7.奴隷と女の子の日。(新婚生活24日目)
元「盗賊」の奴隷ちゃんと結婚してから「24日目」のお昼前。
俺は寝床で横になる奴隷ちゃんの腰をゆっくりと撫でていた――
「……んぅ」
「奴隷ちゃん、お腹の具合はどう?」
「ん、ちょっと楽になった。腰、ずっと撫でてくれてあんがとな……」
奴隷ちゃんは身体を起こすと、寝床に腰かけていた俺の肩に甘える様にしな垂れる。すごくかわいい。
「あと、ご主人様の作ってくれたコレもすごくいいぞっ」
俺が作成した革布製の「湯たんぽ」を大事そうに抱きしめながら(このしぐさ超かわいい)、にししっと奴隷ちゃんが弱々しく微笑む。おそらく俺に心配かけまいと、元気に振舞おうとしている様だが……やっぱりまだ少し顔色が悪いよなぁ。
「おいおい、心配しすぎだよ。女にとっちゃ毎月のモノだぞ?」
「いや、まあ、そうかもだけどさ。俺よく分かんないし……」
「普段通りにしてろよ、逆にこっちが恥ずかしいってーの」
オロオロとした俺の様子を見て、奴隷ちゃんは呆れ気味に(そして少しだけ嬉そうに)笑った。
いや、だって本当によく知らないんだよな……。
奴隷ちゃんとの新婚生活が始まってから約1ヶ月――
あまりにも充実した楽しい日々に、俺はすっかりその事を忘れていた。
『あ、あのな、ご主人様。その、何だ……あれ来ちゃったから、しばらくムリだぞ……//』
昨夜、先に寝床へ入った俺を見て、もじもじと頬を赤らめながら奴隷ちゃんが小さな声で呟くのを聞いて、俺はようやく気づいた。
そう、奴隷ちゃんに「生理(月経)」がきたのだ――
◇ ◇ ◇
その夜、奴隷ちゃんは『ふたりの寝床が汚れると嫌だから自分は床で寝る』と主張した。
俺はその言葉に驚いたが、奴隷ちゃんを床に寝させるわけにはいかない。
そもそも俺は『異世界転移特典』で「生活魔法」を極めているので、どんな寝床汚れも一瞬で洗い落とせる。その事は奴隷ちゃんも知っているはずだが、念のため、寝床にもう一枚汚れても良い寝布を掛けることも提案してみる。
だが、奴隷ちゃんは黙って首を横に振った。
『汚れが落ちるかどうかじゃなくってよ、その、つまり何だ……それをお前に見られるのが恥ずかしいんだよっ//』
奴隷ちゃんが顔を赤らめながら答える。
自分の鈍感さが嫌になる。
そして俺は胸中で「生理は恥ずかしい事でも、汚い事でもない」と説得したくも思ったが、その言葉を「男」の俺が口にして良いものなのかと思い悩み……結局、言えなかった。
しかし、説得は諦めないぞ。
このままだと俺は、最愛の奴隷ちゃんを床で寝させる事になる。
俺は苦し紛れにこの前修得したばかりの「錬金術」を使用すると――テレビCM等の記憶を頼りに、日本製の「生理用下着」と「紙製月経布」っぽいものを製作し、奴隷ちゃんに手渡してみる。
どちらも異世界には無い生理用品だ――異世界では使い古しの布に帯紐を通した「褌」形状の月経布を自作して使う事が多いらしい。当然、吸収性・通気性・フィット感ともに良くない――奴隷ちゃんも最初は怪訝そうにそれらを見ていたが、実際に使ってもらうと「これはいいなっ」とその付け心地の良さに感動していた。日本製の生理用品は高品質らしいからな。
その勢いも借りて、何とか奴隷ちゃんにも寝床で寝てもらえる事になった。ホッとした。
ところが、奴隷ちゃんは寝床に入ると『横向きで寝ると漏れるかもしれない』と言って仰向けに寝そべった。
いつも仔猫の様に丸まって寝る奴隷ちゃんが――まっすぐ天井を見詰める様に寝ている。俺はその言葉と姿勢と違和感に気を飲まれると、「そうだね…」と小さく答えながら奴隷ちゃんの隣りに同じく仰向けで寝そべった。
いつも仲睦まじくじゃれ合っている俺達夫婦が、全く触れ合うことなく横並びに寝ている――その事実に俺は少なからずショックを受けた。
翌朝、奴隷ちゃんは汚れていない寝布を見ると『よかった…』と小さく呟いた。
◇ ◇ ◇
「生理(月経)」とは女の子に特有のものだ――だが、男の子も知っておくべきものでもある。
この生理現象は、赤ちゃんを育てるためのお部屋となる「子宮」の内側を、毎月ふかふかの布団のように膨らみ覆う粘膜「子宮内膜」が、赤ちゃんができなかった際に女性ホルモンの周期的変化によって内膜から剥がれ、卵子や経血とともに膣を通ってゆっくりと体外へと出されるものだ。
生理開始日から次の生理開始日までの「生理周期」は約28日間、「生理期間」は4~7日間が平均とされる(個人差あり)。「経血量」は2日目が一番多く、3日目から少しずつ減っていく(らしい)。
生理期間中は女性ホルモンの分泌量が減り、髪や肌が荒れたり、血行悪化による冷え・貧血・頭痛・吐き気などが起きやすい(らしい)。他にも、子宮の出入り口はストローの穴より小さく細いため、経血を出そうと子宮の筋肉が収縮して「生理痛(月経痛)」が起きる事もある(らしい)。
かく言う奴隷ちゃんも生理2日目の今朝は「生理痛」がいつもより重かったらしい。
俺がオロオロと心配しながら「モコモコ靴下」や「湯たんぽ」を製作したのも今朝の事だ。それで奴隷ちゃんが少しでも元気になってくれたのなら良かった。ホント良かった……。
さて、現在の奴隷ちゃんは俺と横並びに寝床に腰かけながら、俺が温めて渡した飲物「サングリア」をちびちびと美味しそうに飲んでいる。
日本だと「サングリア」と言えば果実等を入れたホットワインの事だが、これは俺が異世界で作ったもどきである。奴隷ちゃんの好きな少し酸味のある山葡萄を絞り、その果汁に角切りした果実や木の実や蜂蜜を入れて壺で寝かせた酒精無し葡萄酒だ。飲む前に小鍋で温め直し、お好みで香辛料や果実蒸留酒を入れると尚美味しい。
「ふーふーっ、……んぅウマイ。あぁ~果実蒸留酒を少し垂らしたいなぁ……」
「こら、生理中はお酒はダメだよ」
「いいじゃん、ちょっとだけっ」
「この前それで甘え上戸になった奴隷ちゃんに襲われたからなぁ……」
「むう……っ//」
生理中の性行為は、個人的には避けるべきだと思っている。
性行為により分泌される神経物質が生理痛を和らげる効果もあるらしいが、子宮内膜が剥がれた状態だと性交痛が出たり、感染症になる危険性等があるからだ。尚、生理中だと性行為しても妊娠しないというのは嘘である。
さて、少しの酒精なら体温が上がるので良いらしいが、俺の理性に重労働を強いる事になりかねないので、やはりここは奴隷ちゃんに我慢してもらうのが――
「元気になったら、ご主人様が望む“御奉仕”を何でもひとつやるぞ?」
「しょうがないな少しだけだよ!」
ああ俺ってばチョロいんなぁ……。
◇ ◇ ◇
その後、奴隷ちゃんにも少し食欲が出てきたという事で、昼食には「白胡麻と生姜を入れた鶏がゆ」を作りふたりで仲良く食べた。
生理中には「食事」にも向き不向きがある。
生理痛には胡麻やアーモンド等の堅実類、豆腐やキナコ等の大豆類に多く含まれる「マグネシウム」が良い。貧血には「鉄分」を摂取できる肉類やほうれん草・小松菜など。夏野菜は体を冷やすので却下、冬の根菜類や玉葱・生姜などは体温を高めてくれるので良いぞ。生理中は老廃物が溜まりやすく体もむくむので水分はたくさん摂った方が良いらしい。一方、脂分やカフェインを多く含む食材は血行を悪くするので控えるのが望ましいとか。
(生理中の女の子って、気をつける事がいっぱいだな……)
食後は「豆乳ココア」を飲みながら、ふたりでゆっくりと過ごした。
今日は小雨降りで、先日開墾した家庭菜園の世話に出かけるのも億劫だしな。
奴隷ちゃんが少し気だるげだったので、一緒に腰回りの柔軟体操を行う。適度の運動は血行を促進して倦怠感を解消してくれるので良いらしい。奴隷ちゃんも「すっきりしたぜっ」とかわいい笑顔だ。
おやつには「すりおろし林檎を入れた甘酒」と「炒ったアーモンド堅実」をもぐもぐ食べた。
夕暮れ頃になると空も晴れたので、俺は夕飯の野菜を採りに菜園へ行こうとした。すると奴隷ちゃんが「うちも行くっ」と言い出した。ちょっと可愛いなぁーと思いながらも、生理中は歩くだけでお腹が痛む時があると聞いた事があるので「無理せずにお留守番していいよ?」と聞くと、ぷくっと頬を膨らませて「いいから連れてけっ」と言われた。かわいい。
まあ、気分転換も大事だよな。
そう思った俺は、奴隷ちゃんと夕暮れ時の散歩に出かける事にした。
急ぐ用事でもないので、ゆっくりと奴隷ちゃんの歩調に合わせて歩く。雨上がりの薫風がとても気持ち良く、奴隷ちゃんも嬉しそうに笑った。
夕食には、家庭菜園から収穫した異世界産の食材を使った「南瓜スープ」や「レバニラ炒め」、昼食の残りの「鶏がゆ」を美味しく頂いた。食後には蜂蜜漬の生姜を淹れた「生姜茶」を飲みながらまったりとくつろぐ。
さて、お風呂をどうするべきか……。
奴隷ちゃんの体調を考えると、河原の温泉まで歩くのはツラそうだ。しかし、生理中は肌も敏感になるらしいので奴隷ちゃんもきっと清潔にしたいだろう。とは言え、お湯を絞った手ぬぐいで拭くだけもなぁ……。
そこで俺は閃いた――あれをやろう。
◇ ◇ ◇
俺は修得済みの「木工」スキルを駆使すると、あっという間に幾つかの木製器具を作り上げた。奴隷ちゃんは「また何か作ってるのか?」と興味津々に眺めてくる。俺は完成したそれらを持つと奴隷ちゃんを連れて外に出た。今夜は星空が綺麗だなー。
はい、今回俺が作成したのは木製の「衝立」と円形の平たい桶――所謂「たらい」である。
俺は星空の見える好立地に「たらい」と手桶・手ぬぐいを置くと、それを囲うように「衝立」を並べる。続けて俺は「生活魔法」を唱えて温かい湯を創成すると「たらい」と手桶にたっぷりと溜めた。
そう、俺が考えたのは「湯浴み」である。
まだ個人宅に風呂がなかった江戸時代から昭和の中頃まで、一般家庭では汗を流すために少量の湯水を「たらい」に溜めると下半身を浸けて、手桶で肩から湯を掛け流したり、湯を含ませた手ぬぐいで身体を拭ったりした。垣根に囲まれた庭に「たらい」を置いて戸外で湯浴みする姿は、昭和レトロ漂う風俗絵として憧れがある。
「……覗き見する気まんまんだろ、ご主人様」
「いや、ほらっ、お湯炊きしたり、髪を流したりしてあげようかとっ」
「ふぅん……まあ、いいけどさ//」
湯浴みを覗かれる羞恥より、体を綺麗にしたい気持ちが勝った様で「衝立」の向こう側で奴隷ちゃんが衣服を脱ぎ始める。
ああ、女の子が衣服を脱ぐ時の音ってエロイなぁ……。
奴隷ちゃんの脱いだ衣服を汚さない様に手籠に入れながら俺は妄想を膨らませる。
しばらくして「衝立」の向こう側から湯気が立ち、ちゃぷんと水を掬う音が聞こえる。
くっ、これはいいぞ。たまらんっ!
俺は我慢できずに「衝立」の陰からこっそりと奴隷ちゃんの湯浴みを覗き見る。
それは美しい光景だった――
衝立の陰に湯気は漂い、木盥の湯に沈む尻から腰肩は濡れて艶に輝き、少し頬を赤らめた少女がうなじを見せながら此方を見返る――その情景の美しさに俺は息を呑んだ。
俺は静かに歩み寄ると手桶に湯を注ぎ、奴隷ちゃんの髪や肩に流し掛けた。
俺が「綺麗だね」と褒めそやすと奴隷ちゃんは照れた様に「ふん…っ//」と小さく返事した。
この娘に出逢えて本当に良かった。
俺が「また一緒に河原の温泉に行きたいね」と言うと、奴隷ちゃんは嬉しそうに「おう、約束だぞ…っ」と微笑んだ。
◇ ◇ ◇
無事に「湯浴み」も終わり、俺達は寝床に就いた。
昨夜と同じく、ふたりとも天井を見詰める様に仰向けに寝そべる。
だが昨夜と違い、今夜はぽかぽかと温かく感じる。
「こんなに楽なの初めてだ……。ありがとな、ご主人様」
奴隷ちゃんが俺の手を握りながら小さく呟く。
俺は奴隷ちゃんの手を優しく握り返すと、親指の先で彼女の手の甲を撫でた。
しばらくすると――すよすよと静かな寝息が聞こえ始める。
やはり生理中は、いつもより疲れるのかもしれないな……。
女の子は「生理(月経)」によって、心も体も過酷な状況に置かれる。
生理期間を挟んで女性ホルモンの分泌量は激変し、それに合わせて体調も急変する。髪や肌荒れ、血行悪化による冷え、貧血、頭痛、腰痛、むくみ、吐き気、下痢、苛立ち、倦怠感……歩くだけでも座るだけでもツライ時があり、その症状はまさに「全身不快感」と忌避される過酷なものだ。
女の子の初潮から閉経までは約40年、生理期間は述べ8年間にも及ぶとか。
人生に数度あるかないかの出産の為に、全ての「女の子」が長年つき合っていかなければいけないもの――いや、つき合うべきは「男の子」も同じじゃないかな。
「生理」とは夫婦でつき合っていくべきだと俺は思う。
「生理」はツラく大変かもしれないが、新たな生命を授かる上でとても大切なものだ。夫婦にとって、お互いの関係をより深める機会になるのだと前向きに思ってはどうだろうか。
「……んぅ、ご主人様……zzZ」
俺は隣りで可愛く眠りこける奴隷ちゃんを愛でながら、優しくおやすみの接吻をした。
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<ずっと前から書きたいと思っていた「女の子の日」の話でした。私(作者)の価値観・偏見が詰まった話なので、不快に感じられた方もいらっしゃるかもしれませんが、平にご容赦を……。願わくば、この話が恋人達の仲をより深めるきっかけになってくれたら嬉しいです>