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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第五章
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行動確認  弐

 ふと、鑑識隊の責任者のような男が徐に近付いて来た。


「どうした勇さん?」


 土方警部は強面のげんこつのような顔をした男に声を掛ける。


「……すいません土方警部、現場の検証はある程度終ったのですが、最後に遺体を降ろしてから遺体の状態を確認したいのですが…… あの状態なもので、ちょっと降ろすのに手をお貸し願えませんでしょうか?」


「人の手がいるのか、よし、解った。警官に手伝うように指示を出そう」


 土方警部が返事をする。


「そうしましたら、皆さんは一度大仏殿の外で待機して頂いて宜しいでしょうか?」


 土方警部は私達に告げてくる。


 確かに見るようなものではない。私たちはおずおずと外へ出た。とはいえ、十二枚の大扉は全開になっているので見ようと思えば簡単に見ることが出来る状態だ。私は僭越ながら隙間から中の様子を覗き見てしまう。


 すぐに警官隊の一部が鑑識の責任者の下へと集まってきた。


 そうして、鑑識隊の責任者の指揮のもと、警官達が天井から太い柱に斜めに向かって伸びているロープの柱の結び目に向かって行った。そして、警官数人がかりでそのロープの手前側を握りしめ引っ張り始める。


 一見すると綱引きのような印象だ。


 ロープが引かれ遺体が駕籠ごと少しずつ上に上がり、突き刺さった鈷剣から引き抜かれていく。その際、駕籠の下からどろっとした血液が流れ落ちた。かなりエグかった。


 僧たちは私と同様に内部を覗き見ているが、仲居の女性や武藤京子は少し離れ大仏殿の外側へと視線を送っていた。


 ようやく剣先の上部まで遺体が引き上がり、剣先から駕籠が離れた。


「こ、ここから、どうしましょうか?」


 警官達は力の入った声で聴いてくる。引き抜いたはいいものの力を抜けば、また遺体は剣先に突き刺さってしまい、もっと引き上げても天井まで引き上げた所でそれを受け取れなければ意味がないのである。


「うーん、こいつはどうしたもんかな……」


 強面の鑑識隊の責任者は困ったような表情で、その光景に視線を向けていた。


「あ、あの、私もお手伝いしても平気でしょうか?」


 見兼ねたのか、良基が小さく手を挙げ、大仏殿内部の土方警部に問い掛ける。


「何とかなりますか?」


「ええ、多分」


「それではお願いします。ただし、その鑑識の者も同行させますよ」


 土方警部は鑑識隊の責任者の方へ視線を送る。


「は、はい、解りました」


「それじゃあ」


 良基に導かれ、二人は大仏殿の端に設けられた階段を上へと登っていった。その階段は大仏殿の上側に登ることが出来るもののようだ。そのまま大仏殿の天井裏へと二人の姿が消えて行った。


 しばらく待っていると、天井の格子の隙間から白い手が見えた。そして、その手がロープの上側を掴むと左右に揺らし始める。段々揺れが大きくなり、一番振れた場所が剣の先から外れ始めた。警官達はタイミングを見図る。


「今だ!」


 駕籠が真下の剣先からずれた際に警官達がロープを緩め、駕籠は剣の側面に落とし込んだ。警官達はそこからはゆっくりとロープを緩め剣に沿うように駕籠を下へ下へと降ろしていく。


 ある程度下まで来ると下側に警官が回り込み、金剛杵の柄の部分に引っ掛からないように駕籠を誘導していく。


 そうして何とか遺体が高砂の上に降ろされた。すぐに鑑識の人間が遺体に近づき遺体の検分を始める。それを見る限りでは間違いなく良弁大僧都は亡くなっているようだった。


 上へと上がっていた良基は階段から降りてきて警部の傍まで戻ってきた。鑑識隊の責任者はそのまま遺体へと近付いて行った。


 それを見届けた土方警部は良基を引き連れ大仏殿の外側へと出てきて、私達に声を掛けてくる。


「畏れ入りますが、引き続きお話をお伺い出来ればと思います」


 そうして、我々宿坊体験の人間と、お寺の僧達、寂抄尼、仲居の女性は大仏殿の軒下部分へと集められ警部の質問を受ける事となった。


 我々宿坊体験の人間、そして、僧達も只々緊張の面持ちをし続ける。



 私達の周囲には一定の距離を保ちつつ刑事が立っていた。取り囲まれているとまでは云わないが、鋭い視線を私達に向けてきている。


「さてと、それでは、改めて少々色々なお話をお伺いさせて頂こうかと思います」


 土方警部も同じように鋭い視線を向けつつ、語りかけてくる。


「ところで、ここにいる全員で、このお寺に滞在している人間は全てお集まり頂けたという事で間違いありませんか?」


 その土方警部の問い掛けに、私は奥の部屋に篭っていた生田という男の事を思い出した。


「あっ、忘れていました。もう一方宿坊体験のお客様がいらっしゃいますわ」


 寂抄尼がはっとした表情で声を上げた。


「具合が悪いという事で、お部屋で休まれているお客様なのですが……」


「ん? そんな方がいらっしゃったのですか、一応、全ての方にお集まり頂かないと困るので、それでは、そこにいる刑事と一緒にその方を迎えに行って頂いても宜しいでしょうか?」


 土方警部は眉根を寄せつつ寂抄尼を見る。


「わ、解りました。すぐに迎えに行って参ります」


 寂抄尼は緊張した顔で返事をする。


「じゃあ、沖田君、その尼僧の方と一緒に迎えに行ってください」


 土方警部が後ろに控える一人の刑事に鋭い声を上げる。


「は、はい警部」


 指示を受けた若い刑事が返事をした。


 そうして、寂抄尼と沖田という若い刑事が連れ立って大仏殿を出て行った。


「さて、それでは今回起こった事件の概要に関してお伺いしていきたと思います。宜しいですかな?」


 土方警部は改まって声を上げる。


「は、はい」


 良基は緊張の篭った表情で答えた。他の者は小さく頷き同意の意を示す。


「えー、今まで私が聞いた情報を整理しますと、朝の勤行というのをしようと大仏殿に宿坊体験者が集まって、そちらにいる良基さんという方と一緒に大仏殿の戸を開け、内部に足を踏み入れた所、和尚が天井から駕籠に乗りぶら下がり、大仏の斜め前に具えられていた法具に貫かれていたという事でしたが、そういった感じで間違いはないのでしょうか?」


「はい、間違いありません」


 質問を受けた良基は答えた。そして、第一目撃者となった私達宿坊体験の者も頷いて返事をする。


「お答え有難うございます」


 土方警部が小さく頭を下げる。


「ただ、大仏殿の戸は鍵で開かないように閉められており、他の通用口も閂で閉じられていた。そして、その他には出入りできる所は無く、大仏殿には誰も潜んではいなかったと……」


 土方警部の質問に、僧達、私達は困惑しながら頷いた。


「さてと、検死の結果次第という所もありますが、大凡、和尚さんが、一体、いつ、誰に、どのようにして殺害されたのかという事を絞っていかなければなりません。なので和尚さんの行動を昨日の時点から細かくお教え願いたいと思うのですが?」


 その質問に良基が震える声で答えた。


「そ、それでは、私が知っている限りの昨日の良弁様の行動をご説明致します」


「一応、あなたのお名前をお伺いしても宜しいですか?」


 土方警部が問い掛ける。


「私は良基と申します。修行僧の中で一番古株になると思います」


「良基さんですね宜しくお願い致します」


 土方警部は薄く笑ってから小さく頭を下げた。


「えーと、良弁様は、昨日、三時から大仏殿において宿坊体験の方々への説法を行われました。その行は四時には終了になりますので、その後はこの大仏殿の後片付けをされた後、良弁様の居所となります法華堂にお戻りになられました……。で、ですが、その後はお姿をお見かけしなかったと思います……」


 良基は困り顔で答えた。


「ん? 夕食はどうされているのですか、まさか摂られていないとでもいうのでしょうか?」


 土方警部は訝しげに質問した。


「いえ、摂られない訳ではないのですが、摂られない場合も多々ございまして……」


 良基は頭を掻く。


「それはどういうことですかな?」


「我々僧達の夕食は、勧進所の方で一緒に摂る事になっているのですが、良弁さまは必ず食事を摂るという訳でもありませんでした。自分の部屋のほうでお酒を飲んでそのまま寝られてしまうことも多いのでございます。昨夜も勧進所の方へお出でになられなかったので、その類だと私共は考えていた所で……」


「ん? では、良基さん。あなたが和尚を最後に見たのは昨日の午後四時過ぎだったという事ですか?」


「ええ、そうなります」


 良基は頷き返事をした。



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