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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第一章       ● 其ノ三 備後水軍城殺人事件
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再現された島城  伍

「さて、君は中岡さんでしたね、そして、こちらは坂本さん……」


 村上氏と思われる初老の男性が確認するように聞いてくる。


「は、はい、左様でございます。僕は中岡慎一です。一応出版社の編集をしております。それで、こっちは、僕が面倒を見ている新人作家の坂本龍馬子です……」


 おい、龍馬子って紹介は……。


「龍馬子?」


 初老の男性が訝しげに聞いてくる。


「あっ、しまった! 本名は亮子なんですが、顔貌が龍馬に似ているのでペンネームを僕が龍馬子と名付けたんで……」


 中岡編集は言い訳がましく云った。しかしながら私が云って欲しくない事を全部ぶちまけやがった。


「ふっ」


 初老の男性から変な声が聞こえた。


「ふっ?」


「ふあはははははははははははっ! これは面白い! 坂本龍馬に似ているから龍馬子!」


 突然、初老の男性が堰を切ったように笑い出した。


「龍馬子、龍馬子…… 龍馬に似ている女性作家だから龍馬子……」


 そして私の顔をまじまじと見る。


「ぶっ、龍馬子……」


 また笑い出した。いいかげんにしろ爺め! 私は歯を喰いしばる。


 横では藤色の着物の女性がハンカチを口に当て笑いを堪えている。しかし見える目は涙目ながら笑っているようにしか見えなかった。失礼すぎるだろ!


 私は周囲の失礼極まりない嘲笑に晒され憮然とし続ける。しかし押し掛けて来ている身であるから怒るに怒れない。


「あはははは、龍馬子か……。いやあ似ている。その仏長面が更に良く似ている」


 余計なお世話だ。


 私はこの時初めて犬神佐清の気持ちが解った気がした。ああ、私も覆面が被りたい。


「いやいや、中岡君、君はセンスがあるなぁ」


「いえいえそれほどでも」


 中岡編集は頭を掻きながら謙遜する。謙遜するな馬鹿者め!


「いや、笑った笑った……」


 ようやく笑いのつぼも収まってきたのか、初老の男性は少しずつ元の物静かな様子に戻っていった。


「さてと、中岡君、我が城を見学したいという事だったが、ここまで登ってくる間にも色々見所はあったと思うが、どう感じられたかな?」


「はっ、ははっ、結構なお手前でございました……」


 中岡編集の答えに初老の男性は軽く笑ってから質問を繰り返した。


「具体的にどう結構だと思われたのかな?」


「は、はい、まず、この瀬戸内海の島に島城を再現されたのも見事だと思いましたし、船着場の石垣、城の土台として配された石垣、接岸されていた安宅船、渡櫓型の櫓門、古き望楼型を再現した天守閣、入母屋破風、唐破風、そして極め付きはからくり師に依頼して作らせたという昇降機、そしてこの金の茶室、茶運び人形、どれをとっても大変見事でございます」


 そういったお礼言上は中岡編集の得意とする所だった。相手が喜びそうな部分をここぞとばかりに褒め称える。


「ほう、中々物を知っているようだな、安宅船にまで目を付けるとは…… 君は出版社の編集者をしていると云っていたが、編集の為の教養として持っているのかな」


「ええ、まあそんな所です」


 中岡編集は頭を掻きながら答えた。


「面白いな、作家のペンネームの付け方からして君は面白い。私は君を気に入ったよ。そうしたら、私が直接この城の中を案内致そう」


 自分が凝って作り上げた城を褒められて気を良くしたのか、初老の男性はそんな事まで云い出した。


「それは、それは、有難いです。是非に」


 中岡編集は再び深く頭を下げる。


「ならば、はじめに此方へいらっしゃい」


 初老の男性は立ち上がりベランダのような高欄部分に私達を誘った。高欄部分には藁で編んで作られた雪駄が用意されて居り、それを履いて外へ出る。


「どうだね、この景色は? この景色もこの城の見所の一つだ。嘗て戦国期には、この地でも激しい海戦が繰り広げられたと聞く、それを思い馳せながらこの景色を見るととても感慨深いものがあるだろう」


 初老の男性は、高欄の手摺りに手を掛けながら呟いた。


 そこから見える景色は確かに素晴らしかった。鳶が大きく輪を掻きながら滑空し、連なるような島々が幻想的な風景を作り上げている。


「ええ、とても素晴らしい景色です」


 中岡編集は頷き答えた。私は先程の嘲笑の事を引きずり、憮然としたまま中岡編集の横に付き添っている。


 下を見ると城郭の見事な屋根が見えた。上から見る入母屋破風や唐破風はまるで鳥が羽を広げたようだった。


 ふと二層下辺りの部分に、石落としより更に突き出たような形状の破風部屋があるのが目に入ってきた。その下には何もなく、随分引っ込んだ位置に反り返る石垣、更にその下には切り立つ崖が続いている。


「あれ、あの突き出た部分は何ですか? 今まで色々な城郭を見てきましたがあのような形状になっている石落としは見たことがないのですが」


 中岡編集もその事に気が付いたらしく徐に質問した。その質問を聞いた初老の男性はニヤッと笑った。


「ならば、あの部屋まで行ってみますか?」


「え、ええ」


 中岡編集は戸惑いながら返事をする。


 そうして、私達は初老の男性に引き連れられ、嫁だか娘だか解らない藤色の着物を纏った女性を一人残し部屋を出た。そして廊下部から階段を下っていく。


 三層構造の天守閣の上から二層目には質の良さそうな書院造の部屋が二つ設けられていた。そんな二層部分を横目に、更に下層へ下っていく。三層部分は外周を取り囲むような廊下と中央に道場のような板張りの部屋があった。


「あそこが、先程上から見えた場所だよ」


 教えられた場所をみると、そこには三枚の戸が並べて配されていた。


「ま、まさか」


「開けて確認してみるといい」


 中岡編集は一番右側の戸をゆっくり開いた。


 すると中は一畳程の部屋で奥に格子状の窓が設けられていた。そして真ん中には、ぽっかり穴が開いている。そう和式の厠になっていたのだ。


 私も興味深く思い、近づいて開いた穴を覗きみる。すると深い穴の底が抜けていて下に海面が拝めた。


「こ、これは凄い、斬新です。こちらのお城は古きものを再築しただけではなく、古き良き印象を壊さないように色々工夫されているのですね。いやいや感服致しました」


 中岡編集が驚嘆ひとしおに軽く頭を下げながら云った。


「ふふふ、折角再築したのだ。古き面影を大事にしたいと思ってね、ただそのままだと不便過ぎるので、印象を崩さないように便利さを追求したところ、からくりを多く使うことになってしまったのだよ」


 そこまで聞き、中岡編集は更に質問する。


「ということは、もしかして、この島では電気は一切使われていないのですか?」


「いや、電気が全くないのは流石に不便だ。電気は少し使っているよ」


「でも、どうやって電気を作り出して?」


 確か、この城に来る際に見た限りでは海の上には電線の類など当然無かった。


「ふふふ、知りたいかね、では着いてきなさい。その秘密もお見せしよう」


 初老の男性はまた軽く笑いながら促してきた。

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