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ドレスをめぐるあれやこれ

婚約破棄、ミネーレとフレンのお話

 それはフレンがまだオルフェリアと偽装婚約をして間もないころのことだった。

 二人でフレン行きつけのクラブで食事をしていると、オルフェリアが苦言を呈してきた。

「ねえあなた。いったいわたしのことをなんだと思っているの。わたしそんなにも贅沢じゃないわ。体は一つしかないんだから、ドレスだってとっかえひっかえ着られるわけないじゃない」

 オルフェリアはフレンのことを睨みつけている。

 偽装婚約をした相手、オルフェリアはまだまだ恋人演技に慣れていなくて失敗することも多い。二人で食事をするのは二人が相思相愛だからというわけではなく、余人に聞かれない仕事の打ち合わせという名のフレンの小言を聞かせる会のようなものである。

「だってきみ、持っているドレス全部古臭い形じゃないか」

「ふ、古臭いって。失礼ね」

 オルフェリアは絶句した。

 少し真正直に言い過ぎたらしい。一応年頃の少女だけあって、そのあたりの機微にはさといらしい。

「私の隣にいる婚約者が流行おくれだと笑われるのは私だよ。ちゃんとしっかり考えてくれなくちゃ。にしてもドレスを贈って怒られるなんて。今までにない経験だね」

「ああそう。悪かったわね。大体、多すぎるのよ。確かにまあ……ほんの少しはありがたいけれど、それにしたって限度があると思うわ。いったい何着作ったのよ」

 フレンははて、どのくらいだろうと頭の中に思い浮かべた。

「さあ。そのあたりのことはミネーレに一任しているから」

 オートリエから紹介をされたオルフェリア付きの侍女ミネーレは流行に敏感でドレス商にも詳しいとの触れ込みだった。センスもよい彼女の見繕う品物は確かにどれもオルフェリアによく似合っている。

 ちなみにフレンの仕事は回ってくる請求書にちらりと目を通すだけである。支払いはアルノーに一任している。

 フレンの返答を受けてオルフェリアは黙り込んだ。

 納得のいく答えではなかったらしい。

 せっかくの食事なのに、彼女はいつも難しい顔をしている。出会ってから笑った顔を見たのは何度あるだろうと考えて、やめた。演技の時の作り笑いくらいしか記憶にないからだ。

「とにかく。みすぼらしい恰好をさせているわけでもないんだから。そこまで嫌味を言われる覚えもないし。そんなことを言う暇があるのなら、もう少しまともに恋人演技ができるように日々精進してもらいたいね」

 と、フレンは会話を打ち切った。




 それからしばらく。

「フレン様。いったい仕事相手の令嬢のドレスにいくらつぎ込む気ですか」

 フラデニアから帰ってきて数日後、フレンはアルノーから文句を言われた。

 彼はいつも難しい顔つきをしているから、今眉根を寄せているからといってもこれが特別なことではない。

「常識の範囲内で」

「……この金額が常識の範囲内ですか?」

 アルノーは一通の請求書をフレンの前にかざした。

 フレンは目を通していた書類から視線を挙げた。仕事が溜まっているのに、そういうことに煩わされたくない。億劫そうに金額を確認すると、確かに少なくない金額が記載されている。

「確かに少なくはないけれど、ドレスを数着作ったらこのくらいにはなるだろう?」

 女性のドレスは男性の服よりも高いのが相場だ。繊細なレエスをふんだんに使えばそれだけで金額は跳ね上がる。

「数着ではありません。一着の値段です」

 なるほど。

 それは確かに問題かもしれない。

「これのほかにも請求書は来ているのかな?」

「ええ。フラデニアのドレス店からいくつか」

 先日までフレンはオルフェリアとフラデニアに滞在をしていた。その時にいくつか仕立てたのだろう。支払いはすべてフレンのもとへと回ってくる手はずになっている。

 年頃の令嬢なんてドレスや宝石でも与えておけば機嫌よくふるまってくれるだろうと考えていたフレンだったが、なるほど確かにこれをこのままのペースで続けていくにはいささか不都合がある。経費は必要だが求める成果に対して湯水のように使っていいものではない。

 フレンは思案した。

 そういえばいつかのときにオルフェリアから文句を言われたような。

 ドレスを何着作るのか、と。

 オルフェリアの身の回りのことについてはミネーレに一任している。まずは彼女から話を聞いたほうがよさそうだ。




 突き出された請求書を前にしてミネーレは首をかしげた。

「どうかなさいましたか?」

「どうか、じゃない。この金額はなんなんだ」

 アルノーの冷たい声音にもミネーレは動じていない。

 ぽんと手を打った。

「ああそれですか。うふふ。ルーヴェの人気店でお嬢様のためにドレスを仕立てました。とってもかわいらしくてオートリエ様と一緒になってつい、いろいろと飾り立ててしまいましたわ。お嬢様お人形さんのように可愛らしくて。目の保養でしたわ~」

 ミネーレは男二人に囲まれているはずなのに、花畑にでもトリップしたかのようにうっとりとした顔つきになった。

「ここ最近ドレスやら帽子や靴などの請求書がずいぶんたくさんと回ってくる」

「そうですわね。わたしも毎日が楽しいです。可愛らしいお嬢様を着せ替え放題できて」

 ミネーレはにっこりと笑った。

 フレンは少しだけ頬をひきつらせた。

 なるほど。原因は目の前のミネーレにあるらしい。

「お嬢様ったらさすがは十六歳。何を着ても可愛らしいんです。だからついついあれもこれも、と。もうわたしったら毎日が楽しくて仕方ないですわ。お肌も白くてすべすべですし、顔なんてとってもきれいですしまつ毛はふさふさですし」

 男二人の視線の意味に気づかないミネーレはいかにオルフェリアが可愛いかを語り始めた。

 放っておくと軽く一時間は話していそうな勢いである。

 たしかに彼女の外見は人形のように整っている。それは認める。

 しかし、それとこれとは別問題だ。

「だからって、フレン様の金を湯水のように使っていいというわけではないだろう。というか、オルフェリア様がねだっているのか? 無駄遣いを止めるのも侍女の役割だろう」

 アルノーのほうが先に切れた。

「いいえ。わたしの趣味です」

 ミネーレは力強く言い切った。

「だったら余計に悪い」

 アルノーの視線が一段階冷えた。

「えええぇぇ~。フレン様お金持っているじゃないですか」

 ミネーレは不服そうに唇を尖らせる。

「お金持ちなんですから、可愛い婚約者を思い切り着飾らせようとは思わないんですか? わたしはそのお手伝いをしているだけですのに」

「今おまえ自分で、自分の趣味だと言い切っただろうが」

 アルノーは素早く口をはさんだ。

「ですから、全人類が幸せになれる趣味です。フレン様も恋人が可愛くて幸せ。わたしもお人形のようなお嬢様を着せ替えできて幸せ。どこがいけないんですか?」

「いけないことだらけだろう!」

 フレンは二人のやり取りを聞いて、ため息をついた。

 アルノーは、フレンとオルフェリアの婚約が形だけの偽装であることを知っている。ミネーレはこれを知らない。だから彼女の言い分は、彼女にしてみたら正しい……のかはわからないが、ある意味的を射ているのだろう。

「いいかい。それにしたって限度があるだろう。限度が。私は確かに金を持っているが、贅沢を推奨しているというわけでない」

「むう……」

 ミネーレはなおも不服そうだ。

「せっかく持っていてもため込むだけじゃ世の中のためになりません。お嬢様を飾り立てることのどこが不満なんですか」

「別に不満じゃないよ。ただ、物には限度というものがある。というわけでこれからはひと月に使っていい金額に上限を設けることにする」

「えぇぇぇ~。せっかくのわたしの天国が」

 ミネーレが悲痛な声を出す。別にフレンの財産はミネーレの趣味を満たすためにあるのではない。

 人の金を当てこんで何着せ替え遊びを楽しんでいるのだ、この娘は。

 物おじしない彼女はオルフェリアの付添人として公の場に同行することもあり、初期費用としてミネーレに付添人用のドレスを変えるだけの支度金を渡した。

 その金を使って彼女は新品のドレスを一着作り、あとは古着屋を回っていくつかの着替えを用意した。古着といっても厳選したらしく、買ったドレスはどれも着古された様子はなかった。自分自身のことになるととても堅実なのだ。なのにどうしてオルフェリアのことになると暴走する。

「うるさい。あんまりしつこいとクビにするぞ」

「それは嫌です~」

 アルノーの非情な通告にミネーレは泣く泣く白旗を挙げた。

 その後ミネーレとアルノーはひと月にオルフェリアのために使える予算を話し合った。

 そこでどんな攻防があったのかフレンは知らない。

 とりあえず大きな舞踏会などで急に夜会用のドレスが必要になった場合は別途相談ということで折り合いをつけたようだ。

 フレンはため息をついた。

 婚約者を持つということはこういった面倒ごとも抱え込むことになる。

 



 その後季節は移って冬。

 冬支度の前にミネーレはアルノーに予算の上限を上げるよう交渉していて、アルノーを不機嫌にさせていた。季節の変わり目なのだからしょうがないだろう、とフレンがとりなしてどうにかなった。

 ミネーレは相変わらずオルフェリアを飾り立てることに情熱を燃やしている。

 あれからフレンも自分の想いを自覚して、そして迎えることになったオルフェリアの誕生日。

 何を贈ろうかと毎日いろいろと考えている。

 オルフェリアはあれで遠慮するところがある。新調されたドレスだって、こんなにもたくさん仕立てる必要はないのに、といつも唇を尖らせている。それをどうやってミネーレがなだめているかといえば、彼女にもずばりと伝えたらしい。「お嬢様を飾り立てることがわたしの趣味です」と。いっそ正直すぎてあっぱれだ。

「だいたい。きみは仕事が早すぎるんだ。どうしてまだ一月なのにすでに春用のドレスを発注しているんだ」

「それはもう。わたしの中のあふれんばかりのオルフェリア様愛のためです」

 ミネーレは胸を張った。

「だからって、私に一言くらい相談してくれたっていいだろう」

「えええ~、フレン様いつもわたしに一任してくれていたじゃないですか」

「こっちにだっていろいろと都合があるんだ」

 主に自分の感情面で。

 あのときはオルフェリアのことを意識していなかった。けれど、今は違う。彼女のことが好きだ。

「そんな都合なんて知りませんよ。フレン様はお嬢様のためにお金を稼ぐことだけ考えててください。出資者が貧乏だとわたしもつらいですから」

 それは単に自分の趣味が満たせないからだろう、とフレンは心の中で突っ込みを入れた。

「まったく。オルフェリアの誕生日だというのにきみがドレス一式すでに発注しているから彼女に贈れないじゃないか」

「いいじゃないですか。思い切り脱がせやすいドレスを贈ってみては?」

「怒られるのは私だろう!」

「手取り足取りいろいろと教えて差し上げてくださいな。わたしの夢はオルフェリアお嬢様に似た可愛らしいお子様とお嬢様におそろいのドレスを着せて楽しむことですから」

 ミネーレの主張にフレンはがっくりと頭を下げた。

 

ドレスをめぐる裏側?のような日常話。

放っておくとミネーレの暴走が止まらないという話です。


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