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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第四章
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大仏殿内の惨状  肆

 私は少し考えてから、躊躇いつつも声を掛ける。


「良基さん。わ、私、ちょっと気になる事があるのですが、お話しても宜しいでしょうか?」


「え、ええ」


「さ、先程、良基さんにお話をお伺いしたところ、私達の勤行に併せて大仏殿の正面扉を開けたという事でしたよね。それまでは大仏殿の正面扉は開いていなかったと……」


「はい、その通りです」


 良基が答えた。


「とすると、誰かがこの大仏殿に侵入して、良弁大僧都さまを殺害し、そ、そして、それを行った人間が、まだ、この大仏殿の内部に潜んでいる可能性なんかもあるのではないでしょうか?」


「えっ!」


 良基を含め、僧達、宿坊体験の者達が一斉に強張った顔をしながら私の方をみた。


「良弁様が何時殺されたのかは解りませんし、この大扉が何時閉じられたのかは解りません。でも、大扉が閉じられる前に良弁様と犯人が中に入り込んでいて、その後に内部で殺されたのなら、犯人はまだこの中に居る場合もありますよね?」


「そ、そういった可能性も、あるかもしれませんね……」


 良基が緊張した顔で頷いた。


「こ、こう云っては失礼なのは重々承知していますが、も、もしも鍵の開閉をすることが自由なお寺の人達の誰かが大僧都を殺害したのであれば、大仏殿に誰かが残っているという事はないとは思います……」


「えっ、ええ…… で、でも、そ、そんな事はしないと思いますが……」


 良基は云いずらそうに答えた。


「しかし、そうでなかったら、犯人が中に残っているかも……」


 私の説明に僧達は瞬間的に強張った表情をする。良基からはごくっと唾液を飲み込む音が聞こえた。


「こういった状況の場合、恐らく、いえ、ほぼ間違いなく、警察がくれば私達宿坊体験の私達や、お寺の関係者が疑われる事になると思います。で、ですが、その前に、そうでなかった場合の確認を一応してみては如何でしょうか?」


「確認…… と、云いますと?」


 良基が困惑した表情で聞いてくる。


「この大仏殿内は広いですし、隠れる所も数限りなくあると思います。そういった場所に人が潜んでいないかを調べてみるという事です……」


 私のその言葉に、皆は難色というか恐怖を顔に現していた。


「えっ、でも、もし、殺人犯がいた場合、襲い掛かってくる事がありますよね?」


 良基が聞いてくる。


「そ、それは、犯人も見付かれば抵抗してくると思いますが……」


 私の一言に皆の表情はさらに曇った。


 しばし沈黙が流れる。進んで声を上げる人間はいない。


「そ、それじゃあ、お、大まかに確認しましょう。距離を十分取って遠目で大仏様の裏側や、如意輪観音坐像と虚空蔵菩薩坐像の裏側を視認するような感じで……」


 良寛は意を決した様子で言及する。他の僧も頷き答えた。


 そうして、私達は怖いながらも、大仏殿内に誰か潜んでいないかを確認することになった。


 入口付近に宿坊体験者である、間宮、カップル、老人の四人。そして寺の関係者である寂抄尼、女中達に残ってもらい、云い出した私、中岡編集、良基、良寛、もう太った僧の法観で、大仏殿の奥側へと進んで行く。


 私は女の身ではあるが、云い出した手前、後方に位置しながらも大仏殿内部に足を踏み入れる。一応だが中岡編集を盾にしていた。


 基本的には、大仏様と他の如意輪観音坐像と虚空蔵菩薩坐像は、周囲を赤い柵で囲まれた舞台のような高砂の上に置かれていた。その高砂の上部の裏手側は色々な物が置かれ、隠れるのに絶好と言える気配があるが、高砂の下部は太い柱こそあるが比較的見晴らしがよい。


 我々は最初に高砂の下の裏手側に回ってみた。


 大仏の右回りと左回りの二手に別れ、ゆっくり慎重に進み大仏の裏側まで出る。すると奥側に良寛と太った僧の姿が見留められた。


「おーい、誰か不審な人間は見えるか?」


 良基が、反対側に声を掛ける。


 我々から死角になる柱の裏側は反対側にいる二人からは丸見えになる筈だ。


「誰もいませんよ、そちら側はどうですか?」


 良寛の声が返ってきた。


「取り合えず誰も見えないぞ」


 良基が答えた。


 角には四天王像も飾られているが、我々からの視角、向かいの端にいる良寛からの視角の両側からみれば、例え裏側に隠れていても見える筈だった。


 我々はゆっくりと近づき大仏の真裏辺りで合流する。そして、今度は高砂の上を見上げ、大仏の裏側や、如意輪観音坐像と虚空蔵菩薩坐像の裏側を視認していく。どの像の裏側にも金色に染められた光背が設けられているのだが、その光背と高台に設けられた朱色の柵の間には誰も隠れている気配はなかった。


「下には誰も隠れていないみたいですね…… どうしましょう、上の方も確認した方が良いですかね?」


 良基は少し恐怖心が薄らいだのかそんな事を云い出した。


「いや、ここまでにしておきましょう。危険ですよ」


 良寛は顔を横に振る。


 その時、遠くの方からパトカーの鳴らすサイレンの音が聞こえたような気がした。


「あ、あの、今、サイレンの音が聞こえませんでしたか?」


 私は口の真ん中に指を立てて、会話を遮断させる。


 皆は話すのを止め耳をすました。


「あっ、き、聞こえますよ、サイレンの音です」


 良寛は喜色を浮かべ声を発する。


「それなら取り合えず。警察を出迎えに行きましょうよ」


 私がそう云うと皆は納得した様子で頷いた。


 そうして、私達は大仏殿内部の調査を一旦中断して大仏殿の正面扉の部分へと赴いた。





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