳は水晶のようにきらきらと輝いている。
いつのころからかデイヴィッドは彼女の瞳の中にオルフェリアの影を感じなくなっていた。
「おや、きみがアウラ嬢かな」
固まったデイヴィッドの代わりに彼の真向かいのソファに座っていたバステライドが対応した。
「はじめまして、エウラ・クノーヘンハウバーといいます。いつもロルテーム風にアウラって呼ばれていますのでメンブラート卿もそのように呼んでください」
「いやあ、しっかりとしたお嬢さんだね。デイヴィーの養い子とは思えないくらいだ。うん、なかなかきれいなお嬢さんじゃないか。ええと、そちらは?」
「はじめまして、わたしはアウラの同室でクラリスと申します。家はプロイセ工場会を運営していますの。今日は彼女の付添ですわ」
続けて自己紹介をしたのはアウラと同じ背格好の金色の髪に青灰色の瞳を持った少女だ。
「そうなのかい、プロイセ工場会の娘さんなんだね。二人は仲がいいんだね」
「ええそれはもう。あ、でもわたしはあちらの席で読書をしていますからお気遣いなく」
デイヴィッドが固まっている中、お構いなしで会話が進んでいく。
アウラは友人と一緒に現れた。
手紙にもたびたび登場するクラリスという少女だ。デイヴィッドも何度か彼女と会ったことがある。
「デイヴィッド?」
アウラが首を小さく傾むけた。
「ええと。今日はすみませんね。突然の呼び出しで。バスティにあなたを紹介しておきたかったんです」
「ううん。いいの。久しぶりにダガスランド中心部まで出られる口実になって内心喜んじゃった。私の付添役、取り合いだったのよ」
アウラはそう茶化した。
「普段は中心部への外出は禁止でしたっけ」
アウラの入寮している寄宿舎はダガスランド郊外にある街近くにあり、長期休暇以外での街中心部への出入りは禁止されている。
だから今回も駄目かな、と思ったが身元引受人の呼び出しということで許可が下りたようだ。
「でも、今回はあなたからの手紙がちゃんと届いていたから大丈夫。それで一人じゃあれだからってみんなが気をまわして付添人役を申し出て、大変だったの」
本当はみんな、ダガスランドに行きたくてたまらないだけなんだけどね、とアウラは付け足した。
「それじゃあ寮に残っている皆さんの分までお土産を選ばないとですね」
デイヴィッドはいつもの笑みを浮かべる。
「気を使わなくてもいいのに」
「いや、急な呼び出しをしたのは私だからね。私が何か見繕うよ、きれいなお嬢さん」
バステライドがここぞとばかりにいい顔をしようとする。
「そんな、悪いですわ」
アウラは慌てて首を横に振った。
「そんな遠慮することはないよ。元はといえば私のわがままできみを呼び出したんだからね」
バステライドは上機嫌である。
彼はにっこり笑顔でアウラにいいところを見せようとする。なんとなく面白くなくてデイヴィッドは自然と眉根を眉間に寄せる。なんとなく、面白くない。
デイヴィッドが押し黙っている横でアウラは困った声で「で、でも……」と言い、バステライドは軽やかにアウラを丸め込んでいる。
「私はデイヴィッドの友人でありよき上司でもあるからね。彼にはいつも世話になっているんだ。お礼も兼ねてきみに贈り物をさせてくれないかな」
デイヴィッドはアウラの視線を感じた。彼女はどうしたらいいのかわからないらしい。デイヴィッドは内心では面白くなったが、上司がいいところを見せたいというのなら仕方がない。付き合ってやることにする。
「アウラ、バスティはいい格好がしたくてたまらないんですよ。ここはひとつ彼の提案に乗ってあげてください」
「もう、デイヴィッドったら」
芝居じみた大げさな発音で言ってやればアウラがころころと笑い声をあげた。
「まったく、きみってやつは言い方ってものがあるだろうに」
「僕はバスティの心の声を正確に表現してあげただけですよ」
「あー、はいはい。ありがとう」
バステライドは苦々しい声で相槌を打つ。
二人のやり取りにアウラはすっかり気を楽にしたようだ。
「では、お言葉に甘えさせていただきます。ありがとうございます、メンブラート卿」
口角を持ち上げてお礼を言うアウラがどこか知らない令嬢に思えてデイヴィッドは少しだけ目を瞬かせた。
彼女は会うたびに違う表情を見せてくれる。本質は変わらない。出会った頃のままだ。
いや、同じ年頃の友人を持ったおかげか出会った頃よりも表情が格段に豊かになった。はつらつとした顔に気づけばハッとさせられる。
「デイヴィッドは相変わらずそうね。ちゃんとご飯食べている? 夜更かしと寝坊は駄目よ」
「ちゃんと人並みの生活は送っていますよ」
「ふふっ。信じられない」
アウラは肩を揺らした。
こちらを覗き込む瞳がいたずらっぽく光っている。
「アウラ嬢はデイヴィッドのことをよくわかっているようだね」
「はい」
バステライドの言葉にアウラが元気よく答えた。
最初の衝撃から立ち直ったデイヴィッドは別の意味で背中に嫌な汗をかいた。
昔の自分と今の自分を知っている者同士が対面をする。デイヴィッドにとっては面白くない流れにしかならない暗示だ。
けれど、今後のことを考えておくならばバステライドにアウラを紹介しておきたかった。
彼女の後ろ盾は今のところ自分しかいないのだから。




