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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第二章
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久遠寺へ  弐

 そうして、私達と松子は連れ立って屋敷を出た。


 来た時と同様に薄暗い鬱蒼とした林の間にある林道を進み、渓流ともいえそうな小川沿いを降りていく。私達は地図を広げず松子の横に付き従い歩き進んでいった。松子は見知った道であり体が覚えているのか、迷う事無く自然な様相で進んでいく。私達だけだったら間違いなく倍近くの時間を要する事だろう。


 林道を抜け、舗装された道路を目にすると、私は何故かほっとした気持ちになった。本来なら自然に満ち溢れた林道の方が懐かしい気持ちになるはずだと思われるが、舗装された道路を見て異世界から現実世界に戻ったようで安心したのかもしれない。


 下山の地からは、来る時に通った身延みちである国道五十二号を南下して歩き進み、久遠寺方面へと向かっていった。


「松子さん、僕としては最初に久遠寺を調べてみたいのですが良いでしょうか?」


 中岡編集は歩きながら自分の考えを説明する。


「ええ、どうぞお二方のお好きになさってください」


 松子は笑顔で頷いた。


 同じ身延地区ながら身延山のお膝元である身延という地名までやってくると、山の入口とは思えない、まるで山城の入口のような総門があった。私達と松子はその総門を潜り抜け身延山へと入山し、お土産物屋が並ぶ門前町を通り抜ける。時間がまだ早い為か、土産物屋もやっている店は半分ぐらいといった感じだった。


 大凡八百メートル近くもある門前町を抜けると、先には高さ二十メートル程もありそうな立派な三門が姿を現す。


「わあっ、す、すごい門ですね」


 見上げながら私は思わず驚嘆の声を上げる。


「この門は間口五間、奥行き二間、高さ七丈あり、日本三大門に数えられる程古い歴史を持った立派な門だと言われています。両側には金剛力士像を配し、上層には十六羅漢を祀っています」


 松子は門の上部を指差しながら説明をしてくれた。


「ほほう、なるほど、どおりで……」


 中岡編集も感慨深げに門を見詰めている。


 その門を潜り抜けると、門前町の喧騒も薄らぎ、壮麗な寺社の空気が辺りを支配するようになった。周囲には巨大な杉の木が立ち並び、正面奥に石の階段があった。石段まで近づいてよく見ると、一段の高さが五十センチメートル近くあり、それが二百段位ありそうである。


「おおっ、これまた、すごい石段ですね」


 中岡編集は階段を見上げながら云った。


「この石段は二百八十七段あり、登りきれば涅槃に達すると云われていますよ」


「二百八十七段もあるのですか…… かなり辛そうですね、ま、まあ頑張って行きましょう」


 険しい表情で中岡編集が呟く。


 そうして、私達は登り始めた。一段の高さがあるのでかなりキツイ。私は肩で息をしながら必死に登っていく。ふと横をみると涼しい顔をしながら登っている松子の姿があった。そして、中岡編集はというと……。


「……大丈夫ですか中岡さん?」


 途中、激しく息を切らして石段に凭れ掛かっている中岡編集に松子が声を掛ける。


「はあはあはあ、だ、大丈夫で、です。先に行っていて下さい……」


 中岡編集は体力が乏しかった。勇んで登り始めるも十段も登ると動きが鈍くなり、百段目辺りにある踊り場で座り込んでしまった。実にへなちょこだ。駅弁ばっかり食べてないで少しはダイエットをしろと云いたい。


「ま、松子さん、私と中岡はゆっくり登りますから先に行っていて下さい」


 私はそう促す。


「そうですか…… では、上でお待ちしておりますね」


 そうして松子は、涼しい顔でそのまま登っていった。松子はシャツ姿で黒いキュロットに黒いタイツを履いている。そしてそのタイツに包まれた足は随分細い。


 良くあの細い足で……。


 私は階段の上部を進む松子を見上げた。


 ようやく中岡編集と私が石段を登りきると、そこは開けた場所になっていた。

 五重の塔や、祖師堂、鐘突き堂、本殿、仏殿、宝物殿などが並んでいる。


「ま、松子さん。大変お待たせしました」


 中岡編集はよろよろとおぼつかない足取りで近づく。


 松子は祖師堂前に立てられていた案内板に目を向けていた。そこには、久遠寺の簡単な歴史が書いてあった。


 それによると、身延山は、弘安四年に日蓮上人が法華経の総本山として開山した旨や、日蓮上人の死後に遺骨が祭られた話などが紹介されていた。また戦国期には甲斐国守護の武田氏や、河内領主穴山氏の庇護を受け、門前町が形成され、江戸時代には日蓮宗そのものが、徳川氏やその他大名の帰依を受け発展したことなども記されている。


 しかしながら、埋蔵金の気配はまだまだ少しも感じられない。


「……あまり埋蔵金に関わる情報はないのですね……」


 案内板を横で覗きながら中岡編集がは呟いた。


「あちらに宝物殿がありますけれど、ご覧になられますか?」


 松子が中岡編集に訊く。


 宝物殿と聞くと何か情報がありそうである。


「ほほう、宝物殿ですか、良いですね、行ってみましょう」


 多少呼吸が整ってきた中岡編集は頷き答える。


 そうして、松子と私達は本殿横にある宝物殿に足を運んだ。

 宝物殿には、狩野派の絹本着色釈迦八相図、国宝指定されている絹本着色夏景山水図文、重要文化財である宋版礼記正義や本朝文粋、更に多くの漆器、経典、典籍、聖教など色々な物が展示されていた。


 だが、黄金製の品のような、所謂考古学的価値以外に価値のあるものはあまり置いていなかった。また古文書のような物も多くあったが、宗教上の経典関係で、埋蔵金を示す手掛かりのような物は展示されていなかった。


 二十分程見学してから、私達は外へ出た。


 そのまま続けて、本殿や祖師堂など見学出来るところはすべて見学してみる。本殿奥の内陣には金箔張りの仏像や法具が綺羅びやかに並んでるが、それが埋蔵金だとは思えない。祖師堂には金箔張りの装飾に囲まれた日蓮上人の御影があるが、埋蔵金がその金箔に成り代わったとは思いたくない。


 本堂の天上画には龍口に関係がありそうな巨大な竜の絵が描いてあったが、本堂自体は建て直しを経ているのか柱はコンクリート製の比較的新しい物のようだった。いずれにしてもこの付近は法要、行事等に関係があるものが多く、伝承に纏わるような物は置いて無さそうであった。


「いやあ、それらしき物は何もないですね…… この付近は隈なく調べ尽くしたと思うのですが……」


 中岡編集は本堂周辺に立ち並ぶ建造物を見終わると頭を掻きながら呟いた。


「この身延の山の一番神聖な場所は山頂の思親閣になります。久遠寺の奥の院に当たりますよ」


 松子がぼそっと呟いた。


「さ、山頂ですか?」


 中岡編集は山を仰ぎ見ながら顔を強張らせる。私はさっき登った階段を思い出した。中岡編集は酸欠で倒れてしまうかもしれない。


「登った方が良いですよね?」


 中岡編集は恐る恐る質問した。


「全体をご覧になられたいなら登るべきかと」


「ど、どのぐらい掛かるのですか?」


「おおよそ二時間半の登山だったと思いますが」


 中岡編集は青い顔をしている。私も気が重くなった。


 しかし登らないと何か見落としてしまいそうな気もする。

 中岡編集は覚悟を決めたかのように頷いた。


「登りましょう」


 そうして、私達は本殿裏から山頂思親閣に向かう登山に歩を進めた。すると前方やや上にロープウェイが見えてくる。


「ややっ、あっ、あれは?」


 中岡編集は上ずった声で質問する。表情に喜色が戻ってきている。


「ロープウェイですよ、上の思親閣付近まで行けます」


「な、なんだロープウェイがあるんじゃないですか」


 松子はホッとした中岡編集を見て少し笑った。


「山道は大変ですからね」


松子は、どうも知っていて教えなかった節がある。中岡編集の反応を面白がられたのかもしれない……。


「まあ、いずれにしてもロープウェイで登って、降りる時は歩いて降りましょう」


 中岡編集はすぐにロープウエイを最大限に活用するプランを言及する。


「わかりました」


 松子は頷いた。


 そうして私達と松子はロープウェイ乗り場に向かった。乗り場で山の案内図を貰って見たところ、山道には、本地堂、十如坊、丈六堂、大光坊、法明坊などがあるらしい。下山時にそれらを見て回る必要を感じる。


 思親閣に向うロープウェイは十人位が乗れる大きさだった。そして女性の係員が同乗するようだ。私達が乗る時は丁度空いていて、他に年配の女性二人が一緒だった。


 戸が閉まり発車する。


 ロープウエイはどんどん上昇していった。眼下に見える蛇のようにうねる富士川と、その広い川原が見事だった。川向こうには高い山並みが望め、その奥には富士山の雄大な姿が見える。


 スピーカーから同乗する女性係員の説明が聞こえてきた。それによると、頂上にある思親閣は、日蓮上人が故郷の親を思って思親閣と名付けたとの事で、また思親閣には日蓮上人が植えたとされるお手植え杉などがあるとのことだった。


 ロープエイが山頂駅に到着したので。私達は外へ出てみた。駅の脇には展望台が設けられており、そこから壮大な景色が拝めるようになっていた。そこには写真付の案内板があり、目の前の山並みが天子山地と呼ばれていて、長者ヶ岳、天子ヶ岳、白水山、雨ヶ岳、思親山、毛無山等々という山々で形成されていることが書かれてあった。


「皆さん、思親閣はこちらですよ」


「あっ、はい」


 松子に促され私と中岡編集は参道の方へ歩を進める。

思親閣に向かう途中、参道脇にしめ縄がされた太い杉の木があった。


「あれが、日蓮上人が植えたとされるお手植え杉になります」


「ああ、あれが」


 中岡編集が木を見上げた。


 樹齢は確かに長そうだった。日蓮が生きていた六百年前に植えた可能性もあるだろう。しかし埋蔵金とはあまり関係が無さそうだった。私はお手植え杉を横目で見ながら参道をどんどん進んで行った。


 奥の院である思親閣の前には仁王門という小型の門があった。どうやら奥の院の守護の為の物らしい。私達は仁王門も色々細かく観察した後、門を潜り抜けて、いよいよ目的の思親閣へと辿りついた。


 一応、思親閣の建物内まで入り込み、本尊の直前の賽銭箱にお金を入れ手を合わせてみた。しかし本尊はそれなりに立派ながら特段埋蔵金とは関係は無さそうであった。結局、私達は特に得る物もなく思親閣の建物から外へ出た。


「どうですか? 何か手懸りになるものはありましたか?」


 松子が聞いてきた。


「い、いや、まだ特にありませんね……」


 中岡編集は困ったように頭を掻きながら答えた。そのまま再び仁王門を潜り抜け参道を引き返してくると、掃除をしている若い僧の姿があった。中岡編集はその僧に声を掛ける。


「あ、あの~、少しお話をお伺いしても宜しいでしょうか?」


「は、はい、何で御座いましょうか?」


 僧は笑顔で対応してくれた。


「日蓮上人に纏わる逸話とか、伝説のようなものがあるようでしたら、それを少々お聞かせ願えればと思いまして……」


「ほう、上人様のお話ですか…… 色々とありますが、折角なのでこの山に因んだお話でも宜しいでしょうか?」


「ええ、宜しくお願い致します」


 中岡編集は顎を引いた。


「それでは……」


 僧はゆっくりと話し始めた。


「え~、上人様は、各地で修業をされた後、開目抄、歓心本尊抄などの書を書かれ、法華経における曼荼羅、法華曼荼羅を完成されます。その後、甲斐源氏武田流の南部実長の招きに応じ身延山に入山し、当身延山久遠寺を開山したとされています……」


 僧は少し考えてから話を付け加えた。


「……伝説的な話としましては、そうですね…… 慶長三年に身延山頂から下山中、日蓮上人様がお弟子一同に説法していた際、それを傍で偶々聞いていた老婆が、自分は七面天女であると自己紹介をし、更に竜の姿になり隣の七面山山頂に飛んでいき一同を驚かせ、感激させた。という伝承が残っています」


 私はその話を聞いて驚いた。その逸話に天岩戸に関係がありそうな天女という言葉と、龍口に関係がありそうな竜という言葉が出てきたからである。


「そ、その七面山というのは一体どこに?」


 中岡編集も飛びつき、湧き上がる興奮を抑えきれない様子で質問する。


「ああ、それはあの山ですよ」


 僧は思親閣の後ろ側にある山を指さした。


「実は、久遠寺の奥の院の更に奥の院と呼ばれるのがあの山になりまして、日蓮上人の高弟日朗が開山したと云われています。古くには修験道ゆかりの山だったとの事ですが」


「山にはお寺か何かがあるのですか?」


 急かすように中岡編集が訊く。


「山頂付近に敬慎院という寺がありますよ」


 これは何かある。私は思った。行くべきであるとも感じた。


「あ、有難うございました。とても面白いお話でした」


 中岡編集は興奮気味にお礼を述べる。そして七面山を仰ぎ見た。

 彼の心も、もう七面山に向かっているようだった。


 時刻は現在十一時少し過ぎた所である。その七面山山頂まで行くなら、もう今すぐにでも出発しないと帰り道の途中で日が暮れてしまう恐れもある。


「あ、あの、もう一つ教えて頂けると有り難いのですが、その七面山に行くとすると、ここからはどうやって向かえば良いのでしょうか?」


 小さく手を挙げて中岡編集が再度僧に訊いた。


「久遠寺の西側の下山道途中の千本杉の手前に七面山への分岐がありますそこから登って行けば着けますが……」


「成程、有難うございます」


 中岡編集は僧にお礼を云った。


 そして、我々はそそくさと思親閣を後にした。


「……中岡さん、七面山に登られるおつもりですか?」


 横で話を聞いていた松子が探るように質問してきた。


「ええ、何かありそうな気がします。松子さんは登られた事はありますか?」


「ええ、一応何度か……」


 松子は答えた。


「松子さんとしては、その時、何か発見は?」


「いえ、残念ながら、特に何も見つけられませんでしたけど……」


 確かにこの地に住んでいて、埋蔵金の事を調べていたなら、七面山に目を付けるのは当然な事かもしれない。だが見落としがないとはいえない事も確かである。私としては自分の目で確かたいという気持ちが浮かんでくる。中岡編集も同意のようであった。


「松子さんは無理に登られる必要はないと思いますが、どうされますか?」


 中岡編集が質問する。


「折角なのでお付き合いします」


 松子は気負った様子もなく答えた。


「ではご一緒に……」


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