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ユーディッテ 冬の休暇5

 鎧祭りの日。

 ユーディッテはエシィルにドレスを着せてもらった。

 トルデイリャス領に伝わる伝統的な装飾を施したドレスである。今の生地よりも少し重たくて、色も濃い色だ。髪の毛を結んで、毛糸で編んだ大きなショールで覆い隠した。

「うん。とってもきれいだ」

 実際気つけたのは侍女たちだが、ユーディッテの出来栄えをリシィルは満足そうにそう評価した。

「少し重たいわ」

「ま、昔の衣装だしね」

「これ、どうしたの?」

「城の展示室から持ってきた」

 疑問を口にしたら割ととんでもない答えが返ってきた。それって許可を取っているのだろうか。

 その質問をしたらやっぱりとんでも答えを聞かされそうで、ユーディッテは引きつり笑いをするに留めておいた。街の人に何か言われたらリシィルの采配だということを強調しておこう。

 伯爵家の家族たちも手放しでユーディッテの装いを褒めてくれて、なんだか照れくさい。

 リシィルに連れられてユーディッテは鎧祭りの会場へと向かった。

 祭りは今年で三回目とのことで、年々規模が大きくなっていっているらしい。しかも今年はフラデニアから女優までやってきた。やってきたと第三者的な口調だけれど、その本人がユーディッテだったりする。

 最初は伯爵家のお嬢様の暴走に苦い顔をしていた町長も、祭りの盛り上がりを毎年目にして考えを改めたらしい。何より、新年最初のお祭りということもあり皆、その年良いことに恵まれるよう明るく楽しく過ごす娯楽という意味合いの方が強いとのことだ。

 ユーディッテは模擬試合の立会人の役を仰せつかった。

 優勝者はユーディッテに膝まずき、彼女は古の高貴な女性のように勝者からの手の甲への口づけを許す。

「こういうの舞台でやったことあるわ」

 あれは何の舞台だったろうか、王女への愛をかけて騎士同士がぶつかり合う内容だったはず。

「ユーディは舞台慣れしているから本番前にちょこちょこっと段取りを言うだけでいいのが楽だね」

「女優だもの。とっても高貴な女主人役を演じてあげる」

 ユーディッテはわざと声を作ってふふんと笑った。

「わあぉ。それは楽しみだ」

 リシィルはカカッと歯を見せてわらった。こういう笑い方も品があるのがリシィルという令嬢だ。本人は意識していないようだけれど、粗雑に振舞っているつもりなのに体からにじみ出る品の良さを隠しきれていないのだ。女優としていろいろな立場の人間を観察してきたユーディッテだからわかることである。

 模擬試合は大盛況のうちに幕を閉じた。

 結局勝ったのは国境警備隊に所属をする軍人で、まあ順当なものだろう。

 日ごろ国境を守ってくれている軍人に感謝と親しみを、との意味合いも含まれているらしい。

 しかし、そこまでリシィルが考えているかどうかは不明である。とは祭りの後、街の女将さんから聞いた話だ。

 ユーディッテは最後旧市街の広場で歌を披露した。

 野外の舞台で歌ったのはフレン主催のミュシャレン特別公演以来のことだった。あのときとは違うのは観客の大半が普段観劇とは縁遠い労働者階級の、町人ということ。

 街の明かりがともるころ、大勢の人間が見守る中ユーディッテは歌を歌った。

 今回歌うのは切ない恋歌。

 新年からしっとりとした曲調から始まり、二番目の曲はもっと明るい、恋人たちの歌。

 最後はその年の豊穣を願う歌にした。これは急きょ取り入れた。葡萄酒を分けてくれた村人たちの前で披露した時好評だったからだ。

 舞台からは観客の顔がよく見えた。

 次第に手拍子が起こり、恋人たちは互いに肩を寄せ合っている。

 広場を囲むかがり火と手拍子。それから冬の空気の冷たさ。広場の舞台は決して大きくはないけれど、だからこそユーディッテに今、この場に沸き起こっているその瞬間の感情を伝えてくれる。

 ああやっぱり。

 舞台はいいなぁ。

 わたし、歌が好き。そういう気持ちがじんわりと胸の中に広がっていった。




 なんだかんだと長逗留してしまったヴェルニ館での滞在だった。

 鎧祭りは大好評で、ユーディッテがヴェルニ館の客人だと知っていて、なおかつ館を訪れることのできる身分の者たちは連日にわたって館を訪れた。みんなユーディッテに直接感想を言いたいらしく、客人らをあしらったのはカリストだった。

 ユーディッテとしても全員を相手にするのは難しかったのでカリストが矢面に立ってくれたおかげで助かった。

「あなた様はリシィルお嬢様の個人的なお客様。お嬢様がお会いするのにふさわしくない客人をこの館に招き入れるわけにはいきません」とは彼の弁だったが、リシィルの場合自分の方から勝手に会いに行くからカリストの苦労がうかがい知れるというものである。

 そんな自由気ままなお嬢様に付き合ってユーディッテもいろいろなところに連れて行ってもらった。

 彼女の双子姉妹のエシィルの館にも泊まりに行った。

 エシィルの生んだ子供たちは二人とも天使のようにかわいかった。ふっくらとした頬をつつくとほのかに笑みを浮かべてくれて、マシュマロみたいなほっぺたに何度も口づけをした。

 田舎の農場屋敷ものんびりできて楽しかったなぁと漏らすとまたおいでよ、とリシィルは軽い調子で提案してきた。肉も乳製品もとってもおいしかったから、次はぜひ仔羊の生まれたころに訪れてみたいと、ユーディッテは図々しくも考えてしまったほどだ。

「リル、ありがとうね。とっても楽しかったわ」

「いいや、こっちこそ長々と引き留めて悪かったね」

 フラデニアの駅舎で二人は握手を交わした。

 帰りはルーヴェまで伯爵家の従僕が付き従ってくれることになっている。なんだかんだとお土産が多くなってしまったからありがたい話だ。

「ううん。いい経験になったわ。貴族のお嬢様の暮らしも体験できたし。わたし食べすぎちゃったくらいよ。ルーヴェに帰ったらしばらく節食しないと」

「ユーディは全然太っていないけど」

「そんなことないわ。矯正下着のひもがね、少し緩めにしないと苦しくなったのよ。これは由々しき問題だわ」

 ユーディッテは両手で二の腕をさすった。

 なにしろ毎日豪華な食事が提供されるのだ。とはいえこれは庶民のユーディッテの感覚で、おそらく伯爵家の人間にとってはごく当たり前なのだろう。

「ユーディ毎日欠かさず走っていたし、そんなにも変わってないように思えるけど」

「いいえ。確実に太ったわ……」

 断言するがリシィルは不可解そうに首をかしげるだけだ。

 彼女からしてみたら、ユーディッテはまるで変っていないからだ。誰が何と言おうと、自分の体を一番に知っているのは自分自身だ。確実に太った。お腹周りのわずかな狂いだってユーディッテは見逃さないのだ。

「じゃあお酒持って帰るのやめにする?」

「それは駄目」

 すかさず挟んだ言葉にリシィルは笑い転げた。

 ジリリリ、と駅舎に大きなベルの音が響いた。

「お嬢様、ユーディッテ様。そろそろお時間です」

 従僕の言葉に二人とも頷いて、ユーディッテとリシィルは抱擁を交わした。

「また遊びに行くよ」

「ええ。今度はわたしの舞台を見に来て頂戴ね。とってもすごいの見せてあげる。わたしの……女組最後の舞台になると思うわ」

 ユーディッテが嫣然と微笑むとリシィルは軽く目を見張った。

「じゃあね。手紙書くわね! あなたもちゃんと、もっと長い手紙を書いて頂戴ね。便箋だって可愛いの選ぶのよ」

 ユーディッテは言いたいことだけ言ってあわただしく列車に飛び乗った。

 すでに荷物は駅の係員によって車内に運び込まれている。

「善処するよ!」

 後ろからリシィルの声が届いた。

 リシィルの各手紙は筆不精の男性のようお手本のような簡潔かつ簡素なものなのだ。もう少し女性らしい感性を身に着けておかないと、恋しい相手ができたときに慌てふためくことになること必死だ。と、少しだけお姉さん心をだしてしまうユーディッテだ。

 一等個室に乗り込んだユーディッテを待ち構えていたように、列車はゆっくりと動き出した。

 窓の外に向かって手を振ると、リシィルも手を振り返してくれた。

 やがて速度を速めた列車は、ルーヴェに向かってひたすらに駆け抜ける。車窓をぼんやりとながめながらユーディッテはさきほどぽろりと出てきた言葉を心の中でゆっくりと反芻する。

 これからはもっと幅広い人々に歌を届けたい。

 こんな風に決断できたことがこの休暇最大の成果だろう。

 どんな形になるのかはまだわからない。さすがにユーディッテも一人でぽんと劇団の外に飛び出すのは勇気がいるし、怖いと思っている。

 女子歌劇団を辞めるにはちょうどいいタイミングだったのかも。

 心の底からそう思えて、自然と口から出てきて、だからこそユーディッテにとってそれはとてもよいことだった。

 まずは団長に話して、通常組を見学させてもらって。ああそれから、歌をメインで歌える劇場の伝手を探さないと。やってみたいことはたくさんある。

 過ぎ行く景色が視界を彩るなか、ユーディッテは新しい年の計画を練り始めた。




 それから数年後。

 ユーディッテが、アルメート共和国を訪れて、昔馴染みの女優と再会を果たすのはまた別の話である。


 

次は本編の方にフレオル新年話をアップ予定です

おそらく大晦日になるかと


その後はちょっとまだ未定です

全然書き上がってません!

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