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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第七章
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私なりの検証  壱

 許可が出た事により、修行僧達と寂抄尼、鈴子、松子は勧進所の方へ向かい、私と中岡編集も開山堂から出て外の空気を吸い心を落ち着かせる事にする。


 武藤京子と大谷正志も私達の後に続いて開山堂から出てきて、携帯電話でどこかに連絡を取り始めた。間宮改め橘は、開山堂から出てすぐの場所で煙草を吸いだす。石田老人も、ずっと奥内で事件の話を聞かされ精神的に疲れたのか、屋外に出てきて困ったなといった表情で大きく息を吐いた。


 外はとてもいい天気だった。


 周囲の山の木々には緑の葉が生い茂り、僅かに自然の奏でる音だけが聞こえてくる。


 こんな平和そのもののといった場所で殺人事件が起こったという事が俄かには信じられない位だ。私は外の空気を吸いつつ、ある程度落ち着きを取り戻してきたのもあり、ぼんやり大仏殿を眺めながら、今朝程起きたあの事件が一体誰がやったものなのかを考えてみた。


 誰があのような複雑な所業を行ったのだろうと……。


 そもそも、あれほど複雑な所業を宿坊体験者などが本当に出来るものなのだろうか? 駕籠やロープや大仏殿入口の閂の鍵が何処にあるのかなんて、おいそれとは解らない筈だ。だが寺関係者達にはアリバイがあり、犯行可能な状況にあるのは宿坊体験者ばかりだ。その中で最も疑わしき人物は生田であり、奈良からやってきたという橘も怪しくもあり犯行も可能だ。


 だが、あの複雑な殺害方法を実践出来るかといえば疑わしく思えてならない。しかし、確執などが生じやすい寺関係者にはアリバイらしきものがあり、犯行は不可能に近い。密室が難しいのではなく、複雑な密室殺人を犯すにあたって、宿坊体験者には難解さが壁になり、寺関係者には要する時間によるアリバイが生じてしまう事が壁になる。


「いやいや、本当に大変な事に巻き込まれてしまったな」


 物思いに耽る私に、中岡編集が声を掛けてきた。


「え、ええ、まあ、参りましたよね」


 私は軽く受け流す。


「しかしながら、新撰組の奴等は我々を敵視しているみたいだな……」


 中岡編集が不敵な顔で呟いた。


「新撰組?」


「ああ、新撰組の奴等だ」


「一体、何のことですか?」


 急に話が飛んだので私は聞き返す。


「ん? 君は気が付いていなかったのか、警察の奴等は新撰組で、我々土佐者を尊皇攘夷を企む不貞の輩とまでは思っていないかもしれないが、目を付けていたじゃないか?」


「ち、ちょっと待ってください、私は土佐者なんかじゃありませんけど……」


 私はまず訂正する。


「君がそう思わなくても、あっちはそう思っているらしい…… 土佐者だとか土佐藩御抱屋敷だとか匂わす事を語りかけてきていたじゃないか」


「それに何で新撰組なんですか? 意味が解らない……」


「馬鹿っ!」


 中岡編集が叫んだ。


「ば、馬鹿ですって…… いきなり馬鹿って何ですか?」


 私はむっとして聞き返す。


「君は本当に歴女なのか? 彼等の名前を聞いて気が付かないのか?」


「えっ?」


「あの警部の名前は何と云う?」


「えっ、土方警部ですよ」


「なら、あの鑑識の責任者は?」


「た、確か近藤とか……」


「部下の刑事は、沖田と永倉だ。ほら新撰組じゃないか!」


 中岡編集は自信満々に云った。


「た、確かに…… そう云われれば名前が被っていますけど……」


「それだけじゃない、あの土方警部という男はコスプレをしているぞ」


「コ、コスプレですか?」


「ああ、コスプレだ。一見解り辛いが、函館戦争の際の服装と髪型を意識した格好をしている。そしてあの近藤という男は近藤勇と同名だし顔がそっくりだ」


「そ、そうでしたか? 岩みたいな顔をしていた事しか思い出せませんが……」


「馬鹿者! その岩みたいな顔が近藤勇の特徴だぞ!」


 また叫んだ。


「偶然なのか、敢えてそういう名前の人間を集めたのかは解らないが、奴等は新撰組を意識しているんだ。そして、現代の警察機構の中で新撰組を気取っているんだよ」


「そうですかねえ」


 思い込みのような中岡編集の断定に私は曖昧な返事をする。


「そうだ。そして、僕の顔が中岡慎太郎に似ている事や、君が坂本龍馬にそっくりで、且つ坂本龍馬のコスプレをしている事にまで気が付いている。そして、そういう気を此方へ放っていたぞ」


「な、な、なに云っているんですか! 私は龍馬にそっくりでもコスプレなんかしてもいませんよ!」


 私も叫んだ。


「し、失礼した。君はコスプレなどしていなかった……」


 中岡編集が素直に頭を下げた。


「しかし、他の人間からすれば君は坂本龍馬にそっくりだし、コスプレしているように見える。それは紛れもない事実だ」


「……」


 謝られはしたものの失礼な物言いはしつこく続いている。


「まあ兎に角、彼等が、我々を尊皇攘夷派だと思い、意識しているのは間違いない。そんな上で君は新撰組と戦わなければならない運命なのだよ」


「た、戦わなければいけないって、そんな気持ち、私には更々ありませんよ」


 私は首を横に振る。


「だが、君は君なりにこの事件がどうだったのか考えていただろう?」


 こ、こいつ、人の心が読めるのか?


「え、ええ、少しは考えていましたけど……」


「そうだろうそうだろう。それが君が推理小説家として持っている本能なのだよ」


 そう云いながら、改まってぎらぎらした目で私を見据えた。


「なので! その本能に従い、事件を読み解き、あの我々土佐志士を倒幕の徒として目の敵にし、池田屋では我らが同士、望月亀弥太や石川潤次郎を切捨てた貴奴らの鼻を明かそうではないか! おーっ、おーっ、おーっ、おーっ」


 中岡編集はいきなり真剣な顔で拳を突き上げ始めた。


 な、何なんだこの人。土佐志士の名前なんて私は知らないぞ……。


 私は唖然とその様子を見守る。


 しかし、中岡編集は拳を突き上げながら、目で私に一緒にやれと訴えてきた。


 私は顔を横に振るも、中岡編集は必死な顔で何度も激しく首を縦に振る。


 私は仕方が無く小さく腕を挙げた。


「ぉー」


 中岡編集は嬉しそうに頷いた。


「さて、話を戻そう。君は今回の事件をどう考えているのかな?」


 中岡編集が改まり訊いてきた。


「現場不在証明と、正体不明の人物が暗躍する密室での殺人事件ですよね、それも巨大な……」


 私は答えた。


 そして大仏殿を見ながら付け加える。


「いずれにしても大きい建物です。そもそも、私が書いた小説然り、今まで私が読んだ推理小説然り、今まで遭遇したな事件然り、これほどまでに巨大な密室という物に出くわしたのは初めての経験かもしれません」


 中岡編集が顔を横に振る。


「いやいや、これは室ではないぞ、これは殿だ。密室などという小さなスケールの話ではない、密殿と呼ぶに相応しい代物だ」


 中岡編集はさも名言を閃いたかのように云った。


「な、なにか響きがいやらしいですね」


 私は少し顔を赤らめて呟いた。


「えっ、あっ、いやらしい? そう云われると密殿は適当ではなかったかもしれない。逢引の場所みたいな響きになってしまった…… でも、とにかく凄いという事を僕は云いたいんだ」


 中岡編集も少し顔を赤らめて云った。


「密殿か……」


「と、兎に角、兎に角だ。君はどう考えているのだ?」


 ちょっと焦り気味な中岡編集の問い掛けに、私は少し考えつつ口を開いた。


「今回の事件で厄介なのは密殿ではありません。密殿内の複雑な殺人の為に生じる現場不在証明等が事件を難解なものにしているのです」


「確かにそうだな……」


「思うに、動機的には確執が生じやすい寺関係の人々が怪しいのではないかと思います。でも寺関係の人々にはアリバイがあります。アリバイがないのは、私、中岡さん、橘さん、石田さん、そして生田さんだけになります。でも私も含め、宿坊関係者にあのような複雑な殺人方法が出来るかといえば首を捻らずにはいられません。あの殺人方法は此処の事情に詳しい人間でなければ難しいのではないかと……」


「えーと確か、警察の発表では良弁大僧都の死亡推定時間は夜中の午前一時頃から午前三時頃という事だったよな」


「ええ、普通であれば、犯人がその時間に他の人間に気が付かれないように抜け出し、恐らく良弁大僧都の居所となっていたと思われる法華堂へと赴き、良弁大僧都を運び出して大仏殿まで行き、その体を背に乗せ端にある階段を登り、あの駕籠の上にうつ伏せになるように乗っけ、その後、籠を落下させ良弁大僧都を殺害し、大仏殿の外へ出てから大仏殿に出入りする為の扉の鍵を掛け、大仏殿を後にすると考える事でしょう」


「しかし、運び出すにしても、良弁大僧都が起きていたら当底そんなことは出来ないぞ」


 中岡編集が眉根を寄せつつ聞いてくる。


「ええ、なので良弁和尚が説法体験を終え法華堂に引き返し、居所で酒を飲んで寛いでるところで、その酒に大量に睡眠薬を混ぜ込み寝かしつけるといった事をしなければならないでしょう」


「まあ、そうだな」


「しかしですね、私なりに側面の扉を見てみた限りでも、正面の扉を見た限りでも、外側から内側の閂を嵌めたり、正面の大扉の閂を引き抜けないようする錠を、鍵を使わないで一度開けてまた閉めるという事は至難の技のように思いました。仮に出来たとしても、先程云った、良弁大僧都を運び出して大仏殿まで行き、その体を背に乗せ端にある階段を登り、あの駕籠の上にうつ伏せになるように乗っけるという所業と密室にするという所業を一連の作業として行うのには、鑑識隊の責任者の方が云っていた様に、最低でも一時間は必要になるでしょう。下手に手間取りでもしたら一時間半程掛かるかもしれない……」


「だが、自己申告ながら、その午前一時から午前三時頃に、部屋から一時間前後という長時間出た人間は居ないと云うことだったな……」


 中岡編集は頭を掻きながら云った。


「まず宿坊体験客に目を向けてみますと、カップルの武藤京子と大谷正志は本来なら別部屋ですが、いやらしい事に布団を武藤京子の部屋に持ち込み一緒の部屋で寝たということでした……」


「まあ付き合っているのだから、左程いやらしくは無いけどな……」


 私の一言に中岡編集が口を挟む。


「いえ、いやらしいですよ、二人で一緒に寝ること自体は左程いやらしくないかもしれませんが、宿坊体験中だというのに布団を持ち込むという行為がいやらしい所業です。破廉恥です」


 私はマナーを守れない人間には厳しいのだ。


「君は、仲良さそうなカップルに大してはちょっと感情的になるな……」


 何を!


「そんな事ありません。いやらしい考え方だと思ったからです」


 私はきっぱりと云った。


「なにか僻みっぽい気もするが……」


「なに!」


「いや何でもなかった……」


 中岡編集はようやく口を噤んだ。


「……それで、その上で二人とも外出はしていないと双方が云っています。破廉恥ながら布団を持ち込んで一緒に寝た事によってアリバイが出来たのです。また間宮改め橘久雄も自己申告では部屋から出ていないということでした。そして石田老人も部屋から出ていないと云っていました。一応部屋にはトイレが完備されているから、態々部屋を出る必要もありませんし……」


 私は怯む事なく説明を続けた。


「で、でもだ。橘久雄に関しては、一人だった状態を考えればこっそり出て行けるだろう。それは石田老人も然りだ。またカップルの二人も双方が相手がずっと横に居たと云ってはいるが、口裏を合わせれば外へ出ることも出来るのじゃないか? 君が昨夜聞いたという足音は、その際のものだった可能性だってある」


「ああ、あの土方警部に叱られた足音の話ですね、中岡さんは信じてくれるんですか?」


「ああ、僕は龍馬を信じる。中岡だからね……」


「……」


 こ、こいつめ、今回は苦言を呈さずにいてやろう……。


「し、しかし、あの足音の出て帰ってきたまでの時間は僅か数分でした。一時間には遠く及びませんよ」


「そういえばそう云っていたな……」


「動機的に確執が生じやすい寺関係の人間に目を向けてみますと、私達の宿泊場所の二階に寝泊りしていた寂抄尼さんと鈴子さん、松子さんも障子で隔てられた隣の部屋で寝泊りしていたという事で、三名ともに夜中に部屋から出て行ったということはなかったと云っていました」


「ああ」


「また僧達に関して云えば、良基さんは部屋から出てはいないと云っており、良寛さんは時間は不明ですが夜中にトイレに行ったと云っていました。法観さんに関してはトイレにも行き、麦茶を飲みに冷蔵庫のある場所まで行ったと云っていましたが、いずれにしても一時間近く部屋を離れていた人間はいません」


「そうだな」


「そんな状況もあり、そもそもどうやってあのような所業を行ったかが解らないと、どうにも成らないのではないかと思います」


「そうだな…… とするなら、大仏殿をもう少しじっくり見た方が良さそうだという事か……」


「そうですね」



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