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夜空君と瞳ちゃん Light版

作者: めにから

この作品は他サイトで書かせていただいた『僕と少女と盲目と』の完全リメイクとなっています。

読みきりサイズな為、内容は薄いですがご了承ください。

八色やいろさーん、起きてー」


四限目の授業終了後、お昼前最後の睡魔すいまに勝てず、夢の世界にいざなわれて机に突っ伏す隣の少女に優しく声をかける。


「起ーきてー」


二回と声を掛けるが、全く起き上がる気配がない。

スースーと、小さな寝息をたてながら、少女はとても深い眠りについているようである。


「お昼だよ~、起きてー」


ごはーん、ごはーん、と呪文を唱えるが起きる気配はない。


「仕方ないなぁ……」


少女の肩を優しく叩き、少女の覚醒かくせいこころみる。

目覚めない。

少女の頭を優しく撫で、少女の覚醒を試みる。

目覚めない。

あれこれ試行錯誤しこうさくごし、軽いチョップをかまそうか悩んだ時。


「目覚めの……ちゅー、は?」


っとの案が挙がる。

……ぼ、僕が言ったのではない。

寝ていたはずの少女からだ。

少女は伏せたまま、チラッとほっぺを見せてくる。

まてまて……


「起きてるじゃん……」


「……不覚……」


そう言って『目に包帯』を巻く少女は小さな体を起こす。


「撫でてもらえたから、良い……」


少し嬉しそうな声でささやく少女。

そんな少女の小さな手を握り位置を、存在を認識させる。

彼女が、僕の位置を把握し、こちらを向いてから、


「起きてたなら早く言ってよ……」


苦笑いし、肩をすくめて言ってみせる。

微笑んでくれる少女に僕も笑いかける。




でも、そんなやり取りも、一方的だ。

少女に、僕は見えていない。

少女は、濃霧のうむに視界を塞がれた

盲目なのである。



「……海星かいせい?どうかしたの?」


少しの間を気にしたのか、それとも--


「何でもないよ、お昼ご飯食べようか」


盲目のことは、あまり気にしたくない。



少女とは、何事もなく--



変な空気になりそうなので、誤魔化しつつ話を変える。

少女の手を少しだけ強く握りお昼の準備をしようとするが……


その前に、っと八色さん。


「おはようの、ちゅー……」


「しません!」


***


「はい、あーん」


「あー……」


お昼休み、授業と授業の合間に設けられた学生を癒す、ほんのひと時。

そんなひと時を、僕たちは……バカップルの様に過ごしている。


「海星……もっと……」


あーん、と口を小さく開く少女に僕は召使めしつかいのごとく食事を、その開かれた口へ!何とも可愛らしい口へ!

--運ぶ。


もぐもぐと咀嚼そしゃくする少女を眺めつつ、辺りに意識を向けてみる。

こんな驚きの行動だが、気にしてるものは誰も居ない。


最初は、驚きやチラチラ飛んでくる視線、リア充何々しろー。と様々なリアクションがあった。

しかし、時が経ち、恒例行事と化してくると人々は飽きたのか自分たちの食事や雑談に花を咲かせ始めた。


「あーん」


こうしてゆっくり食事が出来るのは良いことだ。

合間合間に、自分のお弁当にも手もつける。


「海星の作ったお弁当……おいしい……」


自分の食べているお弁当、少女に食べさせているお弁当。両方とも、僕が作った物である。

何故かは--今は置いておこう。

毎回毎回、お昼の度に言われ……何だか照れくさい。


「ドウイタシマシテ。」


「心が、こもってない……」


そう言って少女はムッとほっぺをふくらませる。酷い話である。こちらの気持ちもお察しいただきたい。


「はいはい、どういたしまして」


っと流したら……

魔が差して、指が少女の膨らんだほっぺをぷにぷにと突いてしまう。

とても柔らかく、少し突いた指が弾かれる。

そんな快感が、頬から僕の指を離さない。

ただ黙って、少女の頬をぷにぷにと突いていた。


「海星……」


ハッとして、慌てて手を引っ込める。

しまった、軽率すぎた……

怒られる、と思っていたが


「そこに、ちゃんと……居るんだね……」


クスッと微笑んだ少女から、思いもよらない一言だ。

当然のこと、ではない。

何も映すことのない、明るい濃霧の世界

例え少女に見えてなくても

その濃霧の向こうから僕は少女に語りかける。


「ちゃんとここに、居るからね」


だから、大丈夫だよ。

場所もわきまえず、少女の頬を撫でる。

少女に自分を伝える、もう一つの方法--


「くすぐったい……」


そう言いながら、少し嬉しそうに、身をよじり、僕の手に自分の手を重ねる。

僕の手に、少女の頬と手の平の体温が伝わってくる。

僕は、盲目という事に囚われ過ぎていた。

少女も普通の人間だ。


だからこそ、きっと……


そこで、無情にも癒しの時間を終える知らせが教室に響く。

少女の頬に手を当てたまま……

弁当を半分も食べないまま……


***


放課後、空腹のまま授業を終えた僕たちは、昼同様にパカップルのごとく過ごしている。

こうなるまでに、四限目終了と同じ一連があった事を付け加えておこう。

いくら何でも、おはようのちゅーはしない。


それはさて置き


「はい、あーん」


「あー……ん」


もぐもぐとゆっくり味わい、吟味ぎんみしながら咀嚼する少女を眺める。


そこには人をとりこにする可愛さがあり、一度見た者の視線を掴んで離さない。

頬が少し膨らむのが小動物のようで、愛らしい姿に癒される。授業の疲れが……吹っ飛ぶ。


「おいしい」


「はいはい」


それを知っての仕返しか、ただの褒めか僕の苦手な褒めの部分を突いてくる。

だから、ここは適当に流す。


「とてもおいしい」


何度も繰り返されるのは堪らない……

それに、適当に返事をしたら恥ずかしさが2倍になって返ってくる。


「どういたしまして……」


「本当だもん……」


「わかったよ……ありがとう」


しょんぼりする少女に耐えきれなくなり素直に認める、褒め続けられるのも素直に認めるのも恥ずかしく、苦手だが褒め地獄が続くよりはすぐに終わる方を取ろう余計な傷は負いたくない。


「それで良いよ」


クスッと笑う少女に苦笑いを返す。

素直な子だな……


「全く……」


照れ隠しで呟く一言。

ここに、表に出てしまいそうな嬉しさを全部押しとどめる。

褒められるのは恥ずかしい、でも……嬉しい。


そんな照れ屋な僕を見抜いてか、少女はまた、クスッと笑った。


***


お弁当の残りをキレイに片付た後、雑談などで適当に時間を潰し、少女のお迎えを待った。


しばらくした後、お迎えが来たと報告を受けた僕たちは正門に向かう。

少女の小さな手を握り、教室をでて、階段を下りること、靴を履くこと。あらゆる事をエスコートしてゆく。


靴を履いて校内から外に出た時、ヒューと少しの風が吹いた。


「寒っ……」


春といえども、時折吹く風は冷たく、空気は僕たちを冷ますのに充分なくらいだ。寒がりな僕は、そんな寒さに過剰に反応してしまう。


反射で、少女の手を強く握ってしまった。

僕の手に、少女の小さな手の感触と少女の温度が強く伝わってくる。


暖かい。


「……」


少女は平気なのだろうか、少し頬を赤らめているだけで何も言わずただ前を向いている。


「行こうか」


強く握った手を緩め、正門に向かってゆっくり歩き出す。


正門には少女のお迎えの車が停車している。

あそこに辿り着けば、少女との時間は終わる。

でも、少女はなにも語らない。


少し悲しい。


そんな気持ちを隠し、変わらない歩幅で歩き続ける。


ゆっくり、ゆっくりと。


そこで、自然と少女の手を強く握った。

また、少女の手の感触と温度が強く伝わってくる。

少女は、少し驚いたように手をピクッと動かしたあと、


「……」


ギュッと、僕の手を強く握ってくれた。

なにも言わず、小さなその手で。

更に手の平へ少女の温度が伝わってくる。


とても暖かい……


ふと少女を見ると、ほんのりと赤い顔の口元が少しだけ笑っている。


今日最後の、少女の笑顔だ。


「海星様、ありがとうございました」


正門に着くと、待ち構えていたかのように白髪はくはつの老人に挨拶をされた。


「どうも……」


ビビりながらも、軽く会釈えしゃくをする。


彼は、八色家の執事しつじさんである。

僕なんかとは格の違う使用人だ。


毎度毎度、本物の執事さんを見る度に大人びた雰囲気にビビってしまう。


それはさて置き


ここで僕の出番は終わりだ。


執事さんの手が少女の手を握ったのを確認し

僕は少女の手を握った力を緩めた。


その直後、一瞬だけ少女に強く手を握られる。

そして呆気なく、するりと少女の手は離れていった。


「また明日ね、海星……」


そう言って胸元だ小さく手を振る少女は、執事にエスコートされてリムジンに乗り込んだ。


黒ガラスに隔てられ見えなくなる少女。


運転席に座る前に僕に一礼をする執事さん。


走り去る車。


それを、ただ見送る僕。


ここまでの流れが一瞬に過ぎて行ってしまった。

少女の手を離した後からが、早すぎる。

ぼーっと眺めているしか出来ない。


走り去った車はもう視界にない。

その場に立ち尽くし、ただ自分の手を眺めた。

先程まで少女の手を握っていた手だ。


だけど、強く握られた時、返すことができなかった。それが何故か心に引っかかる。


ギュッと手を握って見る。


そこには何もない、自分の指が手の平を触れただけだ。


だけど、まだ暖かい。


少女が最後にくれた温度が、僕の手の平にはまだ残っている。


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