表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/65

あなたの心をわたしにください2


◇◇◇


 日も落ちかけた頃合いにデイヴィッドはとあるホテルへと赴いた。

 ダガスランドでもとりわけ大きな通りであるマグアレア通りに面したホテル『ラ・メラート』。

「これはこれは、シャーレン殿。来るなら来ると一報をいただければもっとスムーズにご案内をできたものを」

「いやあ、急に立ち寄りたくなってしまいましてね」

 デイヴィッドに揉み手で腰を低くした五十代の男は『ラ・メラート』の雇われ支配人。

 元はフラデニアのホテルで長く働いていた男で、バステライドが売りに出されていたホテルを買い取った際、ルーヴェから引き抜いてきたのだ。

 家族共々ダガスランドに移住し、現在はホテル一切の取り仕切りを任されている。

 彼がデイヴィッド相手に下手に出るのは、デイヴィッドがバステライド直属の部下であるからだ。

 支配人とバステライドを取り持つのが彼の仕事なのである。

 そして今日デイヴィッドがホテルを訪れたのも視察が目的だった。

 デイヴィッドは平素のへらっとした毒っけのない笑みを顔に張り付かせてホテル内を適当に散策する。

 支配人以下数名の役職持ちの男たちがデイヴィッドの後ろに付き従う。

 彼らはデイヴィッドが抜き打ち検査をしに来たことを正確に理解している。

 それでも一応毎回彼らはデイヴィッドに言うのだ。『一報をくれれば丁重におもてなしできるものを』と。

 そんなことをしては抜き打ち検査の意味がないではないか。

(ま、一応従業員の教育も行き届いているみたいですし掃除もちゃんと行われているようですしね)

 デイヴィッドは邪気のない笑みを浮かべたまま気の向くままに歩き回る。

 客は羽振りの良い金持ちばかり。

 西大陸張りのサービスと居心地の良さと前面に押し出し、主にディルディーア大陸からの旅行者をターゲットにしたホテルだ。

 従業員を監督する立場の者はほぼ全員がフラデニアやロルテームから引き抜いてきた。

 西大陸人の、ダガスランドのホテルはきれいだけれどそれだけ、という不満を解決するべくバステライドが作り上げたホテルである。(結局西大陸の人々はアルメート共和国を歴史もなにもない寄せ集めの国だとみなしているのだ)

「いやあ、皆さんしっかり仕事に励んでおられてうれしいですね」

「そうでございましょう。皆、誇りをもって働いております。特に接客係のしつけは厳しく行っておりますからね。西大陸からのお客様がたの満足度も高いですよ」

 支配人は誇らしげに胸を張る。

 そこらへんのホテルとは格が違うのだ、と言いたげだ。

「そうですね。皆さんそれぞれ故郷では名のあるホテルでびしばし腕を磨いておられましたからね」

 デイヴィッドはとりあえず支配人を持ち上げておいた。

「さあ、視察はこれくらいにしてあとは奥で打ち合わせでも」

 支配人の言葉をさくっと無視をしたデイヴィッドはそのまま従業員専用区画まで足を延ばして興味の向くままにさまざまな扉を開けていった。

 視察というのはこういう適当さが物を言うのだ。

 こいつはどの扉をあけるか分からないから、見えないところまできちんとしておこうと思わせないとだめなのである。

 デイヴィッドはそのまま裏口から裏庭へと出た。

 宿泊客の使わない従業員や出入りの業者が使う専用の区画だ。

 こういう気の抜けがちな場所の視察もデイヴィッドは定期的に行っている。

 昔バステライドに『きみの視察って小姑並みにねちっこいよね。ほんと』と言われたことがある。

 ホテルの裏庭には男が数人いた。

 休憩中だろうか、煙草を吹かしている人がいるのか煙が流れてくる。

 彼らはデイヴィッドに気が付く様子もない。

 男たちの声が聞こえてきた。その声は嘲笑を帯びている。

「なんでしょうね」

 デイヴィッドは好奇心の赴くまま男たちに近づいた。

 男たちは何かを取り囲んでいた。

「なあ、ちょっとくらいいいじゃあないか。仕事欲しいんだろう?」

 デイヴィッドはおやっと片眉をぴくりと持ち上げた。

「おまえさんみたいな女、下働きもできやしねえよ。だったら俺たちとちょっと遊んでくれたらもっといい金払ってやるからさ」

 話しぶりからして相手は女のようだ。デイヴィッドはふうむと顎に手をやる。

 それを見て慌てたのは支配人らの方だった。

「きみたち、何をしているのかね」

 デイヴィッドよりも先に支配人が先に口を開いた。

 突然聞こえた上役の声に驚いた男性従業員たちはいっせいにこちらに振り返ってぴしりと固まった。

 何しろいつの間にかホテルの幹部らが背後で仁王立ちしていたのだ。

「それで、おまえたちは休憩中とはいえ敷地内で何をしていたんだ?」

 支配人はもう一度問うた。

 男たちは目に見えて動揺し、それから一人が声を上擦らせながら言い訳を始めた。

「そ、それが。この女が仕事を探しているとそこの裏門から声をかけてきましてですね。今しがた丁重にお断りを申し上げていたのでございますよ」

 緊張のし過ぎか丁寧語なのか遜っているのか分からない不可思議なロルテーム語を話す始末だ。

 従業員らはさっと体をずらした。

 男たちの陰から姿を現したのは汚れたドレスを身にまとった銀色の髪をした痩せた少女だった。

「女というより、まだ子供ですよね」

 デイヴィッドは従業員の男をじろりと横目に見た。

「い、いやあ……」

 言外に、いい趣味していますねぇと言われた男は顔を真っ赤にして硬直した。

 取り囲まれていた少女はまだ十代も半ば頃だろう、あどけなさが残る顔つきをしている。

 くすんだ銀色の髪に濃い紫色の瞳をした少女だった。

「それで、勝手に敷地内へ引き込んだのか」

 支配人が咎めるような声を出せば従業員の男たちは「すみませんでしたぁぁぁ」と散り散りに逃げ出してしまった。

 重役の内何人かがため息をついた。

「まったく……。デイヴィッド様、お見苦しいところを見せてしまいました。あいつらにはよくよく言って聞かせます」

「ええ、そうですね。駄目ですよ、年端もいかない少女を威圧したら、と言っておいてください」

 デイヴィッドは平素と変わらないふにゃりとした笑顔のまま支配人たちを見据える。

 支配人たちは笑顔の裏の感情を推しはかろうとしているのかしばらくのあいだ沈黙していたが、あきらめたのか今度は矛先を件の少女へと変えた。

「それで、おまえさんはいつまでここにいるつもりだ。我がホテルではしかるべき紹介状のない者は雇わない主義でね」

 一人の男がついっと前へ躍り出る。

「あ、あの。わたし、なんでもします。お客様の前には出ません。荷物運びでも、掃除でも料理の下ごしらえでもごみ捨てでもなんでもします。ですから、ここで雇ってください」

 少女は一気に話した。

 大の男たちに注目されていると少なからず緊張で声が一部裏返ったりするものだが、彼女は少し早口ではあったがしっかりと発音した。

「おまえ、今の話を聞いていなかったのか。紹介状のない人間は雇わないと言ったんだ」

「紹介……状?」

「紹介状も知らないのか。まったく。おまえみたいな薄汚れた子供など雇うものか。さっさと出ていけ」

 男たちは少女を敷地内から追い出そうとする。

「で、でも!」

 少女は尚も言い募ろうとする。

 誰か味方になってくれる人間はいないか、とこの場にいる男たちに視線を走らせる。

 一瞬だけ、紫色の瞳と目が合った。

 内心の緊張と恐怖が少しだけ瞳の中を泳いでいた。揺らぐ心を現したかのような、危うい紫色の瞳。

 デイヴィッドはつい、彼女と重ねてしまった。

 知らずに足を一歩踏み出していた。

「まあまあ。皆さん寄ってたかって駄目ですよ。すっかり怖がっているじゃないですか」

 デイヴィッドは庇うように彼女の隣に立つ。支配人らと対面するように立つと彼らは一斉にデイヴィッドの視線から逃れようと顔を動かした。

「シャーレン殿」

「いえ、そんなつもりは……」

 支配人以下男たちはばつが悪そうにもごもごと口の中で言い訳を口にする。

 デイヴィッドは少女に近づいた。

 少女は傍らに立つデイヴィッドの顔を注視する。この場で一番若いのに、発言力を持った男。彼女の目にもデイヴィッドが一番力を持っていることが明らかなのだ。

「それで、お嬢さん。今住んでいる場所は?」

「そ、それは……」

 少女は言いよどむ。

「なんだ家なしか」

 誰かが吐き捨てた。

 少女は何かを言おうとしたが、結局何も言わなかった。おそらくは図星なのだろう。

「ごめんね、僕は一応偉い立場ですが。素性の分からない子を雇うわけにはいかないんですよ。今日のところはこれで勘弁してもらえないでしょうか。これだけあればしばらく雨露はしのげます」

 デイヴィッドは上着の内側から財布を取り出して大した確認もせずに中身を取り出して少女の手のひらに載せた。

 手に取った硬貨は銀貨が十数枚。

 少女は己の手のひらに収まった銀貨に目を見張り、それからデイヴィッドを仰ぎ見た。

「あ、そうだ。これもあげます。甘くておいしいですよ」

 デイヴィッドは財布を取り出すときに一緒に手に当たったキャラメルを取り出して追加で少女の手のひらにのせた。

 いつも持ち歩いているものだ。

「違う……。わたし、お金が欲しいんじゃありません! わたし、仕事さがしてる……です。お金、使ったら終わりだから。仕事しないとわたし、稼げない」

 少女は言葉を選びながらデイヴィッドに自分の思いを伝えようとする。

 急にたどたどしくなったロルテーム語に、デイヴィッドは目の前の少女はまだこちらにきて日が浅いのではないかと思った。

 最初の言葉はおそらく頭の中で何度も練習したのだろう。

「きみ、かしこいですね」

 そう言ってデイヴィッドはもう一度お財布の中から硬貨を取り出した。今度は金貨だ。

 少女の手のひらに追加で乗せてやる。

「これだけあれば小さな下宿ならふた月は借りれます。ちゃんと身なりを整えて、身綺麗にすればどこか働き口が見つかるでしょう」

 デイヴィッドはにこやかな口調で彼女に伝え、一緒に裏口から外へ出る。

「シャーレン殿」

「ああ、今日はもうこれで解散でいいです。この辺も治安が悪くなってきているんですかね。今後はあまりこういうことのないように」

 デイヴィッドは言いたいことだけ言ったあと少女をうながして大通りの方へと回った。

「違う。わたし、こんなこと頼んでない」

 少女は不服気だがデイヴィッドは取り合わない。

 ある者が無い者に施しを与える。

 ただそれだけ。手の中に納まる硬貨を使えば少女は向こう半年くらいなら働かずに暮らせるはずだ。贅沢をしなければ、の話だが。

「じゃあ僕は用事があるのでこれで」

 デイヴィッドは少女の主張に耳を傾けることなく大通りで待たせてあった馬車に乗り込んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ