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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第七章
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私なりの検証  弐

 そうして私と中岡編集は散歩の振りをしながら、ゆっくりと大仏殿の方に歩を進めていった。


 先程まで居た開山堂と良弁大僧都の居所である法華堂は隣り合っていて、距離は二十メートル程しか離れていなかった。そして、その法華堂、開山堂周辺から大仏殿までは百五十メートル程の距離だ。急いで歩けば一分程だ。陸上選手が走れば二十秒前後で到着してしまう事だろう。


 ゆっくり歩いている私と中岡編集でさえ、三分と掛からず大仏殿の横へと辿り着いた。


「しかし、考えれば考える程に、夜中に一連の所業を行うのは不可能に思えてならなくなってきますね……」


 色々思考を巡らすも糸口も見付ける事が出来ない私は小さく呟いた。


「だとすると、鑑識の近藤が云っていたように、時限的な仕掛けを施して、良弁大僧都を天井に吊るし、時間が来ると落ちて鈷剣に突き刺さるようにしたと考える方が可能性が高いか?」


「うーん、でも、出来ますかね?」


 私は頭を掻く。


「まあ、それであれば、夕方五時頃部屋で酒を飲んでいる場に赴き酒に睡眠薬を混ぜ飲ませた後、大仏殿に運び入れる事は左程難しい事ではないように思われます。でも、僧達や寂抄尼さんがお酒を注ぐのであれば良弁大僧都も甘んじて受けるとも思えますけど、宿坊体験者である私や、中岡さん、武藤さん、大谷さん、石田老人がその場所に赴き、いきなりお酒を注ぐと云っても断られそうですよね?」


「そうだな、ましてや、その前に探りを入れてきた橘久雄になどに酌をして欲しいなどとはとても思う筈がないだろうな」


「ええ、そんな事をしようものなら、さっさと出て行け、と云われかねない状況のように思えます。その橘の探るような質問が大僧都に酒を飲まずにはいられないという状況を作り上げた事にはなるかもしれませんけど……」


「とすると矢張り宿坊体験の人間が犯行を行った可能性は低いかな?」


 中岡編集は改まって訊いてきた。


「まあ、橘久雄や石田老人に関しては良く解りませんが、読経体験後から夕食までの間は武藤さん、大谷さんはほぼ私と一緒に行動していましたから、そんな事をしていないのは私達自身が把握していると云えますけど……。でも、それは時限的な仕掛けがあると仮定した話です。時限的な仕掛けでなければ、ただの空論ですよ」


「まあね」


 私と中岡編集は大仏殿の外壁沿いを歩き進み、回廊の切れ目から大仏殿の正面にある回廊に囲まれた場所へと出た。


 良く見ると所々に警官の姿があった。私達を外へ逃がさないように見張っているのかもしれない。


 その位置から私は大仏殿を仰ぎ見た。奈良の大仏殿と殆ど変らず巨大な建築物だった。


「寄棟造、本瓦葺、一見すると屋根の具合から二階建て構造のように見えるが、飾り屋根が配されているだけで基本的には一層構造の建物だ。屋根の上の両側には、屋根の棟瓦からの雨水漏れを防止する為に設けられた金色の鴟尾が輝いている」


 中岡編集が横で解説のように言及した。


「壁は白漆喰で塗り固められており、正面に並ぶ十二枚戸とその上側に位置する破風の下に大仏の顔が見える窓が設けられている。大仏殿の左右前方の角、内側から見ると隅に四天王像が置かれている部分の上側にも明り取り用の縦格子が嵌めこまれた窓が設けられている……」


「奈良の東大寺と同じですか?」


「ああ、同じだ。ほぼ同じだと云って差し支えない」


 私と中岡編集はそのまま真っ直ぐ進み、大仏殿の内部に足を踏み入れてみた。


 大仏殿の内部には多くの捜査員がいた。


 もう遺体は収容されてしまったようで、良弁大僧都の姿はどこにも見えなかった。天井の格子からはロープが垂れ下がり、その先には検証作業の為なのか未だに駕籠が付けられていた。


 捜査員達は駕籠の上部の滑車を入念に調査しているようだったが、どうやったのかが解らないらしく小首を傾げているのが見えた。大仏の足元の高砂の上には許可が出たのか良基の姿が見え、法具を整理したり、経典を移動させたりしていた。


 私は改めて大仏殿の内部を見回した。


 天井からロープが斜めに張られ、正面入口から入ってすぐ左斜め前の柱に結び付けられていた。その柱は左手の角にある四天王像と中央に鎮座する大仏の丁度中間辺りに位置する柱になる。


 大仏の正面に視線を戻すと、そのすぐ左右斜め前には真っ直ぐ上に向かって屹立する鈷剣があった。


「……実際の東大寺の大仏殿には鈷剣は無い。あの位置には二メートル近くある背の高い燭台が置かれているんだ。……毘慮遮那佛はヴァイローチャナとも云い、大日如来とも同一視されているから、大日如来と一体だと考えた上で、鈷剣を握るという意味合いを拾って置いてでもいたのだろうか……」


「そうなのですか…… ただ、それが利用されてしまった……」


「ああ、災いしたな……」


 左側の剣には赤黒く固まった血がべったりと付き、右側の剣は椿油でも塗られているのか光り輝きその剣先は鋭く尖っていた。飾り物の剣なのだからそこまで剣先を尖らせる事もないだろうと思う所もあるが、大仏そのものの光沢と併せて、そうなっているのかもしれない。


「さすがに両側面の刃の部分は切れるようにはなっていないようだが、薄く仕上げられているな……」


 中岡編集は鈷剣を見ながら言及する。


 そのまま私は天井を見上げた。


 大仏の高さが一七メートル程あるが、その大仏の頭より遥かに高い位置に天井があった。外で見た際には大仏殿そのものの高さは約五十メートル位ありそうだったが、大仏殿内部の天井までは大凡三十メートル位に見える。


 そして、改めて剣の方を見ると、長さは全長十メートル程で剣の部分が八メートル程あるように思える。


「……あの鈷剣は恐らく金剛杵による鈷剣として作られていて、柄の部分が金剛杵本体、そこから西洋刀のように諸刃の剣になっている……」


「大きいですよね」


「恐らく、一応、大仏様である毘盧舎那仏が手に持つ武器として飾られて、大仏の大きさに合わせて作ってあるのだろう」


「大仏や鈷剣が乗る下の台座の高さが三メートル程ありますから、剣先までの高さは床から凡そ十三メートル位ですかね?」


「まあその位だな」


「和尚様は上から一メートル程の部分に良弁大僧都が突き刺さっている訳ですから、三十メートル程の天井近くから、高さ十二メートルの剣先まで落ちた事になりますよね? つまり十六メートル程落ちたことになります。十六メートルも落下した事により、人体の重みと落下スピードで、柔らかい腹部を貫かれてしまったと……」


「そうなるな……」


 中岡編集は顔を顰めながら答えた。


「だだ、どうやったかですよね?」


「ああ」


 問題は矢張り時限的な仕掛けとなってくる。


「鑑識の近藤さんの説明によると、滑車には落下止め機構が付いていたという事でした。しかし時間がくると落下止め機構が解除され緩むという構造にはなっていなかったと云っていました。また、更に滑車の落下止め機構が揺るんでいて、解除された状態になっていたというのならその機能を利用したとも考えられますが、遺体発見時、その滑車の落下止め機構は効いている状態だったと云う事でした。もし滑車の落下止めの機構を利用したとするならば、滑車の落下止を利かした状態にして天井に近い場所に籠を吊るしておき、落下止めを効かしたり解除したりする部分に釣り糸か何かを結んで横に引っ張り、落下止めを解除して遺体を落下させると……」


「うーん、出来そうに聞こえるが、滑車の落下止め機構は効いている状態だったのだろ?」


「ええ、なので、落下しきったら、糸か何かで再度、滑車の落下止め機構は効いている状態に戻すと……」


「そんな手間の掛かる事をするかな? それに大仏殿内に居たのならまだ出来そうだが、閉ざされた大仏殿の外から何かをしたと仮定している訳だろ、本当にそこまで出来るのか?」


「……相当難しいと思いますけど……」


 私は改めて大仏殿内部から周囲の壁を見回した。


 幸い明り取りの窓が幾つかある。正面扉の上方には大仏様の顔が建物の外側から見れる観相窓があり、下の方には四天王像の横に四角柱の格子が嵌め込まれている窓がある。その窓は城郭の窓のように四角柱の角が先端が外側向いていて、ブラインドーのような効果を得られる構造になっていた。窓は大きな屋根の下側に位置しているので雨水が入り込む事もない為、完全に閉鎖されていない。


 しかしながら格子と格子の隙間は僅か三センチメートル程しか開いていないので、頭は勿論の事、手も中に入れることは出来ない。強いてあげるなら指三本位なら大仏殿内に差し込む事が出来る程度だった。

とはいえ一応釣り糸ならば通るので、滑車の落下止めを解除する部分に釣り糸を結び付け、その釣り糸を格子の隙間から屋外に通し引っ張る事が出来るようにする事は可能だとも思える。


 ただ、もう一本の釣り糸を落下止めを効かす為の部分に結び付け、落下後に落下止めを効かす必要は感じられない。そのまま落下止めが揺るんだ状態にしていても問題はないはずだと思える。


 そして、そんなに都合よく釣り糸が回収出来るかも疑問だ。引いて解除及び効かした後、釣り糸がスポッと抜けてくれれば良いが、千切れでもしたら逆に証拠が残ってしまう。そうは簡単にいかなそうである。且つ解除する為に釣り糸を引く行為が、天井から吊るされている籠を揺らしてしまう可能性もある。籠の底に腹部が載っかるように天井から吊るしてあるのに、引っ張った際に籠が揺れて、落下予定地点がずれてしまっては、落下させて鈷剣に突き刺して殺害するとういう事が叶わなくなってしまうかもしれない。僅かなズレで胸の辺りで落ちたら、殺害自体は成功するかもしれないが、上手く突き刺さらず、鈷剣の横に遺体があるような形で発見されていた事にもなりかねない。


 それならまだ良い方で、鈷剣自体にも刺さらず、鈷剣の横で籠に載った良弁和尚が翌日目を覚まし、目的を達成する事もなく、酒を飲ませ殺害しようと試みた事が露見して殺人未遂の罪で逮捕されるという事だってありうる。


 そんな一か八かのような方法をここまで大掛かりな殺害方法を計画した人物が取るだろうか? 犯人が誰なのかは未だ解らないが、ここまでしっかりとした計画を立てた人物であれば、間違いがなく失敗する恐れのない方法を取るはずだと思える。


 釣り糸を窓の外に出し落下止めの機構を解除する……。釣り糸を窓の外に引き出し落下止めの機構を効かす……。


 うーん理論上は可能かもしれないが本当に上手くいくのだろうか……。


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