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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第九章
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告白  弐

 そして、良寛は少し躊躇いをみせながらも言葉を繋いだ。


「……実の所を申しますと、その者というのは私の父でございました。大華厳宗の門徒となる以前に私の母と契ったと聞いています。母は男が去った後に妊娠に気付き私を出産しました。しかし私の母は体が弱かったらしく、その後戦後の不安定な国情もあり、私が三歳の時に亡くなってしまいました。私は母の実家で育ったのですが、やはり自分の父親の存在が気になり、十六歳の時に仏門に入るという名目で母の実家を出て、ここ上州の大華厳寺にやってきたのです」


 話している良寛の表情が少し歪んだ。


「でも私は自分が、息子だと名乗るつもりはありませんでした。ただ十年や二十年が過ぎ、何かの機会があれば告白する事もあるかもしれないな、などと考えた事は無くはありませんでしたが……」


 苛立ちや怒りの為なのか良寛の顔が次第に紅潮していく。


「しかし…… この上州の大華厳寺に赴き、和尚であり、父である筈の良弁和尚に会った際に驚きました。私の父にしては年齢が随分高く、顔貌に関しても全く私と似た所が全くありませんでした。まあ顔だけなら似てないという事も無いわけではありませんが、肩幅や体付きに関しても、私と違って細く貧相で、とても自分の父親とは思えなかったのです」


 私は亡くなった良弁大僧都を思い浮かべ、目の前にいる良寛と比べてみた。確かに二人には似た所がなかった。


「私はおかしいなと思い、修行をしながらその辺りの事を調査しはじめました。昔の事でもありますし、情報を得るのに苦労しましたが、幾つかの檀家や出資者の人間にそれとなく話を聞いたりしているうちに、徐々にどういうことかが明らかになっていきました」


 更に良寛の声に感情の色が強くなってきた。


「そこで解った事は…… この寺は昔はもっと質素な寺だったという事、和尚は昔は大僧都などとは名乗っていなかったという事、良弁という法名は初代の和尚から引き継いだ名前だという事、そして初代の良弁和尚はもう亡くなってしまっているという事でした……」


 良寛は唇を噛んだ。


「それとなく良弁大僧都と話をしながら聞き出していった事によると、今から十年ほど前に前和尚が亡くなったという事、その死因は即身仏になると云っていたという事がでした。私は即身仏になったと聞き、そんな姿でも見たいと思い、修行の合間にこの寺の敷地内をさがしてみたのですが、そのようなものは見つかりませんでした。その後、話の際に前和尚の話を聞いていったところ、どうにも確執めいた事や、即身仏になった後の遺体を火葬した等の説明があり、どうにも歯切れが悪く、周りの話の様子や、話の端々に処分だとか、故死したとか、驚くことに、死に至らしめたなどの言葉が度々出てきました。更に、質問を重ねた際、肯定とも取れる返事をしたのを聞いて、前和尚である良弁は現和尚である良弁に殺害され、取って変られた事を確信しました……」


 良寛はふーっと大きく息を吐いた。


「そして…… そして、私は亡き良弁の仇を討つべく今回の事を行ったと云う訳です……」


 横にいる良基は、寺の成り立ちや、そのような事実があったという事を知ってか知らずか、複雑な表情を浮かべつつ顔を小さく横に振っていた。


 寂抄尼は少しは事情を知っていたのか青い顔で俯いていた。法観はまだ若いのもあり、どうして良いのか解らないといった顔をしている。


「……そんな所で、私の説明は終わりですかね……」


 良寛は頭を下げた。


 哀しい出来事だった。


 面白い調査対象があると中岡編集に引き連れられ、態々この寺に宿坊体験にやってきたものの、その寺の成り立ちや、その寺に纏わる深い因縁を知り、そしてそれに伴う復讐劇を目撃して、今はやりきれない複雑な心境が私の心の中に広がっている。


「良寛さん、ご説明有り難うございました……」


 私は礼を云った。


 そして、そのまま視線を土方警部に向ける。土方警部はハッと気が付いたような顔を私に向けた。


「それでは、土方警部、私の説明も以上で終了となります……」


「あっ、ああ……」


 私は土方警部にそう声を掛けた後、正面に向き直り僧達、宿坊体験者達、後ろに並ぶ警察関係者達に頭を下げた。


「皆様、ご清聴有り難うございました……」


 皆は事件が事件だけに緊張した面持ちで小さく頭を上下させる。私はそのまま皆の正面から外れて土方警部の傍まで赴いた。


 土方警部はばつが悪そうというか何ともいえない複雑な表情をしながら私を見詰める。そして妙な笑顔を見せてから、私が先程立っていた場所に向かって行った。


「えーっ、坂本さん、とても参考になるお話を有り難うございました。誰がどのような犯行をしたのかまでお話頂きまして、とても参考になりました……」


 皆の正面まで出ると、土方警部が何か吹っ切れたような、開き直ったような感じで話し始めた。


「というか、坂本さんに事件の全容全ての解明して頂きましたので、事件はこれにて解決と相成りました。どうもご協力有り難うございました。我々も今後、洞察力を磨き、このようにスムーズに事件を解決出来るように精進していきたいと思います」


 そして、ちょっと自虐的な物言いまでしてくる。


 土方警部の開き直ったかのような説明に警察関係の人々は納得気味に頷いた。


 土方警部は良寛の方へゆっくり視線を向けた。


「それでは良寛さん、署までご同行を願います……」


 土方警部の問い掛けに良寛は小さな声で返事をした。


「はい、解っています……」


 そうして良寛は立ち上がり、神妙な表情を浮かべながら、永倉刑事や後ろから回り込んできた刑事に連れられ廊下を外へ向かって歩いて行った。


 良寛が出て行ってしばらくしてから土方警部が再び口を開いた。


「それでは、事件の全容も見えてきたので、事件に関わりの薄い方々はもう以上でご自由にして頂いて結構です。まあ警察から証言を求める事もあるかと思いますが、その時はご協力願えればと思います」


 土方警部の声を受けて、余り関係の無さそうな武藤京子と大谷正志、そして石田老人が躊躇いがちに席を立つ、そして後ろの戸の付近に立つ刑事に何かを質問してから部屋を出て行った。


 僧達はどうして良いのか解らないといった顔で只々席の最前列に座り続けていた。


「……これで終わりましたね。じゃあ私達も外へ出ましょうか」


 私と中岡編集が部屋から出ようと戸の方に体を向けると、土方警部から声が掛かった。


「坂本さんと中岡さんちょっと宜しいですか?」


「えっ? は、はい」


 私は答える。


「少しお話をしたいのですが良いですか?」


 一体、な、何だよ。


「え、ええ」


 私は戸惑いながら返事をする。


 そうして、私と中岡編集は土方警部に引き連れられ、開山堂の外へと出た。


 眼前にはあの凄惨な事件が起こった大仏殿がそんな事が起こったとは感じさせず、ゆったりとした姿を見せていた。


「坂本さん、ご説明の方有り難うございました。そして貴方に対して失礼な態度をとってしまって申し訳ありませんでしたね」


 土方警部は私には視線は向けず大仏殿の方を見ながら話し始める。


「いえ、それほど気にしてませんから……」


 私も同じように大仏殿を見ながら答えた。なにか目を合わせづらいものがある。


「ただね、ご協力を頂いて真に感謝しているのですが、一つだけ坂本さんに忠告があります」


「えっ?」


 私は引っ掛かりを覚えつつ応えた。


「今回は、たまたま上手くいきましたが、上手くいかないことも往々にして考えられます。その場合は捜査妨害になりかねません。なので、やはり出しゃばり過ぎない方が身の為かと思いましてね、ああいう場合は見当違いの場合もありますから、我々警察にこっそり伝えてもらった方が理想でした……」


「なっ、何言ってるんですか、私がそうしようとしたら拒絶したのはそちらじゃないですか!」


 私は土方警部に顔を向け憤り抗議の声を上げる。


「まあまあ、私ではなく警官や沖田刑事、鑑識などにそれとなく伝えて貰うのが理想でした…… まあ今回はいずれにしても真に感謝しておりますよ」


 土方警部が前を見たまま薄く笑った。なんてムカつく男だ。


 横で中岡編集がもう堪らないといった顔で口を開く。


「あ、あいや、ち、ちょっと待たれよ、この勝負は新撰組ではなく我等が土佐藩の勝利であろう。参りましたの一言が抜けておるぞ」


 おい、また始まったぞ。抗議の声は良いけど、土佐だとか新撰組だとかは揉めるから止めてくれ。


「勝負? 私は勝負など受けた覚えはないぞ、なぜ参りましたと云わねばならんのだ? それに新撰組は負ける事などない。新撰組は負けない。そもそも勝負など受けていないからだ」


 土方警部が剥きになって云い返す。


「負け惜しみだ。水面下で勝負を受けていたじゃないか!」


 中岡編集が失礼にも指を向ける。その水面下って何だよ。


「ち、ちがう受けてなどいない。なので参ってもいないのだ」


「嘘を付け、受けて負けたじゃないか、参りましたと云え」


 中岡編集は大人気なく叫んだ。


「云わぬ。負けてもおらぬ。省みぬ」


 土方警部は喰いしばりながら云った。


「認めろ、参っただろ。土佐の坂本龍馬子に参ったろ」


「そんなデカい女に参ってなどおらぬわ」


 デ、デカい女は余計だぞ! 


 どうにもこの男は最後まで素直になれないらしい。しかしながら二人とも子供かよ。


「な、中岡さん、もういいです終わりにしてください、もう帰りましょうよ……」


 私は呆れ気味に促した。


 そんな私に土方警部が不敵な笑いを浮かべながら声を掛けてくる。


「いやいや、それでなのですが坂本さんと中岡さんには、もう少しご協力を願いたいので、まだお帰りには成らないで下さいね」


「えっ、まだ私達は帰れないのですか?」


 私は驚き聞き返す。


「困った事に、我々では解らない部分がまだまだありますからね…… いやいや困った困った……」


 瞬間、土方警部は厳しい顔で私を見る。


「まだまだ帰さんぞ! ここまで介入してきたからには、悔しいから最後まで働かせるわ!」


 酷い、逆恨みじゃないか。


 結局、私達が解放して貰えたのは、それから三時間後だった。私と中岡編集は随分暗くなってから、再び南大門を潜り抜け、玉砂利を踏みしめながらのそのそと歩いていく。


「う~っ、こんなに遅くまで拘束するなんて、土方め、なんて奴だ」


 中岡編集が腹立たしげに云った。


「まだ列車って走っているんですかね?」


「知らんわ。それよりあの嫌味な男の様子はよく覚えておけよ、小説に登場させるからな」


「え、ええ、解りましたよ……」


 私は頬を掻きながら答えた。



 しかしながら、思いもよらず取材先に赴いた所で奇妙な事件に遭遇してしまった。


 何なのだろう一体。呪われでもしているのだろうか……。


 とはいえ、巨大な大仏を見る事が出来たり、古い仏教に伴う色々な知識を得る事が出来たのはいい経験だったと思う。


 日本はやはり広い、まだまだ私の知らない不思議な場所や不思議な事が沢山ある。今回の事に懲りる事無くまた取材をしよう、そして小説の題材を求める旅に出よう。


 さてさて、今度は一体どこに行くのだろうか……。        


 私は暗いが故に美しく上空に煌めいて見える星を眺めながら坂道を歩き進んで行った。





                    了



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