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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第八章
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事件の解説  参

 私は大きく息を吐き出してから言葉を繋げる。


「そのある方法というのは、事件現場が、屋内の高さが三十メートル近くある大仏殿であること、法具の一つである金剛杵を柄にした鈷剣が飾られていたこと、巨大な大仏を飾ってあるが故にお身拭いという伝統的な掃除方法が成されていたこと等々、この大仏殿ならでは、いえこの大仏殿以外の場所では実現不可能なものでありました」


 私はそう説明しながら小さく息を吐いた。


「えーと、私は数学が苦手なのですが、確か三平方の定理というのを使えばスムーズに説明出来るのではないかと思います」


「さ、三平方の定理ですか?」


 武藤京子が驚いた顔で聞き返してきた。


「まあ、その三平方の定理だと、私が上手く説明出来ないかもしれないので、私なりに簡単に説明させていただこうかと思います」


 私は頭を掻いた。


「それで、まずですが、今回良弁大僧都の乗った駕籠の位置は下に飾られている鈷剣の真上にセットされていました。駕籠はロープで天井に引っ掛けられていて、そのロープは天井を介した後に、大仏と北西隅にある四天王像の丁度真中辺りにある大柱に結び付けられていました」


 良基が頷く。


「ただ今回の所業を行うに至って、それを行った人間はそこに一工夫を仕込みました。実に簡単な工夫なのですが、云われてみなければ気付きにくい仕掛けとも云えます」


 私は皆を見つめた。


「それは、天井と柱を結ぶロープの中間地点を、外側……つまり窓側にぐっと引っ張り、建物の側面、四天王像の横に採光用の縦格子が嵌まった窓があるのですが、その格子状の窓の縦格子とロープを靴紐のような紐で纏めて結び付けておくという一工夫です」


「なっ」


 私の説明に横にいた沖田刑事が短い声を上げた。そして鑑識の近藤勇の細い目が僅かに見開かれる。


 他の警察関係の人間の表情もハッという感じ、前に並ぶ僧達、二列目の武藤京子や大谷正志も僅かな驚きの表情を浮かべている。


 ふと気付くと警察関係の人間の表情が緊張し蒼白になっていくのが見えた。その視線は私の左横に向けられていた。私が僅かに顔を傾け横目でみると、唇を僅かに噛み、目を見開き正面の一点を見つめる土方警部の姿があった。


「……鈷剣の立っている場所から、結び付けられていた柱まで距離はおよそ十メートル、その柱から外側に位置する格子窓までの距離はおおよそ八メートルです。ロープを一度外側の窓まで引いていくと底辺部分だけでも八メートルは長くなりまして、更に天井から柱までのロープの長さが、天井から窓までになりますから、角度が少し緩くなりつつも七メートル程はゆうに長くなります。その合計十五メートル程長くなったロープの先に駕籠を結びつけ、良弁大僧都をうつ伏せに乗せ、天井からゆっくり下ろし、天井すぐ下一メートル程にぶら下げておくという訳です」


 そこまで説明すれば、もう大抵の人間がどうすればあの光景が再現されるかが解る筈だった。しかし私は最後まで説明をし続ける。


「……ロープは天井の格子に結び付けられている訳ではなく引っ掛かっているだけです。それは掃除の際に上下に動かせるようにする為なのですが、そのような状態にまで至っていれば、後は大仏殿の外側から、縦格子とロープを重ねて結んでいた紐の一部を内側に落とさないように手で持ち、鋏を差込み、紐を切断すれば、良弁大僧都の重みで一気に十五メートルの長さ分下へと落ち、鈷剣の真上に腹から突き刺さってしまう事になるのです」


 私の説明に皆は小さく頷いた。それは手前の僧や宿坊体験者のみならず警察関係者の中の数人も僅かながら頷いていた。


「……となりますと、私達の宿泊していた戒檀堂も、僧達が寝泊りしているという勧進所も大仏殿からは百メートル若しくは百五十メートル程しか離れていません、夜中に小走りで赴き、四天王像の横、大仏殿の側面前方まで来たら、鋏で紐を切り、再び小走りで戻れば三分程も掛からず所業を完結させる事が出来る事になるのです……」


 私は一度呼吸を整える為に大きく息を吐いた。そして、手前側に座る僧達、宿坊体験者達に顔を向けた。


「一連の作業を全部真夜中に一気に行なおうと致しますと、大きくて面倒な大仏殿の正面扉を開けたり閉じたりする必要もありますし、閉じた後に態々大仏殿の側面に廻り込み鋏で紐を切断しなければなりませんから、一時間以上の時間が必要になってくると思われます。しかし、夕方と真夜中の二度に分けて行なえば、夕方の大仏殿は元々開いている状態でしたから、必要な準備におおよそ四十分と、実行時におおよそ五分程で可能になってくるという訳です」


 私の解説に皆は納得気味の表情を見せていた。


「さて、そうなりますと、実現不可能だと思われていた所業が、ある程度の人達には実現可能な状態になってまいります。トイレにでも行くといって抜け出せば簡単に可能になってしまうからです」


 私は改めて手前側にいる僧達と宿坊体験者へと視線を向けた。


「ただ、あのような仕掛けを施すとなりますと、良弁大僧都に深く深く眠っていてもらう必要があります。良弁大僧都の行動を追ってみますと、四時までは我々に対する読経及び説法を行っていました」


 大谷正志が頷く。


「その後、すぐ居所である法華堂に戻られたと聞いておりますから、お仕事を終えられた良弁大僧都にお酒を薦め、そのお酒に睡眠薬を混ぜたのではないかと考えられます。幸い間宮さん改め橘さんが大僧都を苛立たせるような発言をしていたので意外とすんなりお酒を口にしてくれたのかもしれません……」


 橘が頬を掻いた。


「ただ、ここで気になる点が出てきます。それは宿坊体験者である人物が大僧都に酒を勧めて飲んでくれるかという問題です。恐らく体裁を考え飲まないのではないかと個人的には考えます。なのでお酒を勧めた人物はやはりこの寺に住む誰かのではないかと私は考えるのです」


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