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旦那様のやきもち2

 男性出席者たちとの経済談義に一区切りをつけたフレンは応接間へとやってきた。

 続き間を客人へ解放した部屋はテーブルと椅子が端へと寄せられ、中央部では奏者が音楽を奏でている。机の上には一口サイズの焼き菓子やゼリーなどが置かれている。

 フレンはオルフェリアを探した。

 オルフェリアは次の間にいた。

 フレンは自分の顔が不機嫌になるのをはっきりと感じた。

 オルフェリアの談笑相手が男性だったからだ。晩餐の席で彼女の隣に座っていた男アルレイヒトである。

 濃い茶色の髪をしたアルレイヒトはまだ大学を卒業したばかりだったはず。フラデニアでもそこそこの規模を誇る銀行家の次男。将来家を継ぐ必要のない、どこか気楽さを表に出した青年だ。

 オルフェリアとアルレイヒトは座るわけでもなく、立ったまま話をしている。

 すぐに動けばいいものを、フレンは二人の間に割って入るのを少しだけためらってしまった。

 なんというか、二人の年齢がお似合いだったからだ。

 若い者同士、なんて言葉がある様にオルフェリアとアルレイヒトの年の差はちょうどいい。気さくな若者なのだろう、オルフェリアは警戒心を解き(というか彼女は自分に好意を持つ男性にほとほと鈍い)、うっすらを笑みを浮かべている。

 フレンが扉の近くに佇んでいると、オルフェリアの方が彼に気づいた。

「フレン」

 オルフェリアがこちらに向ける笑顔になんの曇りもなくてフレンはホッとした。

 いや、自分は夫なのだからと慌てて自分に言い聞かせる。

「だいぶ盛り上がっていたようだね」

 フレンは二人へ近づいた。

「僕の旅のお話を聞かせていただけです。聞けばファレンスト夫人も以前ダガスランドに住んでいたことがあるとのことで」

 アルレイヒトも屈託なくフレンを会話へ誘う。

「そうなの。アルレイヒトのお話が面白くて。ついこの間帰ってきたのですって」

 そこはもう名前呼びなのか、と内心ぴくりと反応をするフレンである。

 しかしオルフェリアはフレンのわずかな引っ掛かりに気づきもしない。

「へえ。向こうでは何か面白いことでもあったのかい?」

「実は冒険に憧れていましてね。開拓者の真似事をしたくて西部へ西部へと言ってみたんですよ。途中キャンプを張ることになって、狼に襲われそうになったり。大きな牛を怒らせたり」

「なるほど。若者らしくずいぶんと無茶をする」

「今の時期しかできませんから」

 アルレイヒトは見た目誠実そうだが、その実ずいぶんと冒険心に富んだ人物のようだ。

 からからと笑っているが、狼に遭遇して今生きているのだから運も強いのだろう。

「ね、面白いでしょう。わたし、ダガスランドから離れなかったからちょっと後悔していたところよ」

「夫人も遊び心がわかるお人のようで」

 そうだった。オルフェリアもおとなしそうな顔をしているのに、その実好奇心は旺盛なのだった。

「オルフェリア、駄目だよ。私が目の黒いうちは絶対にそんな危ない旅は許さない」

「わかっているわよ」

 オルフェリアは慣れた仕草でフレンの腕に彼女の手をひっかける。

 オルフェリアの方から寄り添ってくれればフレンの心は途端に軽くなる。

「そろそろ行こうか」

「ええ」

「それでは私たちはこれで。良い夢を」

 フレンはアルレイヒトに挨拶をした。傍らのオルフェリアも会釈をした。

「こちらこそ。今夜は楽しかったです。また是非近いうちに」

 アルレイヒトのほがらかな挨拶は果たしてどちらへと向けられていたものか。




 社交をしていればこういうこともあるだろう、なんてフレンは自分に言い聞かせていたけれど、同じようなことが何度も起これば面白くない。

 あれから、アルレイヒトはことあるごとにフレンらの前に現れ、オルフェリアに話しかける。

 オルフェリアにそれとなく聞いてみると最初の頃は『旅行の話とか、ルーヴェで流行っていることを話しているだけよ』と返されていたのだが、最近彼女の様子が少しだけ変わった。

 アルレイヒトとの会話についてはぐらかすようになった。『なんていうか、世間話? よくある』と。

 色々と突っ込みたい気持ちを押さえているフレンである。

 大体、どうして彼はパートナーなしで晩餐会や舞踏会に参加をするのだろう。

 彼の実家は資産家だ。次男とはいえ、いくらかは残してもらえるだろう。現に彼は実家の銀行の仕事を手伝っているとのことで、将来はどこかの支店や地域を任されるのではないかと言われている。となれば、彼の目に留まりたい女性だって少なくないはずだ。

 フレンとオルフェリアは夜会に招かれていた。

 最初の曲を彼女と踊って、その後何曲かは互いに知人や主催者家族らと踊った。

 多くの人が集まる場では妻と言えどもずっと一緒にいることができないのが辛いところだ。男性は解放された遊戯室に集まり、男性のみの会話を楽しむし、女性も踊り疲れたら別室に移動して甘いものを食べつつうわさ話に花を咲かせる。

「オルフェリア、ごめん。少し席を外すよ」

「わかった」

 フレンは名残惜しそうにオルフェリアの髪に触れる。こめかみ部分にフレンの手のひらの感触を感じたオルフェリアは目を細めてされるがままだ。

「人から渡されたものに口をつけてはだめだよ。必ず自分で手に取ったものだけを口にすること。あと、お酒は絶対に飲まないこと」

「わかっているわ」

 オルフェリアは棒読みで返した。

 このくだりはいつものことだからだ。いい加減過保護すぎよ、と言われても人妻にちょっかいを出す若者がいることも事実だ。フレンとしては気が気ではない。だったらずっとそばにいればいいのに、それもできないのが辛い立場だ。

「ファレンスト夫人、こちらへいらっしゃいな」

 フレンの友人の妻でもある婦人がオルフェリアを呼ぶ。

「じゃあフレン、わたしも行くわね」

 オルフェリアはフレンに清楚な笑みを浮かべた。フレンは名残惜しかったが、挨拶をしておきたい人物がいることもあり、遊戯室へと向かった。

 けれどできる限り早く戻ってこようと心に誓う。なにしろ、今日もアルレイヒト・メラニーは一人で夜会へ姿を現していたからだ。




 フレンの耳にたわいもない話し声が飛び込んできた。

「まあ、見て」

「あら、ファレンスト夫人とメラニー氏ね」

「最近メラニー氏はファレンスト夫人によく声をかけているわね」

「あれだけきれいな夫人だもの。仕方ないのではなくって」

 年配の女性たちの会話だ。彼女らは最初の数曲を踊った後は、壁際の椅子に座り会場を取り巻く男女を観察する。

 フレンが遊戯室を出てきたのは別れてから約一時間後。これでも早く抜けてきた方だ。

 それにしても。

 今日もアルレイヒトはオルフェリアにちょっかいをかけているのか。

 婦人たちはフレンに気づくことなく会話を続ける。

「二人とも年の頃もちょうどいいわね。彼女が結婚していなかったら初々しいカップルね」

「ええ。ファレンスト氏は少し年齢が上ですものね。まあ、そういう夫婦も多いけれど。やっぱり男は若いに限りますわ」

「あら、それってご自分の好みのお話じゃなくて」

 と、そこで会話をしていた婦人らのうち一人がフレンに気が付いて口を閉ざした。

 残る二人も彼女の様子に気が付いて、顔を横に向けてフレンを視界に入れたとたんわざとらしく「ねえ、喉が渇きませんこと?」と言って立ち上がる。

「そうねえ。会場暑くなってきたものね」

「何か酸味のある飲み物がいいわあ」

「あら、葡萄酒が飲みたいってことかしら」

 三人の婦人はそれぞれ大きな声で会話をしながらフレンの側から離れて行った。

 フレンは先ほどの言葉が忘れられない。

 ファレンスト氏は年齢が上という一言。地味に気にしていることを第三者に言われると、まるで矢で心臓を打ち抜かれたかのようにぐっさり来るものがある。しかもフレンはこの間三十になったばかりだ。

 オルフェリアはまだ十九歳。せめて二十代なら、と思いたくなるのも道理ってものだ。

 フレンは少し離れたところで会話をしてるオルフェリアとアルレイヒトを眺める。

 二人はフレンの目から見てもちょうどいい年頃だ。十九歳で未婚の女性だって最近のルーヴェでは増えてきている。上流階級の人々の間ではまだ、女性は十七頃になったら結婚をすることが常識だなどという風潮もあるが、女性でも中産層では手に職をつけようという機運が高まってきている。

 二十までに結婚すれば行き遅れではない、という暗黙のルールがあるのだから、オルフェリアの年なんてまだまだ売り出し中の頃合いである。

 オルフェリアと彼は何の会話をしているのだろう。

 二人は長椅子に座って、真剣に話をしている。オルフェリアは少しだけ彼から視線を外した。

 なにかを迷うように、口を噤んだ。一方のアルレイヒトはオルフェリアに向かって真剣に何かを語っている。大きな身振りも交えて熱心に彼女に話しかける。

 その二人のやり取りに気を向けているのはフレンだけではないようで、先ほどからちらちらと二人に視線を送っている人が少なからず存在する。

 オルフェリアは困ったように視線を泳がせる。

 彼女が首を小さく振って何かを言うと、アルレイヒトはぐいっと身を乗り出した。

 フレンは大きな足取りで二人の元へ向かった。

「私の妻とずいぶんと会話が白熱しているようだね」

「フ、フレン……」

 オルフェリアはやってきたフレンを見上げる。ほんの少しだけ動揺が混じった彼女の視線に、フレンは腹の中がふつふつと煮えたぎるのを感じる。

「ああ、ファレンストさん。夫人をお借りしていました。つい、会話に熱が入ってしまいまして」

 アルレイヒトはフレンの高圧的な態度に動じることもない。

 それも面白くない。

 普通口説いている女性の夫が目の前に現れたら少しくらいは動じるだろう。最近の若者は生意気で腹が立つ、とすっかりおっさんじみた考え方をするフレンである。

「オルフェリア、そろそろ帰ろうか。フラウのこともあるだろう」

 フレンはあえて息子の名前を口にした。

「そうね。もう眠っているけれど、寝顔が恋しいわ」

 そう言って立ち上がったオルフェリアをいささか強引にフレンは連れ出した。

「夫人。あの話は本気ですから! 何度でもお願いしますよ、僕は」

 去り際にアルレイヒトが大きな声を出す。

 オルフェリアはぴくりと肩を動かし、それから振り返った。

「ええと、それについては……また今度」

 明らかに困っている声である。

 フレンは眉根を寄せた。

 今日は絶対に色々と聞き出してやる。



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