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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第二章
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弓曳き童子  参

 私と中岡編集は、呉羽と若い女中二人を横目で見ながら、源次郎と女中頭が妻の初と娘の飛鳥、そして料理番の男を連れ戻ってくるのを待つ。


「君はどう思う?」


 中岡編集が除に聞いてきた。


「どう思う? と聞かれても、まだ何とも云えませんね、状況をよく見てみないと……」


 私は部屋の内部を見回す。


「……そうだ、時間がありますから、ちょっと入口の部分を少し確認してみましょうか」


 私は提案した。


「ああ、そうか、入口だな。確かに確認しておいた方が良さそうだしな…… だが触っちゃ駄目だぞ」


「そんなの解ってますよ」


 そうして私と中岡編集は入口の戸の近くまで歩み寄る。


「……戸の鍵に関しては内側から引っ掛けるタイプですね、鍵が無いから中にいる人が施錠したら外からは全く開けられない……」


 私は確認しながら呟く。戸の鍵は掛け金が引っ掛かった状態で戸にくっ付いたままになっていた。


「壁側の方も僕が力ずくで破壊したような痕跡になっているが……」


「ええ、見たところ細工をした形跡は無さそうですね」


 私は頷く。


「戸溝の方も綺麗に見えるが…… 何か仕掛けたような痕跡はあるかな?」


「いえ、見た限りでは接着したような痕跡はありませんよ…… 至ってスムーズに開きそうな……」


 私は溝を凝視しながら云った。


「じゃあ、矢張り密室だったのかな?」


「まあ、ありえると思います。私も中岡さんと別の部屋だったら、部屋に鍵を掛けて寝ていた可能性もありますから……」


「だから僕は君を抱く気はないと云っているじゃないか」


 また云いやがった。


 しかし龍馬とは云っていないから烈火の如くは怒れない。


「抱く気があろうが無かろうが、そんなのが問題じゃないんです! 私個人のプライバシーの問題なんですから」


 私はそう云いながら戸付近から視線を外して、遺体の方を見た。


「次は遺体と、甲冑の方を少々確認しましょう」


「ああ、了解だ」


 改めて見るが、村上氏は恐ろしい形相で倒れていた。驚きと痛みがその表情を作り上げたのかもしれない。


「僕としては、密室の中であの甲冑が弓を引き矢を放って、村上氏を殺害したように見えるが……」


「確かにそう見えなくはないですね」


 私は頷く。


「となるとタイマーみたいな物で時間がきたら矢を放つようになっているのだろうか?」


 中岡編集は手を顎に添え、探偵でも気取ったように聞いてきた。


「いえ、矢で射殺した後に密室にした可能性もありますよ」


「でもさっき戸を確認した時は細工は無いと云っていたじゃないか?」


「見かけ上は細工は見当たりませんでしたが、私達が想像しえない方法で密室を作ったかもしれないですしね」


「そうなのか?」


「いえ、その方が簡単なので、そう云ったまでです。まだ何とも云えませんよ……」


 私はもう一度遺体の胸の矢を見てみた。矢は普通の矢からすると随分短い矢だった。


「しかし、短い矢ですね……」


 私は改めて呟く。


「矢張り、あの甲冑が放った矢じゃないか? 弓曳き童子の矢も短かったぞ。弓矢はある程度の熟練を必要とする武器だ。矢で射殺してから密室にしたかもしれないと云っていたが、いきなり使用してそんな簡単に命中させる事が出来るだろうか?」


「いえ、ボウガンなどを使ったかもしれませんよ。ボウガンの矢も確か短い物だったし……」


「でも見てみろ、あの矢の矢羽は鳥の羽が三枚羽で使われているぞ、確かボウガンはプラスチックか何かの羽じゃなかったか?」


「仮に矢羽が羽でもボウガンで放つ事も出来るのではないでしょうか?」


「まあ、難しいかもしれないが、可能か不可能かで考えると、確かに可能そうに感じるが……」


 横たわる村上氏の遺体をジッと見詰めていた私はある事に気が付いた。


「あの、中岡さん。この布団の敷いてある位置なのですが、床の間に足を向けていますよね、普通は床の間に頭を向けて寝るものじゃなかったでしたっけ?」


 私は違和感を覚え質問してみる。


「通常は頭を向けるが、そんなことを気にしない人は足を向けたり、横向きででも寝ている事も多い。北枕などの関係でその向きで寝ていたのかもしれないぞ」


「なるほど、そういう場合もある訳ですか……」


 そのままその周囲を観察し続けると、村上氏の掛け布団は反捲り状態で折り重なっていた。布団上には普通に寝ているのと同じ状態で、村上氏の遺体が寝転がり、その胸や腹には矢が三本突き刺さっている。


 現代では余り見かける事の無いであろう矢で射殺された状態だ。身震いが起こるような光景だった。


「私達が泊めてもらった部屋と構造は良く似ていますね」


 床の間から天井に掛けて眺めながら私は呟いた。


「そうだな、この部屋の方が随分広いが……」


 部屋は私が宿泊させてもらった書院造りと同様の物で、それを広く豪華にした感だった。窓は格子が嵌め込まれた小さな物があるが出入りできる代物ではなかった。


 ふと上の方を見ると、村上氏の寝ている真上には竹で編んだ和照明が備え付けられていた。その照明からは紐が垂れているので、その照明は電気式の物を採用しているのかもしれない。


「僕としては、密室の中であの弓曳き童子が動き出し、村上氏を射殺したのではないかと思うのだよ。確か弓曳き童子の動力の根幹となるのは人形の下部の箱の部分になっているんだ。今回の場合だとあの黒い葛篭がそれに当たるが……」


 中岡編集が身を屈め、葛篭の下側を覗き込む。


「葛篭の下に短い足が四つあるのだけど、それ以外に木で出来た取っ手のような部分が見えるぞ。後でちゃんと細かく知らべてみなければ解らないが、その取っ手はゼンマイを巻く為の物か装置を始動させるためのスイッチになるのじゃないかな? ただ僕の知っている弓曳き童子の機巧と同じ機巧なら、時限装置のような機巧は無かった筈ではあるが……」


「そんな取っ手が見えるのですか?」


「ああ、それらしきものが見えるぞ」


 そんな答弁を続けていると、源次郎に引き連れられ、蒼白な顔をしながら、妻の初、娘の飛鳥が部屋に入り込んできた。


「ひっ!」


 妻の初は、村上氏のあまりの惨状、そして形相に叫び声を上げた。


 娘の飛鳥は只々手で口元を抑えながら強張った顔で父の遺体を見つめていた。


「お、お父様? ……ど、どうして、こんな事に……」


 その飛鳥が消えそうな声で、誰へという訳ではなく質問した。


「い、いえ、何と申しますか、私達が部屋を開けたら、もうこのような惨状になっていたのです……」


 源次郎が緊張した顔で説明をした。


「ああ……そ、そんな…… そんな……」


 妻の初は頭を両手で抱え込みながら力なく膝を付いた。


 そんな最中、年配の女中に引き連れられ男が部屋に入ってきた。


 瞬間、私はその男の顔をみてぎょっとした。その男は白い作務衣のような服を着て、日本手ぬぐいで頭を包み込んでいるのだが、その顔の左側に額から頬に掛けて赤黒い痣があった。


 また右目の上も縫ったような跡があり重そうな瞼をしている。傷と火傷跡を日本手ぬぐいで目立たないように隠しているようだが、それでも目を引かずにはいられない。恐らく彼が料理番なのだろう。


 その料理番に、年配の女中が村上氏の遺体に視線を送りながら、何かを説明していた。その男は余り表情の変化を見せずに、小さく頷いたり、顔を横に振ったりしていた。


「……こんな時は一体どうしたら良いのでしょう?」


 妻の初が呆けたような顔をしながら源次郎に問い掛けた。

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