ファレンスト夫妻と子供たち
以前感想欄で頂いた、フレンの夢が正夢になったところを見てみたいです、というお言葉より。
(三部一章辺りのあのシーンです)
夫婦になったフレンとオルフェリアと小さな子供たちのピクニックシーンを書きました
日差しは日に日に強さを増し、木々の緑は濃くなり、大きな葉を茂らせ心地の良い影を作ってくれている。初夏特有の、心が躍るような冒険心をくすぐるような日差しがきらきらと輝いている。
ロームからフラデニアのルーヴェへと拠点を移したフレンはますます忙しくなり、最近では子育てと社交を妻に任せる日々が続ている。
毎夜遅くに帰宅するフレンは近頃可愛い子供たちの寝顔くらいしか拝めていない。
フレンの妻オルフェリアは現在二十代も半ばを過ぎたころ。
つややかな黒髪は、既婚の女性らしく頭の後ろで一つにまとめられている。出会った頃よりもずいぶんと穏やかな顔をするようになった。まるで春の日の、暖かな日差しのようなほっとさせてくれる笑みを湛え、彼女は子供たちを見守っている。
家族で出かけるのは久しぶりだった。毎年フレンは家族を連れて、ピクニックを楽しむ。
いつかみた夢。子供たちと最愛の妻が側にいてくれる。フレンの願いはきちんと叶った。
フレンとオルフェリアは大きな敷物の上の籠に詰められたパンや冷菜やビスケットを子供たちに取り分けてやる。子供たちはそれぞれおいしそうに昼食を頬張っていく。オルフェリアは乳母と一緒に子供たちの面倒を見ている。
フレンは時折娘からパンをちぎられ、口の中に放りこまれる。
「お父様、美味しい?」
「ああ。シーアが食べさせてくれるからおいしく感じるよ」
にこりと笑えば娘のオルレイシアはえくぼを作って笑った。
「僕も。僕も母上に食べさせてあげる」
妹の行動に触発をされたのは長男フラウディオだ。フレンは聞き捨てならない台詞に首を親子の方へ回した。どうも息子はオルフェリアにべったりな気がする。
「フラウはフレアに食べさせてあげなさい。お兄ちゃんだろう」
フレンがそう言うと、オルフェリアも「いい考えね」とゆるりと微笑んだ。兄妹仲良く、が彼女の子育てのモットーだ。フラウは大好きな母親の言葉を無下に出来ないらしく、彼女の顔を見上げて、それから「はい」と頷いた。不承不承、と顔に書いている。
家族五人、和やかなピクニックだ。
持ってきた食料をそれぞれ胃袋に収めた家族たちはそれぞれ立ち上がったり、読書をしたりと思い思いの時間を過ごす。
ゆったりとした休日は本当に久しぶりだ。休日といっても、どこかの昼食会に呼ばれていたり、会合があったりと丸一日家族と過ごせることなんて滅多にないことだ。
フレンは敷物の上に座り、空を仰いだ。
雲一つない晴天である。偉大な画家だって、ここまでの澄んだ青色を作り出すことはできないのではないか、というくらい澄み切った空から降り注ぐのは明るい陽射し……ではなく、なぜだか視界を花に覆われた。
「お父様! 見て。お花。あっちにいっぱいあったの」
お昼ご飯を平らげた後一人で走ってどこかに行っていたかとおもえば、花を積んでいたらしい。白い花をぎゅっと握って得意そうにフレンを眺めている。
「シーア、たくさん摘んできたね」
フレンが目を細めるとシーアはきゅっとはにかんだ。
黒い髪に薄紫色の瞳をした、オルフェリアそっくりの娘だ。薄紫色のひざ丈の服に真っ白なエプロンをつけた、子供の遊び着を身にまとっている。髪の毛は今朝オルフェリアにリボンを結んでもらったと自慢された。
リシィル曰く、あんたの執念ってすごいよねとのことだ。それくらい幼いころのオルフェリアに生き写しなのだそうだ。
「えへん」
シーアは胸を張った。
「あら、シーアったら。花冠でもつくるのかしら」
フレンの真正面に座っているオルフェリアが口を挟んだ。
彼女の隣には金茶髪に緑色の瞳をした少年が座っている。どうでもいいが、さきほどからこの息子はやたらとオルフェリアにべったりとまとわりついている。
フレンは知らずに眉根を寄せた。
「ううん。ちがうの。お花屋さんになれるかな? 元値タダよ、タダ!」
「……シーア」
娘の発言にオルフェリアは苦笑いだ。
四歳児から元値タダとか、聞かされたら困るというものだろう。彼女はキラキラした宝石を見ても、欲しいとは言わずにどんな価値をつけたらもっと高値で売れるだろうと考える思考の持ち主だ。
根っからの商売人気質は誰に似たものか。フレンとしても、自分の幼いころはもう少し子供らしく物を考えていたと思っている。
「シーア、花壇に植えられていない花なんて、雑草と同じだろう。そんなものに価値なんてでないよ」
フラウはあきれ顔だ。
兄の言葉にシーアはむうぅっと頬を膨らませる。
「ほら、シーア。お仕事の話は今はしないのよ。せっかくのお父様の休日よ。わたしが花冠の作り方を教えてあげるわ。お父様のために一緒につくりましょう?」
「はあい」
オルフェリアの執り成しにシーアは頷いた。
こっちへいらっしゃいと手招きした妻に娘は素直に従い、そのまま積んできた野花を手渡す。オルフェリアはそれらのうちいくつかを取りだし、器用に束ねていきシーアに作り方を教授していく。
「フラウはいい加減こっちへ来い」
妻が娘にかかりきりになったところでフレンは息子を呼んだ。
近くに座っていた乳母から末娘のフレアディーテを受け取り、自身の膝の上に乗せた。
そろそろ二歳になるフレアは顔立ちはオルフェリアにそっくりで、髪はフレン似瞳は赤味の強い紫色、というよりも春に咲くプリムラと同じ色をしている。
シーアとは違い大人しい性格の彼女はフレンの膝の上で父を見上げ、そのまま体を預けてきた。
「僕は母上の隣でいいです」
「だめだ。大体、おまえはいつまで母にべったりなんだ」
フラウは素直に自身の気持ちをフレンに伝える。子供らしい率直さは可愛らしいが、自分に似た息子がオルフェリアにべったりというのは正直面白くない。
「だって僕、将来は母上をお嫁さんにするわけだし」
「オルフェリアは私の妻だ」
息子の挑発に思い切り乗ったフレンに、オルフェリアはため息をついた。
いつものやりとりが始まったからだ。
「母上だって、僕みたいな若者のほうがいいですよね?」
「おまえみたいなのは若者じゃなくて子供っていうんだ」
フレンとフラウはバチバチと火花を散らした。
「二人とも、やめなさい。フレン、大人げないわよ。息子の言葉なんて、どうせ一過性のものなんだから。あなただって、小さいころはオートリエ様をお嫁さんにする、なんて言っていたんでしょう。それと一緒よ。そのうち飽きるわ」
「私は六歳くらいまでしか言っていなかったよ」
ちなみにフラウは今八歳だ。
フレンの幼いころを引き合いに出すなら、フラウの初恋はリシィルもしくはユーリィレインでいいではないか。
「はいはい。フラウも、あんまりお父様を挑発しないの。今日は覚えたロルテーム語の詩を暗唱するって張り切っていたでしょう」
夫をたしなめた妻は、今度は息子に視線を合わせて同じように言い含める。
オルフェリアの言葉にフラウは顔を赤らめた。
「母上!」
「照れちゃって。あれだけ張り切っていたでしょう」
オルフェリアは息子の複雑な心境などお構いもなしに話を進める。対する息子は顔を赤らめたのち、みるみるうちに少し不貞腐れたような、不機嫌顔をつくった。
「お兄様かーわいい」
シーアが花冠を編む手を休めてからかう。
「うるさいぞ、シーア!」
「じゃあわたしが暗唱しようかな。お父様聞いてくれる?」
「おまえまだつっかえるだろう」
「そんなことないもん」
兄妹は口の応酬を始める。にぎやかなことこのうえない。
「喧嘩はやめるんだ。今日はせっかくの休みだ。二人とも順番に聞かせてくれないか?」
フレンが仲裁に入れば、二人はぴたりと口を閉ざして、互いに目配せをした。
視線だけで会話をした兄妹は、どうやら順番決めをしていたようで、フラウは結局最初を妹に譲った。
「フレン疲れていない?」
夕食後。二人は夫婦だけの居間で隣同士座っている。
「いいや。久しぶりに息抜きができたよ」
フレンはオルフェリアの髪の毛を器用にほどいた。
まとめ髪もよいが、やはり出会った頃のような背中にそのまま流している髪型のほうがフレンは好きだ。
フレンはそのまま彼女の目じりに口づけを落とした。
オルフェリアはされるがまま、フレンの唇を受け止めている。
「最近忙しそうだったから。本当は、ゆっくり休んでほしかったの」
「ピクニックは毎年恒例だからね。それに、最近は子供たちにもかまってやれなかったし」
フレンはそこで眉を眉間に寄せた。
「ところでフラウはまだきみにべったりなのかい?」
きみは私の妻だよ、という意味も込めてフレンはオルフェリアを見つめる。
彼女の両頬を両手で挟んで、顔と顔をくっつける。
「あれはあなたの気を引きたいからよ。たしかに、懐いてきてくれて可愛い息子だけれど、最近はわたしよりもお友達の女の子のほうが好きみたい」
ついこの間まではわたしにべったりだったのに、とオルフェリアはこぼした。
「気を引くって?」
フレンには訳が分からない。
「フラウがわたしにくっつくとあなた大人げなくフラウと口げんかするでしょう。それが楽しいのよ。お父様と遊んでいるようで」
オルフェリアはくすりと笑った。
フレンはきょとんとした。
「あなた忙しいから普段は甘えられないでしょう。彼なりの、なんていうか……甘えなのよ、きっと」
フレンは彼女から手を離した。
オルフェリアはフレンの胸に体を預ける。華奢なオルフェリアは三人の子供を産んでも、昔のように細い体をしている。彼女曰く、昔よりも肉が付いたとのことだが、フレンにはあのころのままのように思える。
フレンはオルフェリアを包み込むように、彼女の背中に腕をまわした。
「きみも、さみしい?」
エグモントはそろそろ本格的に引退しようかと考えており、フレンは忙しく飛び回っている。
妻との時間も最近はあまりとれていない。
「あなたにとって今が大事な時だっていうのは分かっているの。……でも、さみしい」
オルフェリアの本音にフレンは目を細めた。
いつまでたっても、オルフェリアはフレンの前では可愛い少女のままだ。愛おしい妻であり、子供たちの母。そしてフレンの恋人。
「私も、きみと触れられなくてさみしかった」
フレンが彼女の唇を塞げば、彼女はもうずっとそうしているように唇を小さく開きフレンを受け入れた。
何度も口付けて離して、また唇をふさいで、を繰り返しフレンは長椅子に妻を押し倒す。
オルフェリアの細い腕がフレンの背中に回される。
「これからの時間はきみにささげるよ」
夜はまだ、始まったばかりだからね、と耳元でささやくとオルフェリアの声が届いた。
小さな声で「ばか」と言う彼女の唇を再び塞いだフレンは、そのまま彼女の体へと手をすべらせた。




