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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第一章       ● 其ノ三 備後水軍城殺人事件
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再現された島城  壱

 島と島が折り重なり、まるで大河のような景観をした海だった。遠くの島は薄灰色、近いものは色を取り戻し、僅かに茶や緑の色が見て取れる。


 私は今、小さな漁船で尾道から瀬戸内海に浮かぶある島を目指していた。瀬戸内海には数多くの島嶼があり、私の乗る船の上からも海の上に突き出た山頂のような島々が尽きることなく見えてくる。


 この辺りは瀬戸内海の中でも備後灘辺りに属し、戦国時代の頃には、水軍で有名な村上氏の本拠地になった場所だ。まあ水軍といっても実際は海賊のような存在なのだが、織田信長の中国攻めの際、織田水軍と激しい戦いを繰り広げた事により、歴史にその名を知らしめるようになったのだ。


 その後の村上氏は豊臣秀吉に取り入り大名になった者も居れば、毛利氏の家臣に収まった者も居るのだが、豊臣秀吉の海賊停止令や、関ヶ原の戦いの際に西軍に付き所領を瀬戸内海から大分県の方へと変えられ海から遠ざけられた事などにより、村上水軍としての存在は、歴史の移り変わりと共に歴史の舞台からは消えていってしまった……。


「おいおい、龍馬子君、何を遠い目をして佇んでいるんだ。おお、そうか、いろは丸に乗っている龍馬を気取っているのか…… いいぞ、いいぞ、凄く雰囲気は多分に出ているぞ!」


「な、何がいろは丸に乗っている坂本龍馬ですか! んな訳ないでしょう!  それに何度も何度も口が酸っぱく程に龍馬だとか、龍馬子だとか云うなって云ってるでしょうに!」


 私は少し後ろに立っている固太りの男を睨みながら声を荒げる。


 云い返した私を見ながらその男はふーっと息を吐いた。


「君…… 君ねえ、段々言葉使いが悪くなってきたね、しかしだ、しかしだよ、僕は君より年上だし君より目上の人間に値するんだからもう少し言葉遣いには気を付けなければいけないなあ」


「だ、か、ら、中岡編集が私に対して失礼な事を云うからでしょう! 失礼な事や私の嫌がる事を云わなければ言葉使いが荒れたりしませんよ!」


「……」


固太りの中岡編集は憮然とした表情を浮かべる。


「……いいかげん慣れれば良いのに……」


 ぼそりと何かが聞こえてきた。


「何か云いましたか?」


「いや、何でもないよ、気のせいだよ」


 気のせいじゃないだろう。ちゃんと聞こえたぞ!

 

 ――実は私は小説家である。そして私に失礼な事を云った固太りの男は中岡慎一と云って出版社の編集である。更に云うと私付きの担当編集なのである。


 私が小説家デビューの切欠となった推理小説の公募に小説を送り、その小説が受賞する運びとなって、出版社の編集と会うことになった。その会うことになった編集が中岡慎一だったのだ。  


 その初対面の場で私は失礼な事を云われてしまった。それは、君は坂本龍馬に似ているね。という言葉だった。そして、そして、あろう事か私のペンネームを坂本龍馬子という失礼極まりない名前に強引に決めてしまったのだ。正直、許せん蛮行だ。きーっと叫びたい位頭に来ている。


 しかし嫌ではあるもののデビュー前の新人であった私には逆らう力もなくそのペンネームを甘んじて受けるしかなかったのである。なので未だに私のペンネームは坂本龍馬子のままななのだ。恥ずかしいペンネームだ……。


「さてと、いろは丸は置いて於いて、今回我々が向かっている取材先の説明をしておこうと思う」


「いろは丸!」


 私はキッと睨む。


「いや、何でもない。それで我々が何処へ向かっているかと云うとだな、村上水軍の本拠地となった島城を再現して作ったという不思議な建造物なのだ。どうだ面白そうだろ?」


「ええ、確かに凄く面白そうですね、しかしながらよくそういった取材先を探して来ますね、その辺りは流石というか何というか……」


「ふふふ、そうだろう君にぴったりの取材先だと思ってね、少し前から目を付けていたんだよ」


 中岡編集は気味の悪い笑いを浮かべる。


「しかし、現代に於いてそんな島城を作るなんで、相当な財力ですよね?」


「なんでも、その建造物は、昭和の高度経済成長の波に乗り、瀬戸内、四国、九州地区を就航する観光フェリー会社を立ち上げた村上道正なる人物が、瀬戸内海の小島に建てた代物だと云う事だ。その村上道正なる人物は、村上水軍の名にもなっている村上氏の子孫との事で、汽船事業に成功したので、自分の先祖の住んだ地に移り住み、島を買い、城を築きたいと考え、その建造物を作り上げたらしい」


「へ~っ、故郷に錦を飾るというか何というか、時代を超えて錦を飾った訳ですね。凄いですね……」


「まあね、確かに凄いね。そうそう出来る事じゃない。それで僕は村上道正氏に手紙を書き、その不思議な私邸に訪問させてもらう事になったのだよ」


 海の香りを感じながら、峡江のような海を進んでいくと、漁船の船長が船室から顔を出し私達に声を掛けてきた。


「もうすぐ、到着するけえのう、城が見えなさるじゃろて」


 私はその声を聞いて船の舳先に視線を送った。


 すると島と島の間ながら少しだけ視界が開け、私の眼前に、海に浮かぶ城が見えてきた。


「うわっ、あれですね、見えてきた。す、すごい!」


 その景観は、正直今まで私が見てきたものに同様の物が無いのでなんと形容したら良いか解らない。海の上に石垣が築かれ、その上に立派な天守閣が乗っているのである。さながら水攻めで島のようになってしまった備中高松城とでも言った様相だ。


「ふふふ、凄いだろ」


 中岡編集は我が事のように自慢げに云った。


 島の大きさは、中規模城郭並といった感じで、天守閣を要する部分は、聳え立つ崖の延長がそのまま石垣になっていた。私の心には止め処ない興奮が湧き上がってくる。


 船はゆっくりと城の一番低くなっている方へ向かっていった。と云うのも島に向かって右側に位置する天守閣の下辺りには、船を止める事が出来そうな場所は皆無に等しいからだ。島は向かって左側へと穏やかな傾斜になっていて、その下付近が岸になっていて船着き場が設けられている。

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