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ユーディッテ 冬の休暇2

「ユーディ、よく来たね。列車長かっただろう」

 元気のよい声の方に顔を向けたユーディッテは口元をほころばせた。

 フラデニアとアルンレイヒの国境審査を通過して、トルデイリャス領へ入った関所に入るなり、石造りの建物の中に連行されたのだ。

 メンブラート家の従僕と一緒だから、変な事態に陥ることはないと信じていても国境警備隊に先を促されて建物へ誘導されるのは緊張することだった。

「リル! ひさしぶりね。迎えに来てくれたのね」

「うん。外は寒いから中で待っていた。お茶、飲む?」

 連れて行かれた部屋には友人の姿があった。

 ユーディッテはあからさまにほっとした。知らずに肩に力が入っていたようだ。

 リシィルの質問に答える前に警備隊の男がお茶の準備を整えた。

「姐さん、お待たせしやした」

「ああ、悪いね」

 額に切り傷のある、お世辞にも人相の良いとはいえない男がうやうやしくリシィルに頭を下げる。

 リシィルは長椅子に腰かけたままおざなりに返事をした。

「ユーディ、座りなよ」

「え、ええ」

 ユーディッテは少し面食らいながらも部屋の中央へ移動をして、恐る恐る腰かけた。

 警備隊の男は敬礼をして部屋から出て行った。

 ユーディッテは冷えた指先を温めるようにカップにそれらを押し付けた。

 カップの中身は薄い黄色をしている。

 少し果物のような華やかな香りが鼻腔をくすぐった。

「お母さんお手製なんだ、そのお茶。おいしいよ」

「ほんとう。すっきりするわ」

「だろう。お母さん香草茶を育てるのもお茶にするのも得意なんだ」

 身内を褒められたリシィルは邪気のない笑顔を浮かべる。

 こういう子供っぽい笑い方が似合うのがリシィルという令嬢だ。澄ましたところがないので出会ってすぐの頃、ユーディッテもすぐに警戒心を解いた。

「このたびはお招きいただきましてありがとう、リル」

「来てくれて嬉しいよ。ちょっと堅苦しいこともあるかもだけど、アレシーフェの街はすごくいいところなんだ。おいしいつまみを出す飲み屋もたくさんあるし。いくつか紹介するよ。一緒に飲み明かそう」

「まあ楽しそうね。今回トルデイリャス産のお酒をたくさん飲めるって楽しみにしてきたのよ」

「そりゃあよかった。今年つくったものはまだだけど、去年のものも出来が良くてね。ああそれと、館にもとっておきの三十年物があるから開けようか」

「いいの?」

「うん。お酒もさっさと飲まれたほうが嬉しいと思うし」

 二人して趣味が酒なので、酒談議に花が咲く。

「そういえば甘口の葡萄酒も作っているんでしょう。それも楽しみにしてきたのよ」

「あああれね。すごい甘いよ。作り方がちょっと特殊なんだ。なんだったら、作っている村に行ってみる? 案内するよ」

「いいの? ぜひ行ってみたいわ」

「ユーディならそういうと思っていた」

 リシィルは嬉しそうにうなづいた。

 暖かな暖炉に迎えられて、体も温まったころに出発となった。

 国境沿いの街からメンブラート家の屋敷まで馬車で二時間強とのことだ。

 昨日はルーヴェから列車に乗り、終点で降りて一晩宿を取った。今日は朝早くから移動をして、午後も少し回ったところでリシィルの実家に到着できそうだった。

「それにしてもリルってば国境警備隊にも舎弟がいるのね」

 警備隊の詰め所の廊下を歩きながらユーディッテはリシィルの耳元でこそこそと話した。

 途中すれ違う隊員はリシィルに対してふかぶかとお辞儀をしたり敬礼をしたりしている。もちろん、そんな人間ばかりではないけれど、それでもうやうやしく目礼をしたり、「こんにちは」と挨拶をしてきたりとずいぶんと丁寧な態度を取っている。

「舎弟は地元のやつらが多いかな。普通に転勤でこっちに飛んできた隊員もいるし、そういう人間もわたしが一応メンブラート家の娘ってことで丁重に扱うんだ」

 リシィルはなんてことないように説明をした。

 トルデイリャスを収める領主の娘(いや、たしか代替わりをしたと聞いたから姉だ)に対しては最敬礼をするのが当たり前なのだろう。

 やっぱりリシィルはお嬢様なのね、とユーディッテはしみじみと感じ入った。




 リシィルの住まうヴェルニ館に到着したユーディッテは昼食を供され、その後家令のカリストからありがたくもメンブラート伯爵家の歴史講義を拝聴することになった。

「ごめんね。これはちょっと……避けても通れない道なんだ。あんまり長くなるようだったら途中邪魔しに行くから」

 リシィルはユーディッテにこっそり耳打ちしてきた。

 ユーディッテは伯爵家の洗礼に面食らったが、カリスト曰く『ファレンスト様も通られた道でございます』とのことだった。

 あのフレンも通ったと思えば、まあやるしかない。免除してもらったらあとからフレンに盛大にこけにされそうだ。それはむかつく。

 メンブラート家は六百年の歴史を持つ、アルンレイヒでも、いやディルディーア大陸でも屈指の名門だ。ユーディッテも、フラデニアで色々と噂を耳にした。

 それは主にフラデニア上流階級の集う場で、フレンがオルフェリアと婚約をしたころのことだった。

 フレンの相手があのメンブラート家のご令嬢、という事実は思いのほか広い範囲で人々の口に上ったのだ。ユーディッテは六百年ってすごいわね、そこまで昔まで家系図がさかのぼれるのって紙がどのくらい必要なのかしら、とかどうでもいいことを考えた。サロンに招かれるといろいろな階級の人に出会えるのが面白いところで、貴族階級の人々のうわさ話によるとメンブラート家はディルディーア大陸の主だった王族と親戚同士とのことだった。そりゃあ六百年も続いていればそういうことだってあるだろう。

 カリストはヴェルニ館地上階にある一族の肖像画を飾った長廊下を案内する。最初の当主と言われる男性のその頃はやったであろう描き方の肖像画から始まり、何十枚もの絵画を見せられた。

「カリスト様は全員の名前を覚えていらっしゃるのですか?」

「もちろんでございます。当主一家にお生まれになった皆様も当然覚えられます」

 つい好奇心に負けて質問をしたらとんでもない答えが返ってきた。

(これ全員覚えるんだ……)

 リシィルもオルフェリアも全員記憶しているのだろうか。

 ちょっとあとで訊ねてみたい。

「もともとメンブラート家はトルデイリャス公国の国主一家でございました。それが今をさかのぼること……」

 カリストのトルデイリャス歴史講義はその後たっぷり二時間は続き、ぐったりしたところで解放された。

「そろそろ邪魔をしに行こうかと思っていたんだ」

 解放されたユーディッテはリシィルからそんなことを言われて、「もう少し前に突入してほしかったわ」と恨み言をこぼした。

「うん。そうしたいんだけどさあ、それをするとカリスト怒るんだもん。ここまでは仕方ない長さだと思ってあきらめることにした」

 あとから聞いたところによると、カリストの伯爵家歴史講義は相手の階級により長さが違うとのことだった。貴族階級で歴史もそれなりの家柄だと二十分そこそこでおわるらしい。逆に爵位もないフレンやユーディッテの場合は最長コースとなるらしかった。

(ま、仕方ないわよね。わたしみたいなのが伯爵家の正式なお客様っていうのも本来はおかしな話なわけだし)

 あてがわれた客間でユーディッテは心の中でつぶやいた。

 令嬢お気に入りの女優とかそういう枠でもなく、リシィルの友人として正式に招待された身だ。

 通された客室は三間続きで、専用の侍女まで付けられた。広い寝室の真ん中には天蓋付きの大きな寝台が鎮座しており、いかにも年代物といった棚やぴかぴかに磨かれた暖炉脇の燭台に精緻な金細工の置時計など、どれも立派なものばかりだ。

(正式な晩餐会とか、どうしよう……)

 一応それ用のドレスは持ってきてはいるけれど、貴族の晩餐会など人生でまだ一度だって出席したことはないのに。リシィルは思い出したかのように『そうだ。年の瀬はうちで晩餐会があるから。その日だけは飲み会の予定入れられないんだ。あと、今日の夕食も』と言ってきた。

(リルったら、そういうところ頓着しないのもどうかと思うわよ)


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