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あなたの心をわたしにください1

えっと、デイヴィッドのお話です。

なんと、9万字も書いちゃいました。新作も書かずに突如として降りてきたネタをずっと書いていましたが、いかんせん相手はデイヴィッドです。

およそ少女小説らしからぬものができあがったので、読む方は自己責任でお願いします。


 デイヴィッドの上司であり、年上のよき友人でもあるバステライドが家族と共にディルディーア大陸行きの船に乗り込んでから二か月ほどが経った。

 彼からは無事にロームたどり着いたという手紙が届き、こちらからも彼の手がける事業や金銭についての連絡事項を送り返した。バステライドが直接オーナーを務めるホテルと、それから出資を行っている工場など。バステライドの事業の補佐を行い、ダガスランドで指揮を執るのが今後デイヴィッドの主な役割になってくるだろう。

 まったく、一介の歴史学者だったはずなのに、なにがどうしてこうなったのか。

 バステライドと知り合い、彼の生き方に興味を持ち行動を共にするようになってから経済学をかじり、いつの間にか自分も一端の実業家気取りである。

 デイヴィッドは読みかけの手紙を机の上に置いて息を吐いた。

 補佐なんて結構暇だなあ~、気楽に行こうとか思っていた二か月前の自分が恨めしい。

 毎日割と忙しい日々なのである。

「ちょっと、デイヴィー。あんたね、ひとんちの劇団潰す気?」

 凝った肩をほぐそうと首を一回りさせていると、戸口から鋭い声が聞こえてきた。

 視線をやると、シモーネが眦を上げて突っ立っていた。

 ダガスランドのメンブラート邸の一室である。

「なんの言いがかりです? 藪から棒に」

 デイヴィッドは定期的に主のいなくなったメンブラート邸へ赴き、届いた郵便物の開封や部屋の掃除や手入れの監督を行っている。

 シモーネは室内着姿で、髪の毛は垂らしまま。とても寛いだ格好をしている。

「あんた、リタとアマーレ二人ともに手を出したでしょ。おかげで修羅場になって大変だったんだから」

 シモーネの言葉を受けたデイヴィッドはなるほどと得心した。

 それなら心当たりがあった。

 元同僚、現在も半分同僚のような間柄であるシモーネに半ば強制的に公演切符を何枚も買わされ、彼女の所属する劇団の公演を観に行った。

 せっかくだから花でも渡してあげましょうか、彼女友達いなさそうだしとかなんとか思って楽屋へ挨拶に行ったりしたこと数回。劇団の女優と顔見知りになり、話をするようになり、個人的に誘われ、まあ断る理由もないか、と据え膳をおいしくいただいた。

 彼女が言いたいのはそのことだろう。

「僕の名誉のために言っておくと、誘ってきたのは女性陣の方です」

「そんなこと聞いてないし! どっちか断りなさいよっ」

 シモーネの声が一段高くなる。

 女優をしている彼女が怒鳴ると割と迫力がある……いや、うるさい。

 普段からの発声練習のたまものか。

「どっちか断ったら不公平じゃないですか。僕もちょうどお腹空いてたし、まあいいかなあと」

「下種が」

 シモーネの声が、今度は一転急降下で低くなる。

「貰えるものは貰っておく性分なもので」

 それに最近失恋をして心が寂しいのだ。それに季節は秋。肌寒くなる時分、恋しくなるのは人肌である。

「あんた、そのあともちょこちょこと付き合っていたんでしょう。両方共と」

「食事に行きたい連れてってとか言われたもので」

「で、付き合って、恋人にしてって強請られてそこは突っぱねるってどういうことよ」

「それはそれ。面倒ごとは嫌いなもんで」

 デイヴィッドは本心を口にする。

 別に好きだから一緒にいたのではない。ただ、さみしかったから。だからひと時の熱をくれるという人から提供を受けただけ。今後の人生までもらう気はない。

 とか言ったら「下種は死ね」という言葉を頂戴した。

「それで、どうしてシモーネが苦情を言うんです?」

「修羅場のとばっちりがわたしにまで回ってきたからでしょう!」

 彼女曰く、元々デイヴィッドと知り合いだというシモーネこそが彼の本命ではないか、と邪推をされたのだという。件のリタとアマーレの二人から。

「わたしの言葉なんて聞きやしないのよ。あんたとどうにかなるなんて絶対にごめんだって言うのに。あんたが出入りしているこの屋敷にわたしが住んでいるのも面白くないのよね、あの子たちにしてみたら。ってことで、あんたしばらくここに来ないでくれる?」

「ええ~、それは出来ない相談ですよ。この屋敷はバスティからの大事な預かりものですし。シモーネこそ管理人が嫌ならさっさと出て行けばどうです? そうしたら新しい人雇うんで」

「はあ? 何言ってんの? わたしはここの管理人をバステライド様から直々に頼まれたのよ」

「本音は家賃タダってところでしょうが」

「空のお屋敷を管理してあげてんのよ、当たり前の待遇でしょう」

 シモーネは言うことは言ったとばかりにふんっと鼻を鳴らして踵を返した。

 そのまますたすたと姿を消す。

 本当に苦情だけ言いに来ただけのようだ。

 デイヴィッドはけたたましい声につかれてしまい、座っていた椅子の背もたれに体重を預ける。

 そうか、どっちつかずで両方の女優と適当に遊んでいたが、女同士で修羅場になったのか。

 面倒だな、と思う。

 だったら最初からどっちか断ればよかったのにそうしなかったのは、たぶん心がささくれ立っていたからだろう。

 失恋っていうのは人を駄目にするな。

 失恋を糧にして成長しろ、とかそういう言葉時分には当てはまらないなあとデイヴィッドはつくづく思った。

 もう一度大きくため息をつく。

 見るべき手紙は全部封を開けたし、処理の算段もつけた。

 デイヴィッドは長居は無用とばかりに玄関から外に出た。

 無人の屋敷だが定期的に掃除婦を雇っているし、庭の手入れもぬかりない。シモーネだけではなにかと物騒だと思いむしろ気を利かせて通っているのに。

 世の中理不尽だなあと思ったところで、冷たい風が通り抜けデイヴィッドはぶるりと身を震わせた。

 十一月も初旬。これからどんどん寒くなってくる。寒くなると独り身ということを嫌でも思い起こさせる。

 デイヴィッドの心を奪った少女、オルフェリアは今頃幸せの盛りだろうか。

 近頃やたらと彼女のことを思い出してしまう。それはきっとデイヴィッドにとってオルフェリアの印象が深い秋というか、どこか物悲しさと虚無を思い起こさせる凪いだ視線だからだろうか。

 人形のように美しい少女は瞬きをする間に霧の向こうへ消えてしまいそうな印象をデイヴィッドにもたらした。

 恋に落ちた一瞬の出来事が強烈すぎて、デイヴィッドの中のオルフェリアはあの時間のまま止まっているようでさえあった。

「だめですね、まったく」

 デイヴィッドは苦笑を漏らした。

 女々しいのは性に合わない。

 これまでだって人を好きになったことくらいある。

 今回だって同じこと。

 好きになった女性には愛する人がいて、その愛する人もまた彼女のことを愛していた。自分はオルフェリアの一番にはなれなかった。

 面と向かって口にした想いを彼女は受け止めて彼女なりの誠意で返事をしてくれた。

 だからデイヴィッドは前に進むことができる。

 デイヴィッドは前庭をすたすたと歩き、待たせてあった馬車に乗り込んだ。

 今日はもう一件用事があるのだ。


 

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