フレンと年下の偽装婚約者2
「それで、さっきのあれはどういうことかな?」
宝石商を帰し、二人きりになった応接間でフレンはオルフェリアと二人きり彼女を尋問する。
「どういうことって?」
「だから。どうして地味なものがいいとか、そういう予定にないことを言うんだ」
フレンの声が大きくなる。
実際少し苛立っているのである。
オルフェリアの予想外の行動に。
「だって、偽装婚約なのにわざわざ高い宝石を買うだなんてもったいないじゃない。フレンにはこれまでもたくさんもらっているわけだし」
オルフェリアも負けじと言い返す。
「伯爵家の令嬢がもったいないとか使わなくていいから」
「それって、私に対する偏見だわ。わたし、浪費家じゃないもの。あなたはずいぶんと浪費癖があるようだけれど」
最後の当てこすりにフレンの頬がぴくりと引きつった。
やんわりと成金と揶揄されているようで面白くない。
「私の経済観念はいたって普通だよ。毎日夜会を開くわけでもないし、賭け事に興じることもない」
「ああそう」
オルフェリアはおざなりに相槌を打つ。
フレンはどうしてこんなにも可愛くない態度を示すオルフェリアのことが気になるのか分からなくなってきた。ちっともこちらの言うことを聞いてくれない、思惑を察知してくれない扱いづらい令嬢である。
「私が必要だと思ったんだから、これは必要経費だよ」
「けれど、そんなにもお金をかける必要はないわ。どうせ数か月後には要らなくなるものなんだし」
オルフェリアの声が少し硬くなる。
フレンは大きくため息をついた。
「いいかい、オルフェリア。私はファレンスト商会の跡取りだ。それは分かっているね」
「もちろんよ」
「ファレンスト商会をしょって立つ男が、婚約者に安物の指輪を贈ってみろ。何を買ったか、なんてすぐに知れ渡る。人々はファレンスト商会は最近儲かってないんじゃないかと噂をするかもしれない。こういうのは信用問題なんだ。きみ個人の感情論はこの際どうでもいい」
そこまで言ってオルフェリアはやっと理解したように小さく目を見開いた。そして彼女は顔を下へ傾けた。
「……あなたの言いたいことはわかった」
「わかってくれて嬉しいよ」
フレンは嘆息した。
理由を聞かされたオルフェリアは消沈している。彼女は別にフレンに対して意地悪を言ったわけではないのだ。ただ、フレンに余計なお金を使わせることに気が引けているだけだ。
「わたし……駄目ね……」
彼女の元気のない声を聞くとフレンは先ほどまで感じていた苛立ちがどこか彼方へ行ってしまうのを感じる。
「べつに……わかってくれたらそれでいいから。宝石商には私の方から改めて連絡を入れておくよ。あのダイヤモンドで進めてもらって構わないと」
「で、でも! あれはちょっと高すぎると思う」
オルフェリアはフレンの言葉のすぐ後に慌てて言いつのる。
この期に及んでまだ言うか、この娘は。
「オルフェリア」
「だ、だって……。べ、別にそこまで高価な宝石じゃなくなっていいと思うし」
「きみ一人の契約じゃないだろう」
「そうだけど。わたしには荷が重いというか……」
「きみ、今度の晩餐会家宝のダイヤモンドの首飾りと耳飾りつけていくんだよね?」
フレンも見せてもらったが、大きさは先ほどのダイヤモンドより確実にあちらのほうが大きい。伝統もある国宝級の代物である。
「そ、それはだって。別にわたし一人のものじゃないもの」
「きみの理屈がわからない」
「わたしは、あなたに余計なお金を使ってもらいたくないのよ。迷惑になるじゃない」
オルフェリアはそう言ってまた横を向いた。
迷惑をかけたくないとか言っているけれど、この不毛な押し問答を続けている今の現状がフレンにとってはいい迷惑である。
フレンは本日何度目かのため息をついた。そろそろ疲れてきた。
この後はオルフェリアを一度インファンテ邸へ送り届けて、二人でパニアグア侯爵邸へと向かうのだ。
年末の王家の晩餐会の日にちは迫ってきている。
「わかった。ダイヤモンドはなしにするよ」
オルフェリアは暖かな生地でできた濃いピンクのドレスに着替えて現れた。ミネーレの見立てたドレスはどれもセンスがいい。
ミネーレの趣味は女性を飾り立てることで、現在その趣味はオルフェリアに対していかんなく発揮されている。黒い髪はゆるく結い上げられており、真珠のピンでとめられている。ドレスは後方部分にたっぷりとひだが取られて美しい角度で流れている。晩餐用のドレスは胸元が広く開いている。女性の肌などフレンはとっくに知ってるのに、彼女のそれを時々まぶしく思う自分がいる。
馬車へといざない、そのまま彼女に手を貸して彼女を先に馬車に乗せる。
フレンも後に続き、やがて馬車は走り出す。
上流階級の住まう区画はミュシャレンの中でも特定の場所に集まっており、馬車の移動といってもそんなに時間はかからない。
パニアグア侯爵邸でほぼ毎日オートリエ主導の元晩餐会の練習が行われている。
当日と同じようにフレンもオルフェリアも正装に近い格好をしている。オートリエも夫と共に晩餐用の装いをしており、日によって客人が訪れることもある。大抵はパニアグア侯爵の友人で、今日はフレンも親しくしている人物が招かれていた。
本番に慣れるために場数をこなすための晩餐会はなごやかに進んでいく。
オルフェリアはさすがしっかり教育を受けた貴族令嬢である。オートリエの呼んだ教師から王家由来の伝統の作法を教授され、すぐにそれを自分のものにした。
「そうそう、フレンたら小さいころわたくしをお嫁さんにもらってあげる、なんてこましゃくれたことを言っていたこともあったわね」
「……叔母上。本人も覚えていないようなことを人前で披露するのはやめてもらえませんか」
どういう話の流れでそういう話題になったのか、オートリエが昔話を披露したものだからフレンは慌てた。
会話に集中すると食事の作法がフラデニア式になってしまうのだ。だからフレンは最近会話を楽しむということができていない。
「あなたが三歳くらいのときのことね。わたくしがセドニオ様と出会う少し前くらいだったかしら」
「こらこら、オートリエ。甥をからかうものじゃないよ」
助け舟をだしてくれたのは侯爵である。夫に窘められてオートリエはばつが悪そうにしゅんとした。
共通の知人を前にしてオートリエは張り切りすぎたらしい。
こういうときフレンのことを赤ん坊のころから知っている叔母という存在が怖くなる。自分の覚えていない幼少時のことをさらりと暴露するからだ。
「それで侯爵夫人はなんて答えたんですか?」
招待された知人、マルケスが興味本位で尋ねる。
彼はフレンよりも年上の貴族階級の男性である。父親が昨年亡くなり伯爵を継いだばかりだ。
「フレンが大きくなるのを待っていたらわたくしおばさんになってしまいますもの。その前にわたくしだけの王子様を見つけるわって答えましたの」
「なるほど。それで夫人は見事自身の王子様を見つけられたわけですね」
マルケスの言葉にオートリエはとろりと頬を緩める。結局は惚気話へとつながるのだ。
「ええ、そうなの。セドニオ様はわたくしの王子様なのですわ」
「こらこら、よさないか」
顔を赤くしているのはセドニオである。十以上も年の離れた妻の臆面もない惚気にしどろもどろになっている。いつものくだりである。
「あら、わたくしはセドニオ様と出会えて幸せですもの。オルフェリアも同じではなくて?」
「えっ?」
ここで急に話を振られたオルフェリアはナイフとフォークを動かす手をとめた。
フレンの隣に座った少女と目が合う。
「え、ええ。もちろんです。わたしも幸せです」
その割には言葉が若干棒読み気味だが、とフレンは心の中で突っ込んだ。
答えてすぐに恥ずかしいのか顔を下に向けた。
「あら、照れているのね。可愛いわ」
オートリエは満足そうに微笑んだ。
「オルフェリア嬢と言えば、先日のメーデルリッヒ女子歌劇団の特別公演に参加をされたと聞きましたよ。私は拝見しなかったのですが、妻がとても興奮しておりました。男役の女優について熱心に語っていましてね。ああ、もちろんオルフェリア嬢の歌声も素晴らしかったと絶賛していましたよ」
「あ、ありがとうございます」
「あれは本当に突然の代役だったのですか?」
「え、ええ。もちろんです」
「そりゃあそうですよ。わたくしだって初耳でしたからね。フレンにはあのあとしっかり言い聞かせたましたから。自分の婚約者で伯爵令嬢を公の場で歌わせるだなんて……」
オートリエがばっさりとフレンを切る。
事情があったとはいえ、確かに少し軽率だった。特に年配の保守層は眉をひそめた者もいたと聞いている。昔から貴族階級の人間が人前で歌を披露することもあったがそれはあくまで同じ階級の人間のみが集う場所でのことである。フレンの企画した特別公演はファレンスト銀行の上得意になりそうな上流階級ばかりではなく、公募で募った一般市民も招待したのだ。
「わたしは、フレンの役に立ててうれしかったです。確かにとてもびっくりしたけれど、なんとかなりましたし、リエラ様たちと同じ舞台に立てたことは一生の思い出です」
「きみがそう言ってくれて嬉しいよ」
フレンはオルフェリアに対して笑みを浮かべた。
必死にフレンを弁護しようと口を開いてくれていることがフレンにはうれしかった。こうやって心を開いてくれていることがわかることが最近増えてきた。
「今回は仕方ないとしても、これ以降は駄目ですよ」
「わかっていますよ、叔母上」
フレンがしっかりと頷いた。
その後も当たり障りのない話題が続きフレンは再び食事に集中をする。
だいぶ慣れてきたが、やはり気を抜くと駄目だ。これまで隣国同士という気安さに甘んじて食事作法を矯正してこなかったツケが回ってきた。別段堅苦しい席に招かれることもなかったし、なにより西大陸の文化をけん引するフラデニア式の作法は広く近隣諸国にも知れ渡ってるのだ。だからフレンとしてもそのフラデニア人の名のもとに胡坐をかいていた。
今度招待されるのはアルンレイヒの王家の晩餐会だ。さすがにフラデニア式を持ち込むわけにはいかない。
デザートを食べ終わることになってようやく一息ついたフレンである。
「わたくし初めてセドニオ様からもらった宝石は、楔石だったわねえ。わたくしの瞳の色に似ているからって、彼が贈ってくれのよ」
なにがどうしてそんな話になったのか、オートリエの惚気話はまだ続いていた。というか、どんな話題でも結局最後は惚気に行きつくのだ、彼女の場合。
楔石とは希少性の高い宝石の一種で確かに薄い緑色をしている。
フレンはふと考えた。
瞳と同じ色の宝石とは名案かもしれない。
さっそくフレンは宝石商に依頼をした。
ダイヤモンドから薄紫色の紫水晶に変更をしたため宝石商は落胆の色を隠さなかったがもともとダイヤモンドを買うなどとは一言も言っていない。
婚約者の瞳の色と同じ色の宝石を使いたいと言えば彼も何も言えずに、とりあえず最高品質のものを用意しますと言われたからそこには頷いておいた。
オルフェリアの瞳の色はフレンも嫌いではない。
あの瞳に見つめられると、なぜだか胸がざわめく。もっと、彼女と近づきたいと淡く思うのだ。
それも不思議だった。
だからだろうか、フレンは宝石商の男にもう一つ頼みごとをした。
彼は快く請け負ってくれた。
手に入れた宝石をもってフレンはミュシャレンで人気の宝飾店を訪れた。
店の職人の手がける意匠が若い女性の間で人気なのだ。宝石だけ持ち込み、それをオルフェリアの意見を交えながらデザインを整えてもらうのだ。
そんなわけでオルフェリアも一緒である。
「いちいち二人一緒に行かなくてもいいのに」
オルフェリアはあからさまに不審気だ。いつも一方的にアルノーを介するかミネーレが手配していたのに、急に二人きりで婚約指輪を選ぶことになっているからだ。
「二人で選ぶことに意義があるんだ」
「そういうものなの」
「そういうものなんだ」
フレンがきっぱり断言するとオルフェリアは首をかしげつつも納得した。待合室に入ってきた男性のデザイナーが指輪の見本をたくさん持ってきてくれて、オルフェリアはなんだかんだ言いつつも興味をひかれたように見入った。最初は乗り気ではなかったが、店員の朗らかな口調と実物を見せられてやる気になったのだ。
普段よりも少し頬に赤みを乗せているオルフェリアはデザイナーから好みを問われて真剣に悩んでいた。
そしてもうひとつ。
フレンは自分用にタイピンを作ってもらった。
どうして彼女と同じ色の宝石が欲しくなったのか、それは自分でもよくわからなかった。
ただ、なんとなくほしくなった。
タイピンを手に取る。
フレンは薄紫色の石を通じてオルフェリアを思い出す。
ときどき無防備な少女はフレンの心をかき乱す。
「そういえばオルフェリア、婚約指輪は?」
「あっ……」
婚約指輪が出来上がってきて数日後。
フレンが指摘をするとオルフェリアは彼女にしては大きな声を出して狼狽した。
「きみね……仮にも婚約者なんだからちゃんと指輪は身につけておくように」
「う、うるさいわね。そんな習慣今までなかったんだからうっかりすることだってあるわよっ!」
まだまだフレンの気苦労は終わりそうもない年末の出来事だった。




