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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第五章
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行動確認  肆

「……ところで、気になる所があります。この大仏殿の閂に掛かっている南京錠の鍵というのは、いつもどうなさっているのでしょうか? どこかの保管場所に置いてあるものなのか、それとも誰かがずっと持ち歩いているものなのか……」


 土方警部は良基、良寛、法観に視線を送りながら質問する。


「あ、あの鍵は勧進所の鍵保管場所にいつも置いてあります。誰が使うか解らないので…… 一応使い終わったら戻す決まりになっていまして、昨日に関しては、私は正面の戸を閉じた後、六時少し過ぎに鍵を戻しましたけど……」


 大仏殿を閉じたという良寛が少し震える声で説明をした。


 それが終わると良基がすっと手を挙げ説明し始める。


「あ、朝なのですが、私は大仏殿を開ける事になっていたので、五時半頃鍵置場から鍵を手に取り大仏殿へと向かいました……。で、ですがいつもと変わった事はありませんでしたが……」


 良基も緊張しながら説明をする。


「それでは、死亡推定時間は真夜中の二時前後という事でしたが、その時間に鍵を持ち出すことは可能なのでしょうか?」


 土方警部は探るような視線を良基に向けながら質問する。


「か、勧進所は特に鍵を掛けていませんから、夜中に忍び込み鍵を持ち出すことは可能だと思います。ただ勧進所には私共僧が寝泊まりしていますから、持ち出すところを見られる可能性が無い訳ではありませんけど……」


 良基はあくまでも自分達は犯人ではないという前提の上での説明をした。


 そんな問答をしている所へ、先程宿坊体験客の一人である生田を迎えに行った寂抄尼が戻ってきた。ただ何か表情が硬い。そして迎えに行った筈なのに、傍には生田の姿は見えない。一緒にいる沖田という刑事も硬い表情をしていた。


「ようやく尼僧の方がお戻りになられたようですね……」


 土方警部が寂抄尼へと視線を送る。


「おや、もう一方居るという宿坊体験の方の姿が見えませんが?」


 寂抄尼に土方警部が問い掛ける。


「そ、それが、お部屋には誰の姿も無くて……、いえそれだけではなくお荷物も、誰かがそこで寝泊まりしていたという痕跡もあまり残ってないのです……」


 寂抄尼が緊張の面持ちでしどろもどろになりながら答えた。


「どういう事ですか?」


 土方警部がじろっと見たので、横にいた沖田刑事がフォローにまわった。


「それがですね警部、その人物の泊っているというお部屋の前に行って、こちらの尼僧の方が扉越しに声を掛けられたのですが、一向に誰の返事も返ってこなかったのです。そして人の気配も全くありませんでした。それで事情が事情だけに開けて下さいとお願いして、お部屋の戸の鍵を開けて二人で中に入った所、人が寝た気配のない布団だけが置かれており、誰もおらず、誰の所持品もない状態だったのです……」


「怪しい事この上ないですね……」


 土方警部は眉根を寄せながら呟いた。


「部屋の鍵は閉まっていたという説明でしたが、その部屋には窓などはあるのですか?」


「はい、奥側にありました」


 沖田刑事が答えた。


「出られるような窓で?」


「はい、腰高窓で、外は塀との間に一メートル程の隙間があるので出られます。そして…… その窓は一応閉じられていましたが、鍵は掛っていませんでした……」


「むううう」


 土方警部が怪訝な顔で唸った。


「因みに、その方は一体どういった方だったのでしょうか?」


 土方警部は、僧達は勿論の事、私達宿坊体験者にも厳しい視線を走らせ質問してくる。


「な、なんか不思議な人でした…… 濃い色のサングラスを掛け、白いマスクを付け、髪の毛は白髪交じりのボサボサ頭で……」


 カップルの武藤京子が顎を手で触りながら答えた。


「身長はどの位ですか?」


「多分165cm位だと思います」


 武藤京子が少し考えてから答えた。


「では年齢はどの位の方だったのでしょうか?」


「年齢ですか…… そうですね多分五十歳位じゃないかと……」


 武藤京子が続けて答えている間に、良基は懐から芳名帳のような手帳を取り出し、その生田が申し込んできた際の情報を調べだした。


「あっ、警部さん、その方から宿坊体験依頼を受けた際の情報が見つかりました」


 良基がその名簿帳のような物を差し出しながら声を上げる。


「お名前は、生田友則、年齢は五十一歳、お住まいの住所は埼玉県所沢市となっていますね……」


 土方警部は良基が差し出した名簿帳を受け取り、視線を走らせる。それをすぐに横の壁側にいた刑事に渡し、何か指示を出した。


「……一応住所と氏名から人物の特定をしてみようと思いますが、なにやら偽名くさい感じがしますね…… 因みにこちらの施設では宿坊体験の方々に身分証明書のような物の提示は求められていますか?」


「い、いえ、そこまで致しておりません」


 良基は困り顔で頭を掻きながら答えた。


「ただ、いずれにしても不審な人物である事は間違いありませんね。少々気になりますので、その人物の申し込み時の様子や、昨日の行動を教えて頂けますかな?」


「わ、解りました」


 良基は返事をする。


 そして、少し考えてからゆっくり説明をし始めた。


「た、確か、一週間ほど前だったと思いますが、その方から勧進所の方へ電話が掛かって参りまして、五月十七日に宿坊体験をしたいというご依頼をお受けしました。それで昨日においては十二時少し前に勧進所のほうに来られたとの事で、ここにいる法観が戒檀堂までお連れしたと聞いておりますが……」


 良基が太った法観という僧に視線を投げかけると、その僧は頷いて返事をした。


「その際、なにか気が付いた事はありませんでしたか?」


 土方警部が厳しい視線を法観に向け質問する。


「と、特にはありませんでしたよ、無口な人だったから……」


 太った法観は、緊張からか震える声で返事をした。


「……戒檀堂の玄関で引き継いでからは、私が宿坊体験者の方々の待合室までご案内をさせて頂きましたけど……」


 寂抄尼が法観の後を引き継ぎ説明する。



 土方警部は私達に視線を送ってきた。


「その後からは、宿坊体験の方々とご一緒だったのですよね? その人物はどんな様子でしたか?」


「……そうですね、待合室では尼僧の方がお茶を入れお茶菓子を出してくれましたけど、その人はマスクをとる事もなく、お茶にもお茶菓子にも手を触れる事はありませんでしたよ」


 また武藤京子が声を上げた。この女性は結構話したがりなのかもしれない。


「その後は、そちらの尼僧の方に境内の案内をしてもらって、一緒に、俊乗堂や、ここや、二月堂の説明を聞いたの、その後は大仏殿で、亡くなられた良弁大僧都のお経とお話をお伺いしたわ」


「その際、その男性の気になった点などは?」


「その時は特にはありませんでした…… というか殆ど話をしていなかったという所が逆に気になった位です」


「なるほど……」


 土方警部は納得したように頷いた。


「その後、大仏殿から出て、ここ開山堂に写経体験をする為に移動してきたんですけれど、その際、一度この部屋の席に座ったんですが、隣にいた間宮さんという方に何か耳打ちしてから、廊下へ出て行ってしまったんです」


「ん? 耳打ちしてから出て行かれたのですか?」


 土方警部の厳しい視線が、今度は顔の長い間宮へと向かった。


「い、いや、大したこと云われた訳じゃあねえよ、具合が悪いから、この体験は棄権するって…… そう伝えてくれって云われただけだよ」


 間宮は慌てた様子で説明をした。


 すぐに写経体験の講師を勤めた良寛が手を挙げる。


「あっ、そういえば、その方が部屋を出て行かれるときに、私と擦れ違ったのですが、何か背を丸めて少々体調が悪そうな感じを受けましたよ、声を掛けようとしたら逃げるように玄関の方へ行かれてしまって……」


「ということは、写経体験の直前に部屋を出て行かれたと云うのですか…… それで、その後の動きはどうだったのでしょうか?」


 土方警部の質問に、私は小さく手を挙げて発言する。


「えーとですね、私が開山堂を出たとき、大仏殿のやや裏に位置している俊乗堂というお堂の石段に腰掛けていたのを見かけました……」


 発言の最中に目が合った。その瞬間、土方警部は僅かにオッという表情を浮かべる。


 な、何だ? 今の反応は?


「……土佐者……」


 そして聞こえるか聞こえないか解らないような小さな声でボソッと呟く。


「えっ?」


「い、い、いえ、なんでもありません。ちょっとした警察の隠語です。お気になさらずに……」


 土方警部は小さく手を振って流した。


 隠語? 私には土佐者って聞こえたけど…… とさもん……って、遠さ門って云ったのかな? 確かに俊乗堂にも門らしき部分はあるけど……。


 横の中岡編集には解るかもしれないと思って顔を見てみると、何か解ったのか、少し不敵な顔で土方警部の方を見詰めている。


「あっ、それは私達も見ましたよ。あんな所じゃなくて宿坊で休めば良いのにって言ってたんですよ……」


 武藤京子も見ていたらしく声を上げる。


「ん? 離れたお堂の石段に座っていたというのですか?」


 気を取り直したのか土方警部は冷静な声で質問する。


「ええ、居ましたよ」


「では、それから後はどうだったのですか?」


「いえ、そちらのお二人と少し会話をしていたのですが、次に見た時には姿が見えなくなっていましたけど……」


「俊乗堂から居なくなっていた? その後の動きは解りませんか?」


「私達は見ていません」


 武藤京子がキッパリと言い切った。


「わ、私も解りません」


 私も首を横に振る。


 土方警部は宿坊の管理者と思しき寂抄尼に視線を送った。


「貴方はご存知ですか?」


 寂抄尼が困り顔を作りながら説明をする。


「えーと、そ、その方は、六時少し前に戒檀堂へ戻ってまいりました。そして、具合が悪いから布団を用意して欲しいと指示され、布団の用意が出来ましたら、すぐお部屋に入り込んでしまわれました。その上で夕飯はいらないと……」


「なるほど、一応六時近くまでの行動は確認出来て居る訳ですね……」


 土方警部は顎に手を添え考え込む。


「そ、その後は、あまりお声掛けするのもどうかと思い、気にだけ留めておいたのですが、翌朝、体調の方のお伺いと、朝の勤行への参加の確認に赴いた所、部屋の前に手紙が置かれていて、体調が優れないので朝の勤行は見合わせると書かれてありました……」


 そう寂抄尼が続けると、ふと土方警部が反応する。


「ほう、となると手紙が残されている訳ですね、ではその手紙は今何処に?」


「……警部、手紙はこちらになります」


 先程、寂抄尼と一緒に生田を呼びに行った沖田刑事が声を上げた。


「生田という男を迎えに行った際、そちらの尼僧からお預かりしました」


 そう説明しながら手紙を警部に差し出す。


 土方警部はそれを受け取り視線を落とした。


「むむむ、筆跡が解らないように左手か何かで書いてますね……」


 そう呟き手紙を机の上に置くと顔を上げた。


「まあ、その後、部屋に居たか居ないかは解りませんが、午後六時以降その姿を実際に見た人間はいないということですね、その男が犯行を行った後、身を晦ましたと云うことも考えられるという事ですか……」


 土方警部は腕を組み考え込む。


「とにかく、すぐに、その男を探し出し確保することが必要になりますね。先程、指示を出し、吾妻郡全域に非常線を張らせました。身柄の確保が出来ると良いですが……」



 そのまま、土方警部は寂抄尼に視線を送った。


「ところで、あなたは寂抄尼さんでしたね、併せて昨日の行動をお伺いしたいのですが、宜しいですかな?」


「ええ、構いませんけど」


「それでは昨日の昼頃から今朝ほどまでの行動をお願い致します」


「はい、畏まりました」


 寂抄尼は静かに頷いた。


「昨日はお昼頃から戒檀堂で、宿坊体験のお客様の対応を致しておりました。十二時十五分頃に全ての方が集まられたので、境内のご案内と致しまして、二月堂、法華堂、開山堂、華堂、四月堂、鐘楼などのご説明をさせて頂きました。最後に大仏殿に赴き、三時からの読経、説法体験の方へお客様をお預けしましてから、戒檀堂へ戻りました。戒寂抄尼は宿坊体験のお客様のお部屋の準備をここにいる鈴子と松子と一緒に行いましてございます」


 土方警部が傍にいた鈴子に声を掛ける。


「ところで鈴子さんと松子さんは、寂抄尼さんが戻られるまではどうされていたのですか?」


「わ、私は宿坊体験の皆様が使われたお膳や座布団の片づけをしていました……」


 仲居の一人である松子は緊張気味の顔で答えた。


「それは鈴子さんとご一緒にですか?」


「え、ええ、ほとんど目に見える場所にいたと思います」


 土方警部がそのまま鈴子の方へ視線を向ける。


「……わ、私も松子とお客様のお飲みになった茶碗を洗ったり、掃除を致しておりました」


 土方警部の質問に鈴子は消えそうな声で答えた。


 そんな気の弱そうな鈴子を気遣ってか、すぐに寂抄尼が話の続きを説明し始めた。


「……部屋の準備が整ってきた所で、四時頃に法観さんが戻られたので、今度は夕方の非食の準備に取り掛かり始めました」


「それは鈴子さんと松子さんとご一緒にですか?」


 土方警部が松子、鈴子と寂抄尼を交互に見ながら質問する。


「ええ、そうです。そうしましたら五時半頃に、あの生田様が戻られて具合が悪いから休みたいと訴えられたので、一番奥側になるお部屋にご案内致したのでございます。その後は皆さんがどんどん戻られてきたので、非食のおもてなし、そして後片付け、寝所へのご案内などを致しました……」


「なにやらとてもお忙しそうですね……」


「ええ、宿坊体験のお客様がおいでになられている時は特に忙しいですね……」


 寂抄尼は頷き返事をする。


「ところで昨夜は何時ごろお休みになられたのですか?」


 土方警部が少し探るように質問する。


「そうですね、大体落ち着いたのが九時頃でしたから、それからですね、私と松子と鈴子は戒檀堂の二階の部屋で寝泊りしておりますので、九時少し過ぎに上へと上がりました」


「お三方はお部屋は別々なのですか?」


「一応別々ですけれど、鈴子、松子と私の部屋は障子で隔てられているだけですので、殆ど一緒にいたといっても過言ではありませんけれども……」


 その寂抄尼の説明に、鈴子と松子は同意の肯きをみせた。


「夜中に、三人の内の誰かが部屋から出られたとか、外へ出られたとか、といったようなことは?」


「昨夜に関してはありませんでしたね」


 寂抄尼の言葉に、鈴子と松子は再び同意の肯きをみせる。


「……それで翌朝は、五時に起床致しまして、五時半には宿坊体験のお客様を朝の勤行へとご案内致しました。その後戒檀堂に戻り朝の食事の準備を致していました所に、良弁様がお亡くなりになられているという報を聞いたといった次第でございます」


「な、なるほどです」


 土方警部は一応納得した様子で小さく頭を下げた。


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