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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第八章
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事件の解説  弐

  私と中岡編集はそれを見送ると無言のまま大仏殿から出た。


 そして、周囲に誰もいなそうな所まで辿り着いた所で私は思わず叫んだ。


「な、な、なんで、あんなハードル上げるような事云っちゃったんですか!」


「だって悔しかっただもん」


 奥歯を噛み締め気味に中岡編集が云った。


「だもん。じゃねえよ、可愛い子ぶってんじゃねえよ、説明するのは私だぞ!」


「で、でも、君だってしっかりハードルを上げていたぞ、土方警部にあんなに怒鳴っちゃって」


「……」


 私は天を仰いだ。


「ああ、参ったな…… なんだか話が変な方向に向かっちゃいましたよ……」


 出しゃばるつもりなど無かったのだが、変に馬鹿にされた態度を取られて、確かに熱くなってしまった。


「でも、いけるだろ。新撰組の奴等がぐうの音も出ないロジックを披露できるんだろ?」


「いえ、実の所を云いますと、決定的な証拠はまだないんですよ」


「えっ、そうなのか? じゃあ、未完全じゃないか!」


 中岡編集が驚いたように訊いてくる。


「だから、そうですよ。まだですよ。それを元に調べて貰おうと思っていたのに…… 困ったな…… どうしようか……」


 私は腕を組んで考え込む。


 事こういう状態に至ったからには、論理的にどう持っていくかで犯人を追い詰めていくしかない。状況的には自分の出来る事を全て行い、少なくとも警察が納得できるような部分まで説明をして、諦めてもらうしかない気がした。


「もう、仕方がありません。覚悟を決めて開山堂に行きましょう」


「ああ、頑張ってくれ、君の推理小説家としての能力に期待しているぞ。出来る。君ならきっと出来るさ」


 簡単に云うなよ……。


 私と中岡編集は大仏殿から開山堂への道を進む。


 私はそんな中どうやって説明するかを頭の中で必死に練っていった。


 開山堂に戻ると、相変わらず武藤京子と大谷正志がじっと待機していた。その傍には石田老人も座っていて自分で持ち込んだ本に視線を落としていた。みると橘久雄も戻ってきているようで、手持ちぶたさで寺で配っている見取り図のような紙を眺めている。


 私と中岡編集は元々自分が座っていた場所へ戻る。


 私は腰を下ろし手を組み、これからどう説明していくかの考えを巡らせていく。


 しばらくすると勧進所に入っていた僧達も戻ってきた。


「あら? お仕事の方の目処はついたのですか?」


 武藤京子が僧に質問する。


「いえ、なにか説明があるからもう一度開山堂の方へ集まってくれと言われたので戻ってきたんですよ」


 質問を受けた良基が答えた。


 それを横で聞きながら私は大きく溜息を吐いた。いずれにしても土方警部は全ての人を集めるらしい。段々緊張感が高まっていく。


 廊下の入口の方から、ざわざわとした声が聞こえてきた。いよいよ警察関係の人達がやってきたようだ。 


 廊下を歩く音が近づいてきて、部屋の後方の戸から部屋の最後列に鑑識、下っ端の刑事などが入り込み立ち並ぶ。その中には先程我々の前で説明を行った近藤勇の姿もあった。


 そして、土方警部が沖田刑事と永倉刑事を脇に従えて新撰組然と前側の戸から部屋に入ってきた。

部屋に入ると二人の刑事は戸の付近に並び立ち、土方警部は悠々と正面まで進み、我々の方へ向いた。


「さて、皆さん再びお集まり頂きまして恐縮です」


 土方警部が並び座っている方を見ながら声を上げた。


 その表情は不敵な笑いを押し殺した様な感じで、目には僅かな興奮の色が見える


「実は、とある人物が、今回どのようにして良弁和尚様が殺害されたかが解ったと言うので、それを発表していただく事になりました」


 そこで業とらしく小さく咳払いをした。


「一応なのですが、あくまでもその方の考えでありまして警察の考えがそうだと云う事ではありません。もし参考になる考えであるようなら、警察はその意見を参考にさせて頂こうかと考えております……」


 なにか外堀を埋められた感じだ。


 これで大した意見しか云えなかったら、出しゃばった私は皆から顰蹙を買ってしまう事だろう。


 そうして土方警部がようやく私に視線を向けてきた。なにか嫌らしい感じだ。


「それでは坂本さんご説明をお願いいたします。前の方へどうぞ」


 土方警部の呼びかけに、皆の視線が一斉に私に向いた。


 その視線には、何故お前がそんな説明をするんだ。といったような物が含まれている気がする。


 私は立ち上がり、横に座る橘の後ろを抜け前に出る。


「それでは、宜しくお願いいたします」


 土方警部は僅かに頭を下げ、自分が立っていた場所を私に譲ってきた。


 私はその場所に立ち正面に顔を向ける。


 皆の視線が突き刺さり緊張感が高まってくる。手からはジッとりとした嫌な汗が滲み出てきた。


 土方警部は少し脇に立ち私に鋭い視線を向けてきていた。なにか蛇に睨まれた蛙のような気分だ。


「そ、それでは、恐縮ですが、今回の事件について、少々私が気が付いた事を説明させて頂こうと思います」


 私は小さく頭を下げた。


 僧達は私が客だというのもあり遠慮があるのか、また武藤京子や大谷正志、橘久雄は何故という表情を浮かべながらも、その何故を聞いてくる事はなかった。老人は相変わらずな様子ながら私に真っ直ぐ視線を向けてきていた。


「……まず今回の事件に関してなのですが、紐解いていくには順序というものがとても重要だと思われます……」


 私は呟くように説明する。


 鑑識も刑事も僧も宿坊体験者も複雑な表情で私を見ていた。


「……解く順番を間違えると、恐ろしく難しくなってしまい余計解けなくなってしまう部分を孕んでいるのです。……それでなのですが、その解く順番というものに関して云いますと大きく分けて二つの部分があります」


 私は呼吸と整えてから口を開いた。


「その大きく分けて二つの部分と云うのは、誰が良弁大僧都を殺害したかということと、どうやって良弁大僧都を殺害したかということになります」


 私の説明に鑑識の一人は、今更何を言っているんだ。といったような顔をしながら冷たい視線を送ってくる。


「正直な所、どうやって良弁大僧都を殺害したかという部分は、真夜中に密閉された大仏殿の中で大仏様のお身拭いの際に使用する駕籠に乗ったまま、下に飾られていた鈷剣に貫かれていたというもので、とても異質で、とても難しい印象を受ける所があります」


 皆は小さく頷いた。


「しかしながら、余りにも難しい為に、そこで一度どうやってやったかは置いておいて、誰が良弁大僧都を殺害したかを先に調べようと考える事も往々にしてあるのではないかと思われます。ですがその誰が良弁大僧都を殺害したかを先に調べようとすると、問題をどんどん難しくしてしまう危険性を孕んでいるのです」


「どう難しくなるんですか?」


 興味が出てきたのか武藤京子が私に聞いてきた。


「それを説明致しますと、まず良弁大僧都の死亡推定時間は昨夜の午前一時ごろから三時頃だという事でした。あの状況から考えて、あの一連の所業を取り行うのには、最低でも一時間は掛かってしまいます。下手をすれば一時間半程になることも…… そんな所業を行うにあたって、夜中に自由に動けたアリバイの無い人間は、私、中岡、石田さん、橘さん、そして生田さんになります。つまり宿坊体験者ばかりだという事です」


 武藤京子は頷く。


「一方で、お寺関係の方々は一緒に寝られていたなどの状況が多く、基本的には皆さんアリバイがあるように思われます。とすると、宿坊体験者が犯行を行ったと見るしかなくなってしまうのですが、私を含め宿坊体験者にあの複雑な殺害方法がとれるかと云えば、首を捻らざるを得ないと思います。東大寺の事にお詳しいかもしれない橘さんといえども、勝手が違う施設では流石に難しいのではないかと……」


 橘はそうだと云わんばかりに顎を引く。


「いずれにしても、犯人の思惑としては、矢張り宿坊体験者に疑いの目を向けさせようという意図が感じられてなりません。特に正体不明の人物へと」


「それは生田さんの事ですか?」


 武藤京子が質問してきた。


「ええ、犯人はやはり生田さんへと疑いの目を向けさせようとしていると感じます。その上で自分が疑われないように工夫しているのだと。そんな生田さんは、昨日の夕方に部屋に篭もってから、その後、姿を見た人はいません。最終的には完全に行方を晦ましてしまった…… 犯行はいくらでも出来る状況な訳です」


 私は大きく息を吸い込んで、ゆっくりとそれを吐き出した。


「そんな生田さんが良弁大僧都を殺害した人物だった場合、それを捕まえるとなると、どこの誰ともつかぬ存在ですから難航することは必至だと思われます。ただ、本当に生田さんは外部の人間なのでしょうか? 外部の人間だったとしたら動機は何なのでしょうか? 私としては、土方警部が仰っていたように、此処にいる人間の誰かが生田さんに化けて変装しているという場合を疑う必要があると感じました」


 武藤京子は緊張した面持ちで私の顔を見ている。


「……その場合、生田さんと行動が重複していない人物がいればその人物が生田さんに化けている可能性が高くなると思われます」


 私はカップルの二人、橘、老人、そして僧達に視線を送る。


「まず我々宿坊体験の人間とは行動が重複していますのでその可能性は低く、良基さんとは読経、説法体験の際一緒にいましたし、良寛さんとは写経体験の直前に擦れ違われ、更に宿坊体験が終わった際、開山堂入口で我々を見送ってくださっていた状態で、大仏殿近くの俊乗堂に生田さんが座っていたのを見掛けたという状況もありました」


 私の説明に武藤京子が頷いた。


「法観さんは受付を行った際に接触して、その後、寂抄尼さんに引継ぎ、寂抄尼さんと法観さん、生田さんが一同に会したと聞きます。鈴子さん、松子さんも、良寛さんの時と同じように寂抄尼さんが、同じ時間内の近い場所で双方の姿を交互に確認していたと仰っていました。つまり生田に化けられた人間はいないという事になってしまいます。それでは誰が? という風に答えに窮する状態に陥ってしまうのです」


 私の正面には鑑識の近藤が立っていた。元々表情に乏しい顔付きをしている為か、私の説明に対しては殆ど無表情といった感じだった。


「そんな訳で、誰が良弁大僧都を殺害したかは一度無視して、どうやって良弁大僧都を殺害したかを説明していく事にしましょう」


 前に並ぶ僧達、二列目に並ぶ宿坊体験者たちは小さく頷いてくれた。警察関係の人々は無表情で只々私を見つめているだけだった。


「さてと、あの一連の所業を見たとき、やはり真夜中に全ての事を行うのは無理があると感じます。なので、二つに分けて行なわれたのではないかと私は考えました。そして、殆どの仕掛けは夕方に行われたのではないかと考えます。その仕掛けの準備が完全に出来ていた上で大仏殿は密閉されたと……」


 私の発言に警察の人間に僅かに微かに口を開いたりなどの反応が現れる。しかし表情の乏しい近藤は相変わらずだった。


「そういった状態であの所業を成し遂げるとするならば、時限的な仕掛けが必要になってくると考えられます。警察の方々もその点を疑ってらっしゃっていたように思われますし、当初、私もその点を疑っていました。しかし鑑識の方が説明の際お持ちいただいた調節機能の付いた滑車を見たところ、残念ながら時間が来ると落下するような仕掛けを施せるような代物ではないようでした……」


 鑑識の近藤の顎が僅かに引かれた。


「ただ私が大仏殿内に入り、その内部を見回した所、ある方法を使えばその所業が可能であるという事を発見出来たのです」


「そ、そのある方法というのは一体?」


 良基が首を僅かに傾げながら聞いてきた。



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