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アンナティーゼと眠れない夜

男装令嬢

親子ほのぼのネタ

最近男装令嬢ブクマしてくださる方が増えたのでお礼SSです

 長女アンナティーゼがぐずっている、との知らせを聞いたのはレカルディーナが夕食会から帰ってきて、室内着に着替えたときのことだった。

 今日は隣国デイゲルン公使が主催する夕食会に夫婦そろって招待されていたのだ。近隣諸国の行使夫妻や駐在員なども招かれており、各国の情勢やアルンレイヒで最近はやっていることなど話題は多岐にわかった。こういう公務での食事会や懇談会が週に何度か入っている。

「アンナったら割と聞き分けがいい子なのに。どうしたのかしら」

 レカルディーナは首をかしげた。

 お転婆のお姫様は、昼間は盛大にやんちゃをして乳母たちの手を焼かせるが寝つきが悪くてぐずる、なんてことはあまりなかった。

 寝台に入ってからもなかなか寝付こうとせずに、乳母たちに「一人やあの」とか「眠くない」とか言い、しまいには泣き出したという。普段とは違う様子を心配した王女の世話役の一人がレカルディーナとのところに知らせに来たとのことだった。

「王女様は特に体調がすぐれないなどということではないそうです」

 女官の一人が間に立ち、レカルディーナに詳細を語る。

 着替え終わったレカルディーナはううーんと思案した。

 あとはレカルディーナも眠る支度をするだけである。

「じゃあわたしが様子を見に行こうかしら」

「ですが……」

「あら、わたしはアンナの母親よ。いいからいいいから」

 何かと忙しいレカルディーナは普段からつきっきりで娘たちの面倒を見てあげることはできない。それでずいぶんとさみしい思いをさせているな、という自覚はある。

 レカルディーナたちの階級では、子供と両親は違う生活圏内ということは当たり前だが、彼女の母オートリエはおおらかな人でレカルディーナは幼いころから母と過ごすことも多かった。

 そんな経験があるから、できるだけ子供たちと一緒に過ごしたい。

 子供部屋にするりと身を滑り込ますと、乳母が困惑した表情のまま近寄ってきた。

「申し訳ございません。王太子妃様」

「いいのよ」

 謝り倒す乳母に微笑みながら、レカルディーナはアンナティーゼの横たわる寝台へと近づいた。

「アンナ、おねむじゃないって聞いたわよ。どうしたの?」

 暗がりのなか、アンナティーゼの頬は濡れていた。

「……おかーたま?」

 アンナティーゼは目をこする。

 レカルディーナは寝台の傍らにしゃがみ込んで、アンナティーゼの額をやわらかく撫でた。

「どうしたの? なにか、あった?」

 レカルディーナは優しく聞いた。

 アンナティーゼは横になったまま、母の顔をじっと見つめる。

「……ダイラ、いなくなっちゃった……」

 娘の思いもかけない一言にレカルディーナはきょとんとなった。

 ダイラが女官を辞したのはつい先日のこと。一応数年にわたる長期休暇ということになっているが、ではいつ復帰するのか、ということは現在未定である。

「一人やあの……。みんないなくなるの」

 アンナティーゼの大きな瞳に涙が盛り上がる。

 レカルディーナは困惑した。

 つい乳母の方を振り返る。

 すぐそばまで近寄っていた乳母は、レカルディーナと同じように身をかがめ口を開く。

「実は先ほどからダイラのことを懐かしがっておいでで。昔から就寝前に本を読んだりしていたので、ねだられたのですが、やはり……その……」

「ダイラがいいのね」

 レカルディーナは苦笑した。

 アンナティーゼはダイラによく懐いていた。

 レカルディーナとダイラの絆は特別だ。彼女は元はレカルディーナの侍女だった。それも、レカルディーナがうんと小さいころからの。

 その彼女は、王宮女官という立場にあっても、どこかレカルディーナに対して昔のように姉のようであったり、歯に衣着せぬ物言いをしたりしていた。乳母や世話係はアンナティーゼに愛情をもって接しているが、けれどそれはあくまで臣下としてのもの。

 仕える立場としての一線を超えないようわきまえていた。

 二歳も数か月が過ぎて、日々成長していく中でアンナティーゼはそういった大人たちの空気感を徐々に知っていったのだろう。彼らと両親は、どこか違うと。

「アンナもさみしかったのね」

 レカルディーナはアンナティーゼの頬に自身のそれを摺り寄せる。

 ダイラはアンナティーゼのことを王女様ということでもなく、レカルディーナの生んだ娘として家族のような愛情を彼女に注いでいた。表情はあまり変わらないが、一緒に遊んだり時には叱ったり。乳母は時折そんなダイラのことを扱いかねたような顔をして眺めていたけれど、アンナティーゼが懐いていたからまあいいかとレカルディーナは何もいわなかった。

「あとね。あとね。最近みんなベルのことばっかり」

 アンナティーゼは少しだけ拗ねたような声を出した。

「そっか。アンナごめんね。さみしかったね」

 レカルディーナはアンナティーゼを抱き起す。

 この春に第二子、ユールベルが生まれた。何かと騒がしいし、赤ちゃんの世話でみんな忙しくしているのを肌で感じて疎外感を持っていたのだろう。

「んー」

 アンナティーゼはレカルディーナにぎゅっと抱き着いてきた。

 レカルディーナはそのまま娘を抱き上げた。

 しばらく彼女の背中をやさしくたたきながら抱っこをしていると、アンナティーゼはうつらうつらはじめる。眠いことは眠かったのだ。ただ、ちょっと寂しかった、それだけで。

「わたしもね、ダイラがいなくなってさみしいわ」

「おかーたまも?」

 アンナティーゼは眠そうな声を出す。

「うん。だって、ずっとずっと一緒にいたのよ。まあ、寄宿学校の時は離れていたけど」

 それでも、物心ついたときからずっと一緒にいた。お姉さんで友達で、頼もしい侍女で、大人になってからは王宮までついてきてくれた。

「き……がっこー?」

「まだ難しい言葉よね」

 レカルディーナは抱きかかえながら子供部屋の扉前へとやってくる。

 控えていた世話係の女性が扉を開いてくれた。

「王太子妃様?」

 乳母が怪訝そうな声を出す。

「今日はわたしの部屋に連れて行くわ。一緒に眠ったら、明日からまた一人で眠れるでしょう」

 たまにはこういうのもいいよね、なんて思いながらレカルディーナは腕の中でずっしりと重くなった娘をみやった。




 夫婦の寝室で妻の寝支度が終わるのを待っていたベルナルドは見事に待ちぼうけをくらっていた。

 普通男性よりも女性の方が寝支度に時間がかかる。

 それにしても遅いな、などと時計の針を確認したのが十分前。

 結婚して何年経とうがベルナルドのなかでレカルディーナの存在は絶対だ。彼女だけを生涯愛すると心に決めており、彼女が目の届かないところに行くのを極端に嫌う。

 まさか彼女に何かあったのか、と座っていた一人掛けの椅子から立ち上がろうとしたとき、恐る恐るといった体で女官が入室した。

「王太子殿下。あの、妃殿下は本日……その」

「なんだ、はっきり言え」

 要領を得ない女官にベルナルドは低い声を出す。

「申し訳ございません! 妃殿下は本日ご自身のお部屋でお休みになるとのことです」

 女官が意を決したように一呼吸で言い終えた。

 言い終えた瞬間ベルナルドは部屋から飛び出した。

 レカルディーナの部屋とは女主人の部屋である。夫婦の寝室とは別にベルナルドも専用の寝室を持っている。夫婦それぞれ、一応寝室やそれに連なる居間などを持っている。

 しかし滅多に使うことはない。

 例えばどちらかが病に伏せったときなど。本当に限られたときしか使うことはないし、これからも彼女に必要最低限以外使わせるつもりはなかった。

(彼女は、たしかに元気だった……)

 ベルナルドはつい先ほどまで一緒だった妻を思い浮かべた。

 平時と変わらず元気にしていたはずだ。

 それなのに。どうして。



 アンナと一緒に寝台に潜り込めばレカルディーナも眠気が襲ってきた。

 思えば今日も密度の濃い一日だったな、と想い馳せる。

 ベルナルドへの伝言は女官に頼んだ。事後承諾になってしまったが、まあしょうがないな、と呑気に考える。娘がさみしがっているんだからたまにはこういう親子の触れ合いも大切だ。

 本当は三人で眠ってみたかったけれど、ベルナルドは公務で忙しいしあんまりわがままを言ってはいられない。

 今日のところはお母様だけで我慢してね、なんて頬をつついてみても娘は起きない。

「もう。現金な子なんだから」

 アンナティーゼはすやすや夢の中だ。

 レカルディーナは苦笑した。これは将来相当の大物になるかもしれない。

 などと思いつつ、ふああ……とあくびを漏らす。

 バタンと扉が開いたのはそんな時だった。

「レカルディーナ」

 耳になじんだ声が聞こえた。心なしか、すこし低い声だった。

「で、殿下! 妃殿下はすでにお休みでございますっ!」

 後ろから悲鳴に近い声が聞こえた。

 レカルディーナ付きの女官だ。

 女官は明らかに及び腰だ。

「ベルナルド様? どうして」

 レカルディーナはびっくりして起き上がった。

 そしてすぐ下を向いた。愛娘はすやすや夢の中だ。よかった。起きなくて。

「どうしてじゃない。どうして一人で寝る?」

「一人じゃないですよ。アンナと一緒です」

「そういうことを聞いているんじゃない」

 ベルナルドはずかずかと寝室へ入り込んできた。

 寝台へと回り込みレカルディーナのすぐ隣までやってきた。

 レカルディーナは首をかしげる。

「アンナと眠るなら、俺の隣で眠ればいいだろう」

 ベルナルドは眉を顰めた。

 他の人からは怖いとか威圧的だとか言われているけれどレカルディーナにはおなじみの顔つきだ。

「あなた明日も早いから、騒がしいの嫌かななんて。気を利かせたつもりなんですけど……ごめんなさい」

 あきらかに逆鱗に触れたようだ。

 まだまだベルナルドの機微を読むのは難しい。

 というか、レカルディーナ命なベルナルドの行動心理など他の人間なら簡単にわかるものなのだが、肝心のレカルディーナがこのあたりのことに無頓着なのだった。

 最初に「今日はわたしの寝室で親子二人で眠るから、殿下に伝えておいてね」と言われた女官は目を剥いた。そんなことを王太子殿下に伝えればどんなことに陥るか。少しはこちらの心の平静も慮ってくださいと、とある女官が心の中で叫んだのは別の話だ。

「俺はおまえが隣にいないことの方が耐えられない。いくぞ」

「えっ? えっと……」

「アンナもおまえも一緒に眠る」

 ベルナルドは簡潔に言って眠るアンナティーゼを抱き上げた。

 父親に抱きかかえられても彼女は起きる気配を見せない。

 レカルディーナは一瞬戸惑ったけれど、すぐに笑顔を作った。

 ベルナルドのアンナティーゼを抱き上げる仕草は随分とさまになっている。安定感のある抱き方をみていると、生まれて初めて抱いた赤ん坊を前に固まっていた夫とは別人のようだ。

「親子で眠るの初めてね」

 その日はアンナティーゼを真ん中にして親子三人で眠った。

 たまには、こういうのもいいなと思った。



 早朝、アンナティーゼはぱちりと目を覚ました。

 とはいってもまだ完全に覚醒していない。何度か目を覚まして眠ってを繰り返しているとやがて乳母が起こしに来る。

 けれど、今日はびっくりして目を見開いた。

 目の前に父親の顔があった。

 うー、とアンナティーゼは小さく呻いた。

 どうしてお父様がこんなところに? アンナと一緒に眠っているの? よく思い出せない。

 それもそのはずで、彼女は眠っている間に両親の寝室へと連れてこられたからだ。

 身じろぎをした娘の振動で、ベルナルドが覚醒した。

「まだ早い。もう少し眠っていろ」

 ベルナルドは手を伸ばしてアンナティーゼの頭をやわらかく撫でた。

「んー」

 どうして父親が目の前にいるのか謎だったけれど、朝から大好きな父が隣にいるのが嬉しくてアンナティーゼはぎゅっと父に顔を摺り寄せた。

 父の体温の暖かさに安心してそのまま眠りに落ちた。

 

レカルディーナとアンナティーゼのお話

ベルナルドが相変わらず狭量ですが。彼のこれはもうデフォルトということで


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