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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第七章
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私なりの検証  参

 そんな事を考えながら、天井に引っ掛かったロープを眺めていた私は、ふと、あることに気が付いた。


「あっ、中岡さん、改めてですけど落下止め機構は効いていたんですよね?」


「そうだが」


「そして、効いたままで奈良のお身拭いと同じ状態だったという事にですよね。天井の梁にロープが引っ掛かり、一方は柱、もう一方は籠に結ばれている状態に……」


「今更だがその通りだぞ」


 不思議そうな顔で私を見ながら中岡編集が答えた。


「奈良のお身拭いと同じ状態を再現したいから、お身拭いの際にそのやり方をしていたという事でしたが、鑑識の近藤さんも指摘していましたが、今回の事件の際にまでそんな状態にする必要はないんじゃないですかね? わざわざ柱に結び付けなくても天井の梁に結び付け、落下止め機構を解除すれば良いだけですから……」


「まあ、そうだが……」


 私は少し考える。


「いえ、違います。そうです違うのですよ、敢えて奈良のお身拭いの状態にしたのですよ……。面倒な作業になりますが、そうしなければ成立しない仕掛けだったという……」


「ほう」


 私は再度大仏殿の壁面に視線を送った。そして天井の梁、そこに引っ掛かるロープを……。


 私の中で複雑に絡み合った紐が一気に解けていく気がした。


「そうか、そうですよ、成程……」


 私は小さく叫んだ。


「おお、何か閃いたのか?」


「ええ、解りましたよ。どうやってやったかが解ったんです」


 ……確かにその方法を使えば、一か八かなどではなく確実に今回の所業を再現する事が出来るぞ、それにその事が出来た人間が絞られてくる事にもなる……。


 私は自分の導き出した答えと状況を照らし合わせ、納得気味に何度も頷いていた。


「ふふふ、さすがだ。さすが推理小説家だけの事はあるな」


 中岡編集は嬉しそうに言及した。


「それで一体どうやって、そして一体誰が犯人なんだ?」


 中岡編集が急かすように聞いてくる。


「い、いえ、誰がやったかはまだです。これから吟味しないと……」


 中岡編集の質問に答えていると、大仏殿の端の方から声が掛った。


「おい、あなた達、あなた達は一体何をしているんですか!」


 その方へ視線を送ると、厳しい表情をした土方警部がこちらに近づいてきていた。その表情には苛立ちみたいなものが見え隠れしている。


「あなた達、宿坊体験者の坂本さんと中岡さんでしたね、勝手に此処に入り込まれては困ります。確かにお寺の方々には、しなければならない事があるでしょうから行動の許可は出しましたが、あなた方宿坊体験者は特に仕事もないわけですから、開山堂付近で出来るだけ動かず待機していてもらわないと……」


 土方警部の目付きは刺すような感じだった。


「あっ、それは、済みませんでした……」


 私は頭を下げる。


「で、でも警部さん、私、解ったのです。大僧都をどうやってあのような形で殺害したかが解ったのですよ!」


 私はそのまま嬉々として説明した。


「んっ? 良弁和尚がどう殺害されたかが解ったと云っているのですか?」


「えっ、ええ、そうなんです」


 興奮気味に答える私を、土方警部は冷たく刺すような視線で見据えた。そして薄く笑った。


 その笑いには人を小馬鹿にしたようなものが含まれていた。


「そういう事は警察の仕事です。素人の出る幕ではありませんよ、遊びではありませんから探偵ごっこは程々にして下さい……」


「い、いえ遊びだなんて思っていませんよ、本当に解ったんですよ」


 私は真面目な顔をして必死に言及する。


 そんな私の目の前に土方警部が数歩詰め寄ってきた。


「とにかく警察の仕事だと云っているでしょう」


 土方警部の身長は百六十七センチメートル程で、私は少し背を丸め出来るだけ視線を合わす。


「おっ、な、なんだか、随分デカいな……」


 土方警部は私を見上げながら云った。


 こ、こんなに近付いてこなきゃ良いのに……。


「坂本の奴は龍馬と同じで五尺八寸ありますからね」


 中岡編集が不敵な顔で云った。


 お、おいおい、態々そんな事云わなくて良いだろ!


「龍馬! そうだ龍馬だ。現場で話を聞いていた時からずっと思っていたが、あなたは坂本龍馬のコスプレでもしているのですか? 袴みたいなスカートを履いて、何なんですかそのなりは?」


 こ、こいつ! 今この場では私の容姿は関係ないでしょ!


「私、コ、コ、コスプレなんてしていません」


 私は思わず叫んだ。


「それからあなたの方も、中岡慎太郎を気取ってでもいるのですか?」


 土方警部が中岡編集を見ながら云った。


「ふふふ、ご名答です」


 おい! あんたが肯定したら、私が否定した意味が無くなるでしょ!


「そ、そうなのか……」


 土方警部は驚いたような顔で、私と中岡編集を交互に見た。


「そうです。私はコスプレこそしていませんが、中岡慎太郎に似ていると云われ、且つ中岡という姓でもありますし、心の中でいつも中岡慎太郎を気取っているのです。坂本龍馬ほど中岡慎太郎の顔は知られていませんから気が付かれない事が多いですけどね……」


 何か良く解らないが中岡編集が自信ありげに云った。


「や、矢張り土佐者を気取っていたのか……」


 土方警部が搾り出すように云った。


「そんな貴方も気取ってますね?」


「な、なに?」


 土方警部が驚いた顔で聞き返してきた。


「貴方は気取っているだけでなく、コスプレまでしている。貴方は函館戦争時の土方歳三の格好をしていますね? 最近のスーツで現代風にアレンジしてますが私の目は誤魔化せませんよ」


「な、なにを云っている!」


 土方警部は僅かに顔を赤くする。


「そして、あの鑑識の責任者は近藤勇さん。そして貴方の部下の刑事は沖田さんと永倉さんだ。貴方達はひっくるめて新撰組を気取っている!」


「だ、だったら何だと云うんだ!」


 土方警部が怒鳴り気味に云った。


 否定しないところをみると本当に気取っていたらしい。


「何なのだ一体。先程から捜査の邪魔ばかりして、我々を新鮮組だとか、私を土方歳三だとか、馬鹿にしているのか! 馬鹿にしているんだな、我等が天然理心流だからと、それは北辰一刀流は名門だ。我等が天然理心流とは訳が違うかも知れぬ。だが天然理心流は実戦には強いのだぞ! 組み手とか棒術とかそういったものを含めれば…… 北辰一刀流など及びもしない位強いのだ!」


 何だか、えらく脱線したぞ。そんな天然何たらとか北辰とか誰も何も云ってないじゃない。


 そんな土方警部の声を中岡編集は少し嬉しそうに聞いていた。


「中岡は龍馬と違って武市先生の所で修行しただけですから、北辰一刀流とは関係はござらんが……」


 ご、ござらん。だと。


 変な受け答えに、私は唖然と中岡編集を見る。


 しかしながら、こいつは、な、何なんだ……。


「ふふ、しかしながら露呈しましたな。天然理心流……。貴方が土方歳三、そして新撰組を意識しているという事が……」


 中岡編集がにまりと笑った。土方警部は何ともいえない表情で中岡編集を見詰める。と思ったら突然吐き出した。


「ああ、そうだ。そうだとも。私は土方歳三を意識しているさ、そして、勇さんを含め、沖田刑事や永倉刑事も合わせて新撰組を意識している。それの何かいけないか? 仕事はちゃんとやっているぞ! 何かいけないのか?」


 逆ギレだ。


「いけなくなんかありませんよ、ユーモアでとても面白い」


 中岡編集がしれっとした顔で云った。


 こ、こいつ喧嘩売ってんのか……。


「ああ、もういい、もう良いです。戯言はもう結構だ。兎に角。いいですか、あなた方は警察の人間ではなく容疑者なんです。その容疑者の一人が自分に都合の良いような推理を言って、警察を間違った方に誘導するという事も考えられるのです。捜査攪乱は程度にもよりますが罪になる場合もありますよ」


 土方警部はそう云うと、視線を先程歩いて来た方に戻して声を掛ける。


「おい、沖田君、永倉君、この龍馬が、いや失礼。龍馬さんが…… いや違った。さ、坂本さんと中岡さんが此処にいると捜査の邪魔になりそうだ。さっさとこの土佐者を、ち、違った。宿坊体験の二人をさっきの開山堂へお連れしてくれ!」


 あんた興奮しすぎて龍馬とか土佐って云いすぎだぞ。


 奥から慌てた様子で沖田刑事と永倉刑事と思わしき二人が駆け寄ってくる。


「はっ、警部」


 そして私と中岡編集に近づくと、肩辺りを手で押しながら大仏殿の外へ外へと誘導していく。


「ちょ、ちょっと待ってください、わ、私はふざけてなんていない! ふざけているのはあの妙な中岡さんだけです。私はふざけてない。本当にどうやってやったかが解ったんですよ」


 私は土方警部の方を見ながら訴える。


 土方警部はそんな私を冷たい視線で見ていた。


 沖田刑事と永倉刑事は半ば強引に私達を大仏殿の外へ誘導する。


「申し訳ございませんね、坂本さん、そして中岡さん。開山堂の方で待機していて頂ければ幸いです」


「お、おいちょっと待ってくれ、僕もまだ土方警部と話がしたいんだよ……」


 中岡編集は抵抗する。 


 あんたは良く解らない戯言を続けていたいだけだろ。私は違うんだ!


 しかし、私と中岡編集はどんどん開山堂の方へ促されていく。


「わ、解りました、解りましたよ、もう離して下さい。開山堂に戻っています。そうすれば良いのでしょう」


 完全に大仏殿の敷地から追い出された所で私がそう云うと、ようやく強引な誘導は弱まった。


「開山堂まではもう戻れます。送っていただくのは此処まで結構です」


 私は憮然と云った。


「申し訳ありませんが、待機の方をお願いいたします……」


 沖田刑事は小さく頭を下げて呟いた。


 彼にとっては上司である土方警部の命令は絶対のようだ。


「それじゃあ、失礼します。中岡さん行きましょう」


「僕は土方警部ともっと話していたかったんだが……」


 中岡編集はしつこく口惜しそうに呟いた。


 そうして私と中岡編集は沖田刑事と永倉刑事に背を向け開山堂の方へ歩を進める。


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