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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第一章       ● 其ノ三 備後水軍城殺人事件
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再現された島城  漆

 その後、私達は海水を引き上げ濾過して蒸留水を作る装置など、色々な城の仕掛けなどを見学させてもらった。そして夕刻、私達は夕食まで馳走して頂く事に……。


 見学後に、そのまま村上氏に連れられ御殿部分の大広間まで赴くと、既に膳が用意されており、そこには藤色の着物を身に纏った先程妻だという説明を受けた女性、御殿の廊下部ですれ違った紺色の着物を着た呉羽という名前の妹、そして十七、八歳と思わしき切れ長の目をした女性が座っていた。


 その切れ長の目をした女性は、頭頂部で結んだ髪の先を丸く二つの輪に分け、なにやら稚児髷を思わせる髪型をしている。 


 村上氏は歩き進み、その女性達が居並ぶ奥に座する。


 その向かいに席が設けられている部分が私達の場所らしく、配膳をしている女中風な使用人に促され、そこに座る事になった。


 食事は懐石料理のような感じだった。海が近い為なのか、美味しそうな鯛の刺身などが並んでいる。先程の女中より更に年配の女中が中岡編集と私の席に酒を注ぎに来た。私達は杯にそれを頂く。


「さて、一応紹介しておきましょう。これは私の娘で飛鳥と申します」


 村上氏が十七、八歳と思わしき切れ長の目をした女性を紹介する。その女性は静々と手を畳に添え頭を下げた。


「飛鳥よ、紹介しておこう、こちらは我が城を見学したいと言って来られた出版社の編集の中岡さんと、小説家の坂本さんだ。なんでも坂本さんは容姿が坂本龍馬に似ていると云う事からペンネームを坂本龍馬子と名乗られているそうな」


 洩らさず説明しやがった。


 云われたくない説明を聞き私は表情を曇らせる。


「ふっ、ふふははははは、ほら、目を細めた表情が本当に似ているんだよ。なあ飛鳥、見てごらん、似ていると思わないか?」


 おい、また始まったぞ。いい加減にしないか!


「……わ、私は坂本龍馬という御仁を良く知りませんので似ていらっしゃるのか、似ていらっしゃらないのか良く解りませんが……」


 飛鳥という娘は笑うこともなく首を横に振った。いい、それでいい。誘いに乗っちゃ駄目だ。


 しかしながら爺め許せん! 最早許すことは出来ない。ここまでコケにされ続けて許せる人間などいるだろうか? 私は菩薩ではないんだぞ! もう怒鳴りつけてやる。


 肩を震わせ爆発寸前の私に何処からともなく声が聞こえてきた。


「怒っては駄目だ……」


 私は横を見た。中岡編集は俯いている。私に話しかけている風ではない。


「怒っては駄目だ……」


 また聞こえた。中岡編集は俯いた姿勢ながら目で私を見ていた。どうやら村上氏や他の人には聞こえないように私に話し掛けているようだった。しかしながら腹話術士のような器用な技だ……。


「……な、中岡さん、私もう我慢する事ができません。こんなに侮辱されたの初めてですよ!」


 私も俯き小声で苦言を呈す。私の場合は僅かながら唇が動いている事だろう。


「……解る。とても良く解る。だが我慢するんだ。我々はお邪魔している身だ。それにこんなに豪勢な料理を振舞われているんだ。怒ってしまっては何もかもぶち壊しになってしまう。お願いだ我慢をしてくれ、頼む……」


「そうは云っても、もう限界ですよ……」


 私は呟く。


「……ならは、良い事を教えよう」


「良い事?」


 私は小声で聞き返す。


「……ああ、困った時のおまじない、いや違った。怒った時の気持ちの静め方だ」


「怒った時の気持ちの静め方ですか……」


「ああ、僕のお婆ちゃん、中岡とめ子が教えてくれた方法なのだ」


 小声ながら自信が篭もった云い方だった。


「どんな方法ですか?」


「それは呼吸法なのだが、ひーひーふうーと息を吐き出すのだよ」


「えっ? そ、それってラマーズ法じゃないですか!」


 私は小声で苦言を云う。


「ラマーズ法? なんだねそれは? これはそんな物じゃない古くから伝わる怒った時に気持ちを静める呼吸法だ」


「いえいえ、違いますよ、外国から伝わったお産の時に痛みを緩和させる呼吸法ですって、確かラマーズさんが……」


「いや違う。これは日本古来の怒った時の気持ちの静め方だ。とにかくやってみたまえ!」


 小声ながら強い断定口調で言い切る。


 ……まったく……中岡編集のお婆ちゃんめ、孫に誤情報を教えるなよ……。


 私は大きく息を吐いた。


 まあ、確かに怒って揉めても簡単には帰れなそうもない……。


「……解りました。解りましたよ、我慢しますよ。中岡編集の顔を立てて我慢しますよ」


「おお、そうか、それは良かった。それではくれぐれも怒らずに頼むよ」


 中岡編集は私の声を聞き、喜色を浮かべながら顔を上げた。


「さて、では中岡君飲んでくれたまえ」


 村上氏は気分が良さそうに自分の杯を上に上げていた。中岡編集も杯を上げ、頭を下げながら返事をする。


「頂きます」


「では龍馬子君もどんどん飲んでくれたまえ」


 こいつ! まだ云うのか!


「……え、ええ、恐れ入ります。ご馳走になります……」


 陣痛も心の痛みも痛みは痛みだ。少しは効果があるだろう。


 ……ひーひーふうー。ひーひーふうー。


 私は息を吐きながら怒りを緩和する努力を続けた。そして私は心の中で呟いた。


 嗚呼、神様、あの爺に小さな罰でも良いですから何か罰をお与えくださいませ、と。

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