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あなたの心をわたしにください11

「アウラ、そういうことは言ってはいけないと……」

「デイヴィッドは、まだずっとオルフェリアのことが好きじゃないの? なのに、どうしていろんな女性と仲良くできるの?」

 アウラはデイヴィッドの言葉を遮って続けた。ロルテーム語をちゃんと勉強した今、さすがに淑女として直接的な言葉を使うのは躊躇われた。けれど、デイヴィッドはアウラの言いたいことを理解してくれたはず。

 今度はデイヴィッドが絶句する。

「……どうして、それを……?」

「ずっと前、あなた寝ぼけて言ったの。好きです、オーリィって。だからわたし……」

「シモーネですね」

 デイヴィッドは嘆息した。「余計なことを……」と小さく聞こえたが、シモーネは悪くない。悪いのは全部アウラの方。

「シモーネはわたしの質問に答えてくれただけ。彼女は悪くないわ」

「ですがね。好奇心のままに聞くのはよくないことですよ。それに彼女のことはもう過去のことです」

「好奇心じゃないわ」

 アウラはきっぱりと否定した。

 デイヴィッドは笑ってはいるけれど、おそらく怒っている。

 だからアウラは一気に言わなくてはならない。

「わたし、あなたのことが好き。デイヴィッド、あなたのことが好きなの。だから、あなたのことが知りたかった。あなたが誰かを好きなら、その人がどんな人なのか気になって仕方なかったの」

 黙って聞いたことについてはごめんなさい、とアウラは続けた。

 もうアイスクリームを食べる気にはなれなかった。アイスクリームはアウラの手の中で徐々に溶けていく。

「わたし、あなたが時々女物の香水の香りを纏って帰ってくることも気づいていた。それがすごく嫌だった……。わたしを見てほしいって思っていた」

「アウラ……」

 デイヴィッドはなんて言っていいのか、答えが導き出せないようだった。

 アウラも別に適当なことを言ってもらいたいわけではない。ただ、思いがけずデイヴィッドと親しい女性に遭遇して、自分の気持ちを隠しておくことができなくなった。

 二人ともベンチに座ったまま話さなくて、やがてデイヴィッドの方から「帰りましょうか」と声をかけてきた。

 アウラはおとなしく従った。

 帰りの馬車の中でデイヴィッドの方から口を開いてきた。

「あなたの好きは、刷り込みのようなものですよ。大変な思いをして生きてきて、目の前に現れた大人があなたにやさしくして。それを恋だと勘違いしているだけです」

 どこか固い声だった。

 アウラの気持ちを刷り込みだと決めつける彼の声音にアウラの胸が痛む。

「そんなこと……」

「あります。あなたはまだ十四歳です。世界はもっと広いし、世の中に男は吐いて捨てるほどいます」

「でも、神様が出会わせてくれたのはデイヴィッド、あなただわ」

「そんな神なんていないも同然です」

「わたしが好きなのはあなたよ」

「僕もあなたのことは好きですよ。一人暮らしが、あなたが来てからずいぶんと賑やかになりました。けれど、僕は後見人としてアウラの成長を見守っていきたいんです。賢いあなたなら、僕の気持ちわかってくれますよね」

 アウラは今度こそ黙るしかなかった。

 そういう言い方はずるいと思う。

 今度の九月でアウラは十五になる。少しだけデイヴィッドに近づけるのに。

 彼は後見人という言葉と立場でアウラから一歩も二歩も距離を置く選択をした。

「……」

「アウラ」

「……わかった」

 アウラの了承をしっかり聞いたデイヴィッドは安心したように息をついた。


◇◇◇


 アウラの告白劇は無かったことにされたも同然だった。

 あれからデイヴィッドは平然と振舞っている。

 だからアウラも蒸し返すことができないでいる。

 いきおい任せとはいえ、完全に時機を逸していた。

 デイヴィッドがとある提案をしてきたのはそれから三日後のことだった。

 いつものように帰宅をした彼を「おかえりなさい」の言葉と微笑みと共に出迎えた。デイヴィッドはやわらかく微笑んで上着と荷物を自室へ置いて階下へと戻ってきた。

 アウラは庭へ出て花を摘む。食卓へ飾る花を選定するのはアウラの仕事だ。

 花を飾って、食器を並べるのを手伝って、二人きりの食事が始まった。

「寄宿舎に入りませんか?」

 突然の提案だった。

 アウラの顔は真っ白になった。

「それって……わたしがこのあいだあなたに好きといったから? わたしのこと、邪魔になっちゃったの?」

 アウラは顔を歪めた。

「いいえ、違います」

「だったらどうして!」

 アウラは叫んだ。

 寄宿舎というのは親元から離されて同じ年頃の子供たちが集団生活をして勉学に励む場所。

 追い出される、と瞬間に感じた。

「この間公園で話そうとしていた続きです。あのときは邪魔が入りましたから」

 デイヴィッドは穏やかに話を進める。

「あなたのことは将来も含めてきちんと考えていますよ。アウラはまだ十四歳です。多感な頃ですから、毎日同じ人間と顔を突き合わせるより同じ年頃の少女たちと一緒に過ごしたほうがよいでしょう。僕にはあなたと似た年頃の子供たちに伝手がありませんし、家に主婦がいないからそういうところから知り合いが増えないんですよ。あなたにとって良い環境ではないと常々考えていたんです」

 デイヴィッドは色々な理由を話してくれた。

「今後ダガスランドで暮らしていくのなら、同じ年頃の友達は絶対に必要です」

 デイヴィッド自身まだダガスランドに来て二年とか三年くらいで、子供をもつ同じ階級の知り合いも多くないし、いてもどうやってその中に入って言ってよいのかわからないと。

 それで知人らに相談をして返ってきたのが寄宿学校に娘を預けてみるのはどうだろう、という言葉だった。

 なるほど、とデイヴィッドは一考しダガスランドの寄宿学校を見て回っていた。

 そう彼は説明をした。

「でもそうしたらわたし……あなたに会えなくなる」

 アウラは皿を見下ろした。

「会えないわけでもないですよ。休暇には帰ってくればいいですし、手紙だって書きます」

「それでも。あなたに毎日おかえりなさいって言えなくなる。そんなの嫌。わたし、もう仕事だなんて思えない。あなたにおかえりなさいっていうのはわたしだけの特権だって思っていた」

「嬉しい言葉ですね。ありがとうございます」

「でも、あなたはわたしを追い出すんだわ」

 アウラの口調はつい恨みがましい言葉になる。

「追い出しませんよ。あなたは僕にとって大切な養い子です。ああそうだ、寄宿学校へ持って行く物を買いに行きましょうか。文具類とか身の回りのものとか、そういうの気が利かなくてこれまでも不自由させてしまっていましたよね」

 そういう言葉が聞きたいんじゃなかった、という言葉をアウラは心の中だけに留めておいた。結局何を言っても彼を困らせるだけなのは分かっていたからだ。


◇◇◇


「ただいま」

 デイヴィッドはついいつもの習慣で言ったが帰ってくる言葉は無かった。

 ついこの間まで可愛い声で「おかえりなさい、デイヴィッド」と続いたのに。

毎日家に帰るとおかえりなさいと言ってくれる誰かがいる。

 最初にこれを彼女に伝えたときデイヴィッドは内心呆れたものだ。ないものねだりを出会ったばかりの少女に求めるなんて馬鹿げていると。

 おかえりなさいと言ってほしかった少女は彼女の愛おしい人にその言葉を紡いでいるだろうに。

 それでも、毎日アウラからおかえりなさいを聞かされるのは悪くはなかった。

 家に帰ればアウラがいる。

 いつの間にかその生活に慣れてしまっていた。

 玄関で佇むこと数十秒。 

「ああ旦那様。おかえりなさいまし」

 主人の帰宅に気が付いたファーカー夫人が出迎えてくれた。

「ただいま、ファーカー夫人。なにか変わったことは?」

 デイヴィッドは上着を脱ぎながら階段を登る。

 ファーカー夫人も彼の後に続く。

 ついこの間まで後ろをついてくるのはアウラだった。

「特に変わりは。ああそうだ。お嬢様からお手紙が届いておりましたよ。書斎の文箱へ入れてあります」

 デイヴィッドはうなづいた。

 夕食が終わってからゆっくり読むことにしよう。

 アウラが寄宿学校に入ってから十日。

 彼女と暮らし始めて一年も経っていないのに、デイヴィッドは自分の胸にぽっかりと穴が開いたような気分に陥っている。

 気まぐれで拾った少女なはずなのに、デイヴィッドの中にずいぶんと大きな居場所をつくっていたらしい。

 夕食もそこそこにデイヴィッドは書斎にこもりアウラから届いた封筒を開封した。

 花模様の便箋は彼女と買い物で行った雑貨店で買い求めたもの。

 便箋にはびっしりとたくさんの文字が埋め尽くされている。

 デイヴィッドはほほえましくなる。

 寄宿学校の生活はアウラに合っているようだ。最初は不安げに視線をさまよわせ、別れ際に「抱きしめて」なんて言われてびっくりしたが、すぐに「あなたわたしの後見人なんでしょう」と言われて、これからの応援も込めて彼女をしっかりと抱きしめた。

 緊張からかほんの少しだけ紫色の瞳を赤くした少女は、教師に引き立てられて新たな生活の場所となる寄宿舎へと旅立った。

 デイヴィッドは手紙の内容に視線を走らせていく。

 同室のクラリス・プロイセという少女とは気が合うようだ。

 わたしだけ授業内容が遅れているから補修なの。だけど、クラリスたちが部屋で丁寧に教えてくれて助かっているわ、と書かれている。アウラにつけた教師は主にロルテーム語を彼女に教えていた。そのほかの教科もしっかりと勉強させておけばよかったとデイヴィッドは手紙を読みながら後悔する。

 週に何度か届く手紙にはほかにも同級生について書かれていた。

 父親が議員を務めているバベットは何かにつけて威張っているとか、将来はディルディーア大陸の貴族の花嫁になるのよ、と毎回高らかに宣言をしているとか。

 デイヴィットとしてはアウラが寄宿舎生活を楽しんでくれているようでなによりだ。

 あのとき、アウラがデイヴィッドに恋心を宣言した時ぎくりとした。

 彼女はまだ、たったの十四歳だ。

 だましたといっても言い訳できない。

 彼女を最初に目にしたとき、確かに自分はオルフェリアと重ねた。それはあのときの頼りなげな瞳が彼女と合わさったから。

 拾ったアウラはいい子で健気で、彼女のことは責任をもって面倒を見たいと思った。

 たぶんそれで自分の中の罪悪感を帳消しにしたかったのだ。

 だから彼女が自分に恋をしていると宣言した時は青天の霹靂だった。

 まさかアウラが自分のことをそういう目で見ているとは思ってもみなかった。

 ついでに敏い彼女はあの時公園で一瞬だけ邂逅した女とデイヴィッドがどういう関係であったかも見抜いてしまった。

 このままではいけないと思った。

 折しもアウラに寄宿学校を進めようとしていた矢先の出来事で、これもあってデイヴィッドの中で何が何でも彼女を一度自分の手元から離すことを誓った。

 そもそも話し相手がデイヴィッドとシモーネだけというのは相当に不健康だ。

 しかもシモーネはデイヴィッドの知らないところでアウラに男女の色事をすべて吹き込んだ。(というかこれが一番始末に悪い)

 詰問をすると彼女らしい答えが返ってきた。曰く、どうせいつかは知ることだし、あんたと暮らす以上自衛は大切だ、と。

 なんて失礼な物言いだろう。

 さすがにデイヴィッドだって十三も年下の少女を襲おうと思うほど女に飢えていない。

 狭い世界で暮らしていては駄目なのだ。

 世界にはもっとたくさんの出会いがあるし、男だってたくさんいる。

 彼女は自分を助けてくれた男の親切をただ錯覚しているだけなのだ。

 だからこれでいい。

 一度離れた距離で過ごせば錯覚の恋からだって目が覚めるだろう。


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